1998年3月6日、コネチカット州ニューイントンでの出来事である。いつものように定時に「コネチカット・ロッテリー」(ロト6のような宝くじを販売している会社)に出勤した会計士のマシュー・ベック(35)は、30分後に自動拳銃と肉切り庖丁を携えて重役室へと向かい、以下の4人の上司を殺害した。 マイケル・ローガン(33・情報業務主任) リンダ・ムウィナウチク(38・財務部長) フレデリック・ルベルマン(40・副社長) オット・ブラウン(54・社長) ベックはまず、マイケル・ローガンのオフィスで彼の胸に銃撃し、肉切り庖丁で切りつけた後、リンダ・ムウィナウチクに3発の銃弾を浴びせた。その際にベックは冷淡に、 「バイバイ」 と口にしたと伝えられている。次いでフレデリック・ルベルマンを射殺したベックは、逃げるオット・ブラウンを追い掛けた。駐車場まで逃げたブラウンはつまずいて転倒した。彼は叫んだ。 「殺さないでくれ! 殺さないでくれ!」 だが、ベックの決意は変わらなかった。 「黙れよ、おっさん」 彼はブラウンを射殺すると、その場で己れのこめかみを銃弾で撃ち抜いて自殺した。 フロリダ工科大学を卒業したマシュー・ベックは、8年に渡り役所で勤めた後、1996年6月にオット・ブラウンに頼み込まれて「コネチカット・ロッテリー」に転職した。だが、その職務はハードを極めた。ベックは会計士としての仕事だけでなく、宝くじに関するソフトウェアの開発も任せられたのである。朝から晩まで仕事、仕事、仕事の毎日だった。いわゆるブラック企業に転職してしまったわけだ。 不満を感じたベックは、その代償として給料の引き上げを求めるが、彼の主張は認められることはなかった。彼は次第に薬物に依存し始め、1997年10月には薬物の過剰摂取で意識不明となり、病院に搬送されている。 ベックが職場に復帰したのは1998年2月末のことだった。彼はいくつもの新聞社に「コネチカット・ロッテリー」の不正(事実であるかは不明)を告発していた。そして、3月6日に遂に「報復」に打って出たのである。 ベックの犯行は一言で云えば「ブラック企業への報復」である。我が国にもたくさんあるブラック企業の経営者は、銃社会でないために殺されずに済んでいることを有り難く思いたまえ。 (2013年1月20日/岸田裁月) |