鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず
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17話 帝国闘技場

 モモンと”フォーサイト”は帝都とカッツェ平野の中間に位置する町に到着していた。

 運ばれている死の騎士(デス・ナイト)を見た門番が戸惑っていたが、モモンが示したアダマンタイトプレートのおかげで問題なく町に入ることが出来た。

 帝国でのモモンの存在は噂程度でしか伝わっておらず。その噂もあまりの異常さに信用していない者もいたりするが、やはり人類最高峰の人類の守り手とまで称される冒険者は伊達ではない、そこらの貴族より信用されるのだろう。

 

 ”フォーサイト”が何度か利用していた宿屋。

 その一階の酒場で五人が食事を摂っていた。

 

「モモンさんの分は俺に任せて下さい。なんたって命の恩人なんですから」

 

 ヘッケランの言葉にモモンは罪悪感を抱く。

 

(うぐっ、その命を危険に晒したのも俺なんです。とは言えないよなぁ)

 

 迂闊にも高位のアンデッドを三体も召喚してしまったモモン。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はこれまでも目撃情報が有り、モモンとは関係がなかったかもしれないが、死の騎士(デス・ナイト)まで湧いたのは間違いなく自分の所為だと思っていた。

 

(これはなにかしらの形で借りを返さないといけないな。…………それに食事か)

 

「その申し出は有難いのですが、申し訳ありません。私は宗教上人前で食事が出来ないのです」

「ふむ、変わった教えですね」

「そうね、そんな教えのある宗教は始めて聞いたわ」

「────二人共、そんな言い方はモモンさんに失礼」

 

 平謝りする二人に「気にしないで下さい、私も変わっていると思ってますから」と本当になんでもないことのように振舞う。

 

(宗教上って言えば深く追求されないけど、やっかいな設定作っちゃったなぁ。誰だよ!これ考えたの)

 

 他でもない自分でした。

 『漆黒の剣』と焚き火を囲んだ時は命を奪った日に四人以上云々言っていたが、肉体を持った今では大後悔であった。

 骨であったのだからしょうがないとは言え、モモン時には<リング・オブ・サステナンス>を装備していても目の前の食事に手を付けられないのはなんか悔しかった。

 ナザリックで最高級の食事を堪能していても、こういった中堅どころの食事も食べてみたかった。

 

(いっそ吸血鬼(ヴァンパイア)を追っている設定も破棄したいなぁ)

 

 かといって今更撤回するのは困難で、このまま押し通すしかないと諦める。

 

 食事も済み、気が大きくなってきたヘッケランが酒を飲みだす。

 イミーナも一緒に注文している。ロバーデイクは下戸らしく水を頼み、アルシェは果実水をクピクピと飲んでいた。

 モモンは当然空手だ。

 

「そう言えばモモンさんの相棒はどうされてるんですか?」

 

 酔い始めたヘッケランが唐突にナーベのことを気にしだした。その顔は少し赤くなっている。

 

「ナーベですか?彼女はエ・ランテルに居ますよ。組合長に二人も居なくなられると困ると言われましてね。留守番です」

「そうなんですか」

 

 その後もヘッケランは『美姫』と呼ばれる女性に興味深々だった。

 酒癖の悪いイミーナが青筋を立てているのを見たロバーデイクは「触らぬ神に祟り無し」と当たり障りのないように会話に加わっていた。イミーナが暴れないのは、英雄の前でみっともない姿を晒すのは嫌なのだろう。

 普段はシッカリしているリーダーの姿に、アルシェは少し意外に思っていた。そしてこの後に起こるであろう出来事に同情も。

 

 帝国にもアダマンタイト級冒険者が二組居るが、そのどちらも個々の能力はアダマンタイトの域ではないとされている。 珍しい職に就いていたり、人数の多さを生かして他のアダマンタイト級では出来ないことも可能と言われているように、実績は十分だが英雄かと言われると首を傾げざるを得ない。

 目の前の漆黒の英雄のような歴然とした存在と共に居るからこそ、ヘッケランのテンションの上がり振りも理解出来た。

 

