オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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エンリ・エモットは困惑していた。
貴族の家だと思って訪ねた先には、モンスターがいた。しかも理性的で二度驚いた。
問われた質問は知っていることと知らないことが一つずつ。エルダーリッチは、というよりアンデッドは死体が集まれば自然発生する。だから死体ができた場合は速やかに処理しなければならない。
アンデッドはアンデッドを呼ぶ。そのためエルダーリッチという村人では決して敵わない相手は見かけた瞬間逃げろと教わっているために答えることができた。
だが、オーバーロードという名前は聞き覚えがなかった。危険なアンデッドなら冒険者が知っているはずで、たまに村に来る冒険者とも話したことがあるがそんなモンスターは聞いたことがなかった。
目の前のアンデッドが聞いてきたのでアンデッドなのだろうと思ったが、それ以外はまともにわからなかった。
無知であるがために用済みとして殺されると思いもしたが、家の中へ入るように促されてお茶やお菓子を用意してくれるとは思わなかった。家の中に引きづり込まれて、その中で殺されるかもしれないと思ってネムの方を見ると、ネムはその言葉を疑っていなかった。
案外、子どもというのは鋭い。嘘などには敏感だ。そのネムが目の前のアンデッドの言葉を信じているので従ってみることにした。
そもそも、エルダーリッチではなく、おそらくはオーバーロードという種族を相手にして、ただの村娘である自分たちが逃げても無駄だと諦めていたことも要因の一つだ。
そして案内された家の中で、また驚く。
「うわぁ……」
「すごいすごいすごーい!」
外観から想像はしていたが、中はとても広く、いくつもの部屋があった。そして置かれている品々はエンリのような村娘では一生お目に掛かれないものばかりだと断言できるほど高そうな調度品ばかり。
椅子や机など、それ一つとってもどれだけの値打ちなのか想像もつかない。ネムなんてその光景にすでに警戒心がなくなってはしゃいでいる。
そのままフカフカなソファに案内されてピンク色の黒い丸い点が三つ顔にあるだけのつんつるてんさんが持ってきたカップとお菓子を見てアンデッドなのにお金持ちなのだと思った。
見たことのないお菓子に、金細工の入ったカップ。湯気が出ている飲み物ということはお湯をすぐに沸かせる環境だということ。
いくら森の中でも、木を燃やすには時間がかかる。そういう魔法もあると聞くが、目の前の二人だったらお湯ぐらい設備ですぐに沸かせるだろうと思ってしまった。
そんなことを考えてカップにもお菓子にも手を出さずにいると、目の前に座ったアンデッドが首を傾げていた。動作が一々人間的だ。
「どうした?食べないのか?……もしかして毒が入っていると思っているのか?うーん、俺たちはどうしても情報が欲しいから君たちを殺すつもりなんて毛頭なくてだな?できれば和やかな雰囲気で会話ができればと思って用意したのだが……」
「美味しいの?」
「美味しいと思いますよ?お嬢さん。我々はこんな姿なので食べられませんが、なにせモォモン様が稼がれた金貨を消費してご用意した物!対価に相応しい味がするはずです」
「金貨!!」
大きな動きをした卵みたいな人の説明に吃驚の声をあげてしまった。金貨など、開拓村の一家が半年働いて稼げるような額だ。それをお茶とお菓子だけで用意するなんてと、金額の掛かり方に更に驚いてしまう。
ネムのなんてことのない、敬意のない純粋な問いかけを注意することもできなくなるほど頭が真っ白になってしまった。
そしてネムは無警戒に小さなお菓子を口に運ぶ。そのお菓子はパーチ・ディ・ダーマという貴婦人のキスといういかにもパンドラが用意するような物だったが、それを口の中で転がしたネムの顔は光り輝く。
「お姉ちゃん!このお菓子すっごく美味しい!」
「そ、そうなの?」
「それは良かった。その飲み物はココアと言ってカカオを粉上に潰して、砂糖と牛乳で合わせたものだ。……だよな?パンドラ」
「その通りです、モモン様!紅茶やコーヒーも考えましたが、幼子に出すものとしてはココアが無難なものかと思いました」
「素晴らしいチョイスだ」
砂糖という、上流貴族でしか用いることができない物まで使用しているということで、目の前の二人は本当にお金持ちなのだと理解する。
そして無邪気に食べているネムを見て羨ましくなって、どうせ毒が入っていたり、この後死ぬかもしれないのだから最後の贅沢をしようとしてお菓子と飲み物に手を付ける。
(甘い……。小さいお菓子なのに、しっかりと甘さが口に広がる……。それにこのここあ?も身体全体が暖まるような、そんな優しい味……)
「俺は見ての通りアンデッドなので食事はできない。このパンドラも同様だ。目の前の物は全部二人で食べなさい」
(あ、名前!)
