記憶喪失の神様   作:桜朔@朱樺
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漆黒の英雄

 

 

 

 

 

エ・ランテルに戻ったのは日もずいぶん暮れた頃だった。

森の賢王改め、ハムスケのおかげで馬車いっぱいの薬草採取が出来、ンフィーレアは上機嫌である。特別手当も期待してくださいと言われるとモモンも現金なもので、荷物の積み卸しも手伝いましょうという。それに続くように我々もと漆黒の剣もかってでる。

 

「今回我々あまり働けてませんし」

「薬草採取で頑張ってたじゃないですか」

「ソレもハムスケ殿にほとんど持ってかれましたし」

 

さすが森の賢王。ンフィーリアが見せた薬草をすぐさま把握すると一抱え分持って現れた。しかも貴重な薬剤の原料も取ってくるのだから、直前に採取した薬草はすぐさま埋もれてしまった。

「殿~褒めてくだされ~」とモモンにまとわりつく姿は伝説の魔獣と言うよりはご主人が大好きな犬を彷彿させた。―――その伝説の魔獣は森に置いてきている。さすがに大きな街で連れ回すにはデカすぎるし、モモン本人が全力で拒否した。ハムスケも最後まで粘っていたが、結局モモンの「縄張りを守り、周辺の村を守れ」という指令に渋々従った。時々様子を見に来るからと言う約束に「絶対でござるよ~~~」と涙ながらにモモンたちを見送った。

 

「絶対伝説の魔獣に騎乗した方がカッコいいと思いますけどねぇ」

「・・・・・・絶対にイヤです」

 

恥ずかしくて憤死するとモモンは言うが、漆黒の剣もンフィーレアも首を傾げてしまう。モモンの美的感覚は常人とは違うようである。

 

「着きましたよ。荷卸をお願いしますね」

「了解です!」

 

ペテルが元気よく応え、それぞれ馬車の荷物を下ろしていく。モモンが一番重い荷物を持つものだから、ルクルットが不満げに口を尖らす。

 

「ここでも一番働かれちゃ、先輩の面目がねーんだけどー」

「ははは、ここは後輩をこき使うということで」

 

適材適所という言葉もあるのでそれ以上はなにも言わず、それぞれ荷物を店の裏口に運び込む。ンフィーレアの冷えた果実水が有りますよという言葉に喜び、先にモモンさんが飲んでくださいと薦められたがどうやっても飲めないのでどう断ろうか悩んでいたときだった。

 

―――奥の扉から女が現れた。雇い主の姉かと一瞬思ったが雰囲気が物騒だとない眉を寄せた。

 

「はぁい、おかえり~。ずっと待ってたんだよ~?」

「え?誰?」

「お知り合いじゃ、ないんですか?」

 

訝しげにペテルが聞けば、おかしな女がンフィーレアを浚いに来たのだとあっさりとまるで世間話のように語る。瞬間、全員がンフィーレアを庇うように展開するが、女は気にした様子もない。腕に自信があるのか、それとも狂人か・・・。

モモンは注意深く周囲を警戒する。こういう輩には仲間がいるはずだ。一人が注意を引きつけ、もう一人が背後を取る。

―――思った通り、背後の扉から年齢不詳の男が現れて出口を塞ぐ。どうやら魔法詠唱者(マジックキャスター)のようだとあたりをつける。さて、まずは雇い主を逃がさないと―――。

 

「一旦引きましょう。こいつらの相手は私が引き受けますので」

「そんな!モモンさんだけに任せられません!!」

 

ンフィーレアをニニャに任せて皆で掛かれば―――、と、一陣の風がペテルを襲う。刺殺武器と認識するより前に目の前で火花が散る。目の前で交差するモモンの大剣と女のスティレットにペテルの目が見開かれる。

 

「ふ~ん、デカ物にしては意外と早いじゃん」

「どうも」

 

にんまり笑う女に気のない返事をしたモモンだが内心冷や汗の滝である。

 

(あっぶね!!気付くの遅れてたらペテル死んでた!!)

 

純粋な戦士ではないモモンに殺気を感じることは出来ない。たまたま女の片足が後ろに引かれるのに気が付いた為、対応できたに過ぎない。

 

「ペテルさんたちは組合に応援を呼んでください。敵がこの二人だけとは限りませんので」

「あははっ!どーやってぇ?出口は塞がれてんだよぉ??いっとくけど、そこのカジッちゃんも弱くないんだよ?」

 

確かにこの部屋の扉二つを敵にふさがれているのだ。一方の敵を倒してそこから脱出するにももう一方の敵の攻撃をどうにかしなければならない。万事休すと漆黒の剣がそれぞれの武器を握りしてていたら―――モモンが無造作に剣を奮った。

 

「別に、扉から出る必要はないだろう?」

 

そう言って轟音を響かせてぶち抜いた壁は外まで続いていた。まさかの力業に敵もポカリと間抜けな顔を曝していた。

一瞬早く我に返ったのはモモンの力を知っていた漆黒の剣で、出来た穴から脱出する。残っていても足手まといだと悟ったからだ。ならば言われたとおり組合から応援を呼んだ方がまだ生存率が高い。

 

「モモンさんお気をつけて!!」

 

ニニャの声に片手で応えると穴を背に二人と対峙した。

 

「ちっ!逃がしてなるものか!!」

「簡単には通さんぞ」

 

男の方がペテルたちを追いかけようとするので、行く手を阻もうと剣を手にしたが、横から女が邪魔をする。

 

「あんたの相手はあ・た・しv」

「ちっ!!」

 

