学校や塾なんてホントに使い物にならない。むしろジャマでしょうがない。
このことを実感したのは1994年、高1の時でした。
僕がそう思うようになったきっかけは、受験技術という学校も塾も教えてくれない独特の勉強法に出会ったことです。受験技術を活用すれば教科書を理解できないレベルから現役で大学受験界最高峰の東大理Ⅲに現役合格できる、ということを知った時の衝撃は今でも忘れられません。
こうした経験から、学校や塾にがんじがらめに縛られている多くの受験生に受験についての真実を理解してもらい、世間で常識だと言われている様々な「不合理さ」に気づいてもらいたいとも考えるようになりました。これが灼熱塾を開講した動機の1つでもあります。
受験技術に出会って24年が経ちましたが、当時会得した受験技術は今でも十分通用すると確信しています。なぜかというと、科学技術がとてつもない勢いで進化しているのに大学受験は24年前とそれほど変わっていないからです。特に東大入試は。アクティブラーニングだとか表現力重視だとか言われていますが、東大入試とセンター試験は24年前の戦術がかなり通用します。
変わっていないのは大学受験だけではありません。受験常識もです。相変わらず学校や塾に振り回されている受験生がゴロゴロいます。本当は東大に行きたいのに親や教師に強烈に反対されて、反論できずスゴスゴと言いなりになる。僕から言わせれば18歳にもなって親や教師の言いなりになるなんて子供過ぎる、いい加減自立しろと思うのですが、現実にはこういう受験生は21世紀になってもまだまだいます。むしろ24年前より野心に溢れた受験生が減ったような気もします。当時と違うのは浪人生の数が減ったことと、後期日程による敗者復活が使いにくくなったことくらいでしょうか。
大学受験の中身はそんなに変わっていませんが、学習環境は飛躍的に進化を遂げています。というより現代は24年前より遥かに自学自習がやりやすい環境下にあります。つまり、ますます学校や塾の存在意義が低下しているわけです。
まず学習ツールですが、昔は参考書やZ会の通信添削くらいしか有効な学習ツールはありませんでした。しかし今はスマホという最高の学習ツールがあります。スマホをいじる高校生というといかにも遊んでいるというイメージがあるせいか、スマホの利用にいちいち口を出してくる親や教師も多いようです。学校なんかだとスマホの持ち込みを校則で禁止したりしています。実にバカげた偏見です。スマホを学習ツールとして有効利用している受験生とスマホで遊び回っている高校生を同一視するのは、スマホ片手にバリバリ仕事をこなすビジネスマンとネット依存症のニートを同一視するようなものです。
スマホによる学習ツールとして真っ先に思い浮かぶのはスタディサプリでしょう。今や学校や塾なんか行かなくてもスマホ1つで実力講師の授業をいつでもどこでも聴くことができます。これは僕の高校時代にはあり得なかったことです。またスタディプラスのようなアプリを活用すればスマホに学習状況を記録しいつでも確認できるようになります。またスタディプラスでは多くの受験生とSNS上で情報交換したり励ましあったりしたりできます。あと受験ブログを作成したりもできます。こうなってくると「友達」すら必要なくなります。
もちろん学習参考書の質も当時より遥かに進化しています。有名講師の授業を書籍化した東進の「名人の授業シリーズ」や数学・物理嫌いから絶大の信頼を得ている「坂田アキラシリーズ」などがその代表格です。また「青チャート」も24年前と比べると非常にわかりやすくなっています。あらゆる学習ツールの質は向上しているのです。こうした道具を使わない手はありません。
今の実力を嘆いているヒマがあるなら堂々と勉強することです。偏差値40から東大合格、教科書を理解できないレベルから東大合格、中学レベルからやり直したが東大合格、地方の無名校や東京の偏差値35の高校から東大合格…こんな例はいくらでもあります。ただ、知られていないだけです。学習ツールは遥かに進化し情報伝達