オーバーロード 新参プレイヤーの冒険記   作:Esche
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だいぶ投稿間隔が開いてしまいました。
お待ちいただいていた方には、申し訳ないです。


いよいよアニメ3期が始まりましたね!
とても丁寧な作りだったので、これからが楽しみです。


(9)変化

 鬱蒼としたトブの大森林の僻地――、黒く爛れた断崖に囲まれた砂漠ばかりが広がる絶死の大地の上を、マリーを横抱きに抱えたユンゲは軽やかに舞い飛ぶ。

 対岸にいた人影たちもこちらの存在に気付いたらしく、初老の男の後ろに控えている冒険者――近づいて確認できた首元のプレートは、おそらくミスリル製だろう――が警戒のために武器を手に取るのが見える。

 騒動を起こしたいわけではないので、敵意はないと肩を竦めながら、ユンゲは冒険者の一団から少しの距離を置いて降り立った。

 ようやっと地面に下ろされ、膝をがくがくとさせているマリーの非難めいた視線は、一旦無視をすることにしてユンゲは冒険者たちに向き直る。

「……何者だ?」

 くすんだ金髪をオールバックに固めた大柄な男が、初老の男を庇うように前に出て――初老の男の方がよほど手練れに見えるのだが、冒険者を示すプレートは身に着けていないので、立場が違うのだろう――剣の柄に手をかけながら、誰何の声を上げた。

 やや不躾な態度とも思えるが、ここは上位の冒険者を立てるべきだろうと現実世界での社会人経験がユンゲの理性に囁いてくる。

「失礼しました。エ・ランテル冒険者組合所属のユンゲ・ブレッターです。こちらは今度から組むことになった――」

「マリーです。よろしくお願いします」

 ユンゲに続き、促されたマリーが名乗り終えると、最初に反応を見せたのは初老の男だった。

「――なるほど、君が……ふむ、直接話すのは初めてになるかね。私は、エ・ランテル冒険者組合を預かるプルトン・アインザックだ」

「組合長、このエルフの青年をご存知だったのですか?」

「あぁ、先日の共同墓地で起きた事件のときに、活躍してくれてね。君たちの有望な後輩だ、先達として私からも彼らをよろしく頼むよ。――ユンゲ君と呼んでも構わないかね?」

 思いがけない大物の登場に、ユンゲは驚きが顔に出ないように努める。いつか見た漆黒の戦士を脳裡に思い描いて落ち着いた風を装いながら、構いませんよと手を払って応えてみせる。

「なるほど、あのアンデッドが大量発生した……、分かりました。――先ほどは済まないね、私はチーム『虹』のリーダーを務めている、モックナックだ。よろしく」

 好々爺然としたアインザックと人の良さそうなモックナックの笑みに、「こちらこそ、よろしくお願いしますね」とユンゲは一礼とともに笑い返した。

 二人の視線がエルフの耳を捉えているような気がしたが、そこに不快な感情は見られない。

「――もっとも、エルフだという報告は受けていなかったがね」

「ハーフエルフなので半分だけですけどね、別に隠していたつもりはないですよ。――問題はありませんよね?」

「勿論だとも、冒険者組合は力ある者を歓迎するよ。先ほどの<フライ/飛行>を見れば、報告を受けた通り第三位階魔法を行使できるようだから、すぐにでも昇格を検討しないといけないようだね」

 歓迎を示すように両手を広げてみせながら、にやりと笑うアインザックに「良い検討結果を期待させてもらいます」とユンゲは言葉を続ける。

「ところで、彼女のほかにあと二名を冒険者登録してもらって、新しくチームを組みたいと考えているのですが、その場合のランクはどうなるでしょうか?」

「……最初の登録では、誰にでも銅のプレートを付与することになるね。今後チームとして活動していくのであれば、昇格試験をチーム単位で受けてもらうのが良いだろう――」

 アインザックは一旦言葉を区切り、マリーに視線を向けて問いかける。

「……信仰系の魔法詠唱者かな、もしや君も第三位階魔法を使えたりするのかね?」

「森祭司<ドルイド>ですが、私が使えるのは第二位階までです」

「なるほど……ふむ、そう気負わなくとも良いよ。――そうだね、第二位階まで使えるのならば、君も彼と同じシルバー級にはすぐにでも昇格できるだろう」

 勢い込んで答えたマリーを落ち着かせるように、アインザックは柔らかい口調で言葉を紡いでほほ笑んでみせ、ユンゲに問いを重ねた。

「あとの二名というのも近くにいるのかい?」

「――帝都からの帰路でしたので街道の馬車で待ってもらっています」

「そうか、君たちがこの場所に来たのは何故か聞いてもいいかね?」

「特に理由があったわけではないのですが、妙な胸騒ぎを覚えて様子を見に来たところ、このような有様でしたので……」

 ようやく本題に入れたことを安堵しつつ、口にしながら背後の光景を振り返えれば、どうしてもユンゲは苦笑を浮かべてしまう。

「いったい何が起きたのかと思っていたところ、皆様の姿をお見かけしたので何かお話でもお聞きできないかと思いまして――」

 ユンゲの言葉に、アインザックはモックナックと無言で目配せを交わすと、一つ大きく頷いてから説明をしてくれた。

 

