オーバーロード~遥かなる頂を目指して~ 作:作倉延世
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では、第1章、最終話どうぞ。
「アインズ様」
「何だ?アルベド」
「先ほどの姉夫婦に対する気遣い、ありがとうございます」
「ああ、その事か、別に気にする必要はない」
アインズとしては、本当にたいしたことではなかった。むしろ、その胸には彼らに対する罪悪感がほとんどを占めている。幸せであるならば、それが一番だ。
「しかし、そうか、二グレドか」
「姉がどうしましたか?」
それは、そのNPCはいわば、ダブラ・スマラグディナのホラー映画好きを積み込んだキャラクターであった。そしてそれに伴って彼女が行うあの行為。それはこの世界ではどういう認識なのか?
「あれは、私が命ずれば、あそこから出ることは可能か?」
「ええ、できるとは思いますが、」
言いよどむのはやはり創造主にそうあれとされた設定に反することに抵抗を覚えるからだろう。
「それが分かれば、それでいい、いずれ、いや今回の件が済み次第。彼女には新たな役割についてもらわねばならないからな」
ここで迷うような素振りをみせれば、また彼女に気を遣わせてしまうだろう。それに支配者として威厳ある姿と判断をしていくことも必要だろう。
「かしこまりました。アインズ様のご命令とあらば、私たちはその言葉に従うまでです」
「ああ、ありがとう。ん?お前の義兄が戻ってきたみたいだな」
みれば、見慣れたごくごく普通のフクロウと、それについてくる先ほどの騎士たちとはまた違った一団。その先頭にたつ男をみて、アインズの心に高揚と感動が溢れてくるのを感じる。それは憧れのヒーローを待ちわびた少年のものであった。もしかしたら、
(たっちさんはこういう気持ちだったかもな)
かの騎士がいわゆる変身ヒーローものの特撮のファンであったのは、もう何度も聞いた話だ。そしてその彼は《リアル》で警察官をしていたという。これはアインズの勝手な推測に過ぎないが、彼がその職についたのは何より困っている人を助けたいという思いからかもしれない。そしてこれから会う人物もそういった理想を掲げた人物であろうことは、容易に想像できる。この距離から見てもかの戦士長の英雄ともいうべき風格をアインズは感じ取っていた。
(さて、うまくいくといいけどな)
ガゼフ・ストロノーフもまたその人物がどういった人物であるか、己なりに考察をしていた。不気味な顔をもったフクロウはあのやり取りのあと、自分たちの目の前でその顔を粘土をこねるようにどこにでもいる普通のものへと変えたあと、その場を飛び立った。自分たちもそれにつづくように馬を走らせた。生き残った村人たちに関しては、どうにか馬車をみつけて、それにのってもらい、何人かの部下にひいてもらう。それくらいの時間をくれるくらいの心遣いをフクロウはもっていた。やがて、目的地に近づき、フクロウの主らしき人物が見えてきた。そこにたっているのはローブをまとい仮面を身に着け、その手に籠手をつけて一切地肌を出していない人物であった。ほかにも全身鎧の戦士に、恐ろしいアンデッドの騎士が何人かいて、部下たちから軽く悲鳴があがる。
「あれも、あなたの主の?」
『左様です。すべて主のシモベでございます』
「そうか、それ程の人物ということか」
アンデッドの騎士は自分でも1体、なんとか倒せるかどうかといったところ。そんな相手が見たところ3体もいる。つまりはそれだけの魔力を持つ相手ということ。
(
王国での魔法に対する認識はそれほど高くなく、むしろ悪評につながる可能性もあった。やれ、インチキなど、トリックの類などと、言われていた。ガゼフ自身、ずっと己の身一つで生きてきた身であるため、いまいち魔法のすごさというものが分からずにいた。しかし、今目の前にいるのは、自分と同等以上の騎士に、おそらく、今、自分の前をとんでいるフクロウもそうであろう。それだけの存在を確認しただけで4体同時に操る術を持つ男、それがフクロウの主人なのだ。そういえば聞いたことがある。隣国の帝国には今の自分の立場と似たような役職、宮廷魔術師なるものがあり、その主席につく人物は英雄の領域を超えた人物であることを、そして、それだけ帝国が
(話とはなんだろうか?)
