物心ついた頃からお父さんに怒られた記憶がない私・・・
小さい頃はママもお仕事に行かなくちゃいけないので、特に朝はママが「鬼👹」以上に怖かった・・・💦😣
そんなママの怒りから逃れる方法はひとつ・・・
それは、お父さんの腕の中に避難すること❣️
「そんなに怒らなくたって、ねぇ〜Yuuちゃん💕」と・・・
そんなお父さんに対しママの鬱憤が時々爆発し・・・
「あなたが甘いから、Yuuはこんなに我儘に・・」
ついにはママも泣き出し・・・
いたたまれなくなったお父さんは・・・
「Yuuちゃんには僕からちゃんと厳しく言うから」
と私を外に連れ出すのでした。
「ママもお仕事が忙しくて疲れてからね〜♪」と
結局、厳しく言われることもなく、ママの怒りが収まるまで夜の街をお散歩・・・
お父さんとのデートのルーツはこんなところにあったんですね😊
帰りにはお花屋さんかケーキ屋さんに寄ってママにお土産を・・・😉
中学校を卒業する頃になると私もお友達とのお付き合いやアルバイトで忙しく、
またお父さんも帰りが夜中だったりして、
お父さんとお話する機会もなくなってきました。
でも、どうしてもママに内緒でお父さんとお話がしたくなった時は・・・
お父さんが入っているお風呂に突撃❣️
小さい頃からずっとお父さんと一緒にお風呂に入っていた私には、お友達から信じられないと驚かれたことが逆に私の驚きでした。
「Yuuちゃんて、『ファザコン』だね」とその時初めて言われたのを今でも覚えています😅
今から4年前、まだ学生だった私がアルバイトを終えてお家に帰るとママとお父さんが何やら深刻な顔でヒソヒソ話を・・・
私の姿を見るなりママはキッチンへ、何故かママはで涙ぐんでいます
またお父さんの浮気かな?とその時は大して気にもせず・・・
仮に浮気だとしても、それはお父さんとママとの問題で、私にとって優しいお父さんである限り私には関係ないと・・・
しかしその数日後、
「お父さんなんだけど、来週から入院することになったから」
と暗い顔で伝えられました。
「えっ? お父さん、どこか悪いの?」
早速、お父さんに問いただすと・・・
「大丈夫、大丈夫! 手術なんて1時間か2時間。あっという間に終わるから」と
そして、いよいよ手術の当日
手術着に着替えたお父さんは笑顔で・・・
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。Yuuちゃんはこのあとちゃんと学校に行かなくちゃダメだよ」と・・・
そして、ママにはちょっと怖い顔で
「あとのことはよろしく頼む」と・・・
「え?」
「何?」
「あとのことって何?」
なんだか急に怖くなった私は・・・
「イヤだ! お父さん行っちゃイヤだ!」
思わずお父さんの手術着を掴んでしまいました。
「Yuuちゃん、大丈夫! すぐに戻ってくるから。お父さんが変なこと言っちゃったからね。ごめん、ごめん・・」
そう言いながら手術室へ向かったお父さん・・・
病室を出たのが8時半・・・
お父さんが言っていた1時間か2時間で終わるという話とは大違い
手術が終わったと連絡があったのは午後4時半をまわっていました。
手術を終えたお父さんと会えたのはICU(集中治療室)でした
私を見てお父さんが発した第一声は・・・
「Yuuちゃん、さっき泣いてたけど大丈夫?」
その言葉を聞いた時、私は心の中で叫びました・・・
〈私の事なんてどうでもいいよ!〉
〈今、一番辛いのはお父さんでしょ!〉
〈それにさっきじゃないよ。もうあれから8時間も経ってるし!〉
お父さんの声を聞いて安心した私の目からはまた涙が・・・
すると今度は
「Yuuちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」
『親』っていうのは本当に凄いなぁと思いました。。。
だって、自分が一番じゃなく、子どもが一番なんだもの・・・
自分がこんなに大変なのに、子どものことを心配するなんて・・・
その後、主治医の先生からお話があると・・・
ママは先に帰ってなさいと言いましたが、もう私も20歳。
立派なオトナなんだからと言い張って一緒にお話を聞くことに・・・
そこで主治医の先生に言われたのは・・・
『お父さんには一日一日を大切に生きて欲しい』と
そして私には・・・
『お父さんと過ごす時間を大切にね』と・・・
当時まだ学生だった私は、それからはお父さんの体調が良さそうな時は学校の授業もアルバイトもサボって、お父さんさんとの時間を作るようにしました。
1回目の手術を終えた後、ウルトラマンのように悪い病気と闘うと私に約束してくれた記念の一枚❣️
紅葉を見に行ったり・・・
お花見に行ったり・・・
お父さんはいろいろな趣味を持っていたので
