シャルティアが精神支配されたので星に願ったら、うぇぶ版シャルティアになったでござる 作:須達龍也
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申し訳ない。気づいたらこんなに空いてしまいました。
「さ、行くわよ、アルシェ」
差し出された手を取るのに一瞬躊躇したが、私にはもう選択権はなかったことを思い出し、ギュッと握る。
「んふ、<飛行(フライ)>の準備をしていたほうがいいわよ」
言われて、フライの魔法をかける。
黒い穴…その向こうは、言っていた通り、帝都…アーウィンタールの上空だった。
驚き…こんなにあっさりと帝都へと戻ってこれたことに対しての…そして、納得…あの膨大な魔力量を考えれば、こんなことができても当たり前かと…あの依頼を受けてから、私の人生は大きく様変わりしたと言えよう。
「さて、あなたの家に参りましょう。案内してくれるかしら?」
選択肢はなかった。ただ、妹達を巻き込むことへの躊躇がないとは言えなかった。
「別に、逃げられると思うなら、そうしてもいいのよ?」
いっそ優し気とも言える表情で、シャルティア様がそう言った。
「無論、どうなるかは想像できるとは思うけどね?」
「……」
ついで浮かべた表情は、サディスティックなものだった。むしろ、逃げてみろと言いたげだった。
「…そんなことはしない。案内します」
「さて、アルシェ達はもう家に着いたのかねぇ」
「さーてね」
「初めて見た魔法でしたが、彼らがそう言うのでしたら、そうなんでしょうねえ」
あれから俺たちが連れていかれた場所は、牢屋…ではなく、ログハウスだった。割と新しいらしく、木の匂いがしていた。
「新しい家、ねぇ」
「いい家ね」
「我々が定宿にしているところよりも、いいかもしれませんねえ」
一階がリビングとキッチンになっており、二階に四部屋あり、家具もついていた。そしてまあ、一階で作戦会議というか、だべってた。
「怖いくらい、至れり尽くせりだな」
「そーねえ」
「少なくとも、今すぐどうこうということはなさそうですねえ」
ここまで連れて来てくれた、アウラと名乗ったダークエルフが言うには、困ったことがあったら近くの湿地帯に住んでいるリザードマンに聞けって話だった。
「まあ、私はそんなに悪い連中ではないと思ったわね」
ついさっきエルヤーに連れられていたエルフ達に会ってから、イミーナの評価がコロッと変わっていた。俺たちの隣の家に住むことになるんだと。
「しかし、リザードマンって、もっと物騒な奴らだと思ってたが、だいぶイメージが違ったな」
エルフ達を連れてきてたのが、白銀の二足歩行の獣と、リザードマン達だった。
「表情はよくわかりませんでしたが、理知的な印象を受けましたねえ」
「ロバー」
「なんですかあ」
「そんな、ふてくされてるんじゃねえよ」
俺とイミーナはともかく、神官でもあるロバーデイクには納得行かないのかもしれないとは思うが、もうどうしようもないじゃねえか。
「ふー、わかってはいるんですが、ね」
普段のロバーデイクらしくなく、頭をガシガシと掻いている様子に、こいつの苦悩が見えるようだった。
「そもそも選択肢がなかったことは理解しています。そして私たちが一蓮托生なこともね。私が短気を起こせば私たちは全員殺されるでしょうし、そこにはこの件とは無関係なアルシェの妹達も含まれてしまう。飲み込むしかないことはわかっているんです」
「まあ、他のルートは全滅しかないと思うね」
ロバーだってわかっている。ただ、納得するのにちょっと時間がかかるんだろう。
「あのアウラって子の話だと、ここは地下六階ってことだし、地下一階であれだったのよ、ここから地上まで逃げられるとは、よほどのバカじゃないと思えないわね」
迷宮のお約束として、下層に行くほどきつくなるものだ。イミーナの言うようにここから生きて出られるとは、とてもじゃないが思えない。
「ええ、それに…」
ロバーがそこで口を閉ざす。
「…さすがに、グルってわけじゃあないとは思うが…」
「…なんらかの、取り決めはしてそうよね」
たとえ万が一…億が一の奇跡が起きて、地上まで生きて逃げられたとしても、モモンさんに頼れないと来た。
あの死の支配者は、アルシェと一緒に出て行った吸血鬼に対して、モモンさんのテントに向かえと言ったんだ。少なくとも敵対関係ではないことがわかる。完全にお手上げってやつだ。
「まあ、今は生きているんだ。そこはよしとしておかないとな」
うちの家は貴族街と言っても、王宮からはだいぶ離れた外れのほうにあったので、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に気をつける必要はなかった。何事もなく家まで辿り着いた。
どこから入るべきかと考えていたのだが、タイミングよく二人とも起きていて、更にはちょうど星空を見ていたようで、私よりも先にこっちを見つけてきたくらいだった。
本来ならばこんな遅くまで起きていることを叱るべきなのだろうが、あまり騒ぎを起こすことなく部屋に入れたので、とりあえず不問にする。
「このまま連れて行ってもいいけど、必要なものがあるなら少しくらいはいいわよ」
私に続いて、窓から入ってきたシャルティア様がそう声をかけてきた。
「きれいなひと、だーれぇ?」
「だーれぇ?」
無邪気に問いかけてくる妹達に、心臓が縮こまる気分を味わう。
「えっと…新しい雇い主…かな」
「ふーん?」
「そうなんだー」
「どうでもいいけど、着替えとかはある程度あったほうがいいんではないかぇ?」
「ありがとうございます。そうします」
ウレイリカとクーデリカの手を握って、そそくさと部屋を出る。
「…ふぅ」
屋敷の者に見つかるとまずいのだが、シャルティア様から離れられたことに安堵の息がもれる。
「お姉さま、引っ越し?」
「まだ真っ暗だよ?」
私が帰ってきたら引っ越しをすると告げてはいたが、さすがにこんな夜逃げ同然とは想定していなかっただろう二人が、疑問の声をあげた。
「ごめんね。お父さまとお母さまには内緒なんだ」
「そうなんだー?」
「そうなんだー!」
私の言葉にウレイとクーデはニコニコと笑っている。まだよくわかっていないんだろう。そんな幼い妹達を両親から引き離すことに躊躇いを覚えなくもないが、もうすでに賽は投げられた。
邪教集団に売られるという話は半信半疑だが、遠からずうちが破綻するのは残念ながら間違いない。ここに妹達を置いていくわけにはいかない。
「…まずは衣裳部屋に行って着替えを取ってきましょう。その後、どうしても持っていきたいものを一つだけ、持っていきましょう」
静かに、でも、速やかに行わなければならない。
シャルティア・ブラッドフォールン…あの方が生粋のサディストであることは、このわずかな時間でも明らかだった。
不思議と私を買ってくれているようだが、待たせても碌なことにならないことだけは間違いなかった。
「お待たせしました」
ある程度の着替え類と、ウレイとクーデがそれぞれお気に入りのぬいぐるみを抱いて、こちらの準備は終わらせた。
「…シャルティア様?」
彼女は部屋にあった小さな箱…魔道具をひとつ手に取って、それをじっと見つめていた。
「これ、もらってもいいかしら?」
エタる一歩手前まで行ってしまってました。
恐ろしい。完結する意思はあります。ええ。