王国に今回のことで何か金品を要求するという話であれば、喜んでその話に応じる必要があるし、なにより自分がそうすべきだと思う。守るべき民を助けてくれたのだから。相手はその身なりから高貴な立場の者かもしれない。
(あまり、礼儀作法に自信があるわけではないが、)
それでもなんとか失礼をしないようにと、戦士長はする必要もない心配をするのであった。というのもアインズだって、難しい作法を知っているわけがない。最低限の丁寧語を使えていれば、まず相手を殺そうとは思わないだろう。
「はじめして、私はアインズ・ウール・ゴウンという。この村が襲われているのを見つけて助けに入った。旅の
「助けていただき、本当に感謝の言葉もない」
(よし!特に怪しまれていない!やっぱり旅人設定は万能だな!)
(聞いたことのない性、旅人だというが、その辺りが理由か?)
「そして、そうだな、単刀直入に言う。私の部下にならないか?」
「アインズ様!?」
「ゴウン様?!」
「!!!!」
一瞬言葉が出なかった。この男はなんと言った?自分に己の下につけと、そういったのか?あまりにも急展開過ぎて口元がゆるむ、もしいつもの状況であれば、声をあげて笑っていたかもしれない。
(しまったぁぁぁぁ!つい、口に出しちゃったよ!)
何も内心取り乱していたのは、言われた戦士長に、その言葉を、その意思をはじめて知った周りの者たちだけではない。いった本人にしても予想外のことであった。確かに王国戦士長の人柄を人づてにだが、聞いて、その人間性を評価して、なんとか《楽園計画》に協力してもらえないかなぁ~としっかりとした考えがあるでもなく、ただぼんやりと霧のように薄くその希望を抱いていたのは間違いない。にしても大事、
本来であれば、ある程度こちらの詳しい状況を話して、それこそプレゼンテーションを行った上で、言うつもりだったのだ、「私の協力者になってはくれないか?」と、なんせ相手は王国戦士長、たいして、こちらは力はあると言え、まだまだこの世界では新参者のナザリック。例えるなら、見知らぬ土地にて新規に起ち上げた会社の社長と、長年その土地で人々に関わってきた老舗の古豪に所属する幹部、引き抜きのためには、ちゃんと説明をしなくてはならない。どれだけ、《楽園計画》が魅力的であるか、そして、どれだけ自分が王国戦士長という人物を評価しているのかを当の本人に語って聞かせてその上でスカウトをする腹積もりであった。だというのに、
(なんだよ!出会って二言目に、仲間になってくれ?どこのゲームの主人公だよ!絶対、頭おかしいと思われている!)
明らかに常識外れの行動にアインズには思われるが、あくまでそれは彼が以前いた世界の常識であるという認識を忘れている。
「・・・・・はっは、そうか」
ガゼフは笑っていた。
(ほらぁぁぁぁぁ!笑ってるぅぅぅ!・・・・・・終わった)
アインズは表情にこそ出さないまでも絶望感に包まれる。憧れさえ、抱いた人物に軽蔑される様を、しかし、
「お言葉はありがたいが、答えることはできない。許していただきたい」
返ってきたのは、どこまでも礼儀を忘れない、優しい拒絶の言葉であった。
(・・・・あれ?)
どういうことだ?
「ふむ、何故断るのか聞いても、いいかな?」
あくまで冷静に、堂々と、決して取り乱しはしない。
「私は王に返しきれない恩を受けた身、故に、裏切る訳にはいかない」
「そうか」
(え?じゃあ、何で笑っていたの?)
