オーバーロード~遥かなる頂を目指して~   作:作倉延世
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 今回、時系列がややこしいことになっていますが、なんとか分かるように書いていると思います。「わかんねえよ!」という方は遠慮なく、言ってください。


第1話 城塞都市 

 青年の名前は、ンフィーレア・バレアレ。この城塞都市エ・ランテル最高のポーション職人であり、薬師だ。今日も彼の作る薬を求めてたくさんの人々がこの店を訪れる。その中には、古くから付き合いのあるミスリル級冒険者チーム、「漆黒の剣」の姿もあった。そして、かれらの対応をするのは、青年の妻であるエンリ・バレアレの仕事だ。その笑みがひそかにこの都市で話題になっていて、彼女の笑顔目的の客の存在などは、正直微妙な心境であるが、ありがたくもある。

 「エンリちゃん、今度お茶いかない?」

 人妻を堂々と口説くのは、漆黒の剣の野伏(レンジャー)である、ルクルット・ボルブ。本来であれば、夫である自分が殴り掛かるところであるのだろうが、彼は腕っぷしは強くない、それどころか、妻に腕相撲で勝てたためしもない。それに彼に関しては、

 「ルクルット!お前、また懲りずに」

 「人妻とは、中々マニアックであるな」

 「いやいや、問題しかないでしょう!」

 即座に彼の頭に落ちる拳と、まるで犯罪者を連行するかのように両腕を確保、そのまま引きずっていってしまう。

 「いつも、あいつが申し訳ありません」

 躊躇なく、拳を振り下ろし、そして自分に謝罪してくるのはこのチームのリーダーであり、戦士であるぺテル・モークだ。実直で、それでいて、人付き合いがうまく、その立場もあり、町の娘たちから熱い視線を受けている人物。そのことで、さっきのレンジャーがよく愚痴を言っていた、『俺が声かけてたのに、いつの間にかリーダーに熱を上げている』とのことだ。しかし、それも本人を前にすれば、仕方ないような気もする。ンフィーレア自身、この男や、ほかの2人の存在があるから、ルクルットを出禁にしない訳であるし。

 「いや、いいんですよ。結構、人気なんですよ。皆さんのやり取り」

 ルクルットがエンリに声をかけて、ぺテルが雷をおとし、そして、残りの2人がそれを連れていく様は、それ自体が一種の喜劇であり、これを見れたものは、その日福があるというよく訳の分からない噂がたっていた。

 「それは、正直、私たちとしては恥を晒しているようなものですね」

 確かに、それもそうで、彼の顔も悩まし気であった。

 「あいつは、アレさえ、無ければ、優秀な奴なんですけどね」

 「それでしたら。知り合いをあたって、お見合いの場でも儲けましょうか?」

 いつの時代だって、男女の問題は起こるし、夫婦につがいといった。言葉と無縁でいることはできない。そういった相談というのも聞いてくれることがあるし、冒険者に「私の運命の人を探してくれ!」と依頼をだした者もいるらしい。

 「そうですね、それも視野に入れてみますよ」

 こうして、常連は退店して、入れ替わるように来たのは、

 「来たよ!義兄さん、姉さん」

 「ああ、よく来てくれたね、ネムちゃん」

 「いらっしゃい、ネム」

 妻より赤い髪を2つ三つ編みでまとめた少女、妻の妹であるネム・エモットだ。彼女だけではない。

 「元気そうだなエンリ、ンフィーレア君」

 「ふふ、お邪魔するわね」

 「ご無沙汰しております。お義父さん、お義母さん」

 「父さん!母さんも!急にどうしたの?」

 自分にとって義理の、妻にとって大切な両親の来店に、エンリも喜んでいるようだ。その姿が見れるだけで最大の幸福というものを感じている自分がいる。きっと自分はこの都市一番の幸せ者だ。義父たちは、どうやら村のことで、冒険者組合に用事があって来たらしく。どうせなら、家族で娘夫婦にあってこいと、村長が取り計らってくれたという事。あの人もつくづくお人よしだ。

 「そういうことでしたら。今日はもう店じまいにしようか」

 「ンフィー、いいの?」

 妻は申し訳なさそうな顔をするが、自分にとっては、妻と、そして大事な家族と過ごす時間のほうが大切だ。

 「いいんだって、せっかくだからさ、何かおいしいものでも食べに行こ?」

 その提案に、妻は顔をやや赤くする。知っている。彼女は結構食いしん坊なのだ。そういったところがまた可愛いと感じる。こうして、家族5人、少しばかし高価な食堂でにぎやかな夕飯を済ませる。

 

 

 

 その後、義父たちを宿へと送り届け、妻も先に家に帰し、自分は一人、墓地へと向かう。そして目的の墓石を見つけた。

 

 リイジ―・バレアレ

 

 とある。

 

 (おばあちゃん)

 

 今の自分があるのは祖母がいてくれたからだ。幼いころに両親をなくした自分の面倒を見てくれて、薬師としての技術を教えてくれた人だ。あの人がいてくれたからこそ、ここまでこれた。手を合わせて黙とう。

 

 (ありがとう)

 

 耳をすませば、祖母の声が聞こえてくるようだ。

 

 ンフィーレア、

 

 と、

 

 ンフィーレアぁあ

 

 ん?