 ヘッケランが胸の話をし出したのに限界が来たのか、イミーナが「そろそろ休みましょうか。ごめんあそばせ、オホホ」とヘッケランの襟裏を掴み二階へと上がっていく。

   

「…………南無」

「────自業自得」

「?」

 

 何故か合唱するロバーデイク。

 アルシェも不憫な子を見るような目で見ていた。

 今晩は御開きとなり、モモンは個室で、”フォーサイト”は男女別々の二人部屋で就寝することとなった。

 

 

 

 翌朝。

 

「おばようごばいまぶ」

「うお!?」

 

 ヘッケランが顔をパンパンに腫らしていた。

 

「ど、どうしたんですか?ヘッケランさん?」

「気にしちゃダメですよモモンさん。コイツには反省が必要なんだから」

 

 プンプンと怒りマークが見えるイミーナに促され、宿屋を後にする。

 気を使われたのか、朝食は携行食で間に合わすようだ。

 治癒魔法をかけようとしたロバーデイクだったが、イミーナに「まだダメ!」と許されなかった。

 帝都に着くまでの間、四人で談笑し、ヘッケランはシブシブと一人離れて歩き、恨めしそうに見ている。

 

 チーム内の事に口出し出来ず流されるままにしていたモモンはちょっと可哀想だなと思っていた。

 

 

 

 

 

 

「やっと帝都に帰って来たぜ!」

 

 時刻はまだ昼になっていない頃。ようやくイミーナに許してもらったヘッケランが体を伸ばす。治癒魔法をかけてもらい、顔も元通りだった。

 

「それでは私とヘッケランは魔法省に向かいます。モモンさんは組合に顔を出されるのでしたね」

「私はアルシェと消耗したアイテムの補充をしてくるわね」

「────モモンさん、コレ。私達の活動拠点、『歌う林檎亭』の地図」

「ありがとうございます。アルシェさん」

 

 帝都への道中、どうするか話し合った結果。

 

 ヘッケランとロバーデイクは魔法省で死の騎士(デス・ナイト)の引渡しと交渉。その後、帝国行政府窓口で”フォーサイト”が狩ったアンデッドの報酬の受け取り。

 

 イミーナとアルシェは消耗品の補充で買い物。

 アルシェの借金の件があるが、まだ正式にチームを抜けると決まっていないため、アイテムの補充は重要案件だった。

 

 モモンは冒険者組合に顔見せし、帝国の状況を調べる目的があった。カッツェ平野で討伐した報酬もそこで行うつもりだ。

 

 その後、一度『歌う林檎亭』に集まろうという運びとなった。

 

 

 

「すげえぜ!死の騎士(デス・ナイト)の報奨金がなんと金貨500枚だぜ。未知ののモンスターとは言え、行政府じゃこの額は出ないんじゃないか。さすがアルシェだぜ」

 

 ヘッケランは金貨500枚の入った袋をモモンに手渡す。

 死の騎士(デス・ナイト)を見た町人も魔法省の人間も驚いていたが、フールーダの高弟を呼んでもらい確認してもらうと、<伝言>(メッセージ)でも使ったのだろう、フールーダ本人が現れた。

 ヘッケラン達”フォーサイト”だけで討伐したと言えば当然怪しまれただろうが、弁の立つロバーデイクが上手く説明したおかげで無事金にすることが出来た。

 

「これは我々が討伐したアンデッドの報酬です。かなりの数でしたので結構な額になりましたよ」

 

 ロバーデイクが既に四人分に分けた袋をそれぞれに渡す。

 

 アルシェはこれだけあれば、蓄えを会わせて借金を待ってもらえるぐらいにはなるだろうと少しだけホッとした。

 

「回復アイテムなんかの補充も預かってたお金で済ませたわ」

 

 全員が今回の仕事の稼ぎを確認し終えたところでモモンが提案する。 

 