「先ほどの笑みの理由を聞いても?」
ガゼフは思い出していた。かつて戦場で出会い、一言めに『私の臣下になれ』と命じてきた、年若い皇帝を、あるいは、国王との出会いを思い出していたのかもしれない。
「昔、似たようなことが2回程ありましてな」
「ほう、それは今みたいに?」
「ええ、出合頭に部下になれと、」
「戦士長殿はよほどモテるのだな」
「ストロノーフで構いません、それに男にモテても仕方あるまい」
「まったくだな」
「「はっはっはっはっは!」」
互いに笑い合う支配者と戦士長を、アルベドは兜越しであるものの穏やかな笑みを浮かべながら、エンリはやや戸惑いながら、副長たちはさらに戸惑いながらもその様を見守っていた。アインズは安心していた。まさか自分のような常識知らずがこの世界に少なくとも2人いたという事実に、そのおかげで結果的にではあるが、戦士長とある程度砕けた関係を気づけたことを。引き抜きに関しては気長に考えれば、いいことだ。
(どこの世間知らずの馬鹿か知らないけど、感謝しなくちゃな)
「それで、ゴウン殿、話はそれだけか?」
「私もアインズでいいのですが、まずは、壱号、頼む」
(承知しました。我が主よ)
言われたデス・ナイト壱号は先ほどから見張っていた8人の騎士たちを戦士長達の前に連れて来る。
「ストロノーフ殿、この村を襲っていたもの達です。全員ではありませんが」
「いえ、十分です」
これだけいれば、今回の事件の真相を解き明かすこともできるだろう。
「失礼ですが、ゴウン殿はこれから」
「戦士長殿!」
話を遮ったのは戦士長の部下の一人であった。
「何だ!失礼だろ!恩人を前に!」
「周囲に複数の人影!こちらを包囲するように接近しています!」
(まだいたのか)
その声を聴いたアインズはふとアルベドの肩にとまっている鳥姿の統括補佐をみる。その顔は、フクロウのモノではあるものの、驚愕とアインズに対して今すぐにでも腹をさいて詫びたいという思いがあった。
(その必要はない)
かれはちゃんと自分の命令をこなして、あの
(対策ができている奴らが相手ということか)
それは多少なりともアインズの心に好奇心と、警戒心を抱かせた。そう簡単に物事が進むほど世の中甘くはないということか。
「やはり戦士長殿」
「ああ、狙いは私だろうな」
ああ、この者達もその可能性にたどり着いていたのかとアインズは感心する。
「本当、よほどモテるのですな、ストロノーフ殿は」
「まったくです。ところでゴウン殿、頼みがあるのですが、」
「奇遇ですね私もです」
「我々にやとわれてはくれないか?」
それはこの状況を考えれば、当然のこと、合理的な判断であったが、
「お断りします」
ここは断っておく、自分はあくまで楽園をつくりたいのである。
「理由を聞いても?」
「私は国家間の争いに加担するするつもりがないからです」
そこもアインズの決心であった。これは小規模であるものの王国と法国の戦争だ。もしも戦争などするのであれば、しっかりと準備をしなくてはならない。情報、装備、実際の流れに、配置の予想など、やらなければならないことはたくさんある。気分任せに気楽に参加していいものではない。
(そうですよね、ぷにっと萌えさん)
かつてギルドで軍師を務めていた男の名前を呟く。かれならそうするはずだ。その上で、
「理由はわかりました。確かに図々しい願いであった」
ガゼフにしてもそこまで期待してはいなかった。旅人であるならば、それは冒険者と似た立場、いや、彼らの場合はまた別の理由か、とにかくそういう立場であるならば、彼を雇うということは、法国に敵対させてしまうことでもある。そうすれば、なし崩し的に彼を王国の戦力に組み込むことができるかもしれないが、ガゼフはそれをよしとしない。自分の信念はあくまで王国とそこに住まう人々の守護であり、それ以上でもそれ以下でもない。そういったことはまた別の人間がすればいい。
「それで、ゴウン殿の頼みとは?」
「私をその場に同行することを許可してもらいたい」
「それは?何故ですか?」
「大した理由でもないですよ。ただ、」
「ただ?」
「法国と話がしてみたいんですよ」
それは、アインズの本心であった。彼としてはできるだけ、多くの者と言葉を交わし、協力者になりえる人材を、もっと言えば、法国というものを知りたかった。もしかしたら、先ほどの部隊が酷かっただけかもしれないと、希望を捨てきれていない部分があったのかもしれない。
「それは」
「安心してください、話をするだけで、あなた方の戦いに介入するつもりはない」
「しかし」
(ああ、そうか)
おそらくこの戦士長はカルネ村の心配をしているのだろう。確かに万が一彼らが敗れれば、敵はそのままこの村に攻め込んでくる可能性もあるわけだ。
「安心してください。デス・ナイトたちをおいていくつもりであるし、この村に手出しはさせませんよ」
それを聞いて、安心した顔を見せる戦士長にアインズはさらに敬意を高める。
「これから死ぬかもしれないのに、そんな顔ができるんですね」
「ええ、民以上に大切なものはありませんよ。私にとっては、」
ああ、どこまでも気高い人物だと、改めて引き抜きに力を入れようと思う。
「では、お願いするとしようかゴウン殿」
「するのはこちらですよストロノーフ殿」
改めて固い握手を交わし、不安そうな顔をするエモット姉妹をなでてやって安心させる。
(大丈夫、絶対怖い思いはさせないから)
村長にこれからのことを説明して、デス・ナイトたちにも指示をだしてやる。
「頼んだぞお前たち」
(お任せください!)
(必ずや、お嬢さん方を!)