素早い突きにモモンは何とか防ぐが、男を取り逃がしてしまう。―――少し甘くみていたかとモモンは女と改めて対峙する。

 

「あはっ、楽しませてね。お・に・い・さん」

「―――やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから追いかけてくる気配にペテル達はニニャとンフィーレアを先に行かせて、応戦の構えを取る。

 

「おいおい、じーさん一人で俺たちとやんのかい?」

「黙れ若造め、おまえ達の相手はこいつらだ」

 

そう言って奇妙な玉を掲げると、どこからともなく動死体(ゾンビ)が現れた。

 

「かかれっ!!」

 

一斉に飛びかかってくる動死体(ゾンビ)にペテル達は苦戦する。それほど強い敵ではないが、数が多い。確実にしとめるには首を落とすしかないのだが、なかなか思うとおりの攻撃が当たらない。

 

まごついていたその時ペテル達の背後から悲鳴が上がり、慌てて振り返れば倒れるニニャにフードをかぶった男達に抱えられる意識を失ったンフィーレア。

 

「ニニャっ!?」

「ちっくしょうがっ!!」

 

ルクルットが走ろうとするが動死体(ゾンビ)に阻まれて動くことが出来ない。

 

「カジット様、捕まえました」

「よし、では儀式に入るぞ。おまえ達はこいつ等を食い散らかしておけ」

 

動死体(ゾンビ)共に命じると、カジットと呼ばれた男はフードをかぶった男達とどこかへと去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャンッ!と漆黒の鎧が薬草棚を巻き込み倒れ込んだ。その両目にはそれぞれ炎と電撃をまとったスティレットが刺さっていた。

 

「はい、しゅーりょー。意外と骨があったねぇ」

 

確かに力は強いが、戦士としての技術は全くなく、しかも獲物がデカすぎて狭い室内で向こうには不利な戦いだった。―――それでも、彼女が奥の手を出すほどには手こずったのだが。

 

「カジッちゃんもお目当ての子、捕まえたかな?」

 

あの程度の冒険者に後れを取るはずもないと、刺さっていた愛用の武器を引き抜くと、倒した相手のプレートを見て驚いた。

 

「え~?銅のプレートぉ??オリハルコンぐらいは有ると思ったのに」

 

確かに技術は素人だが、自分と良い勝負をした相手が最下級と知って顔をゆがめた。乱暴にプレートを引き剥がすとフンと不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「・・・まあ、結構な成長速度だったし早々に殺せてよかったわ」

 

今までの口調をがらりと変えると、もう興味はないと店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺がスケルトンじゃなきゃ死んでたな」

 

女が去ったことを確認し、モモンはむくりと起きあがる。目を刺してさらに炎と電撃って、こえぇ女だとモモンは肩を震わせた。

勝てない相手ではないし、本気を出すほどではないと判断したモモンは初戦は捨てて情報収集に徹していた。

あの女を倒したところで、男が逃げてしまっては探すのに手間取るだろう。だったら泳がせておいて相手の隠れ家を一気に叩こうと思い、女のマントに気付かれないようにマーキングアイテムを取り付けて置いたのだ。

 

「しかし、俺のプレートを持って行くとは・・・」

 

物体発見魔法を警戒しないのかあの女はと、呆れながらもプレートを無くしたときの弁償料を考え、取り戻さねばと強く頷く。

 

「ペテル達は無事かな」

 

反撃を考えなければ逃げられない相手ではないと思うが―――。そう考えながらモモンは外へと歩き出した。

 

 

*****

 

 

 

ペテル達に襲いかかる動死体(ゾンビ)共を後ろから剣を一閃させて首を跳ねる。生命に襲いかかる動死体(ゾンビ)は、アンデッドであるモモンには見向きもしないので後ろから楽に首を落としてやる。そうして最後の一体を倒すと、ボロボロのペテル達が何とか立っているのが見えた。

 

「大丈夫ですか」

 

モモンの姿にホッとしたペテルだったが、すぐさま足を引きずりニニャの元へ走った。

 

「ニニャ!」

「こりゃひでぇ・・・」

 

ニニャの体は酸によって爛れ、浅い息を繰り返していた。騒ぎを聞きつけたのか、街の人間も集まり始めていた。

 

「いったいどうしたんじゃ?!」

「あなたは・・・」

 

ペテルが振り向いた先にはこの街で知らぬ者はいない老婆が立っていた。リイジー・バレアレ。雇い主の祖母だ。敵に遭遇せずにいたのは幸いであった。

 

「すぐに回復薬(ポーション)を」

 

ペテルがリイジーに事情を説明しようと声をかけるが、その前にリイジーがモモンを、正確にはその手に持つ赤い回復薬(ポーション)を異様な目で見ていた。

 

「お、お主そのポ」

ばしゃぁ

「ほぎゃああああああっっっ?!」

 

リイジーがモモンに声をかけるより早く、ニニャに赤い回復薬(ポーション)をかけると、リイジーは目を見開いて絶叫した。そして真正面にいたペテルはリイジーの形相に「ヒィ!!」と後ずさった。

 

「う、うん?」

「おおっ、ニニャ!」

「すっげぇ効き目の回復薬(ポーション)だな!」

 

普通の回復薬(ポーション)ならじわじわ傷口が塞がっていくのに対し、モモンの使った赤い回復薬(ポーション)は一瞬で傷口を塞いでしまった。ああ、よかったと一安心するより速く、リイジーがモモンに詰め寄った。

 

