国際社会を生き抜くためのPR――国際情報戦の裏側に迫る

情報は、自分だけが知っていても意味がない。現代の国際社会で生き残るには、情報を「武器」として、効果的に人々に伝えられるかが鍵になる。そう語るのはテレビプロデューサーの高木徹氏だ。政治家、国家、テロ組織。さまざまなアクターが国際社会の中で地位を築くためにPR戦を戦っている。その熾烈な情報戦の裏側を、高木氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

 

 

記事制作過程に影響を及ぼす

 

――そもそもPRとはどのようなものなのでしょうか。

 

PRは「パブリック・リレーションズ(Public Relations)」の略ですが、うまい日本語訳はありません。「広報」と位置付ける方もいらっしゃいますが、厳密な意味では広報とも異なります。

 

PRを説明するには広告と対比させるとわかりやすいかもしれません。広告というのはスポンサーがお金を払って、紙面や放送枠を購入します。お金を出しているわけですから、自分の宣伝を自由にできるわけです。CMのように明らかに宣伝だとわかるものもあれば、タイアップ記事のように一見すると普通の記事と見間違えるようなものもありますが、スポンサーがいて、その枠を買っているという点で、その本質は同じ広告です。

 

これに対してPR、特にマスメディアとの間で行われるメディア・リレーションズの対象は、新聞社やテレビ局などの報道機関が自ら取材して、自らの意思で編集して、自らの責任において出す記事、ということになります。ですから基本的には記事そのものなんです。報道機関が記事を作成する過程に影響を及ぼし、聴衆にクライアントにプラスになる、思惑通りの何かしらのイメージを抱かせる。それがPRの手法です。

 

 

――つまりそもそも報道機関は広告として情報を扱っているわけではないのに、広告のような効果をもたらすということですね。

 

そうですね。PRの場合、本来書き手のジャーナリスト側が自発的に情報を選び読者や視聴者に届けていると思っているところに介入するので、広告よりも高度な技術が必要になります。少し悪い言い方で言えば手練手管です。さまざまなテクニックを駆使して、メディアや政策決定者、有権者の代表である議会、オピニオンリーダーなどの対象とコミュニケーションをとり、クライアントに有利な世論を生み出す。それがPRの神髄です。

 

 

――PRというとアメリカが有名ですが、日本にもPR会社はあるんですか。

 

日本の場合はそもそもパブリック・リレーションズの概念がなく、宣伝活動においてはやはり広告会社がメインになってきます。博報堂や電通が有名ですよね。こうした会社が組織の中にPR部門を設けていたり、子会社としてPR会社を持っていたりします。もちろん独立系のPR会社も沢山あるのですが、欧米のように規模の大きい大手のPR会社はありません。結果余計に広告とPRが混同されてしまっていると思います。

 

 

――PRの重要性はどういった点にあるのでしょうか。

 

今申し上げたように、PRの重要性は世論を形成するところにあります。民主主義国家であれば、当然選挙によって政治が決まっていくわけですよね。その時のアジェンダセッティング、つまり今この社会で何が問題として取り上げられているのか、問題とするべきなのか、そうしたことはメディアの潮流の中から生まれてきます。

 

同時に、現代社会は間接民主制ですから、問題として位置づけられた諸課題に、政党の代表たちがどのように取り組むつもりなのか、そうした情報も集める必要が出てきます。選挙演説を聞く、集会に行くなど、候補者から直接話を聞く機会もないわけではありません。しかし忙しい我々のほとんどは、選挙に必要な情報をメディアから得るのではないのでしょうか。

 

となると、世の中では社会の問題を規定する上でも、また、その問題に対する政策を決定し、社会の進むべき方向性を決めていく上でも、メディアは民主主義社会の中で主役の一つにならざるを得ません。当然、世の中を動かすためはメディア上でどのように取り上げられるかが重要な部分になってくるわけです。PRとは、そうした社会の動きの根本に影響を及ぼす死活的な活動なのです。

 

 

ボスニア紛争の裏側で活躍したPR会社

 

――世論を動かす死活的な影響力という点では、ボスニア紛争時のアメリカでのPR活動が非常に印象的でした。

 

ユーゴスラビアの解体とともに誕生したばかりのボスニア・ヘルツェゴビナ政府が、独立に反対する隣国セルビアとの紛争中、アメリカをはじめとする国際社会からの援助を得ようと、アメリカのPR会社に依頼して自分たちに有利な国際世論を形成した話ですね。

 

 

――はい。結果として、それまでボスニアの内戦に無関心だったアメリカ政府は軍事介入を行うまでになりました。高木さんは『戦争広告代理店』でその詳細をレポートされていますが、当時はどのようなPR活動が行われたんですか。

 

依頼を受けたルーダー・フィン社は本当に様々な手練手管を駆使しました。注目すべきテクニックとしては「サウンドバイト」「バズワード」「サダマイズ」があげられるでしょう。これは現在の国際メディア情報戦にも通じるPRの基本的なテクニックです。

 