(お守りします)
さらにアルベドと、ウィリニタスにも伝える
「アルベド、すまないが、私のワガママにまた付き合ってほしい」
「喜んで付き従います。アインズ様」
「ウィリニタスは念のため、周囲の警戒、一応ナザリックからいくらか応援を呼べ。そんな顔をするな、お前の働きにはいつも助けられている」
『もったいなきお言葉、行動に移させてもらいます』
飛び立つフクロウを見送って、アインズとアルベドは戦士長の一団と共に、村の外へと向かう。せっかくなので、馬車に乗せてもらった。
(まったく、満足に仕事をこなせないクズどもが)
それが陽光聖典隊長たるニグン・グリッド・ルーインの感想であった。今回の作戦では彼らは村々を適当にあらしていけば、それでよかったのだ。だというのに、骸骨の騎士と謎の仮面の人物に邪魔立てされたのだと、何人か逃げてきたのだ。彼らがいうには、とても叶わない相手であったという。
(いい訳ばかりしおって)
大方、幻影の類のみせられたのだろう。なぜなら、彼らは無傷であったから、そもそも戦闘をやったはずがない。恐怖にかられ、逃げ出してきたのだろう。
(ベリュースの阿呆もどこにいった?)
それなりに目をかけて、そこそこ秘匿性の高い情報を流してやったというのに、まあ、それも彼の能力ではなく、財力をかっての話だが、
(だが、それもどうでもいい)
もうすぐこの作戦も終わる。王国戦士長は死ぬ。やがて、王国は滅ぶ。そうなれば、
(神が望まれる世界に近づく)
「各員傾聴」
愚痴をこぼしてばかりも馬鹿馬鹿しいと彼は切り替える
「獲物は檻に入った」
目の前には自分が厳選した選りすぐりの部下たち
「汝らの信仰を神に捧げよ」
みな一斉に黙とうを始める。もちろん自分もだ。この世界の真実を知っていれば、自らが信ずる六大神の理想に、すべての人類は結束するべきだ。だが、その中に王国はいらない。あの国は腐り過ぎた。
ガゼフ・ストロノーフ
(惜しい男だ)
そして同時に思う。愚かな男だとも思う。あんな国とっとと捨てて我らが信ずる神に跪つけばいいのに。あの男の能力であれば、十分に神の役に立つことができるだろう。だからこそ理解できない。なぜあの国にこだわるのか、あの国王に恩義を感じているという話も聞くが、そんなもん、懐刀を欲した。老いぼれの気まぐれだろうに、何度か、いや、国政に、各地の状況を整理してはっきりした。別に賢王ではない、かといって、愚王でもない。その中途半端さがなによりあの国を腐らせている理由であると、
(愚かなことだ)
「開始」
その一言で十分であった。一糸乱れぬ動きで包囲をさらに狭める。と、そこで
(ん?)
戦士長達の一団が見えた。どうやら、強引に突破するらしい。
(どこまでも悲しい男だ)
こんな村、いや、もっといえば、こんな辺境の者共など、見捨てればよかったのにだからこそせめて、
(苦痛なく殺してやる)
そして気付いた。一行が馬車を引いており、そこに2人の人物が乗っているのを、
(何だ?あの連中?)
ナザリックは喧噪に包まれていた。アインズの命を受けたウィリニタスからの連絡で多くの者たち、特に隠密能力や、透明化に特化した者たちは急いで部隊を編成していた。
「・・えっと、これで全員そろいましか?」
マーレもまた主の応援に駆け付けるため、自身が率いる部隊の編成を行っていた。先に命じられていたナザリックの隠蔽工作はすでに終了している。階層守護者の中でも彼は下級のシモベたちにもやさしく総じて人気は高かった。
「マーレ様、全員確認しました。問題ありません」
答えたのは今回自分の補佐をしてくれることになっているエイト・エッジ・アサシンの一体だ。
「そ、そうですか、じゃあ、出発します」
「「「「了解しました!」」」」
(((委細承知!!!)))
