ディアボロとトリッシュの捻れた相似性

■ジョジョの奇妙な冒険第5部「黄金の風」のラスボスであるギャング組織のボス「ディアボロ」には、「トリッシュ・ウナ」という娘がいる。ディアボロは16年前の1985年6月に故郷のサルディニア島でソリッド・ナーゾという偽名を名乗り、ドナテラという女性と恋に落ちた。そのときにドナテラに宿った命がトリッシュである。

■ボスは娘であるトリッシュの存在を知らず、ドナテラの病死をきっかけにその存在が明るみに出る。そしてボスは、トリッシュが組織内の裏切り者の手に落ちて利用されることを防ぐため、ブチャラティチームにトリッシュの護衛を任じることになる。

■裏切り者である暗殺チームの見立てでは、トリッシュはスタンド能力を持っており、その能力が「ボスを倒すヒント」になると考えていた。ただ結論としては、トリッシュには「物を柔らかくする」というスタンド能力はあったものの、それはディアボロの「時を消し飛ばす」能力とは全く異なり、前者から後者の能力を導き出すのはまず不可能である。

■もっともディアボロとトリッシュには、かつてジョジョ3部で空条承太郎とジョセフ・ジョースターがDIOの存在を感知できたのと同じ力があり、数100m以内にいれば互いに存在を感知できる。このため暗殺チームが、顔も所在もわからないボスを倒すために、トリッシュを手に入れようとしたことは無意味ではない。あるいは暗殺チームのホルマジオが語った「娘の能力からボスの正体がわかる」とは、この感知能力も含めた予想なのかもしれない。

■ディアボロとトリッシュがこれほどに強い感知能力を持つのは、この父娘が「悪魔の魂」とでも呼ぶべき異質で強力な特性を持つためである。そしてこの異質な魂を基にしている両者のスタンド・人格・精神・肉体は、表面上はあまり似ていないが、深いところでは「相似」している。

■ではここからは、この父娘の相似性を一つ一つ見ていく。

スタンド

ディアボロのスタンド「キング・クリムゾン」は、自らに宿る「悪魔の力」を周囲に展開し、「周囲の時空間を一時的に破壊する」ことができる。対してディアボロと普通の人間ドナテラの間に産まれたトリッシュでは、「悪魔の力」は薄まっている。そして彼女のスタンド「スパイス・ガール」は「薄められた悪魔の力」を周囲の物質に流し込み、「物質を柔らかくして壊れなくする」ことができる。

キング・クリムゾンからスパイス・ガールに起こった能力の変化は例えるなら、「毒物」を希釈して「刺激物」に変える変化である。その結果トリッシュはスタンド名どおりの「一味違う」能力を得た。キング・クリムゾンの強大な悪魔の力は世界と「敵対」しかできないが、スパイス・ガールの薄められた悪魔の力は世界との「融和」が可能なのである。

人格

ディアボロは作中での描写のとおり「二重人格者」である。もう一つの人格は「ヴィネガー・ドッピオ」と名乗り、ディアボロに代わって少年の姿と性格で日常を過ごし、ボスの正体をカモフラージュする役割を担っている。この人格はディアボロが幼い頃に生み出されたものである。

一方トリッシュにも幼い頃から「もう一つの人格」がある。ただこちらの人格はトリッシュに代わって彼女の肉体を動かすようなことはなく、作中でトリッシュがスタンド能力を完全に目覚めさせた時、人型スタンドに宿る人格として表に現れることになる。

そして両者の「姓」はこの差異をよく象徴している。「ドッピオ(Doppio)」はイタリア語で「二重」を意味する単語であり、英語の「ダブル」に相当する。一方「ウナ(Una)」はイタリア語の冠詞であり、英語の「a」と同じく「一つの」を表す。(ちなみにイタリア語には「男性名詞」と「女性名詞」なるものがあり、「ウナ」は女性名詞に付き、男性名詞に付くのは「ウノ」である) 

この姓が表すのはつまり、ヴィネガー・ドッピオは「2つ目の人格」だが、トリッシュ・ウナは「1つの人格」を保っているということである。

「悪魔の魂」を持って生まれたディアボロは、肉体内の異物のように「世界の中の異物」として世界から攻撃される宿命を持つ。そして彼はそれから免れるために「無害な別人格」を生み出した。それが日常を生きる「元ディアボロ少年」であり、5部の時代での「ドッピオ」である。そしてディアボロ本来の「悪魔の力を持つ人格」は、世界から遠く離れた心の深い場所に隠れた。その結果引っ張った粘土の塊がちぎれるように、ディアボロの魂は2つに分裂したのである。

一方ディアボロから「悪魔の魂」が遺伝したトリッシュも、世界から攻撃される宿命を受け継ぐ。しかし彼女の「悪魔の力」はディアボロよりもかなり弱い。このため彼女は、人が自らの本性を隠すように、「悪魔の力」を心のそれほど深くない場所に隠すだけでこの問題を解決できた。こうして隠された力は「トリッシュと別の人格」へと育ちはするが、2つの人格はひょうたんの形のように「1つの塊」であり続けている。