 

 『ンフィーレアぁあ』

 

 違う、気のせいではない。

 

 『ンフィーレアぁあああああ!!』

 

 確かに聞こえるのだ。自分を呼ぶ声が、ふと、足をつかまれる感触、反射的に視線をおとせば、

 

 

 

 

 

 ボロボロの死体であるはずの祖母が、自分の足をつかんでいた。

 

 『ンフィーレアぁあああああああああ!!!!!!』

 

 「うわぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 体に強い衝撃が走る。気づけば、自分の研究室、その手には、ペンが握られたままであった。どうやら眠っていたようだ。

 「ンフィーレア!」

 「ひぃい!」

 思わずあがる悲鳴、どうやら覚めたのは、祖母の呼びかけがあったからのようだ。

 

 「はやく来な!これはすごい!」

 どうやら祖母はなにかすごく興奮しているようであった。

 (どうしたんだろ?)

 疑問に感じながらも、自分もすぐに表へ向かう。そこで見たのは、やはり、異常に蒸気を発している祖母に、その様子にどこか怯えている様子をみせている赤毛の女性であった。そして、祖母の手にあるのは、

 (!!!!!)

 それを見た瞬間、ンフィーレアは自分でも驚くほどすばやく、身を乗り出していた。その様をみせられた赤毛の女性こと、冒険者ブリタは「ひぃ!」とさらに怯える。それ程の動きであった。それは真っ赤なポーションであった。

 「くくく、間違いない、これこそ、私たち、薬師や錬金術師が目指す理想の形、まさに、神の血とも呼ぶべき完成されたポーションだ!」

 「そうだね、おばあちゃん!これはすごいや!」

 喜びとも歓喜ともあるいは、狂気ともとれる笑みを浮かべる2人に、ブリタは軽く後悔をするのであったが、もう遅い。老婆の視線が彼女をとらえる。

 「おまえさん、これをどこで手に入れた?何、安心しな、別にこれを返さない訳でも、あんたを殺すわけでもないからね」

 そういった危惧がでる時点でもう相当危ないのではないのだろうか?もう片方の手に握られた万年筆は何に使うつもりだろうか?よく見れば、孫のほうも、いつの間にか縄を持っているし、これは正直に話すしかないようだ。

 (もう、何なのよ!)

 思えば、あの3人と関わったことが自分の運の尽きだったかもしれない。いや、自分は被害者だ。と認識を確かにして、ブリタは全てを話すのであった。

 

 

 ンフィーレアは冒険者組合に向かっていた。そろそろカルネ村にいって、薬草を採取しなければ、ならないのだ。その為の護衛、つまりは冒険者が必要であった。

 (モモンって言ってたっけ)

 先ほどブリタから聞いた話を整理していく、ちょうど昨日のことらしい。何でも、このエ・ランテルに新しい冒険者が来たというのだ。それも3人組、男1人に女2人という構成だったとか、そして彼らが宿にて、3人部屋を頼み、行こうとしたときに事件はおきた。彼らにちょっかいをかける先輩冒険者がいたのだ。これ自体は、この業界では、そんなに珍しくない光景だという。その際のやり取りは不明だけど、その男、漆黒の全身鎧を身に着けたモモンという新米冒険者はその相手を容赦なく殴り飛ばしたらしい。そして、吹っ飛んできたその男が彼女のポーション、必死にお金をためて購入したというなけなしのポーションを砕いたという。その時の彼女が絶叫をあげたであろうことは、話しているときの様子から自分も祖母も容易に想像できた。そして、ちょっかいをかけたであろう男たちが普段から酒などで散財しているのは、知っていたため。そのモモンに賠償を要求したところ、渡されたのがあの赤いポーションであったという事だ。頭に祖母から言われた言葉が再生される。

 『いいかい、ンフィーレア、必ずそのモモンに指名するんだよ。何、(カッパ―)であれば、問題ないさ』

 実際、その通りであるし、うまくいくとおもっていた。しかし、

 

 「申し訳ございません。その方たちならすでに依頼を受けて郊外に出ております」

 という無慈悲な宣告であった。

 「え?でもその人たちって、銅級なんですよね?」

 「ええ、そうなんですが、ちょうどその方たちに依頼をしたいという方々と一緒にいらっしゃり、そのまま受注手続きをおこないました」

 「そうなんですか」

 考えてみれば、そうかもしれない。何せ新米の冒険者が熟練の冒険者にひるまず、軽くいなしたとあれば、そこそこ話題になる。きっと自分達と同じように考えた人がほかにもいたのだろう。

 (どうしよう?)

 できれば、そのモモンに依頼を頼みたい、しかし、戻って来るのは早くても明日だという。しかし、それでは、予定に間に合わない。しばし、悩んでいると、

 

 「ンフィーレアさん?どうしたんですかこんな所で?」

 「あ、ぺテルさんに皆さんも」

 

 これまで何度か依頼を受けてもらった経験がある銀級冒険者チーム「漆黒の剣」であった。最初に声をかけてきたのは、リーダーである。ぺテル・モークだ。

 「何々?もしかしてエンリちゃんに振られた?」

 途端に顔が熱くなる。ルクルット・ボルブ、彼はそのての話になると、鋭く攻めてくる。

 「違いますよ。ルクルットさん、少し困ったことになっていまして」

 すかさずペテルの拳がルクルットに飛び、吹き飛ばす。軽く一発芸としてやっていけると思う。

 「ふむ、そういう事なら、話してみるのである」

 「そうですよ、もしかしたら力になれるかもしれません」

 やや、老け顔であるダイン・ウッドワンダーに、自分と同じく、生まれながらの異能ータレントーをもつニニャが力になってくれると口を開く。彼らとは付き合いも長いし、今回は諦めることにしよう。

 (ごめん、おばあちゃん )

 「では、依頼を受けてもらえますか?」

 「それは、カルネ村での薬草採取ですか?」

 付き合いが長いと、それだけで助かる。話が短く、早くすむわけだから。

 「はい、そのとおりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しまった。あれはやり過ぎた」

 主が頭を抱えている。どうにかしなくてはならないのに、うまい方法が思いつかない。

 「申し訳ございません。アインズ様(モモンさん)

 本来であれば、そう呼ぶのは不敬であるが、今回は仕方ない。そして、結局自分は許しを乞うしかなかった。できることなら、命を絶って、

 (???)

