薬剤師ティエスリア


「引き篭り・妄想癖」

こんにちは。

えっと、私の名前はティエスリア=シュッツバルト。薬剤師やっています。

10歳くらいに見えますけれど、れっきとした25歳。

今日も病やケガに苦しむ人に、お薬を処方してさしあげます。

さて、今日はどのようなお薬をお求めでしょう?




「はぁはぁ……メイドさん……」

薄暗い部屋の中。

PCゲームに向かいつつ、そう呟く一人の青年がいた。

そのPCのディスプレイには、かなり際どい格好のメイド服を着た、アニメ絵の美少女が映し出されていた。

「あぁ……メイドさん、今日も可愛いよ……」

ゆがんだ笑みを浮かべながら、ひたすら青年はその画像に見入っていた。

すると、ドアをノックする音が聞こえた。

「健人……まだパソコンやっているの? いい加減出ていらっしゃい」

その声は、50代前後の女性のものであった。

言うまでもなく、この青年の母親である。

しかし、

「うるさぁぁい! 俺のたった一つの楽しみを邪魔するなぁぁぁ!」

そう叫んで、青年は再びPCに集中し始めた。

「……」

そっと目を伏せて、母親はその場を去った。



「どうして……どうしてこんなことに……」

居間で、彼女はテーブルに顔を伏せて嗚咽を漏らしていた。

いつから、こうなってしまったのだろうか。

若くして夫を亡くし、女手一つで育て上げてきたというのに。

どこかで失敗してしまったのか……。

「もう……どうにもならないのかしら……」

そう呟いて、彼女は天井を仰ぎ見る。

――神様、助けて……!

「あの……おば様、お困りですか?」

「――え?」

突然の可愛らしい声。

思わず彼女は、その方向に顔を向けた。

そこには、10歳くらいであろうか、長い黒髪を伸ばした少女が立っていた。

しかし、その姿は奇異なものだった。

巷で流行っている、メイド服と瓜二つなのである。

見た目と服装に、かなりギャップのある少女であった。

「貴方は……誰?」

突然の来訪者に驚きを隠せず、警戒した口調で尋ねる青年の母親。

「はわわっ、申し遅れましたです! 私、えっと……あれ?」

ポーチらしきものをゴソゴソと漁る少女。

「おかしいな……どこに――あ、あった! 私、こういう者ですー」

ようやく一枚の紙を取り出すと、それを少女は青年の母親に手渡した。

「名刺……? あなた、ティエスリアさん、ていうの?」

それを読み、青年の母親は言った。

「ええ。えと、その、薬剤師を営んでる25歳です」

「25歳!?」

少女の答えに、青年の母親は思わずテーブルから立ち上がり、素っ頓狂な声をあげた。

「あのぅ……何か?」

訝しげな声というか、おどおどした声で尋ねる少女。

「い、いえ……本当、なのかしらと思って」

ひきっつた顔で言う青年の母親。

「本当ですよぅ。――全く、誰も信じてくれないんだから……妹にさえ『本当に”姉”なの?』って言われるくらいですし……」

泣きそうな声で少女は言った。

「ああ、ごめんなさい! 悪気は無かったのよ。――で、薬剤師さんが何の用かしら? 押し売りはお断りですよ?」

「うーん、押し売り……っていうわけじゃないんですけども……。ただ、困っていらしたようですから、何かお力になれないかと思いまして……」

「そうなの……」

そう呟くと、母親は再び座り、手を頭に当ててうなだれる。

「でも、残念ながら無理よ。お薬なんかじゃ解決できるようなものじゃないの」

「ほぇ?」

首をかしげる少女。

「確かに私の気分をよくさせることは、お薬で出来るかもしれないわ。でも、その元が治らない限り、意味がないのよ」

「はぅ……そうですか……。その元、って何なのでしょうか?」

そう尋ねられ、母親は一息ついて、話はじめた。

「私の一人息子なんだけどね。何年か前から学校に行かなくなっちゃって。それで毎日部屋に引きこもってインターネットとかゲームとかばっかりなの。――ああ、どうしてこうなっちゃったのかしら!? 夫が亡くなってから甘やかしてきたから……」

そう言って、わっと泣き出してしまった。

それを聞いていて、少女は言った。

「――分かりました。本日はサービスですょ。あなたの病、治してご覧に入れましょうです!」

「え……でもどうやって? あ、ちょっと!?」

そのまま、すてててててて、と少女は二階へと駆けていった。

 

 「はぁ……はぁ……もう我慢できないっ!」

暗い部屋で青年はズボンに手をかける。

瞬間、

コンコンっ♪

「――っ!」

ノック音に興奮が醒めていく。

「――あの婆! 邪魔するなって言ったのに!!」

理不尽な怒りに身を震わせ、青年はずかずかとドアに向かっていく。

そしてドアを蹴り開けた。

バンッ!

