オーバーロード 新参プレイヤーの冒険記   作:Esche
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先のことを考えずにその場で書いてるから前話の予告とは違う内容に……予告の内容は次回への持ち越しとなります。申し訳ないです。。

オリキャラ主体で物語を進めていると魅力的なキャラクターを作るのって大変なんだなーと痛感します。本当は原作キャラとももっと絡めたいのですが、一度に三人も増やしてしまったから正直持て余しています。




(11)得手

 頭上に広がる鮮やかな緑の天蓋が風に揺れ、降り注いだ木漏れ日にユンゲは目を細めた。

 陽を透かして仰ぎ見れば、青々とした葉に浮かぶ細やかな葉脈の一本一本までもが輝いて見えるようだ。――辺りを包み込むのは、豊かな森の香りとでも言うのだろうか。

 立派な樹々が瑞々しい枝葉を広げる木陰には、苔生した大小様様な石が転がり、下生えの草や低木も濃密な緑の装いだ。

 大気汚染が進んだことですっかり廃れてしまったが、かつては現実の世界でも森林浴というリラクゼーションがあったというのも頷ける話だ。

 冒険者組合で一つの依頼を受け、街道を外れた少し奥まった森の中に分け入ったユンゲだったが、やや荒んでしまった心が安らぐような何とも言えない心地良さに身を委ねてしまえば、何時間でもそうして過ごしていたい気分になってくる。

「……ったく、この身体も融通が利かないよな」

 ユンゲのぼやきすら、太古の森は優しく包み込んでくれるようだ。

 

 メンバー全員のシルバー級昇格を祝した翌日、冒険者組合で受けた依頼は薬草の採取であった。

 日銭を稼ぐだけであれば、これまでのようにモンスターを退治することでも問題はなかったのだが、せっかくチームを組んだのだから依頼をこなすのも良いかと考えて、依頼の張り出されたクエストボードへと向かった。

 そこまで来て文字が読めないことを思い出したユンゲが頭を悩ませていたところ、

「この依頼なんていかがでしょうか?」

 隣で同じように小首を傾げていたマリーが、クエストボードの中ほどを指して声を上げた。

「ん、何の依頼だ?」

「薬草の採取ですね。取ってくる薬草の種類によって報酬額が変わるみたいですけど、かなり実入りは良さそうです!」

「……薬草か。俺、全然分からないんだけど大丈夫か?」

「森の中のことはエルフにお任せです! これでも森祭司<ドルイド>ですから、薬草のことなら私に聞いていただければ――見分け方も簡単なので、すぐに覚えられると思いますよ」

「なら、そうするか。二人も構わないか?」

 背後で控えていたキーファとリンダの了承を確認してから、どことなく得意気に胸を張っているマリーに向き直る。起きたときは二日酔いで死にそうな顔をしていたのが嘘のようだ。

「じゃあ、受注してきてもらえるか」

「はい!」と小気味良い返事を返したマリーの後ろ姿を見送りながら、魔法とはかくも偉大なものかとユンゲは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 今朝、手桶を抱えたまま微動にできなかったマリーを見遣り、流石に仕事に支障をきたすからとリンダが解毒魔法をかけてやれば、青白い顔に瞬く間に赤みが戻ったことを思い出す。

(元の世界にこそ、必要な気がするな。いや、魔法が使えるわけないんだけど……)

 決して良い社会ではなかった現実の世界、辛い生活から逃げるように酒精に溺れる者も少なくなかった。しかし、一般市民に手に入れることができる酒類など、ただ酔うためだけの粗悪な合成酒ばかりなので、深酒をすれば二日酔いの性質の悪さも極めつけだった。

 そんな取り留めのないことをぼんやりと考えていると受付を終えたのか、マリーが軽い足取りで戻って来るのが見えた。

「ばっちりでした! なんでも街一番の薬師の方がいきなり辺境の村に拠点を移してしまったらしくて、薬草とかポーションの供給が追いつかないから報酬も高いそうです。だから依頼分より多く採取しても冒険者組合から街の薬種商に買い取ってもらうことも可能みたいです」

 以前の酒場でのことを思い返せば、この世界でのポーションは高価な様子だったので、冒険者的には死活問題――ユンゲ自身に加えてマリーとリンダも回復魔法を使えるので、ユンゲたちのチームはそうした苦労は起きそうにもないが――になるのかも知れない。

