広場の時が止まった

 

一話 あめぞうりんく?

 

 

8月2日、木曜日。

 

高校生活において最後の夏。そしてこの男にとっては、夏休みの真っ只中。

彼女はいない。部活もしていない。バイトもしていない。友達もあまりいない。ついでにお金もないので、男はインターネットに興じようと、いつものようにパソコンの電源を入れ、うちわを扇ぎ、コーラでした。

窓からは生ぬるい夏のそよ風が吹き込んでいて、男のくしゃくしゃの髪の毛を優しくなでた。

「ハエ!」

男は突然吠えた。ディスプレイに巨大なハエが止まって、持っていたうちわで叩き潰そうと声を張ったからだ。ハエは寸でのところで飛び去り、カーテンの陰に隠れて姿を消した。

男はめげずにインターネットを開始。

そして、お気に入りに保存してあったURL先へ直行。そこは「あめぞうりんく?」という掲示板サイトだ。

ずさんな管理体制の下、誹謗ひぼう・中傷は当たり前。プライバシーを侵害し、ポルノ画像・動画が繁殖しつつある、無法地帯も同然の掲示板だった。

男はここが好きだった。現実から逃避とうひするには、目に見えない他人と接触するに限るのだ。夢でも見るような感覚で、たまには会話し、たまには中傷し、たまには腹を抱えて笑い転げる。

 

あめぞうりんく?は、この男の欲求と願望を満たしてくれる、まさに現実世界からの『逃げ場所』であり、己の存在を確立させるための証明そのものであった。

 

男はあめぞうのトップページでもある『広場』で足を止めた。あめぞうの中枢でもあるこの板は、男の住処でもあったのだ。男はさっそく、興味深いスレッドを見つけ、縦横と無差別に羅列られつするスレッド名の一つをクリックした。

「8月3日の午前0時」

それは、まだ一つの書き込みもない、真新しいスレッドだった。しかも、そのスレッドそのものにも何のコメントがない。ただ題名が「8月3日の午前0時」だけなのだ。

「何が?」

男はぶっきら棒に書き込んだ。「夏厨なつちゅう」と呼ばれる、夏の暑さで半ば頭がイカれかけた子供のおふざけだろうと考えたからだ。男にとって、自分より年下はみんな『子供』なのだ。男は何のためらいもなく「↑へのレスカキコ」をクリックした。

ハンドルネームは「&」。

&の理由は、男の苗字が「安藤」だから。それだけ。深い意味はない。そもそも、ハンドルネームにそれ以上の意味を持たせても、何の利益も生まれやしない。使い捨ての雑巾ぞうきんも同然の扱いだということを、男は知っていたのだ。

安藤が「&」なのと同じように、この謎めいたスレにも大した理由なんかない。安藤はそう確信していた。

その日の夜。

安藤は暇な時間を持て余していたので、またインターネットを始めようとパソコンの電源を入れた。静まり返ったその部屋に、パソコンから発せられる精密な音が奏でられた。

男は蒸し暑い夜の闇に向かってため息した。宿題と、休み明けに待ち受ける学力テストのことで頭がいっぱいだった。やはり現実のことを考えるのはつらい。

彼にとっての唯一の逃げ場……安藤はあめぞうりんく?へ向かった。

広場が混んでいるかどうかは、1レスすれば分かるものだ。

書き込みをすればリロードされ、スレが新規に作られたり、コテハンがこぞって集まる定番スレッドが上がっていたり、荒らしと呼ばれる目的不明確な(安藤にとって、これらのたぐいはイライラの種だった)奴らが訳の分からない書き込みをしていたり……そんな様子をチラと窺えば、今どれくらいの人が集まっているのかなんて、大体の察しがつくのだ。

え! 暇人!」

 安藤は声を落として言った。それは、過去に広場で栄えた、スレッドタイトルの一つだった。

安藤がそんなことを口にしたのは、仲間が欲しかったからなのかもしれない。今彼は、現実でも友達がいないくせに、ネット上でも友達がいなかった。

過去にはいた。あめぞうではない、違う掲示板での話だ。だが、その相手は25歳も年上の中年のサラリーマンで、「会社をクビにされた」という書き込みを最後に、安藤の前から姿を消した。二人が知り合ったきっかけは、「ファミリーコンピュータが大好き」という共通の趣味だった。