シモベ達の声にマーレはこれで主の役に立てると、立ってみせるんだと、改めて胸の前で握りこぶしをつくって決意する
(そういえば)
今回の件、もっと言えば、リアルタイムで送られてくる現地の情報に気になるものがあった。主が人間の姉妹の後見人、親代わりになったという話だ。
(いいなあ)
それが彼の本心であり、本音だ。できる事なら、自分もあの方に子供としてもっと甘えたいという気持ちがある。でも、
(今は、我慢、しなくちゃ、)
だよね、お姉ちゃんと彼は心でつぶやく、今は主の為、働くのが第一だ。そして主の心が安らいだ時、その時は、
(えへへ、)
思わず顔が崩れる。その時はたくさんあの方に甘えよう。もちろん姉も一緒だ。そう主に申し出よう。
「おや?これはマーレ様、出立でございますか?」
「あ、ヴェルフガノンさん、そうなんです」
一見少女たる少年の階層守護者にそう返され、ヴェルフガノンはやや罰が悪くなる。調子が狂うと、
「申し上げますマーレ様、自分はあなた様より、下の者なのです。呼び捨てで構いません」
「え、で、でも」
本当、優しい少年だとベルは改めて思う。案外その格好は彼の心象にあっているのかもしれない。
「ヴェルフガノンとお呼びください」
「ヴぇ、ヴェルフガノン・・・・さん」
もう一押しであろう。できればそうしてもらいたいというのが、彼なりのけじめ
「ヴェルフガノンとお呼びください」
「ヴェルフガノン、さん」
「今回はここまでといたします」
残念であるが、何、機会はまたあるだろう。
「それで、ヴェルフガノンさんは、これからどこに?」
マーレは首をかしげながらそれだけで気を失う人間が続出するだろう可愛らしいしぐさで聞く。確かこの男は
(ニューロニストさんとデミウルゴスさんと)
捕らえた兵の拷問と彼らから情報収集をおこなっていたはずだ。
(・・・・・・・・・・)
その兵たちは不敬にも、いや、万死に値する行為を行った。すなわち大好きな主の心を傷つけた。それは彼にとっても許せることではない。自分の役割ではないが、もし彼らの処遇を任せられることがあれば、手にもった杖で容赦なく殴り殺す。それだけだ。しかし、今回それを任せられたのはデミウルゴスを始めとした別の者たちだ。で、あるならば、もうマーレにとって、彼らはどうでもいい存在だ。
「いえ、虫けら共の一匹が有力な情報を持っていたらしく、これからデミウルゴス様、七罪真徒総員で向かう予定でございます」
「それは、アインズ様の為になること、なんですか?」
先ほどみせた瞳を一瞬で無機質なものに変えて、こちらを見て来るマーレにヴェルフガノンは心臓を締め付けられる感覚を味わっていた。たとえ、見た目が可憐な少女でもそこは階層守護者、彼にとっては、何をおいても主が優先される。もしも、これから親友や同僚たちとやることが、かの主の御心を僅かでも傷つける可能性があると判断すれば、この少年は躊躇いなく自分を拘束して、もしも展開を間違えれば、そのまま
「必ずや、お役に立てるかと」
もちろん確実なんていえない。情報自体が眉唾ものであるし、なによりまだまだ、不確定なことだらけだ。だが、それを決して悟られる訳にはいかない。あの親友たる悪魔は今回の作戦にかけているのだ。もしも成功すれば、主の願いたる楽園計画をさらにすすめ、そして何より主に喜びを提供できるかもしれないのだと。だからこそ決してばれる訳にいかない。
「わかりました。お願いします」
頭を下げるマーレにヴェルフガノンは心底安堵する。何とか認められたらしい、と
「やっぱり、あの威厳は階層守護者ということか」
その後、彼らと別れて一人集合場所へと向かう。情報の整理で時間をとってしまった。
「おそいですよヴェルフガノン」
「悪い、悪い、ちと遅れたよ、リーダー」
その場には親友で上司の彼を除いた全員がそろっていた。その瞳は様々なものを映していた。疑問、倦怠感、不安、敬愛、呆れ、そして無心だ。無論自分に向けられたものは一つもない。すべて親友に向けられたものだろう
「デミはまだ来てないのか?」
「デミウルゴス様でしょう」
瞬時に彼の腕から茨がのび、左目の眼前で止まる、あと少しでも動かせば眼球は間違いなく貫かれるだろう。
「悪い、悪い、そんな怒るなよリーダー」
「怒ってはいません決まりですから」
「はい、はい、っと」
「おや、揃っているようですね」
自分たちの直属の主がやってきたらしい。いや、自分にとっては親友だ。
「おう、デミ、揃っているよ、すぐ出れるんじゃないか?」
「・・・・・・・・・」
そもそも視界を持たない七罪筆頭がにらんでくるが、
「グリム・ローズ、今は構わないよ」
「畏まりました」
その声を起爆剤に、七罪信徒全員で彼の前に跪く、忠誠の儀だ。
「今回は省略するよ。では行くとしようか」
歩き出すデミウルゴスと七罪真徒、
「今回の作戦ですが、可能な限り、敵は無血占拠、無力化を命じます」
「いいのか?」
そこは親友のこと、できるだけ多くの者をとらえる為、そう命じるべきではないのか?と、
「あまり、アインズ様の御心に負担をかける訳にいかないからね」
「りょぉぉかいっと」
こうして彼らは主を想い、その為に歩き出す。
徐々に村から自分たちへとその包囲が移るのを肌に感じてアインズは感心すると同時に警戒心を高める
(さすが、さっきの奴らとは違うということか)
もしも戦闘になり、アインズ達の手に負えない相手であれば、(その可能性は低いだろうけど)まずはアルベドの離脱が最優先事項だ。次にアインズの脱出、そうなったとき、ガゼフ達には悪いが囮になってもらう。
(そろそろ行かないとな)
いい加減、始めなけば、話し合いをする前に戦闘が始まってしまう。まずは目立つことが大事だ。空に指を向け、
「!!!!!」
一瞬で彼らの興味がすべて自分に向けられたのだと、アインズは確信して声をあげる
「私はアインズ・ウール・ゴウン!あなた方と話がしたい!」
(何だ一体今のは?)