「そうなのか。なら、たくさん集めないとな。……それにしても、なんか気合入ってるな」

「はい! やっとお役に立てそうですから。マリー、頑張りますね!」

 何気なく発したユンゲの問うような声音に勢い込んでマリーが答えるのだが、あまりにも真っ直ぐな眼差しに見つめられ、ユンゲは思わず言葉に詰まるのだった。

 

「……役に立たないのは俺の方だな」

 涼やかな風にそよぐ樹々の枝葉を見上げながら、ユンゲは独り言ちる。

 薬草採取のために森へと入ったのだが、これまでところユンゲは何の役にも立っていない。

 散策を始めて間もなく、目当ての薬草を見つけたマリーに説明を受けながら採取を試みたところ、軽く摘まんだだけのつもりでユンゲは薬草を捻り潰してしまった。その後も言われるがまま、採取に挑戦をしてみたユンゲだったが、思うように身体が動いてくれなかった。

 そうして何度目かの失敗を経て、エルフの少女たちから向けられる視線に一抹の憐憫を感じ始めた頃、「何事にも得手不得手はありますからね」というリンダの言葉を受けて、ユンゲは事実上の戦力外通告を受けてしまったのだった。

 建前の上では周囲の警戒を行っているのだが、野伏<レンジャー>であるキーファも当然ながら同行しているので、どれほどの意味があるかは疑わしい。

 いつだったか商隊の護衛を勤めたとき、野営をする段階で簡単な食事作りに失敗したことを思い出す。それなりに一人暮らしも長かったので、基本的な料理ぐらいはできたはずなのだが、当たり前にできていたことができなくなってしまっていた。

 ユグドラシル的に考えるなら、行為に見合う職業やスキルが必要なのかも知れない。

 ――料理をするためには料理の、採取をするためには採取に関するスキルが必要なんだ。そうだ、そうに違いない。

 そうやって、無理やりに自身を慰めようとするユンゲを現実に引き戻すように鼻を刺すようなツーンとした刺激臭が襲った。

「エンカイシ……だったか。かなり臭うな」

 刺激臭の発生源――薬効が強いという根の部分は特に臭いがキツいらしく、何度か握りつぶしてしまった指先には、強烈な臭いが染みついてしまっている。

 横目で様子を窺えば、マリーたちは特に気にした様子もなく、<ヘイスト/加速>の魔法でもかかっているような手際の良さで薬草を集めているのが見える。

 森の民とも呼ばれるエルフにとって、薬草採取はお手のものなのだろうと淡い羨望にも似た思いを抱きながら、ユンゲはため息をこぼす。

「ハーフエルフじゃダメってことなのか。……ニュクリとかアジーナだとか、ユグドラシルで聞いたこともない薬草の名前だったから不安だったんだよな」

 木陰が多く空気の湿った水場の近くに自生しているなど、色々と説明もしてもらったのだが、正直なところ薬草と雑草の見分け方も良く分からないままだ。

 今後は素直にモンスター退治をしていた方がよさそうだと考えつつ、せめて彼女たちに危害が及ばないよう警戒は怠らないようにしようと気持ちを入れ直す。

 幸いにしてモンスターの襲撃もなく、優秀なエルフの少女三人は昼前には依頼分の採取を終えると夕暮れには抱えるほどの薬草を取り終えて、エ・ランテルへ帰還することとなった。

 

 *

 

 冒険者組合の扉を押し開けて中に入ると、途端に何人かの冒険者が顔を顰めたのが分かった。

 すっかり慣れてしまった鼻にはどうということもないが、やはり相当に臭うらしい。

 心の内で謝罪をしつつ受付に向かえば、「おかえりなさい!」と笑顔で迎えてくれる顔馴染みの受付嬢。少しも不快な様子を見せないプロ意識には感心するばかりだが、辛くないはずもないので手早く手続きを済ませたいところだ。

 カウンターにどさりと背負い袋を下ろせば、目を見張るように感嘆の声音が聞こえた。

「すごい量ですね! ふふっ、鑑定人が苦労しそうです」

「ええ、彼女たちが頑張ってくれました」

 マリーの背を押して前に促しつつ、ふと彼女たちとこの受付嬢の顔合わせは初めてだったことを思い出して、キーファとリンダにも目配せを送る。

「ああ、まだ紹介していなかったですね。今度から彼女たちとチームを組むことになりまして――マリー、キーファ、リンダの三名です。これからよろしくお願いしますね」

 ユンゲの紹介に合わせて三人がそれぞれに会釈し、受付嬢は居住まいを正してお辞儀を返した。

「存じております。皆さん、既にシルバー級にご昇格されたと伺っております。遅くなりましたが、ご昇格おめでとうございます。そして、当冒険者組合を今後ともよろしくお願いいたしますね」