「おおお、お主なんて勿体ないことをするんじゃ!?」

「うわっ!?な、何ですか?!」

 

異様に目をギラつかせ、憎悪すら籠もった目でモモンにつかみかかるリイジー。

 

「お主が使った回復薬(ポーション)は"神の血"と呼ばれる回復薬(ポーション)なんじゃぞ?!普通の価値に換算しても金貨8枚!付加価値をつければとんでもないもんなんじゃぞ!?」

「「えええっ??!!」」

 

それに驚いたのは漆黒の剣である。惜しげもなく使ったのがそんな回復薬(ポーション)だと知れば使われたニニャの顔は真っ青になる。しかもソレを言ったのは"あの"リイジー・バレアレだ。誰よりも正確な価値換算で有ることは疑う余地もない。

モモンは揺さぶられるまま、「ちょっと!」「落ち着いて」と宥めていたが、リイジーのしつこさにブチ切れた。

 

「ああもう知ったことかっ!!人の命より大事なものなど有るものかっ!!」

 

モモンの器のでかさに野次馬も漆黒の剣も感動した。しかし、モモンとしては余りまくっている自分では使わない回復薬(ポーション)を自分の好きにつかってなにが悪いという感覚である。

リイジーも頭が冷めたのか少し落ち着いたが、恨めしげな目は変わらずモモンに注がれている。ちょっとどん引きである。

 

「そんなことよりンフィーレアさんは?」

「孫がどうかしたのか?」

 

え。とモモンがリイジーを振り返った。このクレイジーなばーさんの孫?と、一瞬誰のことを言っているのか分からなかった。

 

「ああそうですモモンさん!!ンフィーレアさんが浚われました!!」

「なんじゃと?!」

 

再び目の色を別の色に変えたリイジーが今度はペテルにつかみかかる。ボロボロのペテルを前後左右に揺さぶり、どういうことだと怒鳴るリイジーにペテルの顔は真っ青である。多分首も締まっている。

対してモモンはやはりな、と冷静である。逃げ切れれば一番良かったが他に仲間がいたら挟み撃ちに合うだろうと予想は付いていた。

だから、こちらはあまり長引かせずに早々に負けて見せたのだが。

 

「大丈夫、敵の居場所はすぐに分かります」

 

リイジーがペテルを絞め殺す前にそう言えば、「本当か?!」と解放した。まるで動死体(ゾンビ)のようによろめくペテルに、大丈夫かとダインが支える。

 

「女の方にマーキングしていますので、魔法で場所は特定できます」

 

ただ、何らかの儀式にンフィーレアを利用すると言っていたので、早く特定しなくてはならない。

 

「とりあえず店に戻りましょう。―――あとニニャさん、これどうぞ」

 

そういって差し出したマントに首を傾げるニニャにルクルットは明後日の方向を見ながらニニャの胸元を指した。

 

「? ~~~~~~っ!!」

 

バッとモモンのマントを受け取ると頭からひっかぶる。幸い暗いこととモモン達が影になっていて野次馬たちには見えていないようだった。

 

「こ、これは、その!!」

「大丈夫だってニニャ、何も心配すんな」

 

ルクルットも、ペテルもダインもすでに知っていて知らないふりをしてくれていたのだと気付いて、ニニャは顔を赤らめた。

 

「だいたいそんなまっ平らの胸に欲情する男なんていないグハァッ!!」

 

よけいな一言で鳩尾に重い一撃を食らったルクルットはその場に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

その晩、エ・ランテルの墓場は騒がしかった。

扉を叩く音、怨嗟のうなり声に門番の悲鳴。大きな門はもはや破壊寸前まで歪みきり、ビキビキと不吉な音を立てていた。

今夜もいつもの夜だと思い込んでいた兵たちは恐怖で顔を真っ青にしていた。激を飛ばしている警備隊長でさえ顔色が悪い。

もうだめだと逃げだそうとする者も出始めて、警備隊長が死を覚悟したときだった。

 

「このままだと入れませんね」

 

・・・のんきな声が背後から聞こえ、警備隊長の男が振り返ると見事な漆黒の全身鎧の戦士が立っていた。冒険者かと思ったがどこにもそれを示すプレートがない。旅の者かと思う暇もなく。下がるよう怒鳴ろうとして―――飛び越えられた。その跳躍は人一人どころか、墓場を囲む塀すら飛び越えた。

バカなと、慌てて塀を駆け上がり男を探す。自殺かと思えるほど無謀な行為に、墓地をのぞき込んだ隊長は―――自分の目が信じられなかった。

 

月明かりに鈍い閃光が瞬く、そのたびにスケルトンが砕ける音、動死体(ゾンビ)がつぶれる音、そして、わずかに届く光に照らされたのは漆黒の戦士、いや、漆黒の英雄だった。

時間にしてほんの数分で、アンデッドの上げる音が聞こえなくなると、中から声があがった。

 

「いいですよ!周囲にアンデッドはいません!!」

 

それに答えたのは4人の冒険者だった。プレートは銀。正直言って力不足だと男は思ったが、あの英雄の連れだと思うと心強く見えた。

 

「門を開けてください」

 

その言葉に圧倒された兵は素直に門を開けて通した。

 

「すぐに応援が来ますので、それまで持ちこたえてください」

 

男の言葉に兵は頷くとすぐさま体制を整えるために動き出した。隊長の男は、もう一度墓場に目を向けた。まるで道ができるように倒されるアンデッドとその中を進む冒険者達。

 

「まるで、英雄の物語のようだ」

 

