2018年3月に『Work in Progress デジタルマーケティングで大切なこと』(翔泳社)を上梓した板澤一樹氏は、リクルートグループで十数年にわたりキャリアを積んだデジタルマーケティングの第一人者として知られる。SEOやバナー広告出稿からデータ分析、ソーシャルメディア、さらにはLINEビジネスコネクトを使ったbotアプリ「パン田一郎」を開発するなど、デジタルマーケティングの進化とともに活動領域を拡大してきた板澤氏の歩みを振り返ってもらうことで、次世代のマーケターの成長や育成に役立つヒントが見えてくるのではないか。戦略コンサルタントの山口義宏氏が板澤氏に聞いた。
山口 ここであらためて、板澤さんがマーケターとしてキャリアを積み重ねてきた過程でどういう壁にぶち当たり、突破していったのかということをおうかがいしたいと思います。
板澤 リクルートジョブズに移った2012年頃から、デジタルマーケティングをきちんとやるなら、Webのことだけを考えていればいいのではなく、アプリの開発や商品戦略、ブランディングも必要だという考えが強くなりました。
山口 デジタルのスコープが広がってきたことわけですね。
板澤 その中で、全てをカバーできないまでも、どこにポイントを置くのが自社のために必要か、きちんと考えないと、どんどん遅れていくということがはっきりしてきました。最たる例がデータの分析や活用です。これだけユーザーへのリーチ手段が多様になり、スマートフォンを中心にワンツーワンのコミュニケーションができるようになる中で、そのためにデータをどう使うか、分析するか。私自身、当時はデータ分析について、大学で学んだ基本程度の知識しかなかったので、分析専門の組織を作ると同時に、きちんと勉強し直すことにしました。
山口 自分で学び、実践することが重要と。
板澤 同様の考えからアプリ開発も経験しました。担当していた媒体でも、もともとはガラケー(フィーチャーフォン)を通じたコミュニケーションが結構な割合を占めていたのですが、スマホに置き換わっていく兆候がありました。スマホでのコミュニケーションをしっかりやるにはアプリは絶対持っていないといけない。それも単純にWeb上のコンテンツを使いやすくなるためのアプリではなく、アプリならではのベネフィットを考えた上でのバリューデザインが必要です。
山口 アプリを作ろうとするときに、マーケターにも開発者の視点が必要になってくる。そこでアプリ開発も自分でやってしまったのですね。
板澤 開発者の視点がないと、何がアプリで可能なのか、ユーザーが何を気持ちいいと思うのかが分かりません。この先もIoT(モノのインターネット)など、デジタルマーケティングのカバーする領域はますます広がっていきます。その中で、なるべく早い段階で新しいことを自ら経験することは、マーケターの成長に重要になってくると思います。
山口 学んだことをベースに結果の数字と向き合ってPDCAサイクルを回せるようになると。
板澤 そうですね。少なくとも戦術レベルのPDCAサイクルにおいては、まず経験しながら、PDCAのPの部分で精度を高めていくべきで、成功率を上げるためにも、学びは大事です。
山口 成長と育成の観点でいえば、アプリのコンバージョンなど小さいモジュールのKPIであっても、担当者に責任を持たせることは成長にとって意義のあることなのでしょうか。
板澤 ただ、気を付けないといけないのは、どこのポイントで責任を持たせるかです。それが全体にとってあまり重要でないと、意味がありません。実際、最初から外れたポイントで数字を持たされた人は、成長に苦労すると思います。アプリの開発にしても、例えば最初からユーザーの評価や満足度を上げることを目的に、ユーザーのエクスペリエンスを向上させるというミッションを持った人は成功しやすい。一方でひたすらアプリ内のコンバージョンレートのみを磨くというような、少し外れたところに力点を置いてしまうと、一時はよくても、いざ全体を担当させようとすると苦労しますよね。
山口 全体から見て小さな部分でも、全体最適に貢献するポイントでなくてはいけないということですね。
板澤 全体最適を考えることは非常に重要だと思います。戦略を踏まえた上で全体を見られる優秀な人もいますが、デジタルマーケターには一極集中型の人が多い。もちろん、個人として飛び抜けた能力は必要ですが、その能力を全体に生かさないといけない。ですので、全体の数字も一部、個人に持たせるなどして、全体に目が行く工夫をした方がいいでしょう。
山口 ただ、どうしても業務の担当の割り振り上、細分化が避けられないところはありますよね。
板澤 個別最適、個別進化はもちろん重要ですが、顧客体験が重視される中では、そのバランスを見なくてはいけません。マネジャーはそこにどれだけ入っていけるか。行き過ぎた個別最適があれば軌道修正や停止の判断をし、無駄な稼働を生み出さないようにしなくてはいけません。
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