肥満
こんにちは。
えっと、私の名前はティエスリア=シュッツバルト。薬剤師やっています。
10歳くらいに見えますけれど、れっきとした25歳。
今日も病やケガに苦しむ人に、お薬を処方してさしあげます。
さて、今日はどのようなお薬をお求めでしょう?
とあるマンションの一室にて。
一人の男が、姿見の前で深刻な顔をしていた。
「……また、太っちまったな……」
溜息をつく男。
そう。
彼の身体は、胴回り100cmは軽く越えるであろうたるんだ腹部と、俗に言う二重顎が目立っていた。
平たく言えば太っていた。
他人から見ても、皆そう言うであろう。
そのくらい分かりやすい太り方だった。
「はぁ……今日までに痩せろって言われてたのになぁ」
そう言ってうなだれる。
その手には診察券が握られていた。
実はこの男、数年前に原因不明の昏睡に陥ったことがあり、その際の検査で脂肪肝と診断されていた。
このままでは肝硬変になりかねないとの忠告を受け、今日この日までに20kgの減量を言い渡されていたのである。
やり始めこそ減量し、一時は10kg減したのだが、その後リバウンド。
そしてそのままダラダラといってしまい、今日に至ってしまったのであった。
「どうしよう……このままじゃ入院とかになりかねねぇ……。まだやりたいこといっぱいあるってのに……」
しかし、どうしようもない。
そうして男は深い溜息をつき、諦めて病院へ行く準備をしようとした。
ピンポ~ン♪
途端、インターホンが鳴った。
「はいはい……誰ですかっと」
男はインターホンのディスプレイを覗く。
しかし、そこには誰も映っていなかった。
「……いたずらか?」
首をかしげながら準備に戻る男。
だが、
ピンポ~ン♪
「む……??」
再び鳴る電子音。
「誰なんだ一体」
少しムッとしながら男はまたディスプレイを見る。
しかし、やはり誰もいない。
「……くそ、なんだっていうんだ」
そうしてまた男が後ろを向いた瞬間、
ピンポ~ン♪
「――っ!」
頭に来た男は直に玄関へ向かう。
そしてそのままいきおいよくドアを開け、叫んだ。
「誰だ、さっきから悪戯してやがるのは!?」
「ひゃっ!?」
「――お?」
小さな悲鳴。
男が視線を下げると、そこには一人の少女が尻餅をついた格好で倒れていた。
「な……」
声を失う男。
それもそうだろう。
その少女がただの女の子ならいざ知らず、小学生くらいの背丈でメイド服に身を包んでいるのだから。
前髪が長く、目はこちらからは見えない。
そして、手にはその少女には不相応な大きな黒い鞄が握られていた。
「さっきから鳴らしてたのはお嬢ちゃんか?」
少女の手を引っ張り、起こしてあげながら男が言う。
「いたたたた……。はい、そうです。やっと出ていただけましたです」
お尻をさすりながら少女が言った。
なるほど、画面に映らなかったのは彼女の背が低かったからなのであった。
「そうか……。で、何の用なんだ? おっさんは今少し忙しいんだが」
つっけんどんに言う男。
――どうやら、早く帰ってもらいたいらしい。
というのも、この男、やはり体型にコンプレックスを抱いている。
なので、あまり他人に見られたくはないのであった。
「あ、えと、私はこういうものでして……」
少女はそういうと、メイド服のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「何々……薬剤師ティエスリア? 25歳!?」
文面を読み、驚愕する男。
「うぅ、やっぱりみんなそういう反応するです……くすん」
少女が半べそをかきだす。
