Pure第1話 (1)
第1回の北斗杯が終了して数週間が過ぎた。
街路樹の緑は日に日に濃さをまして、時折汗ばむような日差しが空からふりそそぐ・・・
季節は初夏の色合いを深めていた。その日、日本棋院で行われた「若獅子戦」で進藤ヒカルと塔矢アキラは2回戦で早くも
ぶつかった。
事実上の決勝戦といわれたその戦いは熾烈をきわめたが、終盤をむかえ整地した結果、
半目差で塔矢アキラの勝利となった。
「ありがとうございました。」
「・・・ありがとうございました。」挨拶が終わると、周囲のギャラリーから熱戦を繰り広げた二人の少年へ、健闘をたたえる声や
ため息がもれた。アキラはいまだ頭の中を支配する対局中の高揚感と、ヒカルと満足のいく碁が打てた満足感の中で
ぼんやりと意識を浮遊させていた。(進藤との対局はいつもこうだ・・・・)
それはアキラにとって、とても幸せな時間だ。
こんな時間をすごせる相手は目の前にいる進藤ヒカル・・・・彼くらいだ。
「どうする、進藤? 簡単に検討しようか?」
「・・・いや、今日はそんな時間ないだろ?おまえも次の相手の碁を見に行ったほうがいいし・・・」そういうとさっさと碁盤の石を崩してかたづけ始める。
少し意外な感じもしたが、たしかにヒカルの言うとおりかもしれないと、自分もあわてて石をかたづけ
はじめる。
周囲からは二人の検討を期待していたのだろう、残念そうな声が聞こえてきた。
「じゃ、塔矢。次もがんばれよ。」
「えっ・・・進藤?」そう言って立ち上がり、帰ろうとするヒカルをアキラはあわてて追った。
こんなに早くヒカルが帰ってしまうなんて思いもしなかったし、なにかその態度に違和感を感じて・・・
棋院の玄関を出た所でようやくヒカルの腕を掴まえる。
「他の対局を見ないで帰るのか?」
「・・・だって、オレ負けたし・・・もう他にすることないし・・・」
「・・・キミらしくないな。和谷くんや越智くんの対局も見ていかないのか?」
「・・・・・・・。」
そのままヒカルは下を向いてしまった。
いつもは明るい光を宿している大きな瞳が暗く伏せられる。普段と違うヒカルの様子を
アキラは不思議に思った。いつもなら、たとえ負けたって人1倍熱心な検討をヒカルは繰り広げる。
それはもうにぎやかなくらいに・・・・。
あらためてヒカルの様子を見た時、アキラは驚きを隠せなかった。ヒカルの目には涙が浮かんでいる。それをこぼすまいとするように唇をかみしめて・・
北斗杯で高永夏に負けたときもヒカルは泣いていた。
今日、自分に負けたことがそれほどくやしかったというのだろうか・・・・?
「し・・・進藤?」
「・・・オレ・・・今日だけはおまえに勝ちたかった。」ついに涙が一筋、頬をつたっていった。
「・・・勝てば、おまえはオレを見捨てないだろう?・・オレをライバルとして、見続けて
くれるだろう・・・?」
「・・・・何を言ってるんだ?」
さわやかな風がうつむいているヒカルの髪をあおり、うなじがアキラの目の前にさらされる。
その白さに目を奪われながら、アキラはかすかに不安を感じた。
ヒカルには謎が多いから・・・・
「見捨てるって、どういうことだ?キミはボクのライバルだろう?
何度も打ち合っていれば負けることがあるのも当然だろう?」だいたい今更なんだというのだ。
ヒカルが自分に負けることだって今始まったことではないはずだ。
口にすれば必ずヒカルが怒り出すであろうことを、アキラは思っていた。
「おまえはオレを軽蔑するよ・・・2度と打ちたくないって思うくらいに・・・
オレはもう・・・」
「進藤?」
その時後ろのドアが開いて、数人の人が現れた。
ヒカルは急いで涙を手の甲でふくと、駅に向かって走り出した。
「進藤・・・・!!」
どんどん遠ざかる華奢な後姿を、アキラは何がなんだかわからず黙って見送るだけ
だった。
先ほど感じたかすかな不安が、次第に胸の中で膨れていくのを感じながら・・・・
2005・1・28
2・11UP