そう呟くと男も隊長としての務めを果たすために走り出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「カジット様、来ました」

 

フードの男に言われて顔を上げたのはやはり店にいたあの男であった。彼がリーダーなのだろう。不思議なものを見たように目を見開くとチッと舌打ちした。

 

「しくじっているじゃないか」

 

始末したと言ったはずの男が平然と立っているのだ。それは驚くだろう。

 

「お前の言うことは当てにならん」

「―――こっちもびっくりしてるわよぉ」

 

そういって霊廟から現れた女はのんきな物言いとは裏腹に、顔は不快気に歪んでいた。

 

「どーいうトリック?てか、何でここが解ったのさぁ」

「場所が解ったのはお前に取り付けたマーキングアイテムのおかげさ。あとは―――種をあかしたら手品じゃないだろ?」

 

苦々しく舌打ちした女は「じゃあ今度は死んだふりも出来ないくらいバラバラにしてやんよぉ」と邪悪な笑みを浮かべた。

しかし、モモンは肩を竦めただけだ。

 

「悪いが、お前の相手をする気はない」

「あ"あ"?」

 

その言葉に進み出てきたのは漆黒の剣の四人だった。

 

「バカじゃねぇの?そんな雑魚をいくら連れてきたって瞬殺だっての」

「そうとは限らんよ」

 

顔をこれでもかと歪ませた女は「殺す殺す、絶対殺す」と呪詛を吐いた。しかし、そんな女を全く相手にしてないモモンは後ろに飛んだ。

そのすぐあとに大きな骨の鉤爪がその場所を抉った。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か」

 

骨の竜に慌てた様子もなく見上げたモモンは漆黒の剣を振り返ると「では、計画通りにお願いします」と声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

マーキングアイテムのおかげで敵の居場所が分かり、すぐさま救出に向かおうとするペテル達を一旦止めたモモンは、まずは女の情報を共有した。

 

「彼女の強さは普通に言えば、私より上ですかね」

 

その言葉に目を剥いた漆黒の剣は互いを見る。そんな相手に勝てるのかと。

 

「しかし、攻略法さえ間違えなければ皆さんでも十分戦えます」

 

先ほどの戦いでつぶさに観察した女の技、早さ、武器、そして癖。それを分析し、モモンは女の攻略法を見いだしていた。初戦を捨てることで、次の戦いには必勝出来る方法を見つけだす。自然にそうすることをモモンは選んでいた。

 

(おそらく己の身に染み着いた戦い方なのだろう)

 

情報こそが重要だと考え、無理はしない。それが、自分のみだけではなく仲間の身を守ることにもつながるのだ。

 

「問題は男の方ですね。どれほどの強さでどんな魔法を使うのか不明な点が多い」

 

動死体(ゾンビ)を使役したと言うので死霊使いだろう、自分の"不死の祝福”に直前まで反応がなかったから、一度に大量の動死体(ゾンビ)をその場で生み出したと思われる。さらに女がしゃべっていた情報が真実なら第七位階の魔法行使が可能なアイテムもある。

―――初見の敵ほど厄介なことはない。

 

「情報を集めるのにも時間がない。なので、男の方は私が相手をしますので、皆さんに女の方をお願いしたい」

「私たちに倒せますか?」

「別に倒す必要はありませんよ。ただ、攻撃を凌ぎ続ければいい。こちらの攻撃は考えなくて良い」

 

モモンの言葉に訝しげにすると、モモンは笑ったようだった。

 

「隙を見せない守りは厄介ですよ?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

その言葉通り、女は亀のように防御に徹する漆黒の剣を倒せずに苛ついていた。

挑発しても聞く耳を持たず、ただ攻撃をいなしていく。まるで自分の動きを読まれているかのような感覚に、不気味さと腹ただしさを感じていた。

 

「この!人外―――英雄の領域に足を踏み入れたクレマンティーヌ様がてめぇらゴミごときにぃぃっ!!!」

 

攻撃は一切受けていない。しかし、女、クレマンティーヌのプライドはズタズタに切り裂かれていく。どうして殺せない。いつだってこんな屑共はスッといってドスっで終わっていたのに―――!!

完全に頭に血が上っているクレマンティーヌの攻撃は単調で、ますます読みやすくなる。ペテルはなるほどなと、モモンの情報把握能力に恐れ入る。

クレマンティーヌの攻撃に移る際の僅かなくせと、彼女がどこを狙ってくるかが解ればペテル達でも十分戦えた。無理はしない。死なない。それがこんなにも強さになるとは―――。

完全によけきらなくても良い。急所さえはずせば、傷は回復できる。回復役を狙われても、自分が盾になればいい。

ダメージは蓄積されるし、相手を倒すことは出来ない。けれど、時間稼ぎには十分なる。

 

モモンを信じて待てば良いだけだ。

 

 

 

 

 

―――そのモモンは現在骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と戦闘中である。フードの男たちの援護射撃に、時折漆黒の剣のメンバーを狙う攻撃をいなしながらモモンは宙を舞う。斬撃は利かないため剣の側面を使っての殴打を繰り返す。すぐさま回復をされるが知ったことではない。密かにマナエッセンスを使って相手のMP量を確認。あまり大きな魔法が使えなくなるほど消耗するのを待つ。

 

(やはりたいしたことはないかな?)