「ゴホン、…………少しいいかね?」   

「ん?何でしょうか?」

「私が帝国に来たのはこの国を見に来たから、というのは以前にも言いましたが、その案内を君達”フォーサイト”に依頼したいのだがどうでしょう?」

「そりゃ勿論構いませんが」

「モモンさんは帝国は初めてでしたね」

「私は構わないわよ」

「────モモンさんには恩があるから、問題ありません」

「では、依頼成立ですね。報酬は全額先払いとしてコレで」

 

 モモンはヘッケランから受け取った死の騎士(デス・ナイト)の討伐報酬が入った袋をそのままテーブルに置いた。

 金貨500枚が入った袋を。

 

「…………えっ!?」

「「えええええ!?」」

  

 帝国の案内ぐらいに出し過ぎ、モモンの頼みならむしろ無償で受けても良いと思っていた四人は拒否しようとする。

 しかし、モモンは譲らない。

 

 依頼報酬は基本依頼主が額を決める。ワーカーであってもその辺りは冒険者とたいして変わらない。

 死の騎士(デス・ナイト)を倒したのは確かにモモンだが、先に戦っていたのは”フォーサイト”であり、モモンは獲物を掠め取ったようなものだ。

 

 ここまで言ってようやく四人も首を縦に振る。まだ困惑した表情のままだが。

 

 モモンもかなりの暴論だとは理解していた。

 それでも、現状彼らに借りを返す方法が分からず、仕方なく取った手段であった。

 帝都へ向かう道中、遭遇したモンスターを狩る彼らの実力はミスリル級と言うだけありなかなかのもので、連携の良さはミスリル以上だと感じていた。

 この金で装備を充実するのもいいと思っていた。

 その辺は自由だが、一人だけ実力に見合っていない装備の少女が気になっていたのもある。ナーベをいつまでも弱い装備でいさせてしまっていたのだから。

 

「…………分かりました。モモンさんがそこまで言うのでしたら、全力で案内しますとも」

「どこか行きたいところはありますか?」

「帝国は王国より魔法技術が発展してるから、北市場なんてどうかしら?」

「────闘技場もお勧め。闘いを生業としている者なら一見の価値はあると思う」

「はは。そこまで気合を入れなくていいですよ。そうですね、…………では北市場からお願いします」

 

 賑やかになった五人組が『歌う林檎亭』を後にする。

 

 

 酒場のカウンターに昼間から一人きりで居る女性がうな垂れていた。

 顔の右半分を綺麗な金髪で隠し、目の前にある空の薬瓶を見つめる。

 

(またダメだった)

 

 女性は商人から、状態異常に効果のあるポーションを買い。試した結果に憤っていた。

 『歌う林檎亭』で一人寂しく居たのは、ここが旨い食事を出してくれるからであり、割と利用していたからであった。

 

「ああ、いつになったら…………」

 

 店に他の客はおらず、店主も奥に引っ込んでしまい、一人の空間でつい愚痴が零れる。そして、とうとう袖を顔に当てさめざめと泣き出してしまった。 

 

 

 

 

 

 

 北市場では、冒険者やワーカー等が自分達には使いこなせない不要な物、中古品等を売りに出したりしていた。

 モモンにとってどころか”フォーサイト”にとっても要らない物が殆どだったが、時折掘り出し物があったりするので、危険と隣り合わせの”フォーサイト”も良くここには訪れていた。

 

 市場を歩いていた中で、モモンが最も興味を持ったのが冒険者やワーカーが使うマジックアイテムではなく、生活用マジックアイテムだった。

 

 箱の中に冷気を発生させ、中の物を傷みにくくする冷蔵庫。

 風を起こして涼をとる扇風機。

 

 これらのアイテムは二百年前の”口だけの賢者”と言われた牛頭人(ミノタウロス)が発案したと言われている。

 多くのマジックアイテムや概念を提案したが、それを作製する事も原理を説明する事もさっぱり出来なかったため、この二つ名が付いた。

 

 ”フォーサイト”から説明を聞きながら冷蔵庫を丹念に調べていく。

 

(”口だけの賢者”か…………間違いなくプレイヤーだろうな)

 

