急な大金が仲間と才能を消す理由
坂下が陥った状況を本書風に言い換えますと、宝くじ当選によって「仲間」と「才能」を一気に失い、最終的には「お金」も消えてしまった、ということになります。人間の幸せにとって必要な3つの要素(お金と仲間、才能)をまとめてなくしてしまったのですから、悲しいラストシーンになるのは当然です。
まず「仲間」の喪失は、妻から始まりました。
妻はうだつの上がらない坂下に不満を感じている、いわゆる恐妻ですが、坂下は彼女のことを、心根は優しい女性だと信じていたように思います。
そんな思いを打ち砕いたのが、寄付をしようとする坂下に向けた彼女の鬼の形相です。
宝くじ当選後、坂道を転がるように崩壊に向かった坂下家ですが、崩壊は、妻への幻滅から加速したと見ていいでしょう。
急に「お金」が入ると、人は本性をさらけ出し、その結果、「仲間」を失いやすい。
坂下のもう一つの仲間であった会社の同僚たちは、誘惑してきた女性部下を含め、最初は羽振りがよくなった坂下に近づいてきました。
が、長くは続きませんでした。
急に「お金」が入って近づいてきた「仲間」は、定着しない。
さらに、大金を得たことで気が大きくなった坂下は、些細なことから会社を辞めてしまい、「才能」を磨く機会も失ってしまいます。
こう言うと「いい年して係長」の坂下に特別な才能があるのかと思う方もいるかもしれませんがそれは大きな誤解です。
この“ミドル余り(中高年社員のポスト不足)”のご時世に、係長とはいえ、複数の部下を束ねるポストに就いている。そのこと自体、坂下を怒鳴りつけた上司も、会社も、優しくて真面目な坂下の「対人関係調整力」をそれなりに評価しているのです(本当に能力がない人材は最終的には「年上部下」になるか「部下なし1人部署の住民」になります)。
にもかかわらず、坂下はそんな自らの「才能」を磨く機会を放棄してしまいました。
急に「お金」が入ると、人は自分の「才能」を磨かなくなる。
転がり込んだお金はすぐに消える
こうして「仲間」も「才能」も失った坂下ですが、宝くじで手に入れた「お金」がある程度手元に残れば、ここまで悲惨な末路にはならなかったかもしれません。
ただ、この低金利時代ですから、何もしなければ1億円は消費で目減りするばかり。
坂下も途中からその事実を痛感し、怪しい経営コンサルタントの誘いに乗り、カフェ事業という投資に打って出ます。
ですが、経済行動学などの専門家は、坂下のような局面に陥った人が投資で一発逆転する確率は低いと指摘しています。人は追いつめられた局面では、普段以上に大胆な選択をしてしまうからです。
今話題のカジノで言えば、慎重な人でも負けがこんでくると、起死回生を狙ってハイリスクな賭けをして傷口を広げてしまう。レース系のギャンブルで言えば、最終レースに1 日の負けを取り戻そうと、普段は買わない大穴を買って損失を拡大する……。
思い当たる節がある方もいるのではないでしょうか。
坂下も同様で、想像以上の速度で減り始めた1億円を何とか増やそうと焦って、まったく土地勘のない飲食店経営を始めてしまいました。結果は本編の通りです。
急に転がり込んできた大金は、「仲間」と「才能」、そして最終的には「お金」すら失いかねない危険を秘めているというわけです。
普通の人がお金を持つには「急な富裕化」しかない
多くの人は「お金」を欲しがりますが、私たち普通の人が本当のお金持ちになろうとすれば、宝くじ当選や投資の成功など、「急な富裕化」に頼らざるを得ません。
その急な富裕化が、幸せ3要素を吹き飛ばす危険性があるのであれば、普通の人は「お金」を増やそうなどと思わず、今ある「仲間」や「才能」を地道に育んだ方が、幸福になれる確率は高いとも言えます。
たまには贅沢したいなと思った時にそれができる程度の額があれば、「お金」は十分なのかもしれません。
なお、参考までに付け加えますと、宝くじは数あるギャンブルの中でも、ものすごく割に合わない賭け事です。
1枚買って7億円が当選する確率は、約1000万分の1以下で、交通事故で死ぬ可能性よりずっと低く、ほとんどの人は生涯買い続けても一等などまず当たりません。
おまけに、控除率(購入代金に占めるテラ銭の比率)は約50%と、競馬や競輪(約25%)も真っ青の高さ。召し上げられたテラ銭は、販売経費を差し引かれた後、地方自治体に分配されることから、経済学では「宝くじ=愚か者に課せられた税金」と定義する人もいます。
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