 

慎重に慎重を重ねては来たが、やはり弱い敵に怯えすぎかと苦笑いをこぼす。このままでも十分勝てるだろうと、楽観視し始めていると、―――カジットが仲間を殺し始めた。何事かとフードの男たちが悲鳴を上げるのをない目を見開いていると、それを動死体(ゾンビ)化させた。―――そしてこちらに突進させてくるので特に考えずに首を跳ねて倒す。

 

「十分だ!十分な負のエネルギーが集まった!!」

 

脈動するアイテムを掲げるカジットに、モモンは身構える。そのアイテムにどのような効果があるか解らないからだ。

 

「見よ!死の宝珠の力を!!」

 

その叫びに呼応するように大地を裂いて現れたのはまた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)である。

 

「二体目か・・・」

 

あのアイテムにより骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が召還可能ということに、モモンはない眉をひそめる。あとどれほどの数を召還できるのだろうか?

さらに増やされてはモモンだけならまだしも、漆黒の剣を庇いながらだと厳しい状況だ。

・・・実際は最後の力を振り絞っての召還だったが、慎重なモモンは楽観視はしなかった。

 

 

 

 

 

 

二体の同時攻撃や、漆黒の剣を狙う骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。次第に劣勢になっていくモモンと、体力が尽きかける漆黒の剣にカジットとクレマンティーヌに笑みがこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――やめた」

 

突然モモンが肩を落としてため息を付いた。それに漆黒の剣が驚いた顔を向け、

 

「あはは、なんだ諦めちゃったのぉ?」

 

クレマンティーヌは嬉しげに笑う。

 

「はぁ、ちょっと見くびりすぎた。やっぱり強い奴はいるもんだ」

 

やれやれと首に手を当てて自分の楽観視を反省する。諦めたにしては軽い雰囲気に訝しげに見ていると、とんでもないことを言い出した。

 

「しょうがない、本気を出すか」

「―――はぁ?」

 

今まで本気ではなかったというのかと目を剥くカジットに、逆にバカにしたように爆笑したクレマンティーヌ。

 

「本気だぁ?そーんなお粗末な技量で本気もなにも有ったもんじゃないじゃん!アホだろお前!!」

 

力がいくら強くても、戦士としての技量は全くない。むしろ少しずつ強くなっている所である。そんなモモンの本気とはなんだというのか?

 

「あれか?重い鎧を脱いでスピードアップとか考えてんの??バカバカしい。戦士失格じゃん!」

「―――いつ、俺が戦士だと言った?」

 

モモンの言葉に、空気が止まった。なにを言っているのだこいつはと狂人を見る目に変わる周囲に、モモンは剣を投げ捨てた。

しかし、その捨てた剣は地に落ちるより早く霧散してしまい度肝を抜かれた。

 

「は?」

「―――出来ればこのまま隠し通せれば良かったんだが、そうも行かない。おまえたちを侮りすぎていたよ」

 

本当に迂闊すぎると、頭を振りながら―――アインズは魔法を解除した。

 

 

その瞬間息を飲む音が一つにまとまり大きな音となった。

 

 

「ア、ンデッド?―――エルダーリッチか!?」

「正確にはオーバーロードなんだけどな」

 

これであの店で殺せなかった理由が解った。スケルトンは斬撃、刺突を無効化する。バカバカしいトリックである。しかし、だからなんだというのだとカジットもクレマンティーヌも相手を睨みつける。

 

「たとえエルダーリッチといえど、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には魔法に対する絶対耐性がある!!」

「ほう?俺が知っているのとは違うな」

 

腕を組んで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見上げる。

 

「俺が知っているのは第六位階以下の魔法の耐性でそれ以上の魔法は通すんだが―――これも俺が持つズレなのかな?」

 

妙なことを言うアンデッドにカジットは呆然とした。なにを言っているのだ?

 

「まあ、倒す方法はいくらでもあるが、一応試しておくか」

 

広げた手に見たことのない魔法を展開するアンデッドにカジットは知らずに一歩後ずさった。

 

「<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>」

 

その魔法に、一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が粉々に散った。もうカジットには理解が及ばない。

 

「なんだ、やっぱり俺が知っている通りじゃないか」

 

利かないならスキルを使用して大技を使うことも考えていたが、必要なかったなと、もう一体にブラックホールを使う。

そうして跡形もなく消えた奥の手に、カジットはガタガタと震え逃げようと足を動かした。―――が。

 

「時間対策はしておいた方がいいぞ?」

 

真後ろに現れた死の具現にカジットが悲鳴を上げる間もなく、肩に手を置かれた。触れた瞬間、体が動かなくなりそのまま大地に転がった。

 

「な、なにやったの?!なにも見えなかった!!」

 

クレマンティーヌはあのアンデッドがどうやってカジットの後ろに回ったのか解らなかった。今までの動きから、クレマンティーヌより早く動くことなんて出来ないはずだった。

 

「ま、魔法詠唱者(マジックキャスター)が戦士より早く動けるはずない!!」

「簡単な話だ。時間停止魔法を使ったんだ」

 

場違いなほど軽い声にクレマンティーヌは顔を真っ青にさせて後ろを振り返った。・・・本当ならそのまま逃げれば良かったのだが、信じたくなかったのだ。それに逃げたところで無駄に終わったが―――。

ガツリと首を捕まれ持ち上げられた。息を出来ることから力は加えていないことが解る。

 

「がっ!!は、離せ化け物!!」

 

認めない、認めてなるものかとがむしゃらに暴れる。私は英雄の領域に足を踏み入れた。魔法詠唱者(マジックキャスター)などスッといってドスで終わりだった。

私は劣ってなんかいないと目の前に骸骨を拳がつぶれるのもかまわず殴った。

 

