16-75.サガ帝国、帝都の戦い(5)
「イエス・レッド。
帯状の光がナナを周回し、上下に分かれて球状に展開していく。
無数の魔法陣が球の表面に浮かび、魔法陣は常に変異しながら、その外側に光の殻を築いた。
「
ナナと一緒に
そう、スローンは、ナナだけではなく、近くにいたアリサ達全員とルルの浮遊砲台を含む全てを光殻の内側――安全地帯に収めていたのだ。
「くる~?」
そこに牛角女から全方位攻撃が放たれた。
蛇髪から放たれる石化ビームを拡散させたような石化シャワーだ。
石化シャワーは光殻の手前で不可視の防御障壁に遮られ、灰色の細片を激しく撒き散らす。
「おおっ、効いてない!」
アリサが拳を握りしめて叫ぶ。
「ノー・レッド。表面障壁を削られています。移動ロック解除。機動防御モードへ移行します」
ナナの発言と同時に、スローンは滑るように宙を舞う。
スローンはフォートレスやキャスルと違って移動可能なのだ。
「なんだかUFOみたいな動きね」
「内側にも慣性が無いのは凄い」
慣性を感じさせない動きをアリサとヒカルがそう評価した。
「ナナ、距離を取って。私が反射系をなんとかするから、ヒカルっちとルルで攻撃をお願い」
「相手は反射系のユニークスキルでしょ? 妨害なんてできるの?」
「ふふん、そこはアリサちゃんにお任せよ! 直接封じる以外にも方法はあるの」
アリサが下手なウィンクをする。
「フェンリルは?」
「あの子は二人の後にダメ押しをお願い」
「任せて」
そんな会話の間にも、ルルの浮遊砲台が仮想砲身を展開し、聖弾を装填する。
「やばい! ラミ子さん、アイギスだ!」
勇者フウが叫ぶのが聞こえた。
「メデューサの魔王がアイギスの盾?」
アリサがギリシャ神話的な違和感に首を傾げる。
「違う! ラミ子さんはラミアの魔王だ!」
そんなアリサの呟きを耳ざとく捉えた勇者フウが大声で訂正した。
わざわざ隠蔽している種族を暴露したのでは、なんらかの神器で種族を隠している意味がないのだが、きっと勇者フウには譲れない大切な事だったのだろう。
なお、戦闘中に外部と会話できる一見無駄なスローンのオプション機能は、アリサの強いリクエストによって実装された。
「撃ちます!」
『イグニッション!』
ルルが引き金を引くのと同時に、浮遊砲台のアシスト音声が答える。
マッハ二〇まで加速された聖弾は、レーザーのような青い軌跡を残して、牛角女へと吸い込まれる。
ほぼ同時に、牛角女の前に暗紫色の巨大魔法陣――アイギスが現れた。
間一髪で間に合ったアイギスが、ルルの聖弾を反射する。
「にゅ!」
タマの耳が危機を感じ取ってピンッと立つ。
横に陣取ったポチは尻尾をササッと足の間に隠した。
「馬鹿め――」
勇者フウが勝利を確信して呟く。
その顔が次の瞬間、驚愕に染められた。
「――馬鹿な!」
アイギスで弾かれた聖弾が、スローンと牛角女の中間で再び反射してアイギスへと戻っていく。
ピンポンかスマッシュの壁打ちをイメージさせる応酬が続き、限界を超えた聖弾が青い光だけを残して砕け散る。
「見えた」
アリサの視線の先に、僅かに血を流す牛角女の姿があった。
砕け散った聖弾の残滓によって傷ついたのだ。
牛角女のユニークスキル「
「私も確認しました。空から奇襲します。タマ、私とポチを上空で待機するリュリュの背に送って下さい」
「にんにん~」
「待って! 石化攻撃があるんだから無茶しないで」
「大丈夫なのです! 鎧のヒトに『ふぁらんくす~』で防いで貰うのですよ」
「私の鎧で8回、ポチの鎧なら64回までファランクスが使えます。危険はありません」
