上海の西南にある杭州は十三世紀に滅んだ南宋の都だった。電子商取引大手、阿里巴巴(アリババ)の創業者、馬雲(ジャック・マー)は杭州で生まれ育った。五十四歳になった彼は少年時代、街近くに広がる西湖で外国人観光客の無料ガイドをやっていたそうだ。培った英語力を生かし、アリババを株の時価総額世界上位十社の常連となる巨大企業に成長させた。
杭州郊外の本社で広報担当者がスクリーンを前に説明を始める。「わが社のスマホ決済の利用者は八億人を超す」「将来は一億規模の雇用創出を目指す」。天文学的な数字が次々飛び出す。
アリババは中小企業支援を目指す金融事業にも力を入れ始めた。スマホで三分程度かけて申請を完了すると一秒後にはお金が借りられるシステムだ。担保は必要ない。申請者の購入履歴など集積済みの個人情報を数値化し、瞬時に信用度を判断する。ITを駆使したこの仕組みは結婚相手探しにも活用されているという。
米中摩擦について質問すると広報部門幹部の趙亞楠(ジャオヤーナン)氏は直接答えず、「改革開放の下でWTO(世界貿易機関)に加盟し世界貿易の輪の中に入ったことが大きな成長につながった。雇用でも世界で貢献していきたい」と語った。米国を軸としたWTOでの対中批判など意に介さない答弁ぶりだ。
本社には若き日のマーが仲間と万里の長城にたたずむ絵=一番左が本人=が飾られている。若き起業家のチャイニーズ・ドリームを象徴する姿だ。だが成功の背後には政府の管理が存在する。
個人情報を利用した担保なしの貸し付けなど日本なら規制でできない。政府の後押しがあるからこそ、経営者の素早い判断が可能になっている。一党独裁の中で自由に規制を操り、企業が成長する意外な姿がそこにある。
多くの経営者は全国政治協商会議など国の機関での重要ポストを兼ねている。日本を含む世界の企業は、この異色の官民一体型モデルと向き合わなければならない。
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