「恋の病」
こんにちは。
えっと、私の名前はティエスリア=シュッツバルト。薬剤師やっています。
10歳くらいに見えますけれど、れっきとした25歳。
今日も病やケガに苦しむ人に、お薬を処方してさしあげます。
さて、今日はどのようなお薬をお求めでしょう?
「はぁ……」
とある大学のカフェテリア。
そこで青年は一人、溜息をついていた。
その目は何処となく虚ろで、心此処にあらずといった状態である。
「玲子さん……ああ、この想い、どうすれば貴方に届くんだ……」
ぽつりと呟く青年。
そう。
この青年、所謂「恋の病」にかかっていたのだった。
何をやっても手付かずで、常に心は上の空。
この間は危うく単位を一つ落としそうになってしまったほどだ。
しかし、どうにもできないこの想い。
一気に飲むことも打ち上げることも出来ないでいて、行き詰まった彼はここでこうして時間を過ごしていたのだった。
「……あ」
青年が顔をあげると、丁度一人の女性が青年の前を通り過ぎていった。
「玲子さん……」
亜麻色の長い髪、整った顔立ち。
その女性こそが彼の片思いの相手であった。
しかし。
「……? 何、アンタ私に用?」
女性はこちらを向き、いかにも嫌そうに顔をしかめて、青年に言った。
「い、いえっ! 何でもないです……」
「あっそ。じゃぁこっち見ないでくれる? キモイから」
そう言うなり女性は青年とは反対側にあるテーブルへと座った。
そう、彼女は途轍もなくキツイ性格なのだ。
ちなみに、青年はルックス的には普通である。
「ああ……あの言動、なんて素敵なんだろう……」
青年にとっては彼女のキツイ性格すら、魅力的に見えているようである。
暫くして女性は出て行き、カフェテリアには青年だけが残った。
このカフェテリア、どうやらあまり利用されないようである。
「ああ……この想い、どうすればいいんだ? どうすればいいんだぁぁぁぁぁ!!」
頭を抱えながら絶叫する青年。
「あ、あのう……」
「ん?」
大学にしては不釣合いに幼げな声。
青年はふと視線を正面に向けると、テーブルの向かいがわにひとりの少女がちょこんと座っていた。
見た目は10歳程度。
長く綺麗な黒髪だが、その分前髪も長くて目が隠れてしまっている。
だが何より、その姿が印象的だった。
メイドそのものなのだ。
身体年齢に不相応な衣装を身に纏った少女は、少しおどおどした様子で青年を見つめていた。
もしかして、学長か教授の娘だろうか?
「どうしたんだい、迷子なの?」
青年は少し面倒くさそうに言う。
正直なところ、子供の世話をするほどの余裕が心に無いのだ。
「い、いえ、違いますっ」
「ふぅん……じゃぁ、君は誰なんだい?」
どうでもよさげに青年は聞いた。
「あ、紹介が遅れましたです。私、こう言うものです」
そう言って少女は、一枚の羊皮紙を取り出して、青年に手渡した。
羊皮紙に描かれている文字は、青年には全く読めない、未知の文章であった。
しかし、
「ティエスリア……シュッツバルト。薬剤師?」
なぜか知らないが、青年はその文を読めてしまった。
「はい、私、薬剤師なんです。どのようなご病気でも、治せるお薬を処方致しますです」
そう嬉しそうに言う少女。
「どんな病気でも、ねぇ」
青年は笑いながら言った。
冗談だと思っているのだ。
――恐らく少女は、遊び相手がいないから誰かと「ごっこ遊び」をしたいのだろう。
そう青年は決め付けて、少しだけからかってやろうと思った。
「どんな病気でも、って言ったね?」
「え……? ええ、まぁ」
少しとまどった感じで答える少女。
「……じゃぁさ、『恋の病』も治してくれるのかな?」
「えっ!?」
意地悪っぽく言う青年。
予想通り少女は驚いていた。
「ま、無理だよね、恋の病なんて――」
治せるわけが無い、と言おうとしたその時。
「なぁんだ、そんな簡単なことだったんですか」
「――へ?」
予想外の返答が青年に返ってきた。
「ちょっと待っててくださいね、調合してきますです」
そう言うなり少女は、ててててっと可愛らしい足音とともにカフェテリアから出て行った。
「な……何をするつもりなんだ!?」
青年は内心不安になっていた。
ワケの分からない少女のワケのわからない行動にワケが分からなくなっていた(謎)。
「おまちどおさま!」
暫くして、少女が小瓶を持って帰ってきた。
「そ、それは?」
なぜか恐る恐る尋ねる青年。
「これが、お兄ちゃんの病を治すお薬です。これを飲めばその苦しみから解放されるでしょう」
そう言って少女はその小瓶を青年に手渡した。
「ここで使用するのはアレなんで、どこか人目につかないような場所でお飲みください。それでは、失礼致しましたです♪」
「あ、ちょっと!?」
青年が言う暇もなく、少女はさっさと外へ出て行ってしまった。
慌てて青年が後を追うが、そこにはもう少女の姿は無かった。
「何だったんだあの子は……? それに、これ……」
先ほど手渡された小瓶を見つめ、青年は呟いた。
「……一度、試してみるか」
青年はそれをポケットにしのばせ、トイレまで走っていった。
「さて……」
トイレの個室の中、青年は便器に腰をおろして、少女に貰った小瓶を見ていた。
「匂いは……と、結構いい感じだな」
蓋を開けて、青年は呟いた。
「じゃぁ……いくぞ……」
一人決心し、小瓶の中身を一気に飲み下す。
「――っ、ぷはぁっ! 甘っ! めちゃ甘っ! 何こ……れ?」
ドクン!!