「おま……ネット友達って……ぷふw」

某チャットで言われた痛烈な一言だった。

発言したのはいわゆる「荒らし」と呼ばれるやからだ。この発言で、間柄あいだがらが気まずくなった友達(無論、ネット上の)もいる。安藤はこの時から荒らしが嫌いになった。苛立いらだちがつのり、自分もたまには荒らしになる時もあるが、そんな感情がまとわりついた時は「ま、いっさ!」と開き直る。所詮、自分勝手な男なのだ。

「集えって! 暇人!」

安藤は狂ったように繰り返しながら、また面白そうなスレッドを目と感覚で探す。左上から右下へ、獲物を捕らえるカメレオンのぎょろっとした瞳のごとく……。

「8月3日の午前0時」

安藤の目はこのスレッドタイトルで止まった。どこかで見覚えのあるタイトルだ……。

「んふ」

安藤は鼻で笑い、さげすむような目つきでそのスレッドを見た。

スレッド番号は100……あと1つでもスレッドが立てば、このスレッドはトップから姿を消す。ただ流されて終わりのくそスレッドでさえ、こいつを「次のページ」へ追いやることができる。

大した目立ちも、華やかさもないスレッドが「次のページ」へ送られるということは、そのスレッドの死につながるのだ。

安藤は、「どれくらいのレスが付いたか、この俺様が拝見してやろう」とでも言わんばかりにスレッドタイトルをクリックし、冒険開始直後のダンジョンに転がっているしがない宝箱でも開けるような気分で中身を観覧した。

「んふ」

安藤は不気味な鼻笑いを繰り返した。

レス数はたったの3……つまり、安藤が書き込みをしたその次の書き込みで、このスレは広場にとって「不要」な扱いとなったのだ。

 

2投稿者:&  投稿日:20070802()91312

何が?

 

3投稿者:バタコ  投稿日:20070802()91928

夜の楽しみが増えました^_

 

「あと2分」

雑然とした机の上に無造作むぞうさに置かれた置き時計は、11時58分を示していた。

安藤は、自分の中に突然芽生えた好奇心で気分を高揚こうようさせた。0時きっかりになったらこのスレッドを上げて、見世物にしてやろうと思い立ったのだ。

なぜこんなくだらない計画を思いついたのかは、安藤自身にも分からない。夕飯のおかずが嫌いな物づくしだった腹いせではない。宿題が手付かずで親になじられたわけでもない。

ただ衝動的にそうしたいと思っただけだ。そんなことは日常茶飯事で、トイレに立つことだって衝動だ。

安藤は、投稿者に「&」と書き、コメントはテキトーな文章を打ち込んで欄を埋めた。そして、ちょっぴり高鳴る鼓動を情けなく思いながらもその時を待った。

置き時計が「0:00」を表示した瞬間、安藤の手にじわりと汗がにじみ、力を込めた指先がマウスの上でツルっとすべった。それでも何とか持ちこたえ、「↑へのレスカキコ」は無事にクリックされた。

これで書き込みは完了だ。

エレベーターの「開く」「閉じる」ボタンを押す時よりも、よっぽど手際てぎわがいい。何しろ、押す瞬間に迷いが生まれない。

安藤の書き込みはちゃんと書き込みされている……はずだった。

 「え……」

安藤は絶句した。なんと、「8月3日の午前0時」スレッドは生意気にも、微動だにしていなかった。100番のまま……絶壁っぷちに立たされたまま……。

「おい」

安藤はディスプレイに向かってうなりかけた。そして、クリック寸前の緊張感で消費した精神力と、2分という時間を返してくれと言わんばかりに、更新ボタンを連打した……画面に変化はない。「↑へのレスカキコ」もクリックした。こうすれば更新されるのだ……だがやはり、画面に変化はない。