 何故であろうか、何だかそれが、無性に嫌だと拒絶をしている自分がいる。どうしてだろうか?

 (そういうことね)

 きっと主が自分たちの命を大切にせよと命じたからだろう。つまりは、命令違反、そういうことだとナーベラル・ガンマは納得する。

 「何故お前が謝る必要がある?ナーベ」

 「そうよ、あれは、あの男が悪いわ」

 すかさず言葉を返してくる主に、今回、行動を共にすることになった。レヴィアノールこと、レヴィア。2人とも、その顔は見えないけど、自分を気遣ってくれているのは、よくわかり、ますます自分が情けなく感じる。

 「しかし、私が目立ったばかりにアインズ様(モモンさん)にご迷惑を」

 ふと、主が、自分の頭に手を置く、ずるいと感じる。これをされると、熱が体にこもり、うまく動けなくなるのに。

 「いや、お前が美しく、綺麗な容姿であったというだけだ。気にするな」

 「か、畏まりました」

 そう、返すのがやっとである。そして、こんな時だというのに、どうしようもなく、喜ばしく感じている自分もいる。ホントに何なのだろうか?

 

 (もう気にしてもしょうがない)

 アインズもまた、先ほどあったできごとを思い出していた。自分の前にわざと足をだして、「あいさつはねえのか?新入り?」といわれたところはまだよかった。アインズ自身、冒険者というものは、そういった側面もあるものだとあらかじめ知っていたからだ。しかし、その男がナーベラルに目を向け、「中々の美人じゃねえか?何だったら、一晩借りてやってもいいんだぜ?」といわれたところで、理性がとんだ。自分だってどう殴ってやったのか、覚えていない。そして、それで少し騒ぎになってしまったが、後悔はない。大切な子供であり、家族であり、宝であるNPC達をそういう目で見たという事実が許せなかった。

 「さて、気を取り直して、ひとまず私は町を一通り回る。どちらかはここに残って定時連絡を頼みたいのだが、」

 「それでしたら。ナーベが同行するのがよろしいかと」

 「でしたら、私が残ります」

 うん、見事に意見が真っ二つだ。

 (うぅ、そんなに俺といるのが嫌なのか?)

 確かに、組織のトップと二人だけとあれば、その心労はとてつもないものになるはずだし、思えば、ナーベラルには、あの日のことを謝れていない。しかし、レヴィアノールはどうなんだ?変装前は半透明のアイガードを取り付けていて、多少は表情が読み取れていたのだが、いまは、鳥を思わせる被り物をしているため、何を考えているのかさっぱりだ。

 

 (ナーベラルゥぅぅ!あんたってこは!)

 レヴィアノールは内心絶叫をしていた。彼女が主に恋をしているというのは、もう墳墓中の密かな話題であり、気づいていないのはもう本人ぐらいではないかといわれている。ガセネタの可能性?あるわけない。何故なら、彼女は分かりやすい。元々、ナーベラル・ガンマはあまり表情が豊かなほうではない。姉妹のことでわずかに微笑むのが精々で一般メイドたちはその時の顔を「レア」と評してあがめていた。しかし、それがここ最近、主の話をする際にも顔を緩め、優しく微笑み、その頬を僅かに朱に染める。もう決まりといっても過言ではない。そして、それに関連して命じられたある指令を果たすためにも、可能な限り、この二人を一緒にしておきたい。

 

 「さて、どうしてそうしたほうがいいか聞かせてもらってもいいかな?」

 アインズは冷静に、崩れそうな表情筋をおさえて、何故目前の2人がそうした方がいいのか考えを聞く。

 

 「ナーベの美貌は人目につき、話題性になるかと、無論、先ほどのような愚か者もいますでしょうが、モモンさんがいれば、問題はないかと?」

 (気づけ!気づくのよ!ナーベラル!あんただって、デート位したいでしょう?)

 「ふむ、そうか」

 確かに、そうやって顔を売っていくのも一つの手かもしれない。

 「ナーベ、お前の意見はどうだ?」

 「はい、アインズ様(モモンさん)、レヴィアのあの能力を考えた次第であります」

 (あたしのスキルなんてどうでもいいのよ!)

 それもそうだ。七罪真徒たちには、それぞれ、強力なスキルがある。グリム・ローズなら拘束、ガデレッサなら破壊といった具合に、確か、レヴィアノールは、

 (「感情受信」だったはずだよな?)

 YGGDRASIL(ユグドラシル)時代は単にヘイト値を確認するだけのスキルだったのだが、この世界では、文字通り、他人の感情がある程度読めるらしい。無論、ナザリックの者たちには使用していないということであった。確かに実験と自分たちがどう思われているか調べるのはいいように思える。

 「ふむ、そうだな、確かにそうだ。今回はナーベの意見を採用するとしよう」

 そう言ってみせると、ナーベラルは確かに微笑んだ。自分の企画が通ると、うれしいのは社会人であったアインズにもよくわかるものであった。

 (違うのよ、ナーベラル、あなたが喜ぶのはここじゃないのよ)

 「では、レヴィア、行くとしようか」

 「いえ、モモンさん

 途端に彼女を襲うのは、ナーベラルの冷気をも思わせる視線、

           畏まりました」

 

 (ナーベラルのド安保ほおぉぉぉぉぉ!!!!)

