オーバーロード 新参プレイヤーの冒険記   作:Esche
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初めての戦闘描写、……難しいですね。
省けば状況が分からないし、書き過ぎてもテンポが悪くなる……。
これからも苦労しそうです。
拙い表現ですが、なんとかご理解ください。


(3)開扉

 三メートルを超えるオーガの、殺気だった形相を前にしても、ユンゲの心は平静だった。

 オーガの手にする、木からそのまま毟り取ったような棍棒は、その巨体に相応しい膂力でもって振るわれ続けているが、先ほどから獲物――ユンゲを一度も捉えることができていない。

「……やっぱり、この世界のモンスターはレベル高くないよな」

 ユグドラシルの基準に換算すれば、十レベルにも満たない感じがする。

確認を込めて呟きながらユンゲは身をかわす。

 寸前のところを棍棒が通り過ぎ、空気を引き裂くような風切り音を残すが、――それだけだ。

 これ以上は試す必要もないかと、ユンゲは腰に提げたバスタードソードに手を伸ばす。

 手早く剣帯を解いて柄を右手で握り込み、剣先をオーガの眉間に向けて構えれば、夕日を照り返す剣身の先、凶悪なオーガの顔に焦りの色が浮かんでいるようだ。

 そうして、ユンゲが一歩を踏み込めば、オーガはたじろいだように後退していく。

 

 冒険者登録を行ってからこれまでの四日間、ソロでモンスター討伐を行ってきたユンゲだったが、ここに一つの確信――自分の能力や装備が、この世界のモンスターを圧倒できる程度には強い、という自負を得ていた。

 初日にゴブリンを討伐したときには、かなり遠距離からの魔法攻撃を仕掛けたものだが、今となっては警戒のし過ぎだったかもしれない、と思わざるを得ない。

 現実の世界では、武術の心得などないユンゲだったが、動体視力や身体能力の面でもユグドラシルでの能力が反映されているようで、ゴブリンやオーガの攻撃を見切ることは容易かった。

 過信は禁物だろうが、この事実はユンゲにとって大きな自信になった。

「よし、今日はこいつで最後にしよう」

 短く言い差し、ユンゲはバスタードソードの柄を両手で握り、構え直す。

 恐怖が堰を切ったように棍棒を投げ捨てたオーガが、逃走を図ろうと踵を返すのを見るや、素早い踏み込みから、ユンゲは駆け出した。

 逃げるオーガの背に迫り、草地を蹴って跳躍。オーガの肩口を足場に更に高く跳び上がり、落下の勢いに任せ、大上段からバスタードソードを振り下ろす。

 ユンゲの振るった剣閃は、オーガの頭頂から股間までを一直線に切り裂き、左右に分かたれた巨体が、どうっと大地に倒れた。

 

 *

 

「お疲れ様でした。こちらが本日の報酬になります」

 ここ数日の間で、すっかり顔なじみとなった受付嬢が、笑顔で革袋を手渡してくれる。

 受け取った革袋の重みを確かめ、ユンゲは「ありがとう」と破顔した。

「それにしてもすごいですね。今日はオーガまで倒してしまうなんて、この調子ならすぐに鉄のプレートや、銀のプレートにだって昇格できるかもですね!」

「いや、運が良かったんですよ」

 屈託なく褒められたことに動揺し、ユンゲは思わず謙遜してしまうが、これは日本人特有なのかもしれない。

「……ところで昇格って、具体的に何をしたらいいのでしょうか?」

「えーと、いくつか例外もあるのですが、確実なのは昇格試験を受けて合格することですね。もし、ご興味がありましたら、私の方から上役に試験の手配を依頼しておきますが、いかがでしょうか?」

「冒険者のランクが上がれば受けられる依頼が増えるし、報酬も高くなる……で良かったですよね?」

「そうですね。補足するなら、他の冒険者からの評価も良くなりますので、同じ依頼を受けるときにパーティを組みやすくなるかも、ですね!」

「…………。えーと、試験を受ける方向で、お願いしてよろしいでしょうか」

「承りました。では、日時や場所については、後日お伝えいたしますね」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 はい、と快く応じてくれた受付嬢の笑顔は、これ以上なく晴れやかだ。

(多分、俺が卑屈すぎるんだよな……)

 パーティを組めていないことが、負い目になっていると考えるべきか、受付嬢の言葉尻にありもしない非難の思いを感じてしまうユンゲだった。

(まぁ、気にしてばっかりもいられないか……)

 気持ちを切り替えるように一つ息をついたユンゲが、「では、今日はここで失礼しますね」と受付嬢に告げたときだった。

 

「――おい、魔獣だ! 新人がとんでもない魔獣を連れてきたぞ!」

 組合の扉を勢いよく開け放った冒険者が、急き込むように声を張り上げた。

 組合内での談笑に耽っていた冒険者たちが、弾かれたように席を立ち、扉へ殺到していく。

「……魔獣?」

「なんでしょうね、魔獣を使役できたということでしょうか」

 思わずユンゲが問いかければ、受付嬢は思案顔で小首をかしげてみせた。

「――ちょっと見てきますね。試験の件、よろしくお願いします」

 受付嬢の返事を背に、ユンゲは組合の扉へ向かい、既に人垣となっている冒険者の合間を抜けて、最前列へと進み出た。そこで、ユンゲが目にした光景――数日前に酒場で目撃した二人組の冒険者、漆黒の戦士と美貌の女がいたのだが……。

 

「なんだあの精強な魔獣は!」

「森の賢王だってよ、ほらトブの大森林に生息してるって話の」

「ていうか、飼い主が銅のプレートってほんとかよ?」

 

