オーバーロード 新参プレイヤーの冒険記   作:Esche
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-主人公について-
ユグドラシルを“ぼっちプレイ”で過ごしていたことから、他のプレイヤーという存在が希薄です。
そのため、他のプレイヤーと「遭遇するかも」とか 「対立する可能性があるかも」といった考え方は持っていません。


(1)空腹

「……では、いっただっきまーす!」

 オートミールに蒸かした野菜と厚切りのベーコンを前に両手を合わせ、金髪ハーフエルフのユンゲ・ブレッターは高らかに声を張り上げた。

 周囲から寄せられる非難めいた視線を一切気にすることもなく、オートミールを口へとかき込み、ごろっとした野菜を頬張り、ベーコンを噛み千切って勢い良くどんどんと咀嚼していく。

 荒くれ者ばかりが集まる酒場とはいえ、あまりに品のない食事の仕方だったが、ユンゲの鬼気迫るような食いっぷりに当てられたのか、注意しようとする者はいなかった。

 頬袋を最大限に膨らませたリスのように、口いっぱいに料理を詰め込んで、なみなみと注がれた安いエールで一気に流し込む。ユンゲが満足したように大きく息を吐いたときには、酒場の隅から小さな拍手が聞こえたほどだ。

 

「いやー、食った食った! 生き返ったー!」

 ぽんぽん、と腹をたたいて椅子の上に胡坐をかき、楽な姿勢を探しながら思考を巡らせてみる。

 真っ先に考えたことは、昨夜うじうじと悩んでいた自分がバカみたいだったということだ。「仮想世界が現実になるような漫画みたいなことが起こるわけない」とか「元の世界には戻れるのか」とか「この先、いったいどうすれば良いのか」など諸々と悩んでいるうちに、疲労から眠りについた翌朝、ユンゲを襲ったのは“空腹”だった。

 ユグドラシルにおいても、空腹というステータスは存在した。しかし、それは特定の能力にマイナス補正がかかるという、バッドステータスの一種に過ぎなかった。

 空腹のステータスは食事を取ることで解消され、料理の種類によってはバフを得ることができたのだが――、この世界では実際に腹が減るのだ。

 

 その事実は、端的にこの世界が現実であることを示していた。

 

 *

 

 突然の転移から一夜明けて空腹で目覚めたユンゲは、食事ができるところを探してふらふらと歩き始め、数歩進んだところで<フライ/飛行>を発動した。

 魔法やスキルが使えるのかという不安は、昨夜のうちにいろいろと試していたので既に払拭されている。そもそも、この世界に来たときには、<フライ/飛行>で雲の上にいたので、魔法が使えなければ、そのまま真っ逆さまに墜落するしかなかったはずだ。

 装備にしてもユグドラシルのときのままであり、エルフを意識した軽装の装いでは、上空を飛ぶには肌寒かったので取り出した無地のマント――アイテムボックスを開く要領で手をかざせば、何もない空間に窓のようなものが開き、ゲーム内と変わらない形で各種アイテムを取り出すことができた――を羽織っていた。

「……こんなだから、現実なのか、ゲームなのか、良くわからなくなるよな」

 最初期に手に入ったマントなので、<敏捷性アップⅠ>という微妙な性能しかないものだったが、全身をすっぽりと覆ってくれるので防寒として十分な性能を発揮してくれた。

 そうして、しばらく当てもなく飛び続けたユンゲは、一時間ほど飛び続けた先で眼下に広がる、三重の城壁に囲まれた城塞都市エ・ランテルの街並みを発見したのだった。

 

「……街中に直接降りたら、問題になるかな?」

 ここまでの道中で、ユンゲ以外に空を飛んでいる人影を見かけなかったので、少しばかり不安がある。

 少し手前の地点で魔法を解いて降りてみれば、城門の前には既に入場を待っているであろう人や荷馬車が列をなしていた。

 ユンゲは周囲に目を配りつつ、その最後尾に並ぶ。

(人間ばっかりか……、他の種族はいないのか? 飛んでる途中でゴブリンやオーガを遠巻きに見かけたから、全くいないってことはないと思うんだけど……)

 重要な点は、エルフという種族が認められている街なのかどうか、ということだ。

 湖面で確認した自分の外見は、ユグドラシルで設定したキャラクターのままだったので、種族はハーフエルフだ。

 長い耳や長身痩躯といった身体的特徴を持つエルフとは異なり、かなり人間に近い姿――現実のコンプレックスを反映して、彫りの深い端正な顔立ちに男らしさを演出する顎周りの無精髭、程良く引き締まった強靭な身体つきであり、特徴である人間より長い耳はほとんど髪の中に埋もれて隠れている――をしているので大きな問題はないかもしれないが、万一の場合に備える必要はあるかもしれない。

(……ていうか、身分証とか求められたりしないよな)

 ゆっくりと門が近づくにつれ、空港での入国審査を思い浮かべてしまい、不安になってくる。

(武器を持って並んでる人もいるけど、持ち込み禁止なアイテムとかあったらマズいよな。必要なもの以外は、とりあえずアイテムボックスに放り込んで置こうか)

 列の最後尾であることに感謝しつつ、ユンゲは急いで身支度を整えた。

 