ニグンもまた多くのもの同様にその人物に目を向けていた。いま見たこともない雷の魔法を放ったのは、ローブをまとった仮面の人物、それは先ほど話に聞いた中で思い当たるものがあったものの、
(そういうことか、)
きっとこれもあの戦士長のくだらない策に違いない、おそらくあの男でこちらの気を引くつもりなのであろう。
(ふ、浅はかなことだ)
案外、王国戦士長というのも自分が思っていたほどの人物ではないということか、
「総員、あのおかしな格好をした奴に集中攻撃だ!魔法も天使も使えるものはすべて使え!」
次の瞬間、ニグンの心臓を誰かが握りしめた。否、そう錯覚させるほどの殺気を感じさせた。
(な、何だ?)
その宣言を聞いた瞬間アルベドもまた戦闘態勢に移ろうとした。同時に湧き上がるのは底なしの怒りと、主を思って溢れて来る悲しみであった。
(この、かとうせいぶつがぁぁぁぁ!)
確かに、あの姉妹や、今ともにいる戦士長など、主が、笑ってくれる人間がいることは認めよう。しかし、こいつらは駄目だ、主は確かにいった。話がしたい、と、だというのに、攻撃をしかけたのだこいつらは、今も主に放たれる魔法に、殺さんと殺到する天使たちが迫る
「アインズ様!」
なんとしても守ればならない、この優しき、愛しき最高の主を
「大丈夫だアルベド」
だというのに、主は手のひらを向けるという何度も見たしぐさをみせる。
「何故ですか?アインズ様!」
まさか、また自分をかばってその身を盾にしようとしているのか、そんなこと許せるはずがない。そんなアルベドにアインズは優しく、
「冷静になれ、それにお前は笑っていたほうが綺麗で魅力的だぞ」
と、穏やかに場違いに語りかけるのであった。
実際のところ、アインズが冷静でいられたのは。それだけ自分に向けられた攻撃が陳腐なものであったからだ。魔法にしても、召喚される天使にしても、いずれも第3位階魔法を超えるものはなく、それは、アインズに希望と落胆を抱かせた。希望とは、今彼らが、使っている魔法が、自分の知っているもの、つまりは
「アルベド、戦士長達を下がらせろ!」
「かしこまりました。アインズ様!」
彼らとの距離を確認したうえで、発動する
(な、何!?)