 

 そうして、主と同僚が町へ繰り出し、一人残された彼女は盗聴されないよう。念のため、〈兎の耳〉(ラビッツ・イヤー)を発動させる、彼女の頭に兎の耳が現れ周囲の様子をさぐる。問題はなさそうだ。十分に注意をしてから伝言(メッセージ)を発動させる。

 

 「アルベド様、定時連絡でございます」

 『あら、あなたなのねナーベラル・ガンマ。では聞かせてもらいましょうか』

 

 それから、ここに至るまでのことを細かく連絡していく。

 

 『くふふ、そう、あなたの為に拳をね、やっぱり優しい御方ね』

 通話越しでも彼女が柔らかい笑みを、主を理解した上で浮かべているであろうことは、容易に想像できる。その様を思い、

 (やはり、アルベド様こそ正妃にふさわしい)

 そう確信していた。彼女が主を想い、涙をながしていたのは、有名な話である。そして、今も健気にあの方の為に尽くすその姿は正に良妻賢母というものではないだろうか、

 (?????)

 

 『あら?どうかしたのかしらナーベラル?』

 「いえ、何でもありません」

 『そう?無理はしちゃ駄目よ?あなたに何かあれば、アインズ様が悲しまれるわ』

 「はい、おっしゃる通りでございます」

 

 そう、彼女がかの方の妃、それでいいではないか、なのに、どうして。

 (こんなに胸が痛むのかしら?)

 何にしてもそんなに問題はないはずだ。直に治まるだろうと、ナーベラルは、そのまま連絡を行うのであった。

 

 

 

 

 

   

 「ふう、すこし、失敗したかもしれないわね」

 アルベドは執務室にて、報告書を読んでいた。愛する主とは別に各地に散った部隊からのものであった。それを読んでいると、本当にこの世界が主の安らぎを、喜びを提供できるのか不安になってきたのだ。

 

 「アルベド、少しいいかな?」

 来たのは、現在、開発・生産を担当している階層守護者であった。

 「あら、デミウルゴス。どうしたのかしら?」

 この男が何の用もなく、来るわけがない。その行動すべてに何かしらの意味合いを含ませているのではと思わせる。

 「少し、意見をもらいたくてね、これを見てはくれるかい?」

 渡されたのは、書類であった。そこに書かれていることを10秒ほどで目を通す。もしも、これが事実であれば、

 「そうね、確かにこれは早急になんとかしなくてはいけないわね」

 「そうなんですよ、アインズ様が望まれる楽園でそのようなことが許されるはずがない」

 「これは確かなの?」

 「ええ、ルプスレギナからの報告でね」

 確かに彼女からの情報であれば、間違いないだろう。彼女はふざけているようにみえて、しっかり仕事をこなす優秀な娘だ。普段の言動が少しばかし行き過ぎているため、他の妹や姉であるユリ・アルファに誤解をうけているようだが、もっと行動を慎んだほうが本人の為になるだろうに、

 (不思議な娘なのよね、悪い娘ではないのだけれど)

 「分かったわ、材料は、例の世界樹からとれる魔石を使うとして、構想はできているのかしら?」

 「それなら、心配ご無用だ。第9階層の一室から資料が手に入りましてね、・・・・・と、そんな顔をしないでください。アインズ様の許可はとってありますから」

 「当り前よ、あれらは本来、アインズ様の所有物なのですから」

 「当然ですよ」

 もしも主の意にそむくのであれば、遠慮なく、問い詰めるつもりである。

 「それで、何から始めるつもりかしら?」

 悪魔はかすかに笑う、この男もあの方の為に働けるのは嬉しいに違いないのは確かだからだ。

 「ひとまずは、食用として、《サツマジドリ》採卵用として《ロードアイランドレッド》などから始めるさ」

 その言葉はアルベド自身聞き覚えが全くないものであった。

 「さつまじどり?ろーどあいらんどれっど?それが、あなたがアインズ様から頂いたという資料の?」

 「ええ、まさしく、至高の方々が《リアル》で食されていたものだよ。どうやら《ニワトリ》というものの一種らしいね」

 その言葉を聞けば、反対はできない。しかし、

 「それは、この世界の環境への影響は?」

 「無論、それも併せて考えていきますよ」

 いくら楽園が主の望みでも、それを創るために、この世界を破壊しては意味がない。

 「まあ、あなたなら、問題ないのでしょうけど、前科があることを忘れないように頼むわ」

 「あれでしたら。不問でしょう」

 「ええ、でもこれからはやる前にすべてアインズ様に話してからにしてちょうだい」

 これ以上あの方の優しき御心に傷を負わせるわけにはいかない。それにこの男はほかにも何か企んでいるようだ。ナーベラルはともかく、レヴィアノールが冒険者組に選ばれたのは、この男の企みの一環であるように思える。

 「そんなに心配しなくても、あれは、成功すれば、あなたの為にもなりますから」

 「どうなのかしら?まあ、いいわ、私からはもう何もないわ」

 「ええ、では始めるとしましょうか?さしずめ、《牧場》といったところでしょうか?」

 

 

 

 町を一通り見て回り、アインズとレヴィアノールは一旦宿へもどり、そのまま一泊することにした。後は明日だ。何故か疲れ切ったようなレヴィアはすぐ眠ってしまい。ナーベラルは少しばかし、自身の血液が沸騰する感覚を味わっていた。仕える主をまえに、なんという様かと、

 「ああ、構わないさナーベ、彼女は私の実験に付き合って、消耗したのだろう」

 優しき主はそういってくれるが、それでも簡単にすましていい話ではない。

 「しかし、アインズ様(モモンさん)、これでは、臣下として」

 自身の唇に主の右手人差し指が優しく添えられ、途端に顔が熱くなってくる。

 「今は、同じ冒険者の仲間だ。言葉には気をつけろ」

 「も、申し訳ございません」

 「何、そんなに大したものでもないしな、それと、すまなかったな」

 主は何の脈絡もなく謝罪の言葉を吐いてくる。一体何のことだろうか?