 アインザック曰く、この惨状は漆黒の戦士<モモン>がとある吸血鬼を討伐した戦場跡らしい。

 エ・ランテル近郊に隠れ処を持っていた盗賊団がおり、その討伐に向かった冒険者の一団は道中で未知のモンスターに遭遇し半壊――数少ない目撃情報から、そのモンスターは第三位階すら使いこなす強大な力を持った吸血鬼と考えられた。

 上位冒険者を交え吸血鬼対策を協議していたところ、名乗りを上げたのが先のモモンであり、件の吸血鬼はモモンが故郷から追っている二匹の吸血鬼の片割れ<ホニョペニョコ>であった。

 第八位階魔法が込められた魔封じの水晶を切り札に討伐に乗り出したモモンは、激戦の末に吸血鬼の討伐を果たした。戦いを終えて帰還したモモンの全身鎧は大きく破損し、焼け焦げ切り裂かれたような爪痕が、戦いの凄まじさを物語っていたのだという。

「――同行したミスリル級の冒険者チームは全滅し、遺体の回収すらできていない。大きな痛手ではあるが、この状況を目の前にすれば、それもやむを得ないといったところだろう。……モモン君の話を疑ったわけではないのだが、やはり自分の目で確かめるべきだと判断して、私もモックナック君たちを供にこの地に来たのだよ」

 やれやれとばかりに肩を竦め、アインザックは話をそう締め括った。 

「第八位階……そんな神話みたいな魔法が実在するなんて」

 声を震わせて狼狽するマリーの背を支えながら、ユンゲは凄まじい力の奔流に曝されたであろう大地を振り返り思考に耽る。

(……第八位階程度の魔法で、これほどのことが可能なのだろうか?)

 特定の魔法職に特化すれば、五十レベルにもなれば使用可能な魔法のはずだ。

 いや、ユグドラシルの基準を当てはめようとするのが間違っているのか――そもそも、この転移した世界でユグドラシルの魔法が使えることを疑問に思うべきなのだろうか。

 判断のつかないことではあったが、アインザックやマリーの様子を見れば、この世界における第八位階魔法が如何に凄まじいものなのかは想像に難くない。

 第三位階の魔法が使える程度でも上位冒険者に位置付けられるのだから、それも道理といったところだろう。

(……けど、これは不味いよな)

 魔法の位階についても気になることではあったが、問題は別のところにあった。

 アインザックの説明を受けて、あらためて戦場跡を眺めるユンゲの胸中に宿るのは“恐怖”だ。

 これまで、戦ってきたオーガやアンデッドなどのモンスターは十レベルにも満たないほど、闘技場で無敗を誇っていたという天才剣士を相手にしても、全力を出すまでもなくあっさりと勝利することができたのだ。

 しかし、これほどの惨状を経なくては倒せないほどのモンスターが存在することに、ユンゲは自身の力――この転移後の世界においては圧倒的だと過信していたことを思い知らされる。

 果たして今の自分の力で、吸血鬼<ホニョペニョコ>を倒すことはできるのだろうか。

 ――正直な思いを吐露するなら、ユンゲの中で自信はなくなっていた。

 帝都からの帰路、ほとんど警戒などしてこなかったのは誤りだったと考えなくてはいけないだろう。

 そして、アインザックの話には見逃せない点がもう一つある。

「アインザック組合長、モモン殿が追っている吸血鬼は二匹……ということでしたよね?」

「……そのようだ。今のところもう一匹の姿は確認されてはいないがね」

 眉間にしわを寄せ、何とも言えない表情を浮かべながらアインザックが答える。

 ユンゲ自身も似たような表情を浮かべているのだろう、人の身では抗えない超常現象を前になすすべもなく立ち尽くしてしまうような思いだろうか。

 しかし、立ち尽くしているばかりでは何も変わらないだろう。

 マリーの薄い肩を抱く手に力を込めながらユンゲは口を開いた。

「――すみません。待たせている仲間が心配なので、私たちは馬車に戻ろうと思います。貴重なお話をいただき、ありがとうございました」

「あぁ、それが良いだろう。またエ・ランテルの冒険者組合で会うとしよう」

「共同で依頼を請け負うこともあるだろう。そのときはよろしく頼むよ」

 力強さを感じさせる声音でアインザックが告げると、モックナックが言葉を続けてユンゲとマリーそれぞれに握手を求めてくる。

 はい、と快く握手に応じたユンゲとマリーは、「それでは失礼します」と踵を返し、アインザックたちと別れた。

 未曽有の大惨事とも思えてしまう怖しい光景に向き直れば、思わず身震いしかけるが、無様な姿を見せるわけにもいかない。

「……またここを飛ぶことになるけど、大丈夫か?」

 あえて揶揄うような口調でマリーに笑いかければ、憮然とした表情に迎えられた。

 ――そこには気弱な少女の姿も、必死で背伸びするような気丈な姿もない。

「……とりあえず、何かするときは事前に教えてください。心の準備くらいしたいですから」

「ん、あぁ……了解です」

 何となく尻すぼみになる声音を抑えつつ、ユンゲは<フライ/飛行>の魔法を唱えるのだった。

 




今回はユンゲの意識改革のお話。

全国的に猛暑が続いておりますが、皆様お身体にはお気を付けください。







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