男はそれを見て思った。
ああ、彼女も自分と同じくコンプレックスを持っているのかもしれない。
「――いや、すまなかった。なら大人として接させてもらうが、押し売りにでも来たのか?」
「ぐすっ……あ、いえ、その、何かお困りではないかと……」
目をごしごしとこすり、ティエスリアという少女が言った。
なるほど、彼女はセールスに来たらしい。
「そうか……押し売りは結構だ。さぁ、帰ってくれ」
そう言って、男は少女を追い出そうとする。
「はわわわわ! ちょっと待ってくださいよぅ! 私はただ、貴方が困っていらっしゃるようだから、それを治してさしあげようと……」
押し出されそうになり、少女は慌てて言った。
それに、男は顔をしかめる。
「治す……? ほぅ、治せるというのか、俺の悩みが。だったら、治してもらおうじゃねぇか!」
怒気を孕んだ言葉をぶつける男。
「ひっ……!? お、お伺いいたしますです……」
恐怖した顔で少女が言った。
「ああ、言ってやるさ。俺はなぁ、この身体をどうにかしたいんだよっ! 太りに太ったこの身体を! 生活習慣病を併発しちまうし、しかも、今日検査があるんだ! 入院確実だ! でもここで入院してみろよ。今までの貯金がパァだ! これから先どうすりゃいいってんだ!」
思いのたけを吐き散らし、男は荒く息を吐いた。
「……」
無言になる少女。
「――ほらみろ。どうせ無理な話なんだよ。下手な希望を持たせようとするのはやめてく――」
「なぁんだ、そんな簡単なことだったんですね」
「――れって、……は?」
少女の一言に、男は硬直してしまう。
「そのようなことでしたらすぐに治せますですよ。少々お待ちくださいませです~」
そういうなり少女は持っていた鞄からいくつかの粉を取り出し、試験管らしきものに入れた。
そして別の瓶に入っていた透明な液体をその試験管に入れる。
瞬間、試験管から光が放たれ、中には水色の液体が出来ていた。
「はい、出来ました!」
そう言って少女は液体を瓶に移し、男に手渡す。
「出来ましたって……なんだよこれ」
突然渡されて目をぱちくりさせる男。
すると少女は微笑んで言った。
「この薬を飲めば、貴方の脂肪を拡散・吸収し、それに伴い現在患っている肝臓系疾患も回復させますです。お試し価格で300円、如何ですか?」
「金取るのかよ!?」
驚く男。
そりゃ、いきなり金である。
「えと……一応商売ですから。貴方は先ほど『治せるものなら治してみろ』って仰いましたよね? なので商品をご用意させていただきました。一応、あの時点で契約を交わしたことになりますですので……」
「……」
少女の説明に男は絶句する。
このような事態、予想だにしていなかったのである。
「――ち、まぁしかたねぇか、契約って言われるとな……。溺れる者はってヤツだ、いいぜ。――そらよ、300円」
ぶつくさ言いながら男は仕方なくも300円を手渡した。
「はい、確かに。お買い上げありがとうございました!」
そう言うなり少女はとてててて、と走り出していった。
「あ、おい!」
思わず男は追いかけていくが、マンションの階段を覗いても下にはもう誰もいなかった。
「――なんだったんだ、ったく。この薬、大丈夫なのか……?」
そう思いながらも、男は時計を見てはっとする。
「やっべぇ、もうこんな時間かよ……。診察時間になっちまう! ――ええい、もうヤケだ!」
そうして男は瓶の中身――蒼い液体をぐいっと飲み干した。
「――っ、生臭っ!? なんなんだこ……れ?」
途端、男は瓶を落とす。
がしゃん、という音を立ててそれはあっけなく粉々になった。
ビクッ!