まず「サウンドバイト」はもともとテレビの業界用語ですが、記者会見での長い発言の中で、重要な部分だけを切り取った短い断片のことです。本来会見は数分から数十分続きます。しかしニュースの枠の中でその全ては放送できませんし、だらだらと長い会見は視聴者も飽きてしまいます。そこでメディアでは要人の発言の中から最もインパクトのある部分を、十数秒という長さに切り取って報道することが一般的です。

 

ボスニアからは外相のハリス・シライジッチがPRためにアメリカに滞在していました。依頼を受けたルーダー・フィン社でボスニアの案件を担当したジム・ハーフは、内戦が激化するボスニアの情勢を伝えるスポークスマンとして、シライジッチを徹底的に訓練します。もともと大学で歴史を教えていたシライジッチは、テレビでボスニア紛争に関して説明をする際も、民族対立の歴史的な背景などを説明したがりました。しかし十数秒しかない枠の中で、長々と講釈を垂れるのはPRとしては最悪です。ジム・ハーフはアメリカのメディアを相手にした簡潔な喋り方をシライジッチに叩き込んだのです。

 

もともとメディア映えする風貌だったシライジッチは、サウンドバイトをはじめとするアメリカメディア向けのプレゼンテーション術を習得することで、「危機に瀕するボスニア人のために、つい今しがた、流血と殺戮の現場サラエボからやってきた外相」というイメージを見事に作り上げ、アメリカ世論に影響力をもつキャラクターとなっていきました。

 

 

――ボスニア紛争のバズワードと言えば何といっても「民族浄化(Ethnic Cleansing)」ですよね。これもジム・ハーフが定着させたものだと聞いています。

 

少なくとも定着に大きく貢献したと言えるでしょう。「バズワード」とは、うるさいほどにメディアを騒がす流行言葉、というような意味合いですが、ボスニア紛争のPRでは「民族浄化」というフレーズがすさまじいほどの効果をもちました。本来「清潔にすること」という肯定的な意味で使われる「cleansing」という単語が、「民族を除去する」という意味で使われるというのは、非常に大きなインパクトを与えました。特に英語圏の人々にはぞっとするような語感を与えるんですね。

 

ジム・ハーフはバズワードを生み出すうえでとても慎重でした。出生がある民族であるからという理由で人々が大規模に迫害された事例といえば、ボスニアでの民族浄化以前にも、第二次世界大戦期のホロコーストがありました。ですから、セルビア人の行為をナチスになぞらえてPRに利用するという手もあったんです。しかしジム・ハーフはそうした手法は取りませんでした。

 

 

――あえて新しく「民族浄化」というキャッチフレーズを浸透させたと。

 

そうです。「ホロコースト」という言葉はアメリカやヨーロッパでは特別な意味を持っています。それはナチスが行った行為にのみ使われるべき言葉であり、不用意なホロコーストとの比較は欧米社会やユダヤ人社会から批判を買い、結果的にPRの効果を弱めてしまうのです。ジム・ハーフはそうした点も十分に理解した上で、「民族浄化」というバズワードを広めていました。

 

徹底的でしたね。ルーダー・フィン社の記録を見ても、「ホロコースト」という言葉は一切出てきません。代わりに「民族浄化」という言葉が、つながりのあるメディア関係者に向けて周到に発せられました。結果として、「ホロコースト」と言わずに、非常に効果的にホロコーストを連想させたのです。ジム・ハーフはそうした欧米社会の心理を熟知していました。

 

ちなみに、この「民族浄化」という言葉は今では国際社会で定着しています。「民族浄化」を起こしていると認定されることは国際的なメディアの上では致命的なことで、たとえば最近では、ミャンマーの指導者アウンサン・スー・チーさんが、少数民族ロヒンギャ族に関して現地で起きていることは「民族浄化」ではないと否定に躍起になるという事例がありますね。

 

 

――一方で敵に対しては非常に厳しいPR戦略をとっていました。

 

ハーフはセルビアの大統領であったスロボダン・ミロシェビッチを徹底的にサダマイズしました。「サダマイズ」とは当時悪の権化とされていたサダム・フセインのように、対象を悪魔化するという意味です。

 

国や組織の方針を批判する際、対象が国や組織の名前だとインパクトが薄いんです。反対に一人を黒幕として標的にし、一貫して攻撃するのは、人の心を動かし世論を形成するためには大変効果的です。ボスニア紛争におけるジム・ハーフのPRでは、ミロシェビッチが徹底的にサダマイズされました。結果ミロシェビッチには20世紀末を代表する国際的大悪人のイメージがつき、政敵に逮捕され、ハーグの旧ユーゴ国際戦犯法廷に引き渡され、獄中で死亡しました。

 

 

事実は捻じ曲げない

 

――ルーダー・フィン社のPRを見ていると、本当に一つ一つ戦略が洗練されていて驚きます。

 