 「あの、何のことでございましょうか?」

 「いや、何、あの日のことだ。その、私が1人で外出した」

 「あ」

 それで、理解した。主が謝っているのは、ナザリックが異変に巻き込まれて間もなく、主がすべての秘密をアルベドたちに話した時、その直前の自身とのやり取りのことか、と

 「しかし、あれは、別にアインズ様(モモンさん)が謝る必要はないのでは?」

 「いや、結局私はお前に嘘をついたわけだしな。これは、私なりのけじめだ」

 「いえ、必要ありません」

 確かに主は自身に少しばかし嘘をついたかもしれない。しかし、それが何だ。主はこうしてここにいる。それだけで自分は満足なんだと伝える。

 「そうか、いや、本当にありがとう。・・・はは、今回はお前が一緒でよかったかもしれないな」

 「・・・え・・・」

 それを言われた瞬間、またも、頬が熱くなり、心臓が高鳴る。

 (どういう意味なのかしら?)

 いや、特に深い意味はなく、きっと臣下としての褒め言葉なのだと、なかば無意識的に強引に結論をまとめ、平静を保つ。

 

 「さて、今日ももう遅い、ナーベも眠ったらどうだ?ベッドは3つある訳だしな」

 その言い方に疑問が湧く

 「アインズ様(モモンさん)は?」

 「私はすこし、やっておきたいことがあるしな、何、睡眠不要な体には違いないし、問題ないさ」

 それでも、先に寝るという選択肢はない。結局自分は定時連絡をしていただけだ。

 「それでしたら。私も何かお手伝いいたしましょうか?」

 「それには及ばない。本当に簡単な作業なんだ」

 そう言われても、なんだか、従いたくない自分がいた。以前であれば、素直に従っただろうに、あまりしつこく食い下がるのも不敬であると。

 「でしたら、せめて見届けるという栄誉を頂けないでしょうか?」

 「みてもつまらないと思うが?」

 「いえ、それでも」

 「そうか、では好きにするといい」

 「はい、ありがとうございます」

 主は備え付きの机の上に、時計のようものと、複数の魔石、工具らしきものを取り出して作業を始める。まるで、時計技師の仕事場だ。そして、許可に従い、近すぎず、遠すぎず。椅子を置いて、そこに座る。(主はきっとそうしろと命じるのは分かりきっていた) 

 

 朝日が昇るまで、机にかじりつく支配者と、それを愛おし気に見守る従者がいた。

 

 

 

 翌日、冒険者組合に向かうことにした。道行く彼らを周囲の人物は興味深げに観察する。まず6割がナーベラルの美貌に見とれてのもの、ついで3割がアインズの全身鎧、背中に背負われた2本のグレートソード、腰に下げられた予備らしき剣に、最後の1割が彼らが銅級の冒険者だということを示す首元のプレートを、

 「レヴィア、周りの視線はどうだ」

 アインズは周囲からの自分たちに対する印象をきく、主の問いに答える従者

 「ほとんどが、嫉妬でございます。『あんな美女を引き連れて俺たちに見せつけているのか?』『あんな武装使えるはずないのにどこのお坊ちゃんだ』といったところでしょうか?モモンさん?」

 (ふう、やっぱりそんなものか)

 まあ、確かにそれだけ、目立っているという訳ではあるが、あまり喜べる状況ではない。なんにしてもまずは、

 

 (仕事だな)

 

 目的の為にも、現地のお金を手に入れる為にも、ひとまずはそれである。これだけは、向こうと何ら変わらないなぁと兜の下で薄く笑みを浮かべていたら、

 

 「もし!そこのお嬢さん方!よろしいでしょうか?」

 

 「そこの全身鎧の兄さん、少しいいかい?」

 

 「「ん?」」

 

 「え」

 

 振り向くと、そこに居たのは、やたら、息を荒くしている若者と、それを諌めている男に、やや軽そうな雰囲気の男であった。

 

 

 (さすがです。アインズ様)

 ナーベラルは誇らしかった。ここに至る日まで、アルベドをはじめとした者達からこの世界での立ち振る舞いや、ある程度の自分たちの立ち位置を学んだわけだけど。それによれば、はじめは苦労するだろうというものであった。何分、この世界においては、かの方は全くの無名であるため、仕事を探すのも大変だろうから、あなたが支えてやりなさいということであった。正直、主ほどの人物が無名というのは、怒りがでて来るが、寛大な主はゆっくりと名をあげていけばいいとおっしゃった。ならば、自分もそれに従うまで、と思っていたところに、これだ。きっと主には、人を惹きつける何かがあるのは間違いないようだと、彼女は胸が暖かくなるのを自覚してた。偉大で、慈悲深い主に仕えていることを嬉しく感じる。彼女は無意識にもそれを思い浮かべて微笑む。その笑みは、夜空に輝く満月を思わせる。

 

 (今微笑んだ?よし!脈ありだぞアンドレ!)