 王国ではこれらのマジックアイテムを見たことが無かった。探せば見つかったかもしれないが。 

 市場を全て見て回り、満足したモモンは闘技場へと向かうことにした。

 

 

 通りを歩いていると独特の建物が見えてくる。

 帝国唯一の大闘技場。庶民の最大の娯楽の1つであり、人気の高い観光スポットでもある。死人が出るほど盛り上がる場所。

 

 ”フォーサイト”も仕事の一環として魔獣複数匹との連続戦闘という出し物に出たことがある。

 魔獣相手に降参は認められず、敗北は即、死。人同士でも死者が出るのは珍しくない。

 死者の出る多くの催し物の中で、最も人気が高いのが闘技大会だが、外に漏れ出る熱気や歓声から、今日は闘技大会はない模様だと、モモンに説明していく。

 

「ほお。…………なかなかに立派な建物ですね」

 

 帝国が誇る人気スポットというだけあって、モモンは素直に感心した。

 勿論、ナザリックと比べてしまえば鼻で笑う者もいるだろうが、ほぼ毎日闘いが行われた歴史というものが感じられ、生きた雰囲気があった。

 

 一般客用の闘技場入り口を抜けると、広いエントランスの正面に受付があり、賭けを行う事が出来る。

 すぐ傍には、本日行われる演目が書かれている。

 賭けにあまり興味がないモモンと”フォーサイト”は階段を昇り、観客席へと向かう。

 

 観客席は中央の広場を囲うように円周になっており、ナザリックの円形闘技場(コロッセウム)とよく似た造りになっている。

 空いている席は幾つかあるが、五人で座れる場所を探していると女性のくぐもった悲鳴が聞こえてきた。

 

「うげえ!」

「────最悪」

 

 イミーナとアルシェの、不快なものを見てしまったような声。

 ヘッケランとロバーデイクも同様な想いを表情で表していた。

 

 モモン達の視線の先では、一人の男が殴ったのだろう、女性が一人、尻餅を付いていた。その傍には二人の女性がオロオロとうろたえていた。

 

「悲鳴も五月蝿いですよ、もう少し慎みなさい」

 

 倒れた女性の頭を足で蹴り、グリグリと踏み付けている。

 

「全く…………ん?何を見ているんですか?」

 

 男がモモン達の存在に気が付き、威嚇するように切れ長の目を向ける。

 

「…………別に。ただ、公共の場でするような行為ではないだろうと思っただけだ」

 

 先頭に居たモモンが当たり障りのないように口にする。

 

「いいんですよ。森妖精(エルフ)なんかに人権はありません、人類に似ているだけのヒトモドキなんですから」

森妖精(エルフ)?」

 

 みすぼらしい服を着せられた女性を見てみると、森妖精(エルフ)の象徴とも言える耳が半ばで切られていた。

 

 事情を知らないモモンにヘッケランが小声で説明する。

 

 帝国には奴隷制度があり、帝国臣民は虐待や陵辱などから法律で守られているが、ドワーフを除く亜人には適応されていない。

 法国から売られてくる森妖精(エルフ)は、象徴とも言える耳を切リ取り、完全に心を折った状態で高く取引されている。

 

 半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナが、特に強い嫌悪感を露にしているのはそういうことか。と理解する。イミーナのそれは、もはや殺意と呼べるほどにまでなっていた。────というより今にも飛び掛りそうだ。

 

 トラブルは避けたい。ヘッケランがこの場を後にしようと提案しようとしたところで、男がモモンに話しかける。

 

「もしかして、アダマンタイト級冒険者の漆黒の戦士ですか?」

「…………そうだが」

「貴方が噂のモモン殿でしたか。幾つもの偉業は耳にしてましたよ。…………まあ、どれも誇張されただけの疑わしいものですがね。おっと、申し遅れました。私は”天武”、エルヤーー・ウズルスと言います」

「エ・ランテルの冒険者モモンだ」

 

(なんだコイツ。初対面で随分な言い方だな)

 

