「必ずお読みください!」と赤字で書かれた督促の文書

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 未返還の国の奨学金について、保証人は半額の支払い義務しかない。

 そう知らされないまま全額請求に応じた保証人のうち、日本学生支援機構が減額を認める対象として示しているのは一部だけ。機構の線引きに、保証人が揺れている。

 11月1日午前5時半すぎ、薄暗い玄関で朝日新聞を手に取った東京都内の男性(71)は、1面の見出しに引き寄せられた。

 〈奨学金 説明せず全額請求〉〈保証人 支払い義務は半額〉

 自分のことだ、と胸が騒いだ。男性は、めいが借りた奨学金の保証人になっていた。その1週間前、機構から請求された全額の約922万円を振り込んだばかりだった。しかし、奨学金の保証人は支払い義務が半額しかないと記事は伝えていた。

 10月初旬、機構からの督促文書を受け取った。

 〈あなたへの「最終通知」となります〉〈連絡がないときは、裁判所に支払督促申立を行います〉

 裁判所という文字を見て、男性はすぐに、連帯保証人である、めいの父親に連絡を入れた。

 「請求がきてるけど、どうなってんだ。払う意思はないのか」

 問いただしても、フーンフーンというばかり。思わず怒りをぶつけると、電話はプツリと切れた。認知症になっているようだ、と後から親戚に聞いた。消費者金融から借金を重ねていたらしい、とも耳にした。

 かつて保証人を引き受けたのは、この父親から頭を下げられたからだ。妻の兄だけに断れなかった。

 機構の担当者に聞くと、高校と、大学(有利子と無利子)で合わせて約780万を借りていた。めいも父親もほとんど返さないまま自己破産し、延滞金が膨らんでいた。ずっと疎遠で、実情を知らされていなかった。

 機構からは、分割払いだと毎月8万9千円で9年ほどかかると言われた。先行きを考えれば、いつまでも支払いに追われたくない。今のまま週3回の夜勤を続け、介護ヘルパーの妻と2人で働けば、なんとか暮らしていけるだろう。思い切って、老後の蓄えをはたこうと決めた。

 10月25日、男性は退職金を預けていた信用金庫まで電車で行き、1千万円の定期預金を解約した。帯封がされた札束をカバンに詰めて出口に向かうと、職員から呼び止められた。

 「そのまま持っていかれるのは、防犯上お薦めできないのですが」

 男性はそのまま15分ほど歩いて郵便局の本局に向かった。窓口で、振込票と現金を差し出した。金額が大きいからか、すぐに女性職員が声をかけてきた。

 「本当にいいんですか。もう一度、考え直さなくてもいいんですか」

 引き留められたが、男性は市の法律相談や弁護士にも聞いて、考えに考えた末のことだと伝えた。

 「振り込め詐欺にでもあったと思うようにします」

 奨学金の保証人は半額しか支払い義務がないと知ったのは、振り込んだ後だった。返還を終えた人は減額の対象にならないとの報道も目にした。振り込み前なら半額で済んだのに……。なんとか取り戻せないか。男性は2度、機構に問い合わせたが、15日夕までに「検討中」という答えしか返ってこなかった。

 「身を削って全部返し終えた人は認めず、返す途中なら認めるというが、どこが違うのか。分別の利益を事前に知らせてくれれば半額で済んだのに、回収することしか考えていないのか」

 男性は、本当に詐欺にあったような気がしている。(諸永裕司)

     ◇

 機構によると、14日までに73人の保証人から問い合わせがあり、機構の見解を順次伝えているという。

 機構は未返還の奨学金をめぐって保証人に分別の利益を伝えずに全額請求していることについて、法解釈上、分別の利益は保証人から主張すべきもので、請求は法的に問題ないと説明。その上で、全額請求に応じて返還を終えた人や、裁判の判決や和解で返還計画が確定した人は減額の対象外とする。機構との返還計画に合意して返還中の人らは、分別の利益を主張すれば残金を半額にするという。

 これに対し、学者や弁護士らでつくる奨学金問題対策全国会議は「保証人が主張するか否かは関係なく、機構は法律上、借りた本人の未返還額の半額しか請求権がない」と主張。ただちに全額請求をやめ、半額を超えた分を保証人に返すことなどを求めている。(大津智義)

■日本学生支援機構の運営評議会委員を務める小林雅之・東大教授の話

 分別の利益を保証人に伝えれば、半額を回収できない可能性は高い。次代の奨学金の原資を自らあきらめるわけにいかないという機構の立場も分かる。一方で保証人には不公平、不公正と映るとみられ、機構は丁寧に説明する責任がある。この問題は奨学金事業をどう運営するかに関わるだけに、機構に任せるのではなく、制度を設計する文部科学省など国が方針を定めて対応すべきだ。

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 〈分別の利益〉 民法では、連帯保証人も含めた複数の保証人がいる場合、各保証人は等しい割合で義務を負うとされる。国の奨学金の人的保証制度(父か母が連帯保証人、4親等以内の親族1人が保証人)に当てはめると、保証人の負担は半分になり、残りは本人や連帯保証人が負う。日本学生支援機構は過去8年間で、延べ825人の保証人にその旨を伝えないまま総額約13億円を全額請求した。現在の奨学金の返還者は約426万人で、3カ月以上の延滞者は約16万人。

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 この問題に関する情報は、朝日新聞特別報道部の奨学金問題取材班(メールshougakukin@asahi.com またはファクス03・5540・7834)にお寄せください。

 なお、奨学金事業についての問い合わせは日本学生支援機構の奨学金返還相談センター(0570・666・301)へ。奨学金問題に取り組む学者や弁護士による奨学金問題対策全国会議(http://syogakukin.zenkokukaigi.net/)や、電話相談に取り組む全国の労働者福祉協議会(http://www.rofuku.net/results/shogakukinsoudan/)でも相談を受け付けています。