短気な彼にとって、これは苦痛以外の何ものでもなかった。

もう面倒なので、更新ボタン連打、F5キー連打、とどめとばかりに「↑へのレスカキコ」を連打クリックしだが、やはり画面に変化はなかった。

3,4分も経った頃、安藤はようやく何かおかしいことに気付いた。

あめぞう住民が集いやすいこの時間帯に、どれだけ更新してもスレッドの流れに変化が見られないなんて、かえっておかしい。あめぞうりんく?の利用者の多くは夜行性なのだ。

「落ちたな」

安藤は、全てを承知した学者のごとき口調でいた。「落ちた」とは、サーバーダウンのことである。あめぞうではよくあることだった。

言わば、日常茶飯事。

言わば、衝動。

言わば、サーバーダウンとは、あめぞうの「トイレ」だ。

安藤は広場を離れた。気付くと、もう腹の中の怒りもおさまっていた。あめぞうを衰退させる、忘れてはならないもう一つの元凶……それが「鯖落さばおち」だ。そんなもので青筋を立てるなんて、荒らしに向かって本気の叩きレスを仕掛けるようなものだ。ゴキブリにわざわざを取り出す奴はいないだろう……それと一緒だ。

安藤は逃げることが得意だった。

それゆえ、あめぞうにあるチャットは彼の第二の住処すみかだった。

 安藤はチャットが好きだった。即行の書き込みは便利だし、相手からの即答は更に気分がいい。

「こん」

投稿者「&」は、手馴れた感じで挨拶した。「こん」は、全チャットに共通した言葉ともいえる挨拶だった。

現在、安藤の他に2名の何者かがチャットを利用していて、&の何気ない挨拶を目にし、キーボードに向かって即座に指を動かした。

「こんw」

 一人分の返事が返ってきた。名前は「GEO」だ。

本当の姿形、性別、年齢、性格……話し相手の情報が一切断ち切られた、何も分からない空間がそこにあった。こうして、目に見えない相手とリアリティーな会話を実現することができたのは、かつての人間たちがゼロから築き上げてきた文明のたまものだろう。

だが安藤にとっては、それがもう当たり前になっていた。

安藤は、人と接することの恐怖にえた挙句、このインターネットという世界にたどり着いた。自分が本当の自分でいられる場所を見つけるために。

「今日もチャット、少ないな」

安藤は思いつくままにカキコした。目に見えぬ者の中にあるはずの小さな安らぎを求めて。

「土曜は多いよ」

GEOからの返事は質素なものだった。

「GEOって、何歳? 男?」

安藤は聞いた。安藤にとって、GEOは初対面の相手だった。だがチャットでは、礼儀なんてややこしいものは皆無かいむだ。初対面だからといって名刺を差し出すわけでもないし、笑顔で握手をかわすわけでもない。