放たれたのは大気の爆発ともいうべき攻撃であった。それに巻き込まれ、召喚した天使たちは全滅だ。途端に不安をにじらせる部下たち
「ど、どうしましょうか?」
「知らん、そんなこと自分で考えろ!」
しかし、ニグンの決断も速いものであった。この相手は危険であると、切り札である水晶を取り出し、
「最高位天使を召喚する!時間を稼げ!」
「そうはさせん!」
その瞬間、視界に飛び込んできた男から放たれるは、《武技》〈六光連斬〉戦士長ガゼフの切り札たる技であった。ニグンを6つの斬撃が襲う
「ぐはぁ!」
「隊長!」
ニグンの手から離れた水晶を素早く回収する副長、
「総員、かかれ!」
「「「うおぉぉぉ!」」」
その言葉と同時に戦士の一団が陽光聖典へと襲い掛かる。ガゼフは後悔していた。アインズを連れてきてしまったことに、
(すまないゴウン殿、)
まさか、いきなり攻撃をしかけて来るとはさすがの戦士長たる自分でも予想できなかったことである。そして、何より、恩人である彼を結果的にではあるが、戦いに巻き込んでしまった。ならば、少しでも早く、敵を制圧する必要が出てくる。
戦いは、やや一方的なものであった。次々と切り伏せられる聖典の
(さすがは、戦士長の部隊。見事な動きだ、それに《武技》か)
この世界には、まだ自分の知らないことがあると関心を抱き、そして、ガゼフ達のみせる戦いをやけに顔を押さえてうなっているアルベドと共に、観賞していた。結局、彼が放った攻撃は最初の一撃だけであった。
やがて、制圧が終わり、
「お見事でしたよストロノーフ殿、あなたの武技など」
「いえ、それはゴウン殿の魔法も同じでしょう」
互いに健闘をたたえ合い、事後処理を始める。
「これは?どうしましょうか?」
副長が聞いたのはニグンから奪った水晶のことである。
「それは、できれば頂いてもいいでしょうか?」
アインズとしてもそこに封じられている魔法に興味があった。
「構いませんとも、差し上げましょう」
「それから、あの者の処遇についてですが」
それは、縄で部下と共に縛られたニグンのことであった。
「何か、希望でも?」
「できれば、あの者だけは解放したいと思います」
「!!!、それは、一体何故ですか?」
ガゼフが当たり前のことを聞いてくる。
「できれば、彼には使者になってもらいたいのです」
「そういうことですか」
そう、その行動に問題はあっても、彼はこの部隊の隊長なのだ。そして、
「ええ!是非とも任せてください!」
何とかして、それこそ自分一人でもこの場からの脱出を狙うニグンは声を荒げる。周囲の彼に対する視線が敵味方の区別なく冷たくなってくるも彼は意に返さない。
(中々、この男も図太いな)
「わかりました。あなたには恩義がある。そうしましょう」
「ありがとうございます。感謝しますストロノーフ殿」
「それは、こちらの台詞ですよゴウン殿」
朗らかに笑い合う、2人の男と、それを愛しいそうに見つめる1人の女がそこにいた。
(よし!これでなんとかなる!)
ニグンは歓喜していた。ガゼフに負わされた傷は痛むし、水晶を奪われたのは痛い、それでも、この場から抜け出すことができれば、なんとかなるはずだ。そう、思っていた。
(!!!!!!!!!!!)
瞬間、世界が死んだように感じる、いや、違う!
(止まっている?)
そう自分以外のすべての時が止まったように感じたのだ。周りの者は皆、石像のように動かない。いや、正確にはその中を歩いてくる人物が2人いた。
「さて、お前はなんという?」
「ニグン・グリッド・ルーイン」
それしか言葉に出来なかった。
「そうか、ではニグンよ、お前に今一度、チャンスをやろう、いいな?」
「は、はい」
先ほどから、自分の心臓を、内臓を締め付けているものの正体がわからない。
「これからはお前は、国に戻り、正しく、私の存在を知らせろ」
「はい、」
「では改めて名乗ろうか」
男は仮面に手を伸ばし、それを徐々にゆっくりとはずす
(!!!!)
ニグンは身震いした。自分を襲う威圧感と恐怖が爆発する。仮面の下からでたのは、恐るべきアンデッドの顔、やがて股が生暖かくなる。
「私の名は、アインズ・ウール・ゴウン、
「んんんんん!」
もう正しく言葉を発することもできない。
「今、お前に魔法をかけた。もしも正しく伝えなかった場合、私がそうだと、判断した場合、お前を殺す魔法だ」
「!!!!!!!!!」
声にならない絶叫が響く
そして時は動き出す。
「おや、この男、失禁していますよ」
「まったく情けない男だ。すまないゴウン殿、不快でありましょう?」
「いえ、構いませんともストロノーフ殿」
(うまくいったみたいです。テンパランスさん)
『演技は勢い』といっていた友の名を思い出す。もちろんいつでも好きな時に相手を殺す。なんて魔法は存在しない。
「ストロノーフ殿」
「いかれるのか?」
「ええ、私はまだ旅の途中ですから」
「是非とも城へとお招きしたい。今回のことの礼をさせてほしい」