突然、膝から崩れ落ちる青年。
「ぐあ……ああああああぁぁぁぁ!!」
突如として身体が熱くなったのだ。
「ぐ――うぅぅぅ……!」
身体が焼けるような感覚。
青年はそのまま気を失った。
「――う」
うっすらと瞼を開ける。
差し込んでくるのは、蛍光灯の光。
そこは、青年が気絶したトイレの個室だった。
「な……何が起きたん――っ!?」
そこまで言って、青年は驚愕する。
「こ……声が!?」
そう、声がかなり高くなっていたのだ。
まるで、女性のそれのように。
「……っ!!」
まさか、という予感が青年を貫く。
慌てて個室を飛び出し、手洗いの鏡を覗き込んだ。
「う……うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
青年は悲鳴を上げた。
そこには、自分が映っていなかった。
――否、映ってはいた。
しかし、それは全く見たことも無い姿。
綺麗なその黒髪は、腰ほどまで長く広がっている。
目は大きく、口は小さくなり、小鼻が可愛らしい顔。
大きく膨らんだ胸に、逆に締まったウェスト。そして再び張り出す臀部。
「ば……かな……」
絶句。
そう、そこにはもう「青年」はいなかった。
いたのは、一人の美少女そのものであったのだから。
「な……何で――――!!」
たまらなくなり、元・青年の少女はトイレから駆け出した。
「どうして……こんなことに……」
ある学舎の屋上で、元・青年はベンチに座り込んでいた。
「あの子……恋の悩みから解放してくれるなんて言ってたけど……、確かに解放されるかも知れないけど……」
そう、確かに解放されるのだろう。
同性になってしまっては、恋も何もあったものではない。
つまり、「恋を諦めさせる」ということだったのだろうか。
「……くそっ!」
悪態をついた途端、元・青年の瞳から涙が溢れてきた。
「うっ……ううっ……」
そのまま泣きはじめる一人の少女。
その時、
「どしたのさ、こんなところで」
「――え?」
青年にとって、聞き覚えのある声がした。
「あ……」
見上げると、そこには一人の女性が立っていた。
「れい……こさん」
そう。
元・青年の片思いの相手が、そこにいた。
「え? あたし知ってんの、アンタ。見かけない顔だけど……」
そう言って女性は近づいてくる。
「えっ? いや、その……」
しまった、と慌てる元・青年。
すると、女性が彼(女)の顎をくいと持ち上げた。
「ふぅん……あたしの好みね」
「――え゙?」
元・青年の背中を悪寒が走った。
もしかして、この人は――。
「……ふふっ、いいわ、アンタ。あたしのモノにしてあげる」
そう、女性はニッコリと笑みながら言った。
「モノ……って、ええ!?」
あまりのことに驚き戸惑う元・青年。
「決まってるでしょ? あたし、オトコに興味もてなくてさ。寧ろアンタみたいな可愛い子が趣味なのよ……」
「な……!?」
愕然とする元・青年。
そう、彼女は百合なのだった。
「あ、あの……」
「さぁて、これからタノシイことしましょっ♪ こっちに来なさい」
そうして彼女に引っ張られていく元・青年。
(――も、もしかして、これを見通してたのかあの子は!?
もしそうなら、確かに効果覿面な薬だったな。
――けど、僕は恋する相手を間違えた……)
そう後悔しつつ、暗い部屋へと連れてゆかれる少女であった。
ふぅ。
どの世界にも恋の病なんてあるんですねぇ。
まぁ、私や妹には無縁ですけどね(汗)
それにしても、この日本という都市――国、だっけ?――、何か特殊ですね。
ここに住む人達のこと、ますます知りたくなりました。
どこかにお店でも出しましょうか。
名前は……この国で使用されてる字を使って「薬屋 帝枝須」、かな?
どこかにいい土地はないかなぁ……。
というわけで、土地探しに行って参ります♪
それでは皆さん、病気や怪我のないように……