若い人との交流も盛んで
そんな時は私も一緒に・・・、そして必ずお父さんの隣に・・・😁
私がトイレに立った隙にお父さんの隣に誰かが座っていたりしたら・・・
もう、それだけで不機嫌に・・・
去年の夏、2度目の大きな手術を終えたお父さんは、それまで大事にしていたギターやドラムセット、カメラなどを欲しいとおっしゃる方に次々とプレゼントし始めました。
ママに聞くと、どうやら『終活』と称していろいろな物を処分しているんだと・・・
「Yuuちゃんも、欲しい物があるならお父さんに言ってみたら」と
そう言われても欲しい物なんて何も無いし・・・
「ママはどうなの?」
それに対しママから驚くべき答えが・・・
「私はもういただいたから」
「そうなんだ・・・ママはもう・・・」
「え?」
「え〜っ!! どういうこと?」
お父さんは最初の手術の前に、ママには形見として・・・
時計やリング、ネックレスなどをプレゼントしていたそうで・・・
〈ママは良いなぁ〜〉
で、私はといえば・・・
お誕生日とかお父さんとデートした時にはいろいろ買ってもらったけど・・・
ママみたいに気合の入った(?)ものは買ってもらったことなんて無いし・・・
やっぱり、お父さんは私よりママのことを愛しているのかなぁと悲しくなりました。。。
ママには形見を残してあげているのに、何故私には無いの?
その理由を聞くために入院中だったお父さんの所へ
私の問いにお父さんは
「 もしお父さんがいなくなったらママは独りぼっちでしょ? 」と
「Yuuだって、独りぼっちだょ」(ほとんど涙声)
「いやいや、Yuuちゃんには未来の旦那様や、やがて生まれてくる子供達がいるじゃない」
「これからはそうした新しくできる家族を一番にしなくちゃね。形見なんかでいつまでもお父さんの思い出に縛られちゃダメなんだよ」と
「それじゃあ、お父さんのギターやカメラが欲しい!」と言うと
「楽器やカメラは使ってあげなきゃ可哀想。Yuuちゃんが使うのならいいけど持ってるだけじゃ可哀想だよ」
確かに、ギターもドラムも私には無理・・・写真だってスマホで充分だし。。。
最後にお父さんは
「Yuuちゃんは、“父離れ”をしないと幸せになれないかもしれないね」と
それはお友達にも
「Yuuは、ファザコンを卒業しないと恋愛も結婚もできないよ」
と言われ続けていたことなんですが・・・
12月になると、私はいよいよある作戦を決行することに・・・
「お父さん、今年のクリスマスなんだけど欲しい物があるの」
「素敵なアクセサリーでも見つけたの?」
お父さんはいつものようにすぐにOKしてくれました。
その欲しい物とは・・・
このリング、マニ車のように外側がクルクル回るようになっていて・・・
チベット仏教ではマニ車を回転させると回転させた数だけ功徳があると・・・
マニ車のように回して願い事が叶うなら・・・そんな思いで回るものはないかと探して見つけたものでした。
お父さんと二人でショップに行きお目当てのリングを買ってもらった私は・・・
早速、帰りに寄ったコーヒーショップでそのリングを指に・・・
「え〜ッ! Yuuちゃん、そこは、その指は、ダメだょ!」
満面の笑みを浮かべる私とは対照的に
大慌てのお父さん
その時の慌てた顔は一生忘れられないものに・・・
お家に帰るとすぐにリングに気がついたママは
「え? Yuuちゃん婚約したの? お相手は誰? お父さんは知ってるの?」
ほとんどもうパニック状態に
やがて、そのリングがお父さんに買ってもらったものだと知ると・・・
「あなたは娘を嫁に出すのがそんなにイヤなんですか! 」
「薬指にリングなんかしてたら、どんな男性だってYuuのことなんか相手にしませんよ!」
しまいには
「あなたは病気で頭までおかしくなったんですか!」とまで・・・
その日は夜中までお父さんはママに責められていました。。。
お父さん、本当にごめんなさいね・・・🙇
そんなことがあった後、お父さんがいよいよクルマを処分することにしたみたいとママから聞きました・・・
クルマの名義変更のためママに印鑑証明書を取ってくるように言ったと・・・
確かに、お父さんのクルマはママも怖がって絶対に運転しません。
お父さんもあのクルマは危ないからと私に運転させませんでした。
ただ、あのクルマが無くなってしまうのかと思うと・・・なんだかとても寂しい気持ちになりました・・・
あのクルマに乗ってお父さんと出かけたたくさんの思い出が・・・
お父さんが入院でお家に居なくても、クルマにはお父さんの温もりが残ってるような・・・
助手席からいつもお父さんの運転する姿を見ていたっけ・・・
それに、お父さんのクルマを他の人が運転している姿を想像するのもイヤ!