「次の者、……冒険者? いや、……いかなる用向きでエ・ランテルに?」

 声をかけてきた検問所の髭面の兵士が、首元あたりを一瞥してから問いかけてくる。

「……? ユンゲ・ブレッターと申します。旅の途中で立ち寄ったのですが、許可証などは持っておりません。通行料はこちらで足りるでしょうか?」

 兵士の視線に疑問を感じつつも、ユンゲは先に入場していった人に倣うことを心掛ける。

 できるだけ平静を装いながら、ユグドラシルの通貨――大型のアップデート後から使用されていたらしい、女性の横顔が彫られた金貨――を取り出して兵士に手渡す。

「ふむ、見たことない硬貨だが……、奥で調べさせてもらって構わないか?」

「構いません。私の故郷で使われていたものなのですが、こちらでの相場が分かりませんので、お任せします」

 鷹揚に頷いた髭面の兵士から金貨を受け取った別の兵士が、奥の詰め所へ向かうのを横目にしながら、ユンゲは言葉を続けた。

「それとお恥ずかしい話なのですが、旅の路銀が少なくなっておりまして、こちらの街で一時の職を求めることは可能なのでしょうか?」

 ユグドラシルの通貨が流通していないのであれば、この世界での通貨を得る手段が必要になる。いざとなれば装備やアイテムを売り払うしかないが、できることなら避けたい。

「この街は周辺国家の交易の要衝だからね、荷運びの仕事ならいくらでもあるだろうよ。腕に覚えがあるなら、冒険者組合で登録してみたらどうかね? 即日払いの依頼なんかももあるはずだ」

「……冒険者、ですか?」

 さっきも聞いた単語だと思いながら問い返す。

「ありゃ、知らないかい? モンスター退治とかを専門にする仕事だよ。あっちの通りにあるから、後で行ってみるといい。不愛想な受付嬢が、いろいろと教えてくれるはずだ」

 肩越しに通りを指しながら、にっかりと笑う髭面の兵士は、結構面倒見の良い性格なのかもしれない。そんなことを考えていると、ちょうど詰め所から兵士が戻ってきた。

 戻ってきた兵士からは“交金貨二枚分の価値”としての交換比率を提案されたので、そのまま了承するとユンゲには通行料と鑑定料を除いた分の返金があった。

(交金貨一枚と銅貨十数枚での返金か――、妥当なのかどうか判断もつかないけど、良い人たちみたいだし問題はなさそうだよな……)

 ユンゲが素直に礼を口にすれば、兵士たちは笑顔で見送ってくれた。

 ――食事もしたいけど、とりあえずは教わった冒険者組合に向かってみるべきかな。

 

 *

 

 追加で注文したエールのジョッキを傾けながら、ユンゲは首に下げた小さな銅のプレート――冒険者の実力を示すという認識票を指先でつまみ上げて眺める。

「……腹も膨れたし、依頼の一つでもこなしてみるのが良いのかな」

 検問所で兵士と別れたユンゲは、そのまま武装した者たちが多く出入りしていた冒険者組合に向かい、登録名――初心者という意味での“若葉”から発想して、手元にあった辞書で引いた中から響きの良さそうなものを選んだユグドラシルでのキャラ名である“ユンゲ・ブレッター”を流用した――を告げるだけで身分証の類も必要のない、非常に簡素な冒険者として登録手続きを行った。

 冒険者としての在り方や依頼の受注方法などの簡単な説明を受けた後、ユンゲは髭面の兵士曰く不愛想な受付嬢の「お一人では危険な依頼もありますので、まずは冒険者の集まる酒場なんかで仲間を募るのもいいかもしれませんね」という言葉に従うことにして、受付嬢から紹介された酒場を訪ねることにしたのだが、宿場も兼ねているというその酒場は、“場末の酒場”という単語がこれ以上なく相応しい、暴力的で退廃的な空間だった。

 もしも現実の世界で直面したなら無言で引き返していただろうことは想像に難くない――が、空腹に突き動かされたユンゲは、用心棒にしか見えない無骨な禿頭の主人を見据えて、力強い口調で宿と食事を求めたのだった。

 

 獣のような食事を終えて腹が満たされたユンゲは、ようやく落ち着きを取り戻すとともに雑然とした酒場内をあらためて見回してみた。

 何卓もある丸テーブルには客の姿もちらほらとあるが、ほとんどの者は既に連れ合いらしく仲間内で談笑しており、わざわざ声をかけるのも気が引ける。

 一人でカウンターに突っ伏している男もいるが、まだ陽は高いうちから酒を飲んでいるような冒険者は、あまり熱心な者ではないのだろう――ユンゲ自身もエールを飲んでいるという事実はすっかり棚に上げて――と思う。

(そもそも、この店の客層悪すぎだろ。どいつもこいつも危なそうな奴ばっかりだし、店主からして“どこのヤ○ザだよ”って、凶悪顔だし……)

 唯一の例外として店の隅の方で座っている女性もいるが、テーブルの上に置いた小瓶をご満悦な顔で眺めているばかりなので、声をかける気にもなれない。

「……しばらくはソロで依頼を受けてみるかな。どーせ“ぼっちプレイ”だったわけだし」

 そうして、誰にともなくぼやきをこぼしながら、ユンゲがジョッキに残る最後のエールをあおったときだった。

 ギィーと蝶番を軋ませ、開かれたウエスタンドアの先に、二人組の男女が姿を現した。

 

 ――後に、英雄と称される冒険者チーム「漆黒」の二人だった。

 

 




-言い訳です-
アインズ様が転移してから、冒険者モモンとしてエ・ランテルに訪れるまでには、カルネ村のイベントなんかをこなしているので、時間軸がおかしくなってしまっておりますが、目を瞑っていただければ幸いです。







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