「まったく、おとなしくして欲しいな。<絶望のオーラ>レベル1」

 

負けを認めず暴れ、無駄な傷を増やすのでアインズは戦闘意欲を奪おうと、ハムスケにやったようにスキルを使用した。

すると、その目に恐怖が宿りピタリと動きを止める。よし。と思う前に結構な勢いの水音が足下から上がる。

 

「え?あっ!?」

 

女の股間から流れるものに驚いて手を離してしまう。大きな水たまりに落ちたクレマンティーヌは涙と鼻水を垂らしながらヒィヒィと距離をとろうと地面を這う。

そのあんまりな光景に、思わずアインズが「だ、大丈夫か?」と手を伸ばせば悲鳴を上げて身を丸くした。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

ガタガタと幼子のように泣く女にどうすればよいか解らない。人間に使用するとこうなるのかと、使用上の注意を心のメモに書き留めておく。仕方がないとニニャを呼んだ。女のことは女に任せるべきだ。

呼ばれた瞬間、身を震わせていたが意を決したようにこちらに歩いてくるニニャにクレマンティーヌを頼む。

 

「着替えはないからこれで巻いてやってください」

 

水とタオル、それと大判の布を渡すとぎこちなくも頷いて、泣きじゃくるクレマンティーヌを連れて茂みに消えていった。

闘争心は折ったから大丈夫だとは思う。あとはカジットを拘束し、ンフィーレアの居場所を吐かせなくてはならない。・・・クレマンティーヌは無駄だろう。ちょっとやり過ぎた。

ペテル達も少し、警戒していたがアインズが呼べば応えてくれる。仲間だという認識がまだあるようでホッとした。

 

「モモンさん、あなたは―――」

「詳しいことはあとで説明しますから、まずはンフィーレアさんを救出しましょう」

 

その言葉に素直に頷いたペテルは動けないカジットを縛り上げる。倒れたときに頭でも打ったのか意識はない。ルクルットが乱暴に呼びかけているのを見て、ふと、足下にカジットが持っていた死の宝珠が転がっていることに気が付いた。

拾い上げて、鑑定すると驚くべきことが解る。

 

「知性あるアイテム?俺も知らないな?しゃべれるのか?」

―――はい、"死の王"よ

 

うわっ!マジでしゃべった!!と取り落としそうになるのを何とか阻止し、しげしげと眺めた。

なにやら自分に仕えたいと喋ってくる玉に、ハムスケの姿が重なる。どうしたものかと考えていると、カジットが目を覚ましたらしい。だが、その様子がおかしい。

 

「わ、私はなにを―――っ」

 

まるで悪い夢から覚めたように動揺し、そして今までの自分を振り返って犯した罪に嘆いている。その様子に、死の宝珠を見下ろす。

 

「お前がカジットを操っていたのか」

―――左様でございます"死の王"

 

まるで誇るような声にアインズは思わずこめかみに手を当てる。すると声が聞こえていたらしいカジットが悲鳴のように死の宝珠を罵倒した。

 

「お、おま、お前のせいで大勢の人間が死んだ!!私はただ、お母さんを生き返らせたかっただけなのに!!」

―――うるさいぞ愚か者め、私は思考を誘導したに過ぎない。人間を殺したのも、この街を死の都市に変えようとしたのもお前の意志だ。

 

滝のような涙を流すカジットに、死の宝珠は見下したように突き放す。自分の罪に押しつぶされたようにカジットは泣き続けた。それが哀れだと思いアインズは側まで歩み寄った。

 

母を蘇らせたい。それは誰もが考えることだ。泣くカジットの姿に親を亡くしたばかりのエンリとネム、村の子供たちの姿が重なる。

そして不意に、白い布を被せられた横たわる大人の前に立ち尽くす黒髪の少年の後ろ姿を幻視した。しかし、認識するより先に掻き消えてしまう。

 

「お前には運がなかった。それだけのことだ」

 

カジットと視線を合わせるように膝をつける。涙と鼻水でグシャグシャな顔はやはり子供のようだ。どれほど無駄な時間を費やしたか、哀れなことだ。

 

「親を生き返らせたいと願うのは誰だって同じだ。だが、大抵はそれを乗り越えるか、諦めることを選ぶ。・・・それを選べず、道を踏み外してしまったお前は運がなかったのだ。操られていたとしても犯してしまった罪は罪だ。―――それでも、今からでも償い、やり直すことは出来るだろ?」

 

呪縛は解かれた。ならばこれからは償うために生き、人生をやり直すべきだ。涙を流すカジットにアインズは優しく頭を撫でた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

最初の償いとして、ンフィーレアの元まで案内させると、霊廟の地下で薄布の衣服をまとったンフィーレアが立っていた。すぐさま漆黒の剣が駆け寄り声をかけるがピクリとも反応しない。

 

「―――叡者の額冠は、使用者の自我を奪い。魔法を吐き出させるだけの存在にする。・・・しかも、使用者からはずせば発狂してしまう恐ろしいものだ」

 

なんと恐ろしいことをしてしまったのだとカジットは顔を青くして震える。漆黒の剣が絶望的な顔でカジットを振り返るが、その横を通り過ぎてアインズがアイテムの鑑定に入る。

 

「ふむ、破壊すれば発狂せずにすむようだな」

「お待ちを!」

 

破壊しようと手を伸ばすアインズを止めたカジットを、ルクルットが睨みつける。しかし、震えながらもカジットは尚も言い募る。

 

「そ、それはクレマンティーヌが法国より盗み出したあの国の最至宝。もし、それを破壊すれば法国が黙っていないかと・・・」

 