 モモンの実績は王国でのこと。噂程度しか流れていない帝国の者なら疑いを持つのは不思議ではない。それでも目の前の男の態度は普段温厚なモモンでも目に余った。まるで、自分の方が優れているかのような物言いだ。

 

「何失礼な言い方してんのよ!アンタ程度が!」

「モモンさんは噂に違わぬ実力者ですよ。我々はしかと見ました」

「おいウズルス。モモンさんに失礼だろ」

 

 アルシェもウンウンと頷き、同調している。

 

「チッ!」 

 

 こちらに聞こえるほど大きく舌打ちするエルヤー。特にイミーナの発言に反応しているようだ。

 

「行きましょうモモンさん。ここに居て良いことはないですし」

 

 ヘッケランに促され、反対方向に向かおうとする。

 が、モモンは倒れ伏す森妖精(エルフ)と、それを見下すエルヤーの姿を凝視する。

 

「どうしたんですか?モモンさん」

 

 モモンの脳裏に浮かぶのは嘗ての自分。

 まだ弱い頃のモモンガを楽しんでPKしていたプレイヤー達。

 異形種だというだけで見下し、面白半分に狩っていた連中。

 

「ん?なんですか?まだ用が…………」

 

 エルヤーはモモンの視線が森妖精(エルフ)に向いているのに気付く。

 

「コイツ等が欲しいんですか?しかし森妖精(エルフ)一匹買おうと思ったら魔剣一本相当の価格が必要ですからね。…………貴方の鎧と剣となら交換するのも吝かではありませんが」

 

 エルヤーは正直この森妖精(エルフ)に飽きてきていた。次は胸の大きな森妖精(エルフ)でも探してみようなどと考えていた。

 モモンの持つ武具は一目で一級品と分かる、剣一本で釣りがくるほどだと試算していた。 

 

「…………」

 

 対するモモンは沈黙。

 

「それでは試合で決めては如何かな?」

 

 しばしの沈黙を破ったのは別の声だった。

 唐突に現れたのは肉付きの良い体をしており、髪は地肌が見える程短く刈り込まれた男だった。

 傍には執事の格好をした老人とメイド。

 メイドは人間ではない。頭頂部から動物の耳が出ており、顔立ちも動物的な愛らしさがあった。

 

「突然失礼しました。私はオスクと申します。この闘技場で興行主(プロモーター)をしております。お見知りおきを」

 

 突然の闖入者に視線が集まる中、オスクと名乗る男は語る。

 

「闘技場の警備の者から、噂に名高い漆黒の英雄がここに来られたと聞きましてね、是非お会いしたいと思い探しておりましたところ、失礼とは思いましたが貴方方のやり取りを聞いてしまいましてね。如何ですか?試合にて双方賭け品を取り合うというのは」

「面白いですね、私は構いませんよ。いい加減王国戦士長に比肩するという評価にウンザリしていたところです。貴方を倒して私こそが人類最高の剣士であると証明してみせましょう」

「私も構いませんが…………一つ提案があります」

「なんでしょう?」

「彼にはチームからの支援魔法込みで戦ってもらい、私は剣無しで相手をしましょう」

「なっ!?」

 

 全員が驚きの声を上げる。

 エルヤーは自分を侮る舐められた態度に、怒りを露にし、顔が真っ赤になっている。

 

「いや、それは。…………興行主として盛り上がれば問題はありませんが。本当によろしいので?」

「勿論。これでもアダマンタイト級冒険者ですから、ハンデは必要でしょう」

 

 

 

 話はオスクが間に入ったことで纏まり、「後悔するなよ!」と捨て台詞を吐いたエルヤーとシブシブ付いて行く三人の森妖精(エルフ)

 急遽決まった二人の対戦にはまだ時間があるとのことで、オスクに勧められた貴族用の貴賓室で試合を観戦することになった。 

 

「いいんですか?剣無しなんて言っちゃって」

「いやいやヘッケラン。モモンさんが負ける姿は到底想像出来ませんから問題ないでしょう」

「あんなクソ野朗、ぶっ飛ばしちゃって!」 

「────モモンさんなら、きっと大丈夫」 

 