 現実の世界でも重宝されそうな、受付嬢のお手本とも言うべき見事な振る舞いだ。

 初めて冒険者組合に訪れたとき、彼女が受付にいてくれたことは幸運だったのかも知れない、などとユンゲがぼんやりと考えていたところ、不意に受付嬢は表情を悪戯っぽい笑みに張り替えた。

 

「――ところで、チームを組むことを薦めたのは私ですけど、女の子ばっかり……こんな可愛い子たちを捕まえてくるなんて、ユンゲさんって実は結構遊んでたりします?」

「え、いや……そんなことは――」

「見た目の割りに言動は初心っぽい感じがしてたんですけど、私の見立て違いでしたか?」

 突然の話題の転換に頭が追いつかず、ユンゲの口からは意味を成さない呻きだけがこぼれた。

「あなたたち同じチームとはいえ、嫌なときには嫌ってちゃんと言うのよ! どうしても難しかったら組合に報告して。ちゃんと然るべき対処をしますからね!」

 狼狽するユンゲに構うことなく、受付嬢はマリーたちに真摯な眼差しで語りかけていた。

 いきなり受付嬢に手を取られ、ずいっと顔を寄せられたマリーが慌てて、「いえ、ユンゲさんはとても優しいです」などと口走っている。

 言質を得たりとばかりに口許を釣り上げた受付嬢の横顔がどこか狂気を秘めているようで怖しい。

 話の方向性が良くない方に向かっていることを感じ取り、ユンゲは上手く働かない頭を必死で回転させる。おそらくどんな反応を返してしまっても受付嬢を喜ばせるだけなのも分かっていたが、彼女たちの境遇を思えば、そちらの話題には触れるべきではないはずだ。

「いや、何を言っているんですか。やましいことなんてありませんよ!」

 受付嬢はどこか憐れむような一瞥をくれて、取り繕おうとするユンゲに言葉を紡ぐ。

「こんなに魅力的な子たちなのに?」

 男の沽券にかかわるような問いかけに、んぐっ、とユンゲは言葉に詰まる。

 ハーフエルフの身体になったとは言え、ユンゲも若い男だ。現実世界ではなかなかお目にかかれないような美少女のエルフ、それも三人と行動をともにして何も思わないわけではない。

 チームである以上、宿屋でも同室なのだ。湯浴み後に平服姿で過ごす彼女たちを横目にどれほど冷静さを保っていなければいけないのか。

 これまでの経緯を思えば、間違っても変な気を起こすことはできない。

 自身の思考が迷走し始めたことに気付き、咳払いを一つ。

 ユンゲは努めて落ち着いた口調を心掛けて、慎重に言葉を選んでゆく。

「――彼女たちが魅力的なことは否定しませんよ。けれど、私も冒険者の端くれ。チーム内での恋愛がご法度なことくらいは認識していますよ」

 わざとらしくならないように肩を竦めて、これ以上は触れてくれるな、とばかりに踵を返す。

「まぁ、そういうことにして置いてあげましょうか」

 如何にもわざとらしい溜め息をこぼした受付嬢が口にした、「男女の関係が恋愛ばかりとは思わないですけどね」という不吉な言葉は意図的に無視をすることにした。

 自身の経験値の足りなさを嘆くほかないが、他に対処する方法も思い浮かばない。

 何となく恨めしい気持ちで周囲を見回せば、やや困り顔のリンダと目が合った。

 神官らしく、慈母のような労わりの笑みを浮かべる仕草に、少しだけ心が癒される。

「さて、からかうのはこのぐらいにして……、薬草の査定には少しお時間をいただきますが、どうされますか? 組合の中でお待ちいただけるのであれば、お飲み物くらいならお出しできますよ」

 荷物や装備を宿屋に置きに戻りたいところではあったが、また冒険者組合まで来るのも面倒に思えた。リンダと軽く目配せを交わして意思を確認する。

「じゃあ、少し待たせてもらいますね」

 すっかり職分を取り戻したように「畏まりました、ではこちらへどうぞ」と優雅に案内をする受付嬢の背に続いて、フロアの中ほどのテーブルに着く。

 隣の席の冒険者が嫌そうな顔を見せたところで臭いの件を思い出すが、今更断われないなと心の中でまた謝罪を口にする。

 