法国の名を出されてペテル達は顔を見合わせる。もしこれを破壊すれば、最悪法国と戦争になるかもしれない。一介の冒険者には荷が重すぎる問題だ。ならば組合に相談しなければならないと考えていると鼻を鳴らす音が聞こえた。

 

「それは人の命より大事なことか?」

 

バカバカしいとばかりにアインズはどうやってかしらないが鼻を鳴らす。カジットは一瞬黙るが、しかし、法国は人の命より叡者の額冠を取ってきたのだと説明した。その言葉に、ガゼフを殺そうとした法国の特殊部隊を思い出す。大のために小を切り捨てるのは理解できる。

しかし、法国の覚悟の上で身を捧げた者と違い、ンフィーレアは利用されただけの存在である。―――だからといって操られていたカジットが責任を負えと言うのも少々かわいそうである。

 

メンドクサい。

 

アインズは問答無用で叡者の額冠を破壊した。あちらこちらから悲鳴が聞こえたがかまわず、倒れるンフィーレアを受け止めた。

 

「責任は俺がとる。法国がごちゃごちゃ言うのなら直接話を付けてやる」

 

そう言うとンフィーレアを抱えて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

霊廟から外に出ると、思い出したようにアインズは漆黒の剣を振り返り、ンフィーレアを託した。

 

「あとはお願いします」

 

そう頭を下げて、出口とは別の方向に歩き出すアインズにペテルはどうしたのだと声をかける。

 

「正体もばれましたし、この街にはいられませんのでここでとんずらします」

 

出稼ぎして早々アンデッドがバレてしまい、資金の倍稼ぐ所ではない。村長には申し訳ないが冒険者はやめることにする。

遠い国にでも行って、自分のマジックアイテムを換金しようとションボリしていたら、グッとルクルットに肩を捕まれた。

 

「おいおい、なに水くせーこと言ってんだよモモンさん」

「そうである。これほどの偉業を成し遂げながら黙って去るなど言わないで欲しいのである」

「私たちにモモンさんの手柄を横取りするなんて出来ませんよ」

 

ダインもニニャもアインズを引き留めた。

 

「私たちは仲間なんですから」

「仲間・・・」

 

ぱちくりと、ペテルの言葉を反芻したアインズは振り返る。

 

「―――なんて、弱い私たちが言うのもおこがましいですけど」

「同じ竈の飯を食ったなか―――って、そいうや飯食えたの?」

「いえ、実は袋に移してまだ持ってます」

 

暖め直してエンリやネムに上げようと思っていたのだ。ちゃんと<保存>もしているし。

 

「じゃあ、一緒に死線をくぐり抜けた仲だな!」

「モモン氏には全然死線じゃ無かったみたいであるが」

 

そう笑いあう漆黒の剣に、アインズはコトリと首を傾げた。

 

「私、アンデッドですよ?」

「かの英雄黒騎士も悪魔の血を引いていたそうですし、英雄が人である必要はないんじゃないですか?」

 

ペテルの言葉に、涙を流せない我が身を恨めしく思った。異形の身ゆえ、人には受け入れられないとずっと思っていた。ああ、いい人に出会えて良かったと心からそう思う。ふと、赤いマントがたなびく姿が脳裏に浮かび、消えた。

 

「・・・けど、ペテルさん達が黙っててもすぐに知れ渡るんじゃ」

「ワシも貴方の正体は誰にも言いません」

 

黙っていたカジットがまっすぐな目でアインズを見つめていた。

 

「クレマンティーヌはどうかは解りませぬが、あやつ一人で騒いだところで誰も信用せんでしょう」

 

まあ、あの怯えようから口止めすればなにも喋らないだろうが。

そこまで言われてしまい、アインズは空を見上げて考えたが冒険者を続けられるに越したことはないので、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 

日が昇り、遠くから兵や冒険者達がこちらに向かって来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

長い夜が終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正式に"漆黒の剣"のメンバー入りしたモモンは、新しいプレートにため息を付いた。

 

「・・・みなさんは白金(プラチナ)なのに、何で私だけ」

「当然じゃないですか。むしろモモンさんも白金(プラチナ)だったら我々は抗議してましたよ」

 

煌めくのはミスリルの輝きである。秘密結社ズーラーノーンの野望を打ち砕いた英雄に、組合は異例の特進を施した。ペテル達の働きも認められて二階級特進である。

 

「しかも私も漆黒の剣なのに、・・・なんですか"漆黒の英雄"って」

「かっこいい二つ名じゃないですかモモンさん」

「そうですね"漆黒の術師"さん」

「―――すいません、恥ずかしいですね」

「えー?二人ともいいじゃないですか」

 

ペテルはとても楽しそうだ。早く自分も二つ名が欲しいとばかりである。モモンとしては彼がリーダーなのにと恐縮している。

 

「それじゃあ、私は一度村に帰りますね」

 

思わぬ報酬収入で資金の数倍は稼いだモモンは、必要なものを買い込んで村に帰ると漆黒の剣に伝えてあった。もちろん、アインズ・ウール・ゴウンのことも伝えてある。

 

「ならついでに送りますよ。バレアレさんもカルネ村に引っ越すから護衛が欲しいと言ってましたし」

 

ンフィーレアのタレント能力を考えればこれからも狙われる可能性がある。それなら田舎の村に引っ越したほうが安全だろうと言うことだ。村に来るのならアインズの正体は伝えておかなければならないのですでに話した。その口止め料として、リイジーが赤い回復薬(ポーション)を要求してきたのはさすがと言える。