 (んなわけないでしょう。トーケル坊ちゃん)

 アインズ達に声をかけた2人組の男達、正確には、田舎貴族の跡取りである。トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムとその従者であるアンドレである。彼らは、正確には彼は、家のしきたりである『成人の儀』に従い、小鬼(ゴブリン)など簡単なモンスターを討伐するためにこの町に来たわけである。そして、一応、護衛として冒険者を雇おうと話になり、出会ったのだ。漆黒の髪をたなびかせる美しき女性に、そして彼女は新米である銅級冒険者、これはもはや、運命だ。彼女には、自分の妻となってもらおう!そうだ、それがいい。ならば、告白だ!

 といったところで、従者アンドレは必死に止めた。まずは仕事の話をしましょうと、彼としても銅級が相手であれば、費用が安くすんでこの上ない。今回の旅費は領民の血税から出ているのだ。できることなら、あまり使わずに返却したい。それは坊ちゃんも理解しているはずだ。

 

 (このお坊ちゃん、本気なの?まあ、ご愁傷様と、いえ、あの方々に倣うなら、『ざまあ!!』と言ったところかしら?)

 レヴィアノールは少し驚きを感じていた。目の前に座るトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム(やたら、長い名前ね)がその頭の中で、ナーベラルと華やかな結婚式を挙げている光景が鮮明に見えたのだ。まあ、それ以上のことを考えなかった時点でまだ良識的ともいえるかもしれないが。何にしてもあのナーベラルが簡単になびくはずがない。

 

 (これは完全に、ナーベラル目当てだな。もう一人の従者は、まあ話ができそうだ)

 アインズもまたこの人物たちがどういう目的で接触してきたのか、大体の見当がついていた。それでも、初めての顧客だ。大切にしなければならない。そして、もう一人は

 (特にこれといった特徴がないな)

 それは本当にそうとしか言えなかった。おそらく、10人見ても「どこかでみた顔だな」と印象を抱く、そんな顔である。

 

 (ふ~ん、これは確かにいいネタになるかもな)

 リーダス・ベイロンは目前の人物たちが噂に聞いた通りで間違いないと確信していた。具体的な理由はない。野性的な勘だ。

 

 「さて、まずは自己紹介と挨拶からですね、私の名はモモン、見ての通り、新米の冒険者だ」

 胸元のプレートを指さしながら、淡々と事実だけを言う。アインズを見て、

 (ふん!しょせん、どこぞの世間知らずなお坊ちゃんだろうが!)

 (それは、あなたもですよ、トーケル坊ちゃん。頼みますから静かにしてください)

 (新米独特の怖れでもなけりゃ、驕りでもない。中々の人物だな)

 三者三葉の反応をする男たち。

 「こちらは、仲間で魔法詠唱者(マジックキャスター)であるナーベと、」

 そこで、ナーベラルは綺麗な礼をする。ここで自分が無様を晒せば、主の恥、

 (ああ、ナーベ、さんというのか)

 (坊ちゃん?トーケル坊ちゃん?)

 (中々の別嬪さんだな、あの《黄金》にも匹敵するんじゃないのか?)

 「同じく仲間で私と同じ戦士のレヴィアだ」

 続いて、レヴィアノールも頭を下げる。それもまた、完璧なものであったが、

 (ああ、ナーベさ~ん)

 (帰ってきてください!坊ちゃん!)

 (何で鳥なんだ?)

 

 (分っていたといえ、興味ゼロというのも悲しいわね)

 「感情受信」、そしてその応用で相手の思考がある程度読めるというのは、昨日の実験である程度の把握した。主も使いどころには気をつけろとおっしゃった。あとは、間違っても、守護者統括や、階層守護者であるあの吸血鬼にこの事実を知られないようにしなければ、本当に無理難題を押し付けてくると、あのしたり顔が浮かび、思わず叫びたくなる。

 

 「では、こちらも名乗ろう!私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、次期ビョルケンヘイム家伯爵であります!」

 

 そう名乗り、ナーベラルへと手を差し出すトーケル。彼女は呆けたような顔をしていた。

 

 (何故、アインズ様ではなくて、私なのかしら?)

 以前の彼女であれば、主を無視時点でその相手を焼き殺していたであろうが、今は違う。彼女なりに目前の相手に対する扱いを考えあぐねていた。助けを求めるようにその視線がアインズへと向けられる。

 

 「すみません。彼女はあまり人(の扱いに)に慣れていないもので」

 助けない理由はない。事実その通りである訳であるし、そしてそれを見せられたトーケルは当然面白くない。そのことを知っているということは少なくとも、年単位での知り合いであるからだ。

 

 (くっ!どんな関係なんだ!)

 アインズに敵愾心むき出しにして、問い詰めようとしたところで、従者である男に肩をおさえるように止められる。

 (いい加減にしてください!今回の目的をお忘れですか?)

 ある意味、命を拾う選択をしたアンドレの胃は痛みっぱなしであった。せっかく、好条件の冒険者、安く済む新米であり、なおかつ冒険者特有の粗暴さを感じさせない紳士的な相手なのだ。もしも、こじれることがあれば、また一からやり直しをせねばならないが、この色ボケの主人のせいで、それも難しくなりそうなのだ。

 

 「申し訳ございません。私は彼の従者で野伏(レンジャー)のアンドレと申します」

 これ以上、話を止める訳にはいかないと、なかば強引に話を引き継ぐ、相手方の従者に

 「そうですか、それで、そちらのあなたは?」

 アインズもまた頷き返し、話のバトンを最後に一人に投げる。その様子にアンドレもまた安堵して、互いに確信する。

 ((彼は話ができる))

 

 「それじゃあ、最後は俺ですね、リーダス・ベイロン、吟遊詩人(バード)やっています。といっても、冒険者ではありませんが」

 それは、つまり、戦うのではなくて、歌う専門の詩人ということか、いや、以前の常識で考えれば、その役職の人間が戦場に立つこと自体おかしい話ではあるとアインズは内心笑う。

 「さて、それでは、あなた方の用件を聞きましょうか?」

 互いに目配せをして、アンドレが先に口を開く。

 「はい、私どもの用とは・・・・」

 

 ビョルケンハイム家の成人の儀、トーケルが簡単なモンスターを討伐するというものをやる為に、その護衛として、雇いたいという。少し変わったしきたりだなと、思いながらも初依頼としてはそう悪くないのではと思う。では、もう一人の用とはなんだろうか?みれば、目が輝いていた。どうしてだろうか?

