3話 顔が近い
次の日、黄金鶏の甲高い鳴き声で目を覚ました。
家の中から外を覗くと、ちょうど朝日がその頭頂部をさらけ出していた。なんともタイミングの良い目覚ましだ。朝日と共に目覚めるなんていつ以来だろうか。記憶をうやむやにされているのでわからないが、たぶん長い間こんな健康的な朝は過ごしていなかった気がする。
体を起こして俺は軽く体操をしていく。おじさんはいきなり激しく動くと怪我をするのだ。この辺りは体に染みついた習慣かな?
そんなことをしていると、家の扉がノックされた。
「どうぞ」
入って来たのは昨日空き家まで案内してくれた村長さんだった。随分と機嫌が良さそうだ。
「いやぁ、あんた農家志望だったか! それならそうと早く言っておくれよ。鶏を抱え込んでいるから不思議だったんが、それなら話は別だ。若い農家はこの領地じゃ大歓迎だからな」
若い? 農家? よくわからないが、おじさんと呼ばれるこの昨今において、若者扱いされるとは非常に嬉しい。村長さん、好き!
「今日は領主様のもとへと連れていって貰えるとか」
「そうじゃよ。この地に住むなら必要な手続きじゃ。住むよな? ここに」
住むよな? って言われても……。近い、顔が近いんですけど!?
昨日この世界に飛ばされたばかりで、どう暮らしていくかなんていまいち考えていなかった。なんとか村が見えたからしがみつくような思いで駆け込んだだけだったのだ。幸い宿も飯も貰えた。
行く当てもないし、優しくして貰えたこの地で生きていくのも悪くない気はする。
「えーと、住む……のかなぁ」
「そうよな! そうだと思っておった! いやはやこんな若くて頼もしい青年に来てもらえて幸いじゃよ! 」
若くて、頼もしくて、青年! はい、住みます!
「あんたが昨日くれた卵、あれは美味しかった。あっという間に食べてしまったし、他の家もすぐに平らげたらしい。きっと王都やその付近で品種改良を重ねた鶏なのだろう? そいつは」
村長の視線が、部屋の中を自由に歩きまわっている黄金鶏へと向く。
ああ、そういうこと。
村長さんは勘違いしているようだ。
一応あれは使い魔なのだが、品種改良された鶏だと思っている訳か。それはそれで都合の良い勘違いだ。この世界で召喚士がどんな立場かは知らないが、鶏と契約を結んだ召喚士が英雄扱いされることだけはないだろう。
「そ……そんな感じです。ただ品種改良は極秘で研究していたため、知識はあまり広められません。悪しからず」
申し訳なさそうにしていた俺だが、村長さんは気さくに笑い飛ばす。
「そりゃそうじゃ。自分で開発した家畜をよそにホイホイくれてやれるほうが信用ならんよ。大事にしなよ、若者」
良かった。これで鶏と契約した召喚士として張り付けにされることはなくなった。それにしても、やたらと若者扱いしてくれるこの村長さん、やっぱり好き!
「はい、大事にさせていただきます」
「そうとなれば、私の家で朝ごはんを食べていきなさい。その後は領主様にあいさつじゃ」
「了解です」
黄金鶏を脇に抱え込んで村長さん宅へ向かった。
そこには黄金鶏の卵で作られたスープと野菜、それに麦っぽい穀物があった。
お腹は最高に空いていたので、全部かき込んだ。料理された黄金鶏の卵が異常な旨みを放っていた。昨日は平原にて生で飲み込んだからあまり味わっていなかったが、こんなにうまかったとはな。流石、俺の使い魔!!