「堅苦しいのは苦手なもので」
「では、せめて、いつか王都に来てください私の家で歓迎させていただこう」
一枚の紙を手渡される。おそらくは住所であろう
「その時は、さっきの話の返事をいただきたいものだ。もちろんいい意味の」
「ははは、考えておきますよ」
(社交辞令だなぁ)
スカウトは難航しそうだなぁとアインズは軽く嘆息する。
「では、どこかでまた会いましょうストロノーフ殿」
「ええ、ゴウン殿」
最後に2人は固く再会を誓い、握手をかわすのであった。
スレイン法国最奥ではこの国のトップに立つ者たちが頭を抱えていた。
「至宝を2つ、奪われたと?」
そう嘆くのは、風の神官長、ドミニク・イーレ・パルトゥーシュ。報告員は続ける。
「いえ、1つは正確には『譲り渡した』と、担当の者が、」
「どっちもおなじであろう!」
怒鳴ったのは土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサン。
至宝、それはかつてこの地に降り立ち、哀れな自分たちを救ってくれた存在である六大神の1柱が残した預言書にある存在、神の如き力を振るう4つのマジック・アイテムであるということ。かの神の1人はこの世界に起きる法則性を調べ、それを解明してみせたらしい。実際に本人が亡くなった後、預言書の通り、八欲王や、魔神の出現、そして十三英雄のリーダーなる者が現れた。そしてその書にならうならば、今年のこの世界に至宝なるものが現れることが記されていた。何とかその場所を、特定できなかと、神々の残した。アイテムなどを使って、何とか2つまでは、見つけ、そして、回収班を結成して向かわせたというのに、
火の神官長ベレニス・ナグア・サンティニは静かに問いかける。
「それで?詳しく聞こうではないか?」
「はぁ!それでは報告します。トブの大森林に向かった部隊は、全員怪我もなく生還したのですが、」
「至宝は獲得ならずか」
「いえ、正確には発見できたそうなのですが、」
「譲ったと?」
「らしいです。」
「そんなバカなことがあるか?!」
再び、ドミニクは叫ぶ、実際この部隊の指揮をまかせていたのは、彼の信頼が厚い男であったのだ。あのニグンなんかよりもずっと、その叫びを無視して、ベレニスは先を促す
「それで?カッツェ平野に向かった部隊は?」
「ほぼ全滅です、こちらも発見はしたんだそうですけど、」
「けど?奪われた?」
「はい、『ヘッド・ギア』の襲撃にあったようです。生還者の証言から間違いないかと」
「また、あいつらか」
ため息をつくのは、光の神官長、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワ
ヘッドギア、最近、王国を中心に破壊活動を続けているテロリスト集団、一体何が目的か分からず、彼らが動けば、多くの建物が破壊され、多くの人が命を落とす。いや、彼らだけではない。いま怪しい動きを見せている組織はほかにもある。八本指、ズーラーノーン、そして彼らがその活動の拠点としている場、王国
「糞どもが、」
思わず出たイヴォンの言葉はこの場全員の総意でもあった。人は弱い、だからこそ団結しなければ、ならないというのに。あの国が、貴族共が足を引っ張っている。
「報告!報告です!」
そのばに別の若い人間が飛んでくる。
「どうした?騒々しいぞ、」
「陽光聖典隊長が帰還されました!」
「ニグンが?」
反応したのはドミニクであった。その後も報告は続く、王国戦士長討伐へとむかった部隊は失敗、ほとんどの者が王国側につかまり、隊長たるニグンだけ帰還したという。そして、伝言があったという。アインズ・ウール・ゴウンなる人物の存在を、
「聞いたことがないな」
レイモンの言葉に皆頷く、かの神々からも聞いておらず、預言書にもその存在は書かれていない。そして報告はつづき、かの人物がアンデッドであるという話になった時、
「スルシャーナ様?!」
声をあげたのは、闇の神官長、マクシミリアン・オレイオ・ラギエであった。
「まて、まだそうと決まったわけでは」
「いや、では、尚更、急いで確認をしなくては!」
「だれか、この老いぼれをとりおさえろ!」
これはまずい流れだとイヴォンは思う、この国は大きく6つの宗派が手をとりあって、成り立っている。そして互いに協力できている理由は簡単。皆、信仰する神が等しくいないからだ。だというのに、そこに、1人だけ、神が再び舞い降りたとなれば、間違いなく、宗派間での争いは激しくなり、国は割れるだろう。そうなれば、周辺国への軍や資金の援助ができなくなり、人は滅ぶだろう。そうなっては、かつて自分たちを救ってくれた神々に申し訳が立たない。
(主よ、お守りください)
結局できるのは、神に祈ることだけだ、この世界に住まう、か弱き、我らをその力をもってお守りくださいと、
だれかが、呟く
「降臨せし死の支配者」
第1章 完
なんとか終わりました。いろいろ挟んで次に行きます。