 エルヤーのことを今しがた聞いたモモン。 

 ワーカーチーム”天武”のリーダーである天才剣士。

 チームメンバーは奴隷の森妖精(エルフ)で、森祭司(ドルイド)、レンジャー、神官の三人。

 だがチームメンバーとは名ばかりで、エルヤーは仲間を使い捨て同然の扱いをしている。

 力を持った子供がそのまま大人になったと形容される精神的な危うさ、嫌な雰囲気を持っている。

 森妖精(エルフ)などの人間種や亜人種を侮蔑しているため、スレイン法国の出身と噂されている。一方で奴隷の森妖精(エルフ)の悲鳴を上げさせて悦んだりする性癖があるなど、嗜虐心も持つ。

 帝国闘技場でも不敗の天才剣士として知られており、剣腕だけならオリハルコン級冒険者にさえ勝てるという噂もあり、グリンガムというワーカーのチームリーダの見立てでは御前試合に出場した頃のブレインより間違いなく強い。

 

 モモンの強さを見た”フォーサイト”はモモンの勝利を信じていたが、そこはかとなく不安が混じっていた。

 モモンはその不安を解消してやろうと、ドスンとテーブルに袋を出す。

 

「これを私に賭けてくれますか?」

 

 それはアルベドに貰った小遣い全てであった。

 

 

 

 オスクは二人の対戦の段取りを済ませ、ある貴賓室で試合を観戦していた。

 闘技場には貴賓室が複数ある。闘技場の経営に寄与している資産家用、高位貴族用、皇帝用だ。

 部屋は手狭ではあったが、瀟洒な調度品はどれも一級品で、完璧な清掃がなされていた。

 競技場側の壁は大きく開けられており、眼下の景色を一望できる。

 

「思わぬ強者が来てくれたものだ、武王が居ないのが勿体ない」

 

 武王。歴代最強と言われるウォートロールのゴ・ギンはあまりの強さにより、試合を組む事自体がなくなって結構な時間が経つ。今日も彼は鍛錬していることだろう。モモンが来るのを知っていればここに連れて来ていたが、こればっかりは仕方がない。

 

「首狩り兎の評価は武王と同じく超級にやばい、だったか。天武では勝ち目はないかもしれんな」

 

 メイドの姿をした首狩り兎は戦士、暗殺者としての経験から相手の実力を見抜く才能も持つ。彼の見立てではかなりのハンデを付けていてもモモンの勝ちは揺るがないとのことだった。

 

 モモンを見た首狩り兎の肌は粟立ちが収まらず、気持ち悪いと言って今は休んでいる。

 「今すぐ逃げたい」とも言っていたが、護衛で雇ったのだから帰られたら困るので却下した。

 

 かなり悩んだが、二人の賭けの倍率はどちらも二倍に設定した。テラ銭があるので問題はないだろう。

 

 競技場で冒険者がモンスターにトドメを指し歓声が上がる。次がモモンとエルヤーの対戦だった。   

 

 興行主の端くれとして、強者の情報に関しては見逃さない。モモンの強さを見るのが楽しみであった

 

 

 

 進行係りのマジックアイテムで増幅された声が響き渡る。

 

『続いては、急遽対戦が決まりました注目戦。王国に誕生した三番目のアダマンタイト級冒険者、”漆黒”のモモン!!』 

 

 場内に割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 モモンが堂々とした足取りで競技場中央まで歩を進める。

 散々鍛錬したおかげか、見る者が見れば隙の無い所作だと気付くだろう。

 

(帝国でも意外と私の名が広まっているのかな?武王とやらは凄い人気らしいが)

 

 少し集中すれば”フォーサイト”の四人の声援が聞こえてくる。そこに向かって軽く手を振る。

 

(応援してくれる人もいるし、無様な姿を見せるわけにはいかないな)

 

『対するは帝国闘技場で常勝無敗の天才剣士、”天武”エルヤー・ウズルス!』

 