 「いやいや、すいません。俺の用事はですね、それに同行させてもらえればいいんですよ」

 「「「「「???」」」」」

 その場の全員が言葉を失う。その反応は予想できていたのか、軽く苦笑しながら続ける。

 

 「まあ、そんな顔しますよね。要は詩のネタが欲しいんですよ」

 「ああ、そういうことですか。ですが、私なんかでいいのですか?」

 

 主はすぐに理解したらしい。どういう意味だろうか?

 

 「つまり、モモンさんを歌のモデルにしたいということですか」

 やはりというべきか主とすぐに打ち解けたらしいアンドレが引き継ぐ。それが少しばかし悔しい。ようは、主を主人公に「戦士」を題材にした詩を作るらしく、その為の取材として今回ついていきたいということであった。それを聞いて胸が震える。やはり、主は至高なる御方だと。

 

 (ん~、まあ、危なくなればいくらでも手は考えてあるし、それでいくか)

 

 アインズもまた。ほかに方法が思いつかず、それに応じることにした。

 

 かくして、モモン一行は、簡単な魔物を狩るため、トーケルの護衛を引き受け、リーダスも付き添うのであった。

 

 

 

 

  

 

 

 

   カルネ村では、復興がすすんでいた。アインズが貸し出したゴーレムたちの働きも大きいが、一番大きいのは、

 

 

  「エンリのお嬢!こっちはおわりましたぜ」

 

  今や、アインズの養女となった三つ編みの少女をそう呼ぶのは人ではない小鬼(ゴブリン)と呼ばれる亜人であった。しかし、それはこの世界で一般的に知られているゴブリンとは比較にならない程、鍛えられた体つきであった。

 

  「あ、ありがとうジュゲムさん。次は、あっちのほうを頼めるかな?」

 

 エンリは指を村の南の方向に向ける。あの辺りは、まだあらされた畑などが放置されていたはず。元の持ち主一家は先日の件で殺されてしまっていたから。

 

  「へい!かしこまりやした!いくぞ、手前ら!!」

  「「「へい!!」」」

 

 威勢のいい返事とともに、同じくゴブリンたちが彼につづく。なんでただの村娘たるエンリが彼らを従えているかというと別に彼らを腕力で負かした訳ではない。以前恩人であり、現在養父たるゴウンにもらった。角笛をしようしてのものだった。本来、身を護るようにと渡されたそれを単に、村の復興のために使っていいのか迷ったが、ルプスレギナの

 「アインズ様はそんなことでお怒りにならないっすよ、最悪、私がお叱りを受ければいい話っすからね」

 という、やや不安を感じさせる後押しで使うことにしたのだ。あと一つはもうしばらくとっておく事にしよう。

 

 そうして呼び出されたゴブリンたちは、現れるや否や、エンリに忠誠を示し、つづいて何やらルプスレギナと少し話をした。その後、自分のことは「お嬢」あるいは「お嬢さん」、妹のことは「お嬢ちゃん」と呼ぶようになった。なにやら、違和感?言い知れぬ不安を感じるものの。19人いた彼らに自分が知っている御伽噺から名前をつけてやり、そして今に至る。

 

 「エンちゃん、少しいいっすか?」

 件の使用人だ。その片方の手を、しっかり握りしめて離れない妹がいる。あれから、よほど、打ち解けたのか、妹は頼んだお手伝い以外のときは、彼女にくっついている。助かるが、すこし寂しくも思う。

 「ルプスレギナさん、いつもネムがくっついて、ご迷惑ではありませんか?」

 その言葉に「ネムはいい子だもん!」と猛抗議してくる妹に、別段気にしたふうもなく。

 「迷惑なんてあるわけないっす。元より、それが私の仕事っす。それに、ネーちゃん、とってもいい子っよ」

 胸をはってみせる妹に、ほんとに微塵も疲れを感じていないという風の彼女にエンリも頼もしく思う反面、甘えたら駄目だと、思考内で自身の頬を両手で叩く。

 「あの、何か用ですか?」

 「もう少し、っすね。まあ、いいっす。まずはエンちゃん家にいくっす」

 家になにかあったかな?と疑問に思いながらも、彼女に従う。その途中村長夫婦に会った。

 

 「おや、エンリちゃん、ネムちゃんに、ルプスレギナさんじゃないか」

 「あらあら、今日も元気そうね」

 「あ、こんにちは村長さん、奥さん、ほら、ネムも」

 「こんにちは!」

 「今日も元気っすよ!」

 襲撃直後は悲痛な顔をうかべていたのに、ここ最近はすっかり、調子を取り戻したようだ。きっとそれもルプスレギナのおかげだろう。確か、初めは「ベータさん」だったはずなのに、彼女のその人懐っこさを、あるいは、ひまわりのような笑顔はすごいと思い。そして、そんな彼女の目が一瞬、鋭くなったように見えて、

 

 (あ、駄目なやつ)

 急いで、妹の耳をふさいでやる。不思議そうな顔をしている。

 