「ところで、皆さんのチーム名はお決まりですか?」

「ん、チーム名ですか? 特に決まってないですが、ないとマズいんですかね?」

「絶対に必要ってこともないのですけどあると便利というか、名前が売れたなら名指しの依頼なんかも舞い込んでくるかも知れませんね」

「あー、ちなみに他の方たちってどんなチーム名を名乗っているんですか?」

「そうですね、有名なところだと『朱の雫』に『蒼の薔薇』……」

 指折り数えながら、受付嬢はいくつかのチーム名を挙げてゆく。

 そう言えば、前にトブの大森林で出会ったモックナックは『虹』を名乗っていただろうか。

「色に関係するチーム名が多いのかな……?」

 ユンゲは隣に腰かけたリンダに小声で問いかけてみる。

「どうでしょうか、王国は四大神信仰が主流なはずなので、それぞれの神が持つ象徴色に因んだ名前を付けたりするのかも知れませんね」

 うろ覚えな記憶を探ってみれば、近隣諸国は土・水・火・風をそれぞれ統べる神がこの世界を作り出した、とかそんなような宗教があるという話を商隊護衛で同行した冒険者から耳にした気がする。日本人としては、宗教などさほど縁もなかったので適当に聞き流していたが、改めて確認しておいた方が良いのかも知れない。

「すぐに決める必要もありませんので、もしお決まりになったら教えていただけると嬉しいです」

 口許に指を添えてほほ笑む受付嬢に「了解しました」と笑い返し、受付のカウンターへと戻る背中を見送った。

 ようやっと息をつき、ユンゲが給仕されたエールの杯に口をつければ、芳醇の味わいが渇いた喉を潤してくれる。酒場で飲むものよりも香り高いので、上等な物かも知れない。

 向かいの席に目を向ければ、昨夜の醜態を意識したのか、マリーはキーファと一緒に仲良く薄桃色の果実水を頼んでいた。何となくほほ笑ましく眺めていたところで、受付嬢からの訳知り顔な視線を感じ、誤魔化すようにもう一度エールを傾ける。

 可愛い女の子たちが和気藹々としていれば、それだけで幸せな気持ちにもなるだろう、などと言い訳を唱えつつ心配はないと思いながらも、妙な噂を流されてしまっては堪らない。

 こちらの動きを目にしたからか、小首を傾げて不思議そうな顔を向けてくるマリーに、何でもないよと軽く手を振って返していたところ、不意に冒険者組合の入口の扉が勢い良く開かれ、数名の冒険者風な男たちが受付へと駆け込んでいくのが見えた。

 ユンゲたち以外の冒険者からの視線も集中する中、控えていた受付嬢たちと短いやり取りを交わすと、カウンター奥の扉へと消えていく。

 ユンゲが何事かと訝っていると、表情を引き締め直した受付嬢は小走りにユンゲたちの席へと駆け寄ってきた。

「――すみません、ユンゲさんたちもカッツェ平野のアンデッド討伐戦にご参加いただけるのでしたよね?」

「ええ、組合長からお話をいただきましたので、そうさせてもらうつもりです」

「――実は明日の朝、冒険者組合で討伐隊に参加する冒険者を集めて会合をすることになりまして、突然のことで恐縮なのですが、ご参加いただけますでしょうか?」

 

 




-アンデッド師団討伐についての独自解釈-
・アインズ様は移動手段として転移魔法が使えるので、カッツェ平野をわざわざ通る理由がなく遭遇戦ではない。
・この時点におけるモモンとしての働きは、報酬を得ることが第一目的であったので、依頼を受けて討伐戦に赴いたと考えるのが妥当。
・師団(数千体以上)と称されるアンデッドを相手に冒険者組合がチームを一組しか派遣しないというのは、アダマンタイト級が破格の強さをもっているとしてもリスクの面で考えにくい。

といった観点から、王都でのヤルダバオト戦のように複数の冒険者が雇われ、そこで中核を担ったのが『漆黒』なのだろうと解釈しています。
(ザイトルクワエのときのようにあっさりと解決してしまったという可能性も高そうですが……)


-ユンゲたちのチーム名-
エルフだから「森」とか「緑」とか「風」辺りかなーと考えていますが、正直思いついていません。ある意味一番頭を悩ませています。。。







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