 野次馬たちの交わす話は、意味のある音として、ユンゲの耳には届いていなかった。

(あれ、ハムスターだよな……、とんでもなく大きいけど)

 パールホワイトの毛並みに、黒くつぶらな瞳、まん丸い大福のようなその姿。

 馬すら凌ぐような巨体の持ち主を、そう断じて良いのかは甚だ疑問ではあったが、ユンゲの記憶が確かならば、その魔獣はジャンガリアンハムスターと呼ばれる存在だったはずだ。

(いや、ハムスターの尻尾はあんな長くなかったっけ? ……うーん)

 喧しい人混みの中、一人頭を捻るユンゲに構うものはない。

 巨大なハムスターに騎乗していた漆黒の戦士が、重力を感じさせない軽やかな動作で着地し、言葉を発した。

「では、ナーベよ。私は冒険者組合で登録を行ってくるから、その間はハムスケのことを見てやってくれ」

「畏まりました、モモンさ――ん」

 漆黒の戦士〈モモン〉が歩む先で人垣が割れ、組合の扉までの道が拓かれていき、その勇ましい後ろ姿を美貌の女〈ナーベ〉と魔獣〈ハムスケ〉が、臣下の礼で見送っていた。

 そうして、モモンの姿が組合の中に消えたところで、野次馬の喧騒は一層大きくなっていった。

 話題の中心は魔獣であったが、騒ぎの渦中にありながら一切の表情も崩さない美貌の女は、やはり漆黒の戦士の相棒に相応しいのだろうとユンゲは思った。

 この世界のモンスターが強くはないように、これまでユンゲが出会った冒険者にもそれほど際立った強さを感じさせる者はいなかった。――漆黒の戦士と美貌の女、この二人を除いて。

(あの二人だけは、なんでか別格な感じがするんだよな……。ステータスとかは見れないから本当のところは分からないんだけど)

 もしパーティを組めるなら、できるだけ近しい能力の者と組みたいと考えるユンゲにとって、実力の測れない二人組は非常に気がかりな存在だった。

(モモンと、ナーベか……)

 ユンゲは、二人の名前をしっかりと胸に刻んでおくことにした。

 

 *

 

「お前さん、随分とおとなしくなったな」

 冒険者組合での騒ぎにしばらくつき合い、消耗品の補充を兼ねたエ・ランテル市内の散策を終えて、いつもの宿へと戻ったユンゲは、唐突に酒場の主人から話を振られていた。

「え、えぇ、まあ……あのときは腹が減って気が立っていましたから」

 このところ毎日のように顔を合わせている相手だが、顔に傷ある禿頭の主人の凶相にはいまだに慣れない。どうしても声音は震えがちだ。

「ふん、俺も長いことこの店をやっているが、最初のイメージとギャップのデカさはお前さんが一番だよ。今度はどんな無鉄砲野郎がやって来たんだと思ったもんだが……」

 思い出せる初日の無法っぷりは、自分自身でも信じられないものだったユンゲは「ご期待に沿えず」と肩を竦めた。

「とりあえず、腹さえ膨れてたら、ああはならないと思いますので……」

「へっ、おかしな野郎だ。今日も飯は大盛りか?」

「ええ、それでお願いします。それと肉も追加で」

 言いながら革袋から、銅貨数枚を差し出す。

 現実世界ではどちらかといえば小食だったユンゲだが、この世界ではやたらと腹が減った。

 このハーフエルフの肉体がそうさせるのか、単純にデスクワークしかしていなかったのに、急にモンスターと戦って身体を動かしているからなのかは分からなかったが、少なくとも現実にいた頃は、いくらお腹が減っていても我を忘れるようなことはなかったはずだ。

「了解だ。すぐに作ってやるから、酒でも飲んで待っとけ」

 主人に軽く手を振ってエールのジョッキを受け取ったユンゲは、酒場の端のテーブルに腰かけた。

 自分を取り巻く環境は激変してしまったが、それでも変わらないことが一つあった。

「……っくはー。やっぱり仕事終わりの一杯は最高だな」

 爽やかな酒気が渇いた喉を潤し、身体中にしみ渡っていく。一切の疲労すら洗い流してくれるようなこの心地良さは、得も言われない快感だ。

 不意に、この一杯のために生きてると豪語した同僚を思い出し、途端に懐かしさとともに寂しさが広がってくる。

(俺はいったい何をやってるんだろうな……)

 この世界もまた、間違いなく現実であるということが、一層の理解を拒んだ。

 沸き起こってくる不安を覆い隠すように、続けざまにエールをあおったところで、主人が料理を運んで来てくれた。何はともあれ、食事は大切だ。

 片腕ほどもある黒パンが二本に、丸ごとの野菜が浮かんだスープと脂の滴る分厚いベーコン。

「いっただっきまー……」

「緊急! エ・ランテル外周、共同墓地より大量のアンデッドが出現! 手の空いている冒険者は至急参集されたし!!」

 酒場のウエスタンドアが壊れんばかりの勢いで飛び込んできた男が、一息に捲くし立て、すぐさま踵を返して駆け去っていく。

 両手を合わせたままの姿勢で固まっていたユンゲは、大きく息を吐くのだった。

 

 




扉を開ける人が多い話。

-仕事終わりの一杯-
コップ一杯のビールで前後不覚になってしまう、下戸の私には理解できない文化の一つです。
お酒の飲める方が羨ましい。

-追記-
平日はあまり時間が取れないため、更新間隔が開いてしまいそうです。
できるだけ早く次話を投稿するように努めますので、よろしくお願いいたします。








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