【本編完結】時をかけるロンウィーズリー 作:ジャリカスミノムシ
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僕は歩みを止めた。
状況の劇的変化に混乱しているわけではない。女子トイレにあった秘密の部屋の入り口に入った後に戻って来ていることは周りをみて理解してる。
足を止めたのは、どうやって変えればいいかを考えるためである。
眼の前にはゆうに6メートルはある蛇の脱殻。見上げると岩でできた低い天井。ハリーの歩く音と、どこか遠くで聞こえる風を切る音のみがこの空間を支配している。
ハリーが記憶をなくすことは絶対に避けなきゃいけない。ロックハートは役にたたないどころか害しか与えない。あの青年は許されざる呪文も平気で使う。ジニーはまだ生きてるけど、急がないとほんとに危険だ。
落ち着け落ち着け、焦るな。まだ大丈夫だ。今焦ったらほんとにやばい。僕がなんとかしなきゃいけないんだ。
僕は大きく深呼吸をした。肺に入ってくる冷たい空気が全身に駆け巡る。頭では冷静にならなくてはということはわかってるけど、体が言うことを聞かない。心臓の鼓動が時間の経過と共に速くなっていくのを感じる。
深呼吸を繰り返し、少し冷静になったところで、いつの間にかローブを握りしめていたことに気がついた。僕は手を放し、先程の時間に起きたことを端的に整理し、自分の取るべき行動を取捨選択していく。ハリーが乾いた蛇の脱殻に近づいていくのを、なんとなく視界に捉えていた。
よし、ロックハートに先生たちを呼んできてもらおう。そうすればこいつを排除できるし、戦力も増える。あのロックハートが普通に言っただけじゃ先生たちも来ないだろうけど、僕らが秘密の部屋に乗り込もうとしてるってわかったら、きっと先生たちも来てくれるだろう。
いや、待てよ。こいつは蛇の脱殻を持って帰って自分が退治したことにしようとしてた。自分の力で何かを達成したっぽい状況を作れる初めての機会だ。前回も合わせて考えると、協力をお願いしたとしても、他の先生を呼んでその機会を潰すより、僕たち2人をここで倒す方を選んでしまうんじゃないか?
僕は、放っておいたら害しか産まないこの男をどうやってうまいこと使おうかを考えていた。早くしないと忘却術をかけられるという緊張感があるからか、普段以上に頭が回っているのが自分でもわかる。
ロックハートが後ろで腰を抜かした。すぐに行動しなくては同じ轍を踏んでしまう。
……とりあえず、僕の杖を取らせよう。僕の折れた杖じゃろくな呪文を使えないし、向こうに攻撃の手段がない。ちゃんとした杖を持つハリーがいるから戦力的には優位だ。
蛇の脱殻もロックハートよりハリーの方が近い位置にある以上、あいつは帰るとしても手柄もなく帰らざるをえない。あいつも自分が不利な状況だということがわかったらこっちの要求も飲んでくれるだろ。
せめて、秘密の部屋はこいつが見つけたってことにしていいことにしよう。それならwin-winだろう。よし、そんな感じで行こう。
ロックハートはへなへなと腰を落としたときとは反対に、眼を見張るほど速く立ち上がり、僕の顔に向かって拳を振るい、隙をついて杖をふんだくった。
それを予期していた僕は腕でガードしたが、流石に子供の筋肉で本気の大人のパンチを止めることは叶わず、結構なダメージを食らってしまう。
そのまま交渉しようと思ったのだが、ロックハートの残念さは予想の下をいった。彼は堰を切ったように喋りだし、僕達が一言も発する間も無く忘却呪文を暴発させて、その記憶とともに洞窟を崩壊させた。
ロックハートの馬鹿さ加減に呆れてものも言えなくなってしまった。
崩壊した洞窟が生み出した壁によって僕と分断されてしまったハリーは、一人で先に進むことにした。
僕はハリーが帰ってこれるように、せっせと壁を崩していた。杖は使えないので、ひたすら手作業で。
「これ……ほんとに……終わらないよ……」
ロンは腰を下ろし、息も絶え絶えにそう呟く。
魔法族は体力がないとはよく言われるが、いくらマグルでもこの壁を崩して人を通れるようにするのは難しいだろう。そうだと信じたい。
そう考えていると、どこからか音が聞こえてきた。
音というか、声にも聞こえた。だが、声と言うにはあまりに高く、あまりに単調である。しかし、ただの音と言うには、どこか歌のようできれいに思えた。
その音が徐々に大きくなり、その主が姿を表した。不死鳥である。その真紅の翼で風を切る姿の美しさに思わず息を呑んだ。
おそらくダンブルドアのものだろう。彼が不死鳥を飼育していることは有名である。
思わぬ援軍に対し心を踊らせるが、それも束の間であった。
不死鳥は僕をちらりと見ると、炎を纏いスピードをあげ、先程までロンが崩そうとしていた壁を突き破り、洞窟の奥に行ってしまった。
突き破られた壁にはちょうど人一人通れるくらいの大きさの穴が空いていた。