つまり彼女のスタンドの人格は、フーゴが秘めた凶暴性を基にしたスタンド「パープル・ヘイズ」辺りと大差ないといえる。

精神

まずドッピオとトリッシュには、「他者に触れられることを嫌う」という性格上の共通点がある。(例えばトリッシュはナランチャへの初対面での対応や、JC63巻P166のプロフィールに記された「他人の体温が残る椅子に触れると絶叫する」という話にそれが示されている) 彼らは心の奥に隠した「悪魔の魂」を攻撃する世界からの作用により、普通の人間よりも理不尽なトラブルに遭いやすい。それが他者との接触を嫌う性格を培ったわけである。

これに加えてドッピオの精神は人生の道程で大きく歪められている。かつてサルディニアで神父の養子として日常を生きていた彼は、19歳までは年相応の姿で、それなりに健全に成長していた。しかし故郷の村を出た後の彼は完全に悪魔人格(現ディアボロ)の傀儡と化し、顔も名前も変えられ、そのまま15年を過ごし、現在では昔の記憶を完全に消去され、中学生前後の姿と心で生き続けている。

この歪んだ生き方によってドッピオの精神は常に混濁し、頻繁な頭痛に悩まされている。現在の彼の「名」である「ヴィネガー(Vinegar)」は英語で「酢」の意味だが、「酸っぱさ」は「腐敗」を知るための味覚と言われる。そしてこの名は「有機的に壊れかけた」彼の精神状態をよく象徴している。

なお余談だが、イタリア語版のジョジョではヴィネガーはイタリア語に翻訳されて、彼の名は「Aceto Doppio(アチェート・ドッピオ)」になっている。

肉体

ディアボロとトリッシュの魂は前述したとおり「世界に敵対する異物」である。そしてこれによって彼らの肉体は、「肉体内の癌細胞」のような性質を得ていると考えられる。

肉体内の全ての細胞には通常「アポトーシス」と呼ばれる機能が仕込まれている。これは肉体内で細胞が好き勝手に活動して肉体に害を及ぼさないように、不要になった細胞を自死させるなどの仕組みである。一方で癌細胞はアポトーシスの束縛から解放された「暴走した細胞」であり、自死することも老化することもない。

ディアボロの肉体もおそらくは「悪魔の魂」の影響で癌細胞のように、老化がかなり抑えられている。ディアボロは作中で自分の力を「永遠に絶頂のままでいられる」ものと誇ったが、それは彼の肉体にも適用されるのである。

また作中でディアボロの体を覆う服装は、ジョジョ5部のキャラの中でも一段と奇抜で、34歳の男性が着るには似つかわしくない。これは彼の魂の特異さと同時に、彼の肉体が年齢以上に若いことも表しているのだろう。

魂の匂い

作中でディアボロは自分の「魂の匂い」をドッピオに与え、トリッシュと同じ魂の匂いに変えるということを行っている。

前述したとおりドッピオは「世界から見て無害な魂」であり、ドッピオ自体には「悪魔の力」は無く、ドッピオでいる間はトリッシュにも感知されない。

一方でディアボロの人格が心の奥底から浮上してくると、ドッピオはディアボロが持つ「キング・クリムゾン」の能力を限定的に使えるようになり、トリッシュにも感知されるようになる。ドッピオをトリッシュと同じ魂の匂いに変えるのはこの応用であり、十分可能なことである。

魂の姿

ジョジョの世界の人間は通常、肉体に肉体と同じ姿の霊体である「魂」を宿している。そしてこれに加えてスタンド使いは、スタンド能力を行使するための霊体である「人型スタンド」などを持っている。

5部終盤に登場したチャリオッツ・レクイエムは肉体から魂を引き出す能力を持ち、トリッシュを含むブチャラティチームの面々は上記の「2つの霊体」が描かれていた。しかしディアボロだけは2つの霊体が描かれず、「キング・クリムゾン」自体が「ディアボロの魂」として活動していた。

現ディアボロは生まれてから今に至るまで、日常生活のほとんどを現ドッピオに任せており、彼自身は心の奥底で邪悪な性質を熟成させ続けてきた。こうして自分の肉体とあまり関わらなかった彼の魂は、それ自体がスタンドに変化したと考えられる。これはトリッシュが心の奥に封じた「悪魔の力」が、スパイス・ガールの姿に成長したのと同じことである。ディアボロは魂の姿からして「人ならざる悪魔」なのである。

なお人間の魂には、「心と肉体を橋渡しして肉体を操作する」という役割があるのだが、「2つの霊体」を持たないディアボロはキング・クリムゾンの体で間接的にそれを行っている。作中でキング・クリムゾンは、スパイス・ガールの体を掴み動かして、その本体肉体も動かすという芸当を行っている。これは悪魔人格であるキング・クリムゾンがディアボロの肉体を動かすために行っていることの応用というわけである。

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