ここでようやくエンリは気付く。相手は名前を何度も仰ってくれているが、自分たちは名乗ってすらいなかったと。
「失礼しました!エンリ・エモットです!こっちは妹のネム!」
「ネムです!」
ネムは元気よく挨拶したが、エンリは戦々恐々だ。相手は何度もこちらに名乗るチャンスをくれていたのに今まで名乗らなかったなんて。
だが、目の前のオーバーロードは気にした様子もなく、むしろうんうんと嬉しそうにうなずいていた。
「そうか、エンリとネムだな。名乗ってくれてありがとう。俺の名前はモモン。こっちはパンドラだ。俺たちの関係は……まあ、故郷で同じ組織にいたんでな。同じ場所にいたらいつの間にかここに来ていただけだ」
所作がとても丁寧で、アンデッドなのに上流階級に所属しているような、そんな奇妙さを感じていた。ここまでで、エンリは目の前のアンデッドたちがただのモンスターではなく、人間のことを良く知っている相手なのだと思った。
そもそもモンスターは人間を見かけたら基本的に襲いかかってくる。食料か、自分たちを認めないか、理由は様々だがモンスターというのはそういうものだ。理性的な存在の方が珍しい。
どこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからないが、相手は人間相手に会話をしたことがあるとエンリは思う。初めての接触には思えないからだ。
「まあ、聞きたいことは多々ある。だが、基本的なことから聞こう。ここの名前と、エンリたちが住む村の名前は?あと周辺地域の情報も欲しい」
「はい!ここはトブの大森林の、南側です。私たちが住んでいる村の名前はカルネ村で、王国に所属する開拓村です」
「王国?」
「リ・エステリーゼ王国という、周辺諸国では一番人間が多い国です。ただこの辺りは辺境なので、王都は遠いですし、王国の役人もあまり来ませんが……」
「辺境か。それは好都合だな」
顎の部分に手を当てて考える様など、本当に人間のようだ。
そこからも話は続けていく。とは言っても、所詮は村娘程度の知識だったが。
冒険者や王国最強の戦士長、それに御伽話にもなっている十三英雄の英雄譚などは特に関心を持って聞かれた。たどたどしく答えていったが、それを咎められることもなく、純粋に話を聞いてくれた。
モンスターの話をした時には、質問も一番多かったように思える。
「ここは森の賢王の縄張り……。その魔獣がいることでカルネ村の周辺は安全なのか」
「はい。村には何度か森の賢王を見た者がいます。森の入り口のような場所で薬草を採る分には見逃されていますが、深くまで入ることは禁止されています。人語が喋れるそうなので、そう言っていたと」
「なるほどな……。ではこいつの種族が何かわかるか?」
そう言ってモモンはパンドラを指さした。パンドラは胸の前に手を当てて恭しく腰を曲げていたが、正直見当もつかない。
「えっと、すみません……。わからないです」
「そうか。では俺のようなアンデッドは人間にはどう思われる?」
「アンデッドは基本的に生者を憎むとされていますので、お姿を出されると恐怖されると思います……。それにアンデッドはアンデッドを呼びますので、襲われると思うかと……」
「では人前に顔を出す際にはやはり幻術を用いないとダメか……。パンドラ、指輪を」
「ここに」
モモンはパンドラから一つの指輪を受け取る。そして全ての指に指輪がついていたが、その内の一つを取って受け取った指輪を付けた。するとモモンは光に包まれて、その光が消えた後にはしっかりと肉の付いた、細身の三十になるかどうかの男性が現れた。