都合のいいときだけ使い魔呼びしていたためか、このとき側にいた黄金鶏にその鋭いくちばしで突かれた。使い魔と召喚士にはどうやらお互いにしかわからないような意思交換の方法があるとこのときちょっとだけ気が付いた。そして、彼らは結構繊細だということもわかった。
朝食が終わると、すぐに領主様の家へと向かうことになった。
この地は皆朝が早いらしく、領主様のもとを訪れるにも朝が礼儀上正しいそうな。
そこらへんはよくわからないので村長さんに任せっきりだ。
村に農耕用の馬がいて、それを二頭借りて村長さんと共に領主様の元へと向かった。
馬のレンタルやら、一宿一飯の恩を返すため、今朝黄金鶏が生んだ卵を3つとも村側に渡した。大変喜ばれた。俺の使い魔は良い働きをするなぁ。
前いた世界でも馬には乗ったことないと思うが、農耕用の馬は気性も大人しく、進むスピードも緩やかだったため、おじさんでもなんとか乗りこなすことができた。
黄金鶏は村長さんが馬に括り付けてくれており、俺より快適に過ごしている。若干目を細めているのは、木々の切れ間から優しく差し込む日差しが心地いいのだろう。
道中、村長さんが領主様について話してくれた。
この地の領主様は若い時から魔族との戦争に出ており、その活躍を評価されて領地を貰った生粋の軍人だということ。そして、今もその気質は変わっておらず、領主様の屋敷は山の上に建てられているらしい。
いざというときに付近の村人を全て囲えるだけの広さと、外敵からの攻撃を防ぐために特化した屋敷とのこと。
その通りだとわかったのは、山を登り始めてからだった。
そこからは馬が登れないので、村長さんと俺は徒歩で山を登ることに。
人が歩く道は作られているものの、かなり険しい道のりだった。道中分かれ道もあり、村長さんの案内がなければ辿り着くのは困難だろう。
それにしても、息をはぁはぁ切らせている俺と違い、村長さんは健脚逞しい。ちょっと油断するとぐっと距離が開きかけてしまう。
おじさんと呼ばれる歳になってきてはいるが、村長さんはおじいさんと呼ばれる歳じゃないのか? 負けておれん。この地に根付いたら、俺も村長さんのような健脚になれるだろうか? それはまた先の疑問とさせて貰おう。今はこの山を登りきることだけに専念だ
「コケェ」
いいな……お前は楽で。
俺の脇で心地よさそうに、黄金鶏は定期的に鳴き続けた。
そして突如卵を産む。地面に落ちる、割れる、弾ける、散る。
「「卵――!! 」」
既にその旨みを知ってしまった俺と村長さんは道中叫んだ。
かなり厳しい勾配を登り切ったあと、徐々に緩くなってきて、もう少し歩いていると、ようやく見えた。
屋敷というより、小ぶりな城がそこにはあった。
高さ3メートルはあろうかという石の塀と、その周りを囲む堀。入り口には架け橋もあり、かなり本格的だ。俺ならどう攻め落とすだろう。黄金鶏の卵で内部の人間を買収、そのくらいしかないな。
「ふぃー、流石にここまで来ると疲れるわい」
村長さんはそんなことを言っているが、気持ちよさそうに汗をぬぐっていた。俺はもう座り込んでしまっている。この地で暮らしていくには、領主様のもとを訪れる機会も増えるだろうし、村長さんみたいに早いとこ気持ちのいい汗をかける男にならないと。
あいたたた、斜面を登り続けたから背中が若干痛い。おじさんには厳しい道のりだった。
最後の力を振り絞って、俺たちは領主様の屋敷へと入っていった。
架け橋は平常時はおりているので、特にまどろっこしいことはなかった。
敷地の中もいたって平和だった。広大な庭は畑と化しており、最悪この地が戦場になろうとも自給自足ができることが窺い知れる。
畑に囲まれた道を進んでいくと、ダッダと駆けてくる音がして、黒い毛の可愛いらしい犬が顔を覗かせた。
あら、可愛い。
犬は村長さんを知っているみたいで、その周りをぐるぐると駆け回った。