アリサとリザが議論する間にも、牛角女の石化ビーム攻撃が続いていたが、ナナは巧みな機動で避けながら牛角女を屋外へと誘導していく。
◇
「くそっ、くそぅ、なんなんだあいつら。ラミ子さんはレベル95の魔王なんだぞ! 現役時代はサガ帝国の三分の一を潰した、歴代五指に入る大魔王なんだ。レベル92の勇者はともかく、どうしてレベル80台前半のやつらにまで押されるんだ!」
牛角女の胸の谷間に守られた勇者フウが悪態を吐く。牛角女の胸と両手に守られた自分がネックになっている事にはまだ気付いていないようだ。
「くそっ、あいつらの装備がチートなんだ――」
そこまで呟いて、勇者フウはある事に思い当たった。
(そうか、あいつらの内、一人でもいいから捕まえたら、あの装備を奪える。装備進化ができるラミ子さんのユニークスキル『
勇者フウが悪役のような邪気を帯びた笑みを浮かべる。
(あいつらはラミ子さんのユニークスキルが、蛇髪や全方位魔法陣から石化ビームを出す『
思考を巡らせる勇者フウの視線の先で、血を流していた牛角女の傷が癒えた。
(
勇者フウは知らない。
ゴブリンの魔王が牛角女に与えた、「
それぞれの魔王が敗北し、「神剣」や「神授の
その謎を勇者フウが知る事はない。
◇
「800年も前に蛇神迷宮と共に天竜達が滅したはずの魔王が、どうして今頃……」
都市核の間に浮かぶ外部映像を見上げながら、皇帝は呟く。
彼の傍らには、彼を支える家臣の姿はなく、彼を守る騎士もいない。
「守るべき民も既に魔王どもに殺されてしまったか」
都市核が報告する数値を見た皇帝が自嘲する。
「全てを失いながら、自分だけおめおめと生き延びるとは……」
王城を襲っていた吸血鬼の魔王との対決に心血を注いでいた皇帝は、アリサが空間魔法で安全圏に逃がした事を知らなかった。
「世界に冠たるサガ帝国の皇帝が、なんと無力なのだっ」
悔しさに血が出るほど拳を握る。
――まだ諦めてはなりません。
皇帝の耳に幼い声が届いた。
「ついに幻聴まで聞こえてくるとは……」
――聞こえますか、定命たるヒトの子の王よ。私は貴方の心に呼びかけています。
途切れ途切れに聞こえる声に、皇帝は居住まいを正した。
「まさか、神か」
転生者であれば吹き出したであろうフレーズも、異世界生まれの皇帝には神聖な声に聞こえたようだ。
――時間がありません。邪悪なる魔王と墜ちた勇者を封じる手段を与えます。
皇帝の問いには答えず、声の主は一方的に話を続ける。
――都市核に受け入れるように命じなさい。かつて魔神をも封じた術式を与えます。
普通なら罠を疑ってしかるべきにも拘わらず、操られたかのように皇帝は声の主の指示通りに、都市核を操作する。
――愛しきヒトの子よ。最善を尽くしなさい。
「御心のままに」
光を失った瞳で、皇帝は都市核を操作する。
都市核には主人を精神操作から守る自動防衛機能がある。
だが、この都市核の当該機能は、何者かの手によってオフへと切り替えられていた。
◇
「リュリュ、鎧のヒト、
遥か上空に舞い上がった白竜の背で、ポチが叫ぶ。
カタパルトの間違いを指摘する者もなく、作戦は進行する。
――LYURYURYUUU。
『イエス・マイガール。ディメンジョンカタパルト・アクティベート』
急降下を始めた白竜の前方に、銀色の揺らめく板が現れた。加速板だ。
白竜が一気に加速し、音速を超える。
「分身の術なのです!」
『フィジカル・ミラー・イメージ』
白竜の背でポチの数が増えていく。
「にんにん」
64体のポチと無数の猫忍者が白竜にしがみついた。