洞窟が再び崩れるかと警戒していたが、それは杞憂だった。穴をよく見ようと壁に近づくと、その壁を構成していた岩岩はまるで一度溶けて再びくっついたように、ツルツルで頑強そうになっていた。
「仕事なくなっちゃったな」
それから1時間くらいたったころだろうか。
洞窟の奥から再び不死鳥の啼き声が聞こえてきた。それとともに、人が歩く音も聞こえる。
一瞬警戒するが、向こうから聞こえた声にロンは安心する。
「ローン!無事かーい!」
「ハリー!ジニーはどうだった!!」
そういうと先程不死鳥があけた穴から赤髪の少女がのそっと出てきた。
僕はそれを見るや否や、目に涙を浮かべ、その少女のもとに駆けていく。
「ジニー!心配させやがって!」
ジニーに思いっきり抱きつく。勢いのあまり倒れそうになったが、ハリーが後ろで支えてくれたおかげで転ばずにすんだ。
普段だったら殴ってでも引き剥がしにかかる妹であったがこのときばかりはジニーも僕の背中に手を回す。
「ごめんなさい。私……ごめんなさい……」
その後、ジニーは数言言葉を交わしたが、ふたりとも安心からか、あまり要領の良い会話にはなっていなかった。
そういている間にハリーと不死鳥も壁の向こうからこちら側に来ていた。ハリーは邪魔しちゃ悪いとしばらくそのままにしていたが、やがて手を叩いて注目を集めた。
「じゃあ戻ろうか。フォークス、お願いできるかな」
ハリーがそういうと、フォークスは尾をこちらに差し出した。まるで、掴めとでも言っているようだ。
「お願いって、流石に鳥には僕たちは運べないでしょ」
「不死鳥はどれだけ重い荷物でも運ぶことができるんだ。大丈夫だよ」
ハリーがそう言うので僕は訝しみながらフォークスの尾をつかもうとした。
すると、フォークスは身を捩り、僕の手を避けたのだ。
もう一度尾をつかもうとしたが、また避けられてしまった。
「ほら、流石に掴まれたくないみたいだよ」
「あれ、おかしいなあ」
ハリーがそういってフォークスの方に手を伸ばす。すると、あっさり尾を掴ませてくれた。
「君に握られるのが嫌だったみたいだな。」
ハリーはいじわるそうにニヤリとして僕を見た。
僕はこの焼き鳥が嫌いになった。
フォークスに連れられ校長室にいった後は、ダンブルドアに言われてロックハートを医務室まで連れて行った。
そこから寮に帰る途中、バチンと音を立てて屋敷しもべ妖精が現れた。
あまり屋敷しもべ妖精にいい思い出のないので、その突然の出現に顔をしかめ身構えたが、屋敷しもべ妖精は驚くくらい低い腰でこちらに話しかけてきた。
「自由な屋敷しもべ妖精のドビーと申します。ドビーとお呼びください」
その名前には聞き覚えがあった。
「あー、もしかして、ハリーにブラッジャーを襲わせてたやつかい?そんな物騒なのが僕に何のようだい?」
いつもより低い声でそう言った。屋敷しもべ妖精自体にあまりいい思い出がないことに加え、彼は実際にハリーを殺しかねない行為をしている。初対面の印象は最悪だ。
「ドビーめは謝りにきました!ドビーめはキングス・クロス駅で坊っちゃんたちを九と四分の三番線の入り口をとじました!そのせいで退校処分になりそうだったとハリーポッターから聞きました。ドビーめはもう自由な屋敷しもべ妖精ですので、前のご主人様が嫌っていた方にも謝る事ができます!申し訳ございませんでした」
水晶玉のような瞳を閉じ、腰を深々とおって、ドビーは僕に向かって謝罪をした。まさか謝られるとは思っていなかったので、どうしていいかわからず戸惑ってしまった。
てか、前の主人は僕のこと嫌いだったのか。誰なんだ?マルフォイか?
しばらくしてもドビーはそのまま動こうとしないので、次は僕から声をかけた。
「別にいいよ、結果的に退学になってないし。それにハリーを守ろうとしてやってくれたんだろ。やり方はちょっとアレだったけど、そんな君を僕は怒れないよ」
僕はドビーの誠意に対して好感を持ってそう答えた。次屋敷しもべ妖精をみたら、ちゃんと理解をしめしてあげよう。
「嗚呼、なんとお優しい魔法使いでしょう!ウィーズリー坊っちゃんはとても高貴で勇敢な方でございます!」
ドビーは目に涙をためると、細い両手で目を拭いそう言った。あまり長いことこいつとロクなことにはならないだろうと思い、寮に向け踵を返したところで、ふとあることに気づき、再びドビーの方を向く。
「最後に聞きたいんだけど、九と四分の三番線の入り口を閉じた後にもし僕たちがあのまま車のとこに残って、例えばホグワーツに手紙書いたりなんてしてたら君はどうしたかな?」
ドビーは顎に手を当て、うなりながら思案した。
「ドビーめはおそらくそれをやめさせるようにしたでしょう!そしてお家に帰って、フライパンで自分の頭を思いっきり叩いたと思います。ホントは空を飛んで行くのも阻止しようとトラックをぶつけようとしたのですが、見えなくなってしまったのでできませんでした!」
今年1回目の世界でハリーにトラックをぶつけたのはやっぱこいつか…。
僕の屋敷しもべ妖精に対する高感度は地を突き抜けた。
正史との相違点
・なし