「ふぎゅ!」

「邪魔すんなって言って――あれ?」

そこには誰もいなかった。

と、

「はぅぅぅ~、痛いです~!」

開いたドアの反対側から声がした。

「あ、わりい!」

思わずドアを戻す青年。

「――!?」

そこで、彼の思考は停止した。

何せ、メイド服を来た少女がおでこをさすっているのだから。

「――あたたた……。あ、貴方が息子さんですかぁ? あの、私、薬剤師してるティエスリアと――」

瞬間、

「メ、メイドさぁぁぁぁぁんっ!」

がばっ!!

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

いきなり青年は少女に抱きつき、押し倒した。

「ちょ、ちょっと、やめ、やめ!」

「ああ、長年の想いがついに叶ったんだ! ついに我が家にもメイドさんが越してきたんだー!!」

「な、何言ってるのこの人ー!? もう!」

もがきながら、少女は何やら呟き始めた。

震えよ炎、そして我が敵を打ち倒したまえ! 炎の殴撃(フレア・ビート)!!」

カッ!

閃光が走る。

そして、

ちゅどぉぉぉぉぉん!!

「ぐぇぇぇっ!?」

瞬く間に青年は天井に叩きつけられていた。

「あ……やっちゃいました……」

呟く少女であった。

 

 

「なるほど……現実に嫌気がさしちゃったんですね。それで二次元の世界に引きこもって……」

気絶している青年の頭に手を乗せ、少女が呟いた。

「そして妄想癖が出てますね……。さっきみたいに。――よし、あのお薬をだそうです!」

すると少女は、どこからともなく大きなかばんを取り出す。そして中にあった大小さまざまな試験管から二本――菫色と浅葱色のものを取り、別の空の試験管に注ぎいれていく。

暫くして、群青色の液体が出来上がった。

「これを飲ませるんですけど……気絶してると気管支に入っちゃいますね。でわ……てい」

ゴスッ!

「おぶっ!?」

いわゆる「気付け」を施され、青年の意識は瞬時に覚醒した。

「お、俺は一体……ぼうっ!?」

いきなり口を開けさせられ、青年は何かを注ぎ込まれていく。

「――がはっ! げほっ! 何だこれ!? 肉の味がする……お、お前何を飲ませ――」

しかし、どこにも少女の姿はない。

「ゆ、夢だったのか……? でもこの味は――ぐ!?」

ドクン!!

急に身体が熱くなる。

そのまま意識が朦朧としだし、姿勢を保てなくなっていく。

「なん――だ――」

そのまま青年の意識は途切れた。

 

 

「――ぐ」

意識が覚醒していく。

上体を起こし、頭を振る。

「何だったんだ――今のは。……ん!?」

そう呟き、青年は驚く。

「な――こ、声が!?」

自分でもひどいと思っていた濁声ではなく、透き通るような綺麗な女性の声。

しかも、その声は青年にとってよく知るものにそっくりだった。

「どうなってるんだ……!?」

何が何やらわからないまま、青年は下へ降りていく。

すると青年の母親が居間から出てきて、彼を見て硬直した。

「あ、お袋……」

「え、と……どちら様かしら」

その言葉に青年も硬直する。

――おいおい、もしかして俺、出てこない間にそんなにやつれたりとかしてたのか? 自分じゃ気付かなかったぜ……。

「お袋、あの……」

「あ、健人のお友達……かしら? 知らなかったわ、あの子にこんな可愛い女の子のお友達がいたなんて……」

「――へ?」

お袋の奴、何言ってるんだ!?

何か嫌な予感がする……。

「ちょっと、どいてくれ!」

「きゃっ!」

青年は母親をどかし、数ヶ月縁のなかった風呂場へと足を運ぶ。

そして、鏡を覗き込んだ。

「――!?!?!?!?!?」

絶句。

まるで夢を見ているようだと、青年は感じた。

なぜなら、その鏡には自分の覚えている姿ではなく、つい先程まで自分がやっていたパソコンゲームのメインヒロインそっくりだったからだ。

亜麻色の長い髪、ぱっちりとした大きな青の瞳、整った目鼻、小ぶりな胸、華奢な腕、すらっと伸びた足。

そして何より、頼りない感じのする股間。

メイド服を着れば、間違いなくあのキャラクターそのものになる。

「こここここ、こんな馬鹿な……! 確かに俺はこの子に会いたいって思ってたけど! 自分がなりたいだなんてええええええ!!!!」

絶叫する元・青年。

その後、彼女がどうなったか、それを知る者は母親だけである。

 

 

 

 

妄想癖を治すには、妄想を現実にすれば手っ取り早いです。

触った感じ、彼はゲームの女の子にすっごく憧れてたみたいでした。

よって! その女の子そのものになれば妄想する必要もなくなって、さらにスタイルもよくなって一石二鳥なのですょ。

でもサービスだから収入0。いい加減もとの世界でお金調達しなきゃなぁ……。

あの錬金術師さんにまた会いたいです。

 

それでは皆さん、病気や怪我のないように……
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