「ぐぁっ――!」
突然、男の身体を何かが突き抜けていく感触。
そして、身体が突如として高熱を帯び始めた。
「あ……つい! か、身体がぁぁぁぁぁっ!!」
「――」
気がつくと、男は仰向けになっていた。
しかし、そこは男の部屋ではなかった。
薬品らしい仄かな匂い、真っ白で清潔な部屋。
そこは病院の個室だった。
「俺――なんでこんなとこに」
上半身をむっくりと起こし、男は被りを振る。
すると、
「――っ!?」
目に飛び込んできたのは、己の胸。
しかし、何故だがそこは非常に大きく膨らんでいた。
それも二つ、おわんのような形に、である。
「!?!?!?!?!?!?!?」
男には何が起こっているのか分からなかった。
すると、ドアをノックする音と共に女性の看護師が入ってきた。
「あ、お気付きになられたんですね! よかった♪ せんせぇー、患者が目を覚ましました~」
その若い看護師は、ニッコリと笑い、医師を呼ぶ為に再び部屋を出た。
暫くして、若い男の医師が現れた。
「――あ!?」
その顔に男は見覚えがあった。
そう。
今日男の診察をする予定であった医師なのだ。
「どうも。気分は如何ですか? 貴方はさる人の部屋で倒れていて、たまたま近くを通りかかった近所の方が119番してくださったのです。一体、何があったのですか?」
そう医師は言った。
その言葉に、男は呆然とした。
「あの……倒れていた部屋っていうのはどこなんで?」
「ん? ああ。私が担当することになっていた患者の部屋だったんだけれども――もしかして、貴方は気絶でもさせられて連れてこられたのですか!?」
「ち、違います!!」
慌てて首を振る男。
――と、そこで男は気付いた。
なんだか、髪の量が多い。
男は元々スポーツ刈りくらい短めな髪であったが、現在それは上半身を起こした状態であっても下腹部まで届くほどだ。
「すみません、今日は何日ですか?」
男が尋ねる。
気を失った日は5/15。
これほど長くなるまで、眠っていたのかもしれないからだ。
しかし、医師は予想外の返答をした。
「今日ですか? 今日は5月15日ですよ」
「――へ?」
呆然とする男。
気絶した、その当日である。
「ところでお嬢さん、お名前の方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
医師が尋ねる。
「お、お嬢さん!?」
素っ頓狂な声をあげる男。
――そういえば、やたらと声が高い。
大きくなった胸、長い髪、そして声。
さらによく見れば手も細く、無駄毛が生えていないではないか。
「まさか……!?」
慌てて男は、ベッド脇の鏡を見る。
「~~~~~~~~!!」
声にならない悲鳴をあげる。
そこに映っていたのは、あの肥満男ではなかった。
とてもグラマラスな、だけど顔は幼げな女性だったのだ。
「こ、ここここここれは!?」
慌てふためく、元男。
「どうしました?」
挙動不審さに医師が思わず尋ねる。
「い、いえいえいえいえいえ、何でもっ!」
慌てて首を振る元男。
(なんでこんな!? ――まさかあの薬が!?)
思い当たることといえばそれしかなかった。
少女が男に渡した薬――ダイエット薬か何かだと思った、あの生臭い液体。
あれの所為で!?
「――どうやら、まだ調子が安定していないようですね。分かりました、また後日お伺いいたします。――ところで」
「は、はい?」
医師は元男の近くに寄ってきて、こう言った。
「貴方は非常に美しい。もしよろしければ、次回はついでにプライベートとして貴方の名前や電話番号をお教えいただきたい」
「え――あ、う」
その言葉に赤面する元男。
そして、
「は……はい」
頷く。
不思議と、気持ち悪さは感じなかった。
寧ろその逆、嬉しいといった感じである。
それはつまり。
気がつかないうちに彼(女)は内面での女性化も進み始めていたということだった――。
今回は……多少失敗かもです。
「余計な脂肪を動かし、別の部分に転じたり、脂肪そのものを燃焼させる薬」をレシピ通りに作ってみたのですが……。
どぉもうまくいかないです。
う~ん、これも、店を畳まざるを得なくなったショックの所為なんでしょうか……。
この国にはなんか、法律で「薬剤師免許」持ってないと駄目だそうで、怒られてしまいました。
開店僅か三日だったのに。
次はまた別世界でお店を出そうかな?
それでは皆さん、病気や怪我のないように……