翌日、お父さんのお見舞いに行った私は
顔を見るなり思わず・・・
「お父さんのクルマ、処分しちゃイヤだ!」
「急にどうしたの?」
戸惑うお父さん・・・
「お父さんの左手はもう麻痺しちゃってるし、ママがあのクルマ嫌いなのYuuちゃんも知ってるでしょ?」
「だから大事にしてくれる人に・・・」
「クルマも乗ってあげなきゃ可哀想でしょ?」
もう、お父さんはプレゼントするお相手を決めてしまっているようでした。
そんなお父さんに、
私は意を決して・・・
「Yuuが乗るから!」と
「え?」
ア然とするお父さん
「Yuuは、お父さんのクルマが欲しいの!」
でもお父さんはクビを横に振りながら
「あのクルマはYuuちゃんには無理・・・。あのクルマは運転するのが難しく注意しないと本当に危ないから」
そして、これでこのお話は終わりというように
「Yuuちゃんが男の子だったらまだしも、女の子がミニスカートで運転するようなクルマじゃないんだよ」と
この言葉を聞いて、何故か涙がとめどなく流れてきました
そして・・・
私の口から、自分でも驚くような言葉が・・・
「それなら、Yuuは今日で、女の子を止める!」
「だから、クルマを・・・」
もうそのあとは言葉にならず、お父さんの胸で泣くことしかできませんでした。。。
「ママがなんて言うかなぁ・・・」
お父さんのママへの説得は簡単にはいきませんでした・・・
数日間の話し合いの結果・・・
暴れん坊のクルマが私のもとへ・・・💖
でも、確かに運転は大変でした・・・
わずか2ヶ月の間に、左のドアミラーが複雑骨折、左前バンパーが擦過傷、運転席ドアの縁が打撲傷に・・・etc
ママにバレると大変な事になるので、その都度お父さんがDealerさんに密かに連絡して治療を・・・
そして、お父さんに宣言した『女の子を止める!』は・・・
今も守っています❣️
お父さんのクルマを運転する時だけは
スカートを止めました❣️
今年に入って3回も手術を受けたお父さん・・・
担当の先生からは、もうこれ以上手術は無理だと・・・
これまで手術や点滴のお薬、放射線などいろいろな治療に耐えてきたお父さん・・・
手術もお薬も放射線も、もうできなくなっちゃうんだとしたら・・・
ママの話では《終活》と称して葬儀屋さんにも会ってるとか・・・
万が一、お父さんが居なくなったら・・・
そこで入院中のお父さんに思い切って聞いてみました・・・
「お父さん、死んじゃったりしないよね?」
「・・・・・・・」
「ねぇ、お父さん!」
「・・・・・・・」
「お父さん!! 返事してよ!!!」
「・・・・・・・」
「お父さんッ!!!」
3度目の問いかけにやっとお父さんは声を絞り出すように
「Yuuちゃんがお嫁に行くまではさ、お父さん・・・どんなことがあっても死ねないよね」と
〈Yuuはね、お父さんの病気が治るまで側に居て一緒に病気と闘いたいの・・・〉
〈Yuuはね、薬指にリングをしていようとYuuのことを本当に想ってくれる人なら、どうしてリングをしているのか聞いてくれるはずだと信じてるの・・・〉
〈Yuuはね、そんな人が現れるまで、このリングをしてお父さんの側に居るって決めたの・・・〉
だって、お父さんは・・・
私がお嫁に行くまで絶対に死んだりしないって約束してくれたから・・・
だから・・・
当分の間・・・
ファザコンからは・・・
卒業できそうにありません・・・
『ファザコン』の娘と
また一緒に
お父さんのクルマで
大好きな温泉に行こうネ💕