「誰? 何歳? 男? 女? どこ出身? 趣味は?」

無礼で結構。気色の悪い礼儀作法なんて、ここでは誰も求めやしないのだ。

 「今お前、ゲオって読んだだろう?」

GEOは言った。

「ゲオじゃねえの?」

安藤はポカンとした。

「ジオだ、ジオ」

「ああ」

どうでもいい……付け加えようかと指を動かしたが、やめてあげた。

 「まあ、先入観だな。ゲームショップのGEOとは違うんだ。深い意味はないけどな!」

そう説明するGEOは、なぜか誇らしげだった。

「あめぞう、また調子悪いんだよね。全然書き込みされないし」

安藤が切り出した。しばらくの後、GEOからの返事がきた。

「そうなのか? 俺今、別サイトでアニメ落としてるんだよね。ここにいるのはそのついで」

「それ、何のアニメ? 俺にもそのサイト教えてくれ」

安藤は鯖落ちへの不満も忘れて、もっぱらアニメに興味をそそがれた。

「聞いても、絶対に引くなよ」

安藤はを刺された。

「楽しいムーミン一家の八話。。。すっごくいい話なんだぜ」

安藤には、GEOの書き込みの後半の一文が、ムーミンをかばうかのようなたくましい一文に見えた気がした。

「ムーミンなら、俺もガキの頃見てたよ。にょろにょろとかメジャーだよなwスティンキーとかいうたわしみたいな悪役、あいつ好きだったw」

安藤はムーミンの話題を盛り上げようと、せっせと書き込んだ。正直、ムーミンは嫌いじゃない。

しばらくムーミンの昔話に花が咲き、安藤は、GEOとは気が合うかもしれないと心の奥で感じ始めた。聞いてみると、年齢も一緒だし、趣味はゲームと昼寝で共通している。

こんなにも上質な気分に浸れるのは、梅昆布(元ネット友達であるおっさんサラリーマンのハンドルネーム)と最後に会話した数年前のあの日依頼、初めてのことだった。

 安藤が、起きながらも夢見るような表情でディスプレイを見ていた時、GEOとは別の書き込みがあった。

それは、ずっと会話に参加していなかったもう一人のチャット利用者だった。

「漫画L板の荒らし、ほんとムカツク^^」

バタコと名乗るその人物は、出し抜けに不平をぶちまいた。そのバタコという名前に、安藤はなぜだか見覚えがあった。

「お初~……だっけ?」

&の発言は自信ナシだった。

「お初よ! お初! お初だ! あれはひどい!」

バタコの口調は乱暴だった。その直後、GEOが「w」を連打した。

「お前、腐女子ふじょしだろw」

「違います! ねえ、あんた誰? 失礼だと思わない?」

その言葉で、安藤もGEOも確信した。バタコは腐女子だ。

「誤解はダメ!」

GEOが落ち着かせるように言った。

「俺、腐女子って嫌いじゃないぜ。オタクに悪い奴はいないからな」

「みんな揃いも揃ってずぼらだからな」

&が指摘した。その書き込みを見て、GEOは「そのとおり」と受けたが、バタコはますます機嫌をそこねたようだった。

「そういう偏見、大嫌い! 差別よ、差別。オタクとか、ネクラとか、差別用語じゃん!」

「ところで、ちゃんと書き込めたか? 鯖が落ちぎみだったけど」

安藤は話題を変えようと、とっさに機転を利かせた。

「別に。ここ2時間はずっと普通だったけど」

バタコの語調にはとげとげしさが残っていた。

安藤はうちわをあおぐスピードを速め、空いている方の手で器用にキーを叩いた。

「調子悪いのって広場だけか?」

「そうみたい……あ」

その「あ」を読んだ時、安藤にはGEOの嬉々ききとした表情が見えた気がした。

「DL完了! じゃあ、わりい、俺落ちる。そしてムーミン観る」

落ちる……すなわち、チャットをやめるという意味だ。

「ああ、じゃあね!」

言いながら、安藤はガックリと肩を落とした。せっかくり会えた心良きチャット住民が、自分よりムーミンを選んで去っていく。目の前に残されたのは、腐女子のバタコだ。

 これが、夢の中で見る現実というものだ。

出会いがあれば別れがある……それがこの世の摂理せつりではないか

「あらあら。ほんとだ」

バタコが突然(もちろん、チャットに突然は付き物だ)言った。

「広場だけほんとに書き込めないよ。何これ」

「だろ!? やっぱな!」

うちわを放り出し、安藤はなかば空元気に書き込んだ。

「別窓で更新してるんだけど、さっきからうんともすんともいわない。ほら、最後の書き込みを見てみてろよ。11時59分……もう40分以上も前だ」

「広場がもぬけの殻ってわけ?」

バタコはついに、その深まる謎に疑問を抱いた。

安藤は朝方の広場を知っていた。夜明けも間近だというのに、一時間に複数もの書き込みがあるのだ。そんな広場が、たかだか0時に眠りへつくはずがない。例えサーバーダウンだったとしても、こんな長時間に渡って広場だけ書き込めないのはおかしな話だ。

「絶対に何かあるな。こりゃ犯罪の臭気しゅうきだ」

安藤は、名探偵も顔負けの嗅覚で事件の臭いをかぎとった。

「きっといかれてんのよ。サポートみたいにね」

バタコはもう吹っ切れたようだった。まるで、斜め45度を叩けば映りが良くなるテレビを相手にするような言い草だ。

『サポート』とは、悪名高い住民やスレッドを歯牙にもかけず、荒らしを野放しにして(それはもう飼い犬のごとく)掲示板の衰退すいたいを促す、あめぞうりんく?の管理人のことだ。

「ねえ、&ってどこ住み?」

「ん」

安藤は、彫刻ちょうこくのように固まって動かなくなってしまった広場へ意識を集中させるのに精一杯で、バタコの質問に答えてる余裕はなかった。右手がキーボードからうちわへと伸びる。

 「好きな漫画は? ジャンプとか読む? もしかしてマガジン派? それともサンデー派?」

バタコは露骨ろこつに腐女子だった。

「知らん。ジャンプはたまに読むけど……嫌いな食べ物は、たけのこかな。太いやつね」

「嫌いな食べ物なんか聞いてないよ、これっぽっちも。何か君、急に冷たくない?」

「たぶん……これは俺の憶測だけどな」

安藤は独り言のように書き込んだ。キーを叩く指先が興奮で震えた。

「この広場は、8月2日の11時59分までは正常に動作していた。でも、俺が書き込もうとした0時きっかりにはもうアウトだ……つまり、8月3日に日付が変わった瞬間、広場に何かが起きたんだ」

「探偵漫画の主人公でも気取っちゃってるわけ?」

バタコは冷たく言った。投げかけた複数の質問を一蹴いっしゅうされたのが気に食わなかったらしい。

 「あーあ。漫画Lには荒らしがいるし……誰かここに来ないかな。&といても退屈だし」

バタコは挑発に等しい発言を複数回繰り返し、安藤はその度にうちわを強く扇いだ。聞く耳ならず、見る目持たず、だ。

「俺はたまにクールさ」

安藤は唐突に書き込んだ。考えても答えが見つからないので、気晴らしに書いただけなのに、バタコはエサにむらがるこいのように食いついた。

「あたしはね、こう見えて、物事を正しい方向から見ることができる人間なの。だから、妙ちくりんなUFOだの、幽霊だの、超能力だの、そんなのは信じない。でも、2Dの世界は別。2Dの世界はね!」

安藤は、バタコの書き込みを見てはいなかった。ペン立てから鉛筆を引っこ抜き、机の引き出しから不要なプリント用紙を探し出すのに忙しなかったのだ。用紙は、2点しか取れなかった漢字小テストの裏で決まった。

安藤ときたら、今日広場で起こった珍事、気付いたこと、思ったことを、漢字テストの裏に書きとめる始末だった。安藤はこういった細かい地味な作業が得意だった。

放課後の掃除当番、教室のすみに残っていたチリやほこりを全部かき集めて回ったのは、この男くらいだ。

「ああ! ほらね!」

それは、『8月2日に観覧したスレッド』の項目をめようと、一つずつスレをチェックして回ろうとした矢先のことだった。

「え? 何?」

二人の間にしばらく会話はなかったが、バタコはチャットの画面をずっと見つめていたのだろう。安藤の発言にすぐさま反応してくれた。

「俺、やっぱ君のこと知ってたんだ! ほれ! 広場のスレッド番号100、『8月3日の午前0時』!」

 

2投稿者:&  投稿日:20070802()91312

何が?

 

3投稿者:バタコ  投稿日:20070802()91928

夜の楽しみが増えました^_

 

「ああ」

バタコはその足でスレッドを観覧しに行き、思い出したようにそれだけを呟いた。ここまで地味な反応は心外だったので、安藤はムッとして画面をねめつけた。

「そんな貧相ひんそうな名前、気付くわけないよ。それに、一つ前の書き込みハンドルネーム覚えたって、何の価値もないし」

バタコの無い発言に加え、夜の蒸し暑さが安藤のイライラに拍車はくしゃをかけた。この怒りによって上昇した体温は、うちわの風では到底たちうちできなかった。それどころか、うちわを扇ぐ運動で汗まみれになりそうだ。

「もういい、俺落ちる」

細かい作業は好きなのに短気。そして、わざわざ「落ちる」と言い残して去っていくこのけ。

安藤とは、そういう男なのだ。

 

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