「おおっ!そのお姿がモモン様の!……しかし、いささか栄養が行き届いていらっしゃらない御様子。ヒュギエイアの杯を用いて健康状態だけでもどうにかされては?」
「そうだな……。ワールドの実験をしても良いだろう。あれは全ての状態異常の無効化があったからな。……リアルはまともな栄養が取れない程困窮していてな。これが状態異常扱いを受けるかはわからないが」
「では、すぐにお持ちいたします」
パンドラの姿が消える。どこへ行ったのかはわからないが、それよりも目の前の人物である。アンデッドだったはずなのに、人間に変わっているのだから。
「あ、あのモモン様……?そのお姿は……?」
「ああ。昔人間だったというだけだ。今はアンデッドに変わりない。そっちの方が正しい姿だからな。自分からアンデッドになったは良いものの、君たち人間から怖がられるなら姿を偽った方が良い。処世術の一環だ。それに幻術を使うなら馴染みの姿の方が良いから、その確認もある」
「はぁ……」
難しすぎて良く分からなかったが、モモンが元人間だということは理解した。だから人間のような仕草をしていたことも。
人間からアンデッドになったというのは、死体になってからならわかるが、生きたままアンデッドになるなんて話は聞いたことがない。アンデッドになった時に理性があったのだろうか。
そう考えてみても、エンリ程度の知識では答えに行き着かない。
「モモン様、お持ちいたしました」
「すまないな」
パンドラが持ってきた小さな杯に入っていた液体を飲むと、モモンの髪色がくすんでいた黒色から艶のある黒へ、目元にあった隈も消えて、腕などにもきちんと肉が付いていた。さっきまでの姿は不健康すぎたのでエンリも心配していた。それまでの空想の結論として、人間として亡くなられた際のお姿なのではないかと。
「さすがワールドアイテムだな。こんな健康的な肉体、リアルではあり得ん」
「それほどまでに苛酷な環境だったのですか……。モモン様、こちらに食事を用意しました。今なら飲食も可能かと」
「気が利くな。いただこう」
机の上に並べられた数々の料理をモモンは口へと運ぶ。一口目を食べた途端、モモンのフォークとスプーンを動かす速度が上がる。あまりの食べっぷりに、気持ち良さすら覚えるほどだ。
「旨い!旨いぞパンドラァ!こんな食事は初めてだ!」
「そうですか!おかわりをお持ちいたしますか?」
「……いや、今はよそう。エンリ、ネムは何か食べたいかね?食べたいなら用意させるが」
何故かエンリはモモンの背中に「自分だけで食べるのはなんだかなあ。二人も食べてくれれば俺も食べられるのに」という文字が浮かんでいるような錯覚がした。
そしてネムがよだれを垂らしている。ここからエンリにできることは一つだけ。
「いただけるのなら」
「そうかそうか!パンドラ、至急用意しろ!あと、飲み物もなくなっているようだし、お菓子も食後には必要だからな!」
「かっしこまり、ましたっ!」
敬礼してまた消えるパンドラ。さっきまでは骸骨の顔で表情の変化がなくても何となく感情は読み取れたのだが、今は満面の笑みを浮かべている目の前の男性に、ネムと変わらない子どもみたい、とちょっと母性をくすぐられた。
(でも食べられないのにどうして食事を用意していたんだろう……?)
その疑問は、聞くことはなかった。それほどまでにモモンとネムが、運ばれてくる料理を楽しみに待っていたから。
明日は更新しない予定です。