 「村長さん、復興はどうっすか?進んでいるっすか?」

 何のことない質問である。

 「いや、まあねえ、ゴウン様が貸して下さったゴーレムや、ジュゲムさんたちが居てくれているとはいえ、どうしてもまだ、人手が足りてなくてね」

 「それなら人手を増やすっす!村長さんもまだ若いんすから。ハッスルするっす!」

 「あはは、それもそうだな、さて、お前、今夜は付き合ってくれるか?」

 「あら、やだ、おまえさんたら」

 「「「あははははは」」」

 

 耳をふさいで正解だった。これは妹の教育によくない。彼女、ルプスレギナはたまにこういうことをしてくるので、その点だけは少し憂鬱だったりする。そういえば、彼女にも姉妹がいて、彼女自身はその2番目ということは聞いている。ということは、上に一人姉がいる訳であり、もしかしたら。

 (苦労してたのかな)

 と、たまに考えてしまい、そうであれば、まだ見ぬ彼女に同情してしまう時がある。

 

 ようやく、家につき、妹には大切な話をするからと、少しはずしてもらった。そして彼女はまず食糧庫を確認して、次に台所を所々確認して「やはりね」と挨拶をした時と同じような声を出したと思うと。こちらに振り向き、これまた彼女には珍しい顔と動作で聞いてきた。

 

 「エンリお嬢様、つかぬ事をお聞きしますが、この村ではどれくらいのお肉を食されているのですか?」

 突然の変貌ぶりにはまだ慣れないが、何とか答える。この村では、一日、一欠けらほど、肉が食べれればいい方だと、それも当然、何故なら、その調達をする人間が一人しかいないからだ。そして、とれるのは、精々、兎が3匹程度、それを村のみんなで分け合うのだから、配分としてはそれが妥当だ。しかし、まったく何も取れない日もあるので、これでも恵まれているほうだと思う。しかし、目前の彼女はそう思わないらしく。

 

 「お嬢様、失礼ながら申し上げます。その量では、十分ではございません。特に、ネムお嬢様などは、まだまだ育ち盛り、たくさん食べなくては、健やかに育つことはできません」

 「でも、ほかにお肉を手に入れる方法なんてないし、無理じゃないかと思うんですけど」

 

 町などに行けば、扱っている店もあるかもしれないが、それに回す資金なんてない。

 

 「私としては見過ごすことはできません。これらのこと、一度アインズ様に、」

 「待ってください!」

 その名前がでた瞬間、思わず声をあげていた。あの人にまた頼るというのか、そのせいで、傷つけてしまったというのに。

 「これ以上あの方に、ゴウン様にお世話になる訳には、」

 迷惑をかける訳にいかない。甘える訳にいかない。言葉にせずとも伝わる少女の思いを目の当たりにして、

 

 (ふふ、やはり、アインズ様が認められた娘、といったところかしら?)

 

 だからこそ、この少女を説得するのが自分の役目だと認識を確かにする。

 

 「お嬢様、我が主の望みをご存知でしょうか?」

 エンリは、虚を突かれたように感じる。そういえば、あの方に恩を返すと誓いながらも、結局あの方が何を望まれているのかわからない。妾とか、ではないように思える。もちろん、それが望みであれば、喜んで受け入れるが、何より、アルベドという方がいらっしゃるわけでもあるし。何となくであるが、そういった好色家ではないような気がする。では、この村をできるだけ、発展させて農作物などを納めれば、いいのだろうか?いや、これも違うだろう。カルネ村は半数の村人が亡くなり、その生産力も落ちてしまっている。では、なんだろうか?結局自分はあの方の為に何ができる?

 「ごめんなさい。分らないです」

 情けない気持ちであったが、ルプスレギナは全然咎める様子も見せず、優しく語りかける。

 

 「アインズ様が望まれるはすべての者が手をとりあえる世界を、《楽園》を創ることでございます」

 

 「楽園、?」

 

 「はい、その為には様々な材料が必要でございます。今回の話は、その一環だと思っていただければ」

 それを聞いた時、エンリの胸にあったのは、一種の納得する気持ちであった。何に対するものかは分からない。やはりあの方は優しい方であったとか、あるいは、アンデッドが人を助ける理由がわかったとか、あるいは、あれだけ強力なアイテムの数々の出所だったりとか、それは彼女自身分かっていなかった。それでも、それを聞けて、うれしく思ったかもしれない。そして、そうであるならば、自分はできることを必死にやるだけだ。

 (いつか)

 もっとかの御方のことを知りたいと思っている自分がいる。そして、真の意味で《親子》になれる日を目指してみたいと思っている自分もいる。

 

 「分かりました。協力できることはさせてもらいます。その話を進める方向でお願いします」

 

 「畏まりました。エンリお嬢様」

 

 

 

 

 こうして、本来の世界線と異なる。騒がしくも、活力にみちた「デミウルゴスの牧場」ができるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

   男はため息をついていた。もう10日以上も部屋にこもったままだ。別に彼のことはどうでもいいが、神官長に言われては、確認をしない訳にもいかない。

 

 

  「ニグン殿?」

 

 ドアを軽く、叩き、声をかけるも、返事はなし、

 

  「ニグン殿?生きているなら返事をしてください」

 

 何度声をかけても、返事はない。

 

 (駄目か、・・・・・・ん?)

 

 鍵がかかっていない。もしや、

 

 「ニグン殿!」

 

 開けた扉の先には誰の姿もなかった。

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 今後、カルネ村には、ナザリックの者が尋ねるという話もやります。もちろん、ユリ・アルファも訪れる予定です。


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