そうですね。PR会社が世論を動かすことになった時、一つやり方として想像できるのは、事実を捻じ曲げるパターンです。でっち上げですね。『戦争広告代理店』にも書きましたが、有名なものでは湾岸戦争時の「ナイラの証言」があります。ナイラはイラクに侵攻されたクウェートから奇跡的に脱出した少女として、米下院議会の公聴会でイラク軍の残忍な行為を告白しました。しかしあとでわかったことでは、ナイラはワシントンにいたクウェート政府の外交官の娘でクウェートには行っておらず、彼女が語ったストーリーもPR会社のでっち上げだったというものです。

 

こうしたPRは露見してしまえばPR会社にも依頼したクライアントにも多大なダメージを与えます。ルーダー・フィン社やその他の真っ当なPR会社ではでっち上げはしません。その点で彼らは大変気を使っていて、少なくとも彼らが信じるところの事実を伝えています。ただ、事実の中からどの情報を伝えるのか、どういった手法で伝えるのかという点で、非常に戦略的に介入するのです。

 

情報の選択性について、ジム・ハーフはプロでした。ボスニアの動向に関しては、当然ボスニア政府から情報を得ていましたが、その他にもアメリカのタブロイド紙などでボスニアの記事があるといち早く目をつけて、使える場合は積極的に利用しました。

 

さらに、彼はコミュニケーションの面でも非常に優れていて、とても誠実な人です。メディアに対してとても対応が丁寧なんですよ。ボスニアに関する情報を取り上げてくれたメディアには、丁寧なお礼状を書くし、必要とあれば私たちの取材にも土日でも快く取材に答えてくれました。そういうきめの細かい気遣いをする人です。ジャーナリストも人間ですから、こうした真摯な対応をされればついついほだされてしまうようなところはあるんです。何か特別なテクニックというわけではありませんが、こうしたコミュニケーションで相手をいい気持ちにさせる基本が重要なんでしょうね。

 

 

――PRというと華々しい感じがしますが、実際はとても地道なんですね。

 

そう、意外と地道なんですよ。ただそれがしっかりできる人が意外と少ないんです。

 

 

――PRは世論形成、ひいては政策決定に対して、時には決定的な影響を及ぼしかねないということですが、こうした情報操作に倫理的な問題はないのでしょうか。

 

そうですね。事実を伝えているとはいえ、PR会社はビジネスですので、クライアントに有利な事実を選択的に流しているわけです。当然倫理的に疑問を持つ方もいるでしょう。しかしPR会社、特にルーダー・フィン社に聞くと、やみくもに契約をするのではないと言っています。つまり、クライアントが倫理的に間違ったことはしていないか、そのクライアントのPRをすることは倫理に反しないか、契約をする前に事前に審査をしているのです。社会的な倫理から逸脱しないか、慎重に判断した上でのPR活動だというのが彼らの立場です。

 

 

――むやみやたらに利益を求めてPRをするわけではないと。

 

はい。それにそもそもPR会社はクライアントに有利な情報を流すのが仕事ですからね。私はそれが悪いことだとは思っていません。逆に我々のようなジャーナリストや報道機関が偏った報道にならないよう、PR会社から受け取る情報にはしっかり注意を払うべきだと思います。

 

実際メディアは入ってきた情報を精査なしに全て報道しているわけではありません。例えば私はNHKでドキュメンタリーを制作してきましたが、決められた時間内で、一筆書きのように話がつながるように、そして視聴者が退屈してチャンネルを変えないように、取材して入手した情報や映像をどのように並べるのか、切り出すのか、技巧を駆使して編集を行います。当然、全ての情報を盛り込むことはできません。皆さんにお見せしているのは、知り得た情報の一部にならざるを得ないのです。

 

仮にこうした事情を悪用しようとして、世論を一定の方向にもっていく意図をもって編集すれば、それは可能でしょう。しかし倫理観のあるジャーナリストなら、バランスがとれるように情報を取捨選択して報じます。PR会社からの情報も、ジャーナリストが責任をもって精査して人々に伝えていかなければならないと思いますし、情報が無限に広がる一方使える時間は限られている現代社会の中で生の情報を追い続けるのが困難な以上、視聴者の方々にはそうした編集の不可避性を理解して情報に接して欲しいですね。

 

 

――高木さんはご自身もジャーナリストとして様々な取材をされていますが、利益団体などから意図的な情報を流されていると感じたご経験はありますか。

 

影響力が大きいテレビの取材をする以上、すべての取材先が何らかの意図を持っているはずですが、かといって今すぐ思い出せるあからさまな経験はあまりないんです。私がドキュメンタリーのディレクターだからかもしれません。ドキュメンタリーは自分でテーマを設定して取材を始めるし、テーマごとに自ら必要と考える取材先にコンタクトをとって回るので、露骨な意図をもって流された情報をもとにすることは少ないんです。

 

ただ、記者の方々はより警戒が必要な状況で仕事をしているかもしれません。記者は政治家や官僚の世界などに持ち場を持ち、関係を築いて情報を得ることも多いですし、そうすると相手との距離の取り方はさらに難しくなります。こうした取材相手の場合、意図的な情報のリークなどもあるでしょう。それがわかっていてもスクープとして報じたい気持ちはあるし、せめぎ合う部分はあると思います。【次ページにつづく】

 

 

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