 反対側の入場口から、モモンに劣らず堂々と歩いてくるエルヤー。

 入場順は通常挑戦者が先に入るものだが、闘技場の常連のエルヤーがオスクに「後にしてくれ」とワガママを言っていたのだった。順番ぐらいどうでもいいと思っていたモモンは異論を挟むことはなく、どれだけ自尊心が肥大しているのかと呆れるほどだった。 

 

 互いの距離が十メートルほどのところで相対する。

 モモンが背中のグレートソード二本を抜き、上方に投げる。

 それはモモンの後方の地面に突き立つ。

 

 己の獲物を放棄する行動に場内が沸く。

 二人の対戦が決まって直ぐ、オスクの段取りで試合形式が闘技場内に発表されていた。

 

 モモンは帯剣しない。

 エルヤー側は戦うのはエルヤーだが、チームからの支援魔法は有り。

 

 この情報に賭けを行う者達は大いに迷った。

 

 帝国では噂ぐらいしか流れていないが、短期間で最高位冒険者にまでいった漆黒の戦士モモン。しかし、武器を持たない。

 片や、オリハルコン級をも倒せる無敗の剣士エルヤー。補助魔法込み。

 

 倍率が示す通りに、賭けも丁度半分に分かれる結果となった。

 

「始める前に確認したいのだが、お前が法国出身だというのは本当か?」

「その通りですよ。誰も私の力を認めようとしなかったので出国しましたがね」

 

(やっぱりか。人類至上主義の法国はナザリックとは相容れないな)

 

 力を認めなかったのではなく性格に難ありと判断されただけなのだが、その事実を本人は知らなかった。言われたとしても納得しなかっただろうが。

 

「では森妖精(エルフ)を虐げるのも?」

「当然じゃないですか。この世界は人類のためにあるのですから。本来ヒトモドキには生きる価値もないのを、こうして私が使用しているのですから感謝するべきなのですよ」

 

 チラッと入場口の傍で身を寄せ合って動かない三人の森妖精(エルフ)を見るエルヤー。

 下卑た視線に三人は体を縮こめる。

 

 更に何か言い出そうとするエルヤーをモモンの低くなった声が止める。

 

「もういい、それ以上囀るな」

 

 これ以上この男の声を聞いていると怒りでどうにかなりそうだった。

 

(ふう…………落ち着け俺。体はホットに頭はクールに、だ)

 

 事前情報を大事にして戦略を立てるのを得意としているモモン(アインズ)。闘いにおいて常に冷静な判断をするために心を鎮める。

 

 流れでこんなことになったが、純粋な剣士と戦うのは良い機会だ。丁度鍛錬の成果で試したい事があった。

 

「チッ!お前達、さっさと支援魔法を!」

 

 怒鳴り声にビクつきながら魔法をエルヤーに掛ける。肉体能力の上昇に剣の一時的な魔法強化が施され戦闘準備を終える。

 

「その減らず口を黙らせてやる!空斬!」

 

 離れた位置から斬撃を飛ばし、相手を切り裂く武技で先制攻撃を仕掛けてくる。

 「おっと」それなりの速さで飛んで来たのを半身になり、余裕を持って避ける。

 

(遠距離攻撃の武技か、なかなか面白い)

 

 飛ばした斬撃が当たれば良し。避けられても体勢を崩したところを切り刻もうとエルヤーは突進していた。が、最小限の動きでやり過ごすモモン。

 舌打ちしながらも、両腕を脱力したようにダラリと下げた自然体のモモンに突撃する。

 

 裂帛の気合を込めた連撃を繰り出す。

 

 剣腕だけならオリハルコン級冒険者にさえ勝てるという噂通り、一般客では視認するのは不可能な連撃を、モモンは事如くを時に避け、時に腕部の装甲で防ぐ。

 

 無呼吸連撃が一分ほど過ぎたあたり、とうとう一撃が入る。

 

「げはあぁ!」

 