 

「仕事が入りましたらすぐに伝言(メッセージ)を送ってください。転移で一瞬ですから」

 

ニニャはまだ伝言(メッセージ)を覚えていないがタレント能力ですぐ使えるようになるだろう。その間はスクロールを常備することになるが。

 

心強い新たな仲間に漆黒の剣は笑顔を見せた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

ひっく  ひっひ ふぅ

 

 

隣の牢獄から聞こえる泣き声にカジットは身を起こして格子に近づく。

 

「怖い夢でも見たか?」

「カジッちゃぁん」

 

かけられた声に、目を赤くしたクレマンティーヌが格子越しにカジットにすがりつく。怖いよう怖いようと怯える娘の頭を撫でてカジットは哀れだと思った。

 

今までは自分の目的だけを見ていて、クレマンティーヌのことも自分の計画で使う駒程度にしか考えていなかった。

しかし、目が覚めて周りをみる余裕を得ると、この娘の不憫さを哀れに思った。心を折られたクレマンティーヌは幼子に戻り、恐怖に震えて泣いている。そんな娘をカジットはこうやって慰めていた。

 

「ここには怖い者はこない、安心しろ」

 

格子越しに背中を叩き泣きやむのを待つ。英雄級の力を持つ性格破綻者などと思っていた。だが本当は力を示すことでしか自分の価値を示せないだけの娘である。

 

「か、カジッちゃんはぁ、あたしが弱くても一緒にいてくれる?」

 

震え、泣きながらそんなことを言うので「当たり前だろう」と応えてやる。役に立たなければ捨てられるような環境にいたのだ。この娘は悪くないのだとカジットは気が済むまで抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国の鮮血帝と呼ばれる男ジルクニフは、反吐が出そうになるのを必死に耐えながら、目の前の存在と紅茶を飲んでいた。

 

「そんなしかめっ面では美形が台無しですよ?我が友ジル」

「・・・気にしなくていいさ、皇帝に必要なのは顔ではなく手腕だからね」

 

そうかいと、異形の顔を歪ませて笑う男に、ジルクニフはテーブルのしたでこれでもかと拳を握りしめていた。

 

(なにが美形が台無しだ!愛想笑いは大嫌いだと半殺しにしたくせに)

 

この異形の化け物がこの国に来たとき、ジルクニフは出来るだけ穏便に済ませようと、いつものように美しい笑顔を張り付けてどう利用しようか算段していた。―――しかし、ほんの僅かな会話で機嫌を損ね、その鉤爪でジルクニフを切り裂いた。

恐怖した。人間ごときの知略など、この化け物には通用しないと理解した。しかし、その傷を癒したのもまたこの化け物だった。まるで握手の際に爪で引っかいてしまったのを謝るような軽さで謝ってだ。

 

「すみませんねぇ、もうどこも痛くないですか?」

 

草食動物の頭を持つこの悪魔は、ニタリと顔を歪ませてジルクニフに手をさしのべる。自分は鮮血帝などと呼ばれるが、目の前の存在に比べれば優しい部類だろうと言いたかった。

 

「別に君を傷つけるつもりはなかったんですよ。ただ思ったより私の爪が鋭くて、手が滑ってしまったんですよ」

 

片手でジルクニフを持ち上げると、そのままイスに座らせた悪魔は白々しい仕草で非礼をわびた。

 

「私は君と友人になりたくて来たのですから」

 

その言葉に、ジルクニフには頷く以外の選択肢はなかった。拒否をすれば再びその鉤爪が自分を襲うことを解っていたから。

 

 

 

 

 

その悪魔を連れてきたのはこの国の大魔法詠唱者(マジックキャスター)であるフールーダだった。己の魔法の試し撃ちに時々出かけるのだが、その日は興奮の面もちでジルクニフの元に訪れて言ったのだ。

 

「我が神に出会った」

 

実際には神などではなく悪魔なのだが、己より優れた魔法詠唱者(マジックキャスター)を望んでいたフールーダには関係ない。魔法の深淵さえのぞければ悪魔にだって魂を売るつもりなのだから。

帝国に最大の災厄を持ち込んだフールーダにジルクニフは裏切り者と憎しみをぶつけたくなるが、これが彼なりの忠義の結果でもあると解っていた。

 

悪魔に弟子入りするのなら、そのまま姿を眩ませてしまえばいい。しかし、それをせず帝国に招きジルクニフと引き合わせた。そうしなければ野放しになった悪魔の気まぐれで帝国は滅んでいたかも知れないからだ。今の状態は最悪だが機嫌を伺うことが出来る最善の状況である。フールーダは務めを果たしている。―――悪魔に言われればすぐさま手のひらを返し帝国を滅ぼすだろうが。

だが、そんなフールーダの忠義でさえもこの悪魔は利用したのだろう。人間を掌で転がし、愉悦に笑っているこの悪魔は―――。

 

「そうそう、私はしばらく出かけてこようと思ってるんですよジル」

「出掛ける?」

 

出来ることならそのまま帰ってくるなと言いたいが、グッと我慢する。数日でもこいつから解放されるのだ。下手な怒りは買いたくはない。

 

「どこへ行くんだい?よかったらそこの領主に話を付けておくけど」

「いや必要はないですね。行くのは王国領ですから」

 

王国領と聞いて、ジルクニフは唾を飲み込む。いったい何をしにそこに行くというのか?

 

「ちょっとした生き物の生態調査ですよ」

 

 

 

 

 

to be Continued.........?

 

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