そして、その後に俺の足元に来て、匂いを嗅ぎまわる。どうやら俺の匂いを覚えてくれているようだ。満足したのだろうか、俺から離れようとしたその直後、犬の視線が黄金鶏へと向く。脇に抱えた黄金鶏がギョッとしたのが分かった。
おい、使い魔だろう。こんな可愛いらしい犬にビビるんじゃないよ。
二頭はしばらく睨みあっていたが、もう一人の登場によって睨み合いは一時中断となった。
頭に頭巾を巻いたエプロン姿の少女が畑から飛び出してきたのだ。
「あっ、トラコ村のコウキ村長さんじゃないですかっ。こらっ、アレン。なんで村長さんにそんな目を向けているの? 」
犬の名前はアレンか。彼がそんな視線を向けているのは、正確には俺が脇に抱えた鶏へ、だ。それはそれで、なんで? って感じだが。
それにしても田舎くさいこの地に随分とにつかわしくないレベルの華やかな美少女だった。大きな目と輝くような短く切り揃えられた金髪は誰でも一目見れば吸い込まれるように魅了されるだろう。おじさんはそういう耐性がしっかりついているので、間違っても一目惚れなんてしない。聞けばここの領主様は質実剛健な方らしいじゃないか。娘に一目惚れした、いい歳のおじさんなんかが近寄れば一発で叩き斬られることだろう。
という訳で、彼女にはできるだけ近づかないでおこう。間違いが起こらないように。
「アレンを叱らないでやってください。賢い犬です。アミンお嬢様、今日は領主様に御用があるので、上がらせて貰います」
「ええ、いつも通り裏庭での訓練を終えた頃だろうから、執務室にいると思うわ。暇しているだろうから、コウキさんが来たら喜ぶと思うわ」
二人は慣れ親しんだ間柄のようで、とんとんと話が進んでいく。田舎の領主邸ということもあって、平時はこんなにも簡単に屋敷内に上がらせて貰えるのか。
「もしかして、移住の方ですか? 」
「そうなんじゃよ、アミンお嬢様。こちらが我が領地に移り住みたいという有望な若者じゃ」
有望な若者か。良い響きだ。
アミンお嬢様とやらは、俺の顔を上目遣いで覗き込む。しかも顔が距離が近い。この地はそういうパーソナルエリアとかに鈍感なのかもしれない。
……俺、鶏臭かったりしないよな? とか思っちゃう。
「移住者とは珍しいですね。へぇー、なんだかここらへんの人とは違う感じですね……」
アミンお嬢様がやたらとじろじろ観察してくる。
「でも、大歓迎ですよ! お父さんもきっと喜んでくれます。おじさん、ようこそ我が領地へ! 」
ああ、やっぱり若い娘からみるとおじさんなんだな。でも、こんな美少女におじさんと呼ばれるのは悪い気はしないな。
「どうも、これからいろいろと迷惑かけるかもしれないけど、よろしくな」
俺はできるだけ気さくな感じを心掛けて挨拶をした。
「ところで、お名前は? 」
そういえば、そうだった。村長さんにさえ名乗っていなかったな。
「俺はコフィ。いろいろあって……この地にやって来たんだ」
「コフィさんね。深くは聞かないから安心して。わたしはアミン・イコシンディ。領主の一人娘です」
アミンお嬢様は笑顔で応えてくれて、手を差し出す。
ああ、握手という訳か。照れながらも俺は握手を交わした。
ついでとのことで、アミンお嬢様は俺たちを案内してくれることになった。
三人で館に入り、広くて天井も高いなと感動しながら、進んでいく。
一番奥にある執務室までたどり着き、アミンお嬢様がノックをした。
「お父さん、入りますよ。お客さんがおいでです」
「おう」
中から図太い声が響いてきた。
アミンお嬢様が扉を開いて入っていき、俺とコウキさんも続いて入っていく。
「っ……!? 」
ギョッとした。
執務室には熊のような逞しい体つきに、大剣を片手に持った髭面の大男が立っていた。
執務室とは一体!?
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