「今必殺の
『イエス・マイガール。エクストラモード・アクティベート』
ポチの鎧が攻撃特化の突撃モードへと変形する。
「行きます」
足裏からの魔刃砲で加速したリザが、一番最初に白竜から離れた。
音より速く、獣娘達が牛角女の頭上に降り注ぐ。
――LWUHUAMZIEEA。
危機感知スキルを持つのか、野生の勘か、牛角女がルルとヒカルの攻撃を防いでいたアイギスを頭上へと向けようとする。
だが、それが間に合う事はない。
「
竜すら退けるリザの必殺技が、牛角女の左肩を粉砕した。
「
64体のポチのうち、48体までは蛇髪の石化ビームが捕らえたが、残り16体のポチが右肩に次々と命中してみせる。
「うわっ、と、とっ――」
衝撃で胸元から投げ出された勇者フウが、邪髪の一つに助けられて、牛角女の耳元に着地した。
「にんにん~?」
ポチやリザの影に潜んで侵入した猫忍者達が、影から飛び出て蛇髪を斬り裂いていく。
「よくもラミ子さんの髪を!」
勇者フウの死霊魔術が、蛇髪をアンデッドへと変化させ、猫忍者達を追いかける。
アンデッド蛇髪に追われる猫忍者達が、どこか楽しそうなのは、きっと気のせいだろう。
――LWUHUAMZIEEA。
両肩を砕かれたはずの牛角女の腕が、リザとポチを薙ぎ払う。
狙われた二人は瞬動で直撃を避けてみせたが、その余波である暴風に巻き込まれ、散弾のように飛んでくる瓦礫全てを避けきる事はできずに、黄金鎧の使い捨て防御システム「ファランクス」を消費させられた。
黒煙のような土煙を引き裂いて、リザとポチが安全圏まで退避する姿が見えた。
「良かった、二人は無事みたいね」
アリサがほっと胸を撫で下ろす。
「再生」
ミーアが牛角女の両肩を指さして呟く。
リザとポチに砕かれた両肩は白い煙を上げながら、元の状態に再生していた。
「やっぱ、再生はデフォか――ミーア」
「ん、指令」
スローン内のアリサがミーアに合図を出す。
瓦礫の中に潜んでいたレッサー・フェンリルが、近くを通過した牛角女の蛇胴に食らいついた。
――LWUHUAMZIEEA。
牛角女が悲鳴を上げ、蛇の胴体でレッサー・フェンリルを締め上げる。
フェンリルに抉られた胴も、先ほどの肩と同様に再生していく。
「隙ができた。『
「ダメだよ」
ヒカルがアリサの前に出る。
「そいうのは一度手を汚した事のある大人がやらないとね」
ヒカルが
ルルの加速砲を利用した理槍の雨が、音速の20倍で牛角女の耳元にしがみつく勇者フウに殺到した。
◇
「うあお、落ちる――」
白金色の狼に食らいつかれた牛角女から振り落とされそうになりながらも、勇者フウは必死に牛角女の耳にしがみついていた。
反撃に転じた牛角女の上半身が安定したところで、ほっと一息吐いく。
その視線の先に、死が近付いているのを見つけた。
ありえない速さで、透明な槍の雨が降ってくる。
アドレナリンの過剰分泌で、奇跡的にそれを感知した勇者フウだったが、それに反応できるほどの力は彼にはなかった。
ただ、迫り来る死を見つめるしかできない、残酷な奇跡だ。
そして、刹那の時間が過ぎる。
音速の20倍で理槍の雨が着弾した。
真っ赤な血が牛角女の肩を染める。
――LWUHUAMZIEEA。
牛角女の怒りの咆哮が、サガ帝国の空に響いた。
※次回更新は、11/25(日)の予定です。
(16巻の初稿〆切りが近いので、もしかしたら遅れるかもしれません。その場合は、twitterやここに告知します)
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