フロリダ州ジャクソンヴィルのスラム街に暮らすジェイムス・エドワード・ピュー(42)は黒人の日雇い労働者だった。その評判は悪くない。寡黙だが真面目な男で、遅刻をしたことは一度もなかった。 しかし、私生活では問題を抱えていた。まず、結婚したばかりの妻に逃げられた。DVが原因だったようだ。妻に暴力を振るうことで仕事上の鬱憤を晴らしていたのだろうか? これに前後して、自慢の愛車(赤のポンティアック・グランダム)がGMAC(ゼネラル・モーターズ・アクセプタンス・コーポレーション)にローンの未払いを理由に差し押さえられた。しかし、それでもローンは清算し切れず、1990年3月には6394ドルの請求書が送られて来た。日雇い労働者である彼にとっては、とても払うことが出来ない金額だった。 そんなこんなで自棄になっていたのだろう。ピューの怒りが遂に爆発したのは3ケ月後の6月17日深夜のことだった。午前12時50分頃、自宅付近の路上に立つポン引きのルイス・ベーコン(39)と売春婦のドレッタ・ドレイク(30)を射殺したのである。その10分後には、道を訊ねるふりをして引き止めた2人の若者にも発砲して傷を負わせている。 翌日の午前10時45分頃、GMACの事務所前に降り立ったピューは、中に入るや否やM1カービンを手当たり次第に発砲。9人を殺害し、4人に傷を負わせた。 ジュエル・ベローテ(50) ジュリア・バージェス(42) ジャニス・デヴィッド(40) シャロン・ホール(45) デニス・ハイフィル(36) バーバラ・ホランド(45) シンシア・ペリー(30) リー・サイモントン(33) ドリュー・ウッズ(38) そして、最後に仕上げとして38口径のリボルバーを取り出し、己れの頭を撃ち抜いたのである。 実は、ピューは1971年にも人を殺めている。ガールフレンドを侮辱した男を射殺したのだ。5年間服役し、出所後は日雇い労働者として地道に暮らしていたのだが、全てが元の木阿弥となってしまった。 (2011年1月21日/岸田裁月) |