 モモンの見事なミドルキックがエルヤーの腹に。

 エルヤーの袈裟切りを横に避けた時、体が流れているのをモモンは見逃さなかった。

 エルヤーの体がモモンの脛を支点にくの字を超えて横一直線に折りたたまれる。

 勢いのままに壁際の森妖精(エルフ)達の近くまで吹き飛ぶ。

 

「うぐ!おえええええ!…………げほっ!げほっ!」

 

 皮鎧を着ていても衝撃に耐えられなかったのか嘔吐する。吐き出された汚物に血が混じっている。

 

(ありゃ?ちょっと強かったか?手加減は難しいな)

 

 ナザリックで鍛錬している相手はパンドラズ・アクターやコキュートス。レベル百を相手に手を抜く事はなかったため、加減というものが身に付いていなかった。

 最近はセバスとも素手の組み手を行い、今回はその成果を試そうと思ったのだ。

 

「げはあぁ!…………お前達、何を呆けている!さっさと治癒を寄越せぇ!」

 

 モモンは傷を癒すのを邪魔することなく待つ。せっかくなのだから全ての武技を見ておこうと。

 

「もう許さん!能力向上!能力超向上!」

 

 武技を発動して身体能力を限界まで上げる。

 

(へえ、強化魔法に上乗せ出来るのか。結構奥深いな)

 

 そもそも近接戦を学ぼうという気にさせたのはエ・ランテルで起こったアンデッド事件のあの女戦士だった。

 ナザリックの者達はレベルを今以上上げることは出来ない。

 強くなろうと思ったら、戦術や戦略。経験による錬度を高めるぐらいだ。

 あの時は不愉快さで殺してしまったが、キッカケをくれた女に今は逆に感謝しかなかった。

 

 先ほどよりも速い動きでエルヤーが迫ってくる。

 相手の剣が届く間合いまで入ってきた。

 

「縮地改!」

 

 突然足を動かさず、スライドするようにモモンの右へ移動する。

 

 (もらった!)エルヤーの狙いは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の細いスリット部。横合いからこちらを向いた瞬間に突き刺す。如何に硬い金属で身を守ろうとも装甲の無い部分では防げまいと、上昇した身体能力で寸分違わずに狭い標的へと刀が迫る。

 

 だが────。

 

 セバスに教えられたどこからの攻撃にも対応出来る自然体の構えのモモンには通用しなかった。

 モモンは切っ先を左手で掴む。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 モモンが掴んでいた刀を離し、正面から見据える。

 身体を最高まで高め、最高のタイミングで放った攻撃も防がれたエルヤーに、これ以上の攻撃手段は残っていなかった。

 

「う、う、うあああああ!」

 

 子供が癇癪を起こしたような叫び声を上げ、尚も切りかかる。洗練されていた動きは精彩を欠いていた。

 

(ここまでか)

 

 パキン! 

 

 モモンの右わき腹に向かって来た刀を肘打ちと膝蹴りで挟み込み、南方の都市から流れるとされる神刀の刀身を半ばで折る。

 すかさずアイアンクローの形でエルヤーの顔面を片手で掴み持ち上げる。

 <ネガティブ・タッチ/負の接触>で負のエネルギーを流し、相手の能力値を弱体化させる。これは時間では治せず高位の治癒が必要だ。

 ついでとばかりに指向性を持たせた<絶望のオーラI>をエルヤーに叩き込む。

 

 悲鳴にならない声を発し、股間部から湿った湯気が立つ。更にモモンの耳に聞きたくもなかった排便の音が盛大に聞こえてきた。

 

「ぬお!?汚い!」

 

 思わずエルヤーを投げ飛ばしてしまう。

 

 一直線に競技場の壁に叩きつけられたエルヤーは仰向けで地べたに倒れる、無様にケツを天に向けて。

 

 進行係りがモモンの勝利を宣言する。

 

 

 

 森妖精(エルフ)達は糞尿を垂らすエルヤーを蹴りまくっていた。

   

 

 

 

  




拙作のアインズさんはまだまだ荒いですが肉弾戦闘も鍛錬しています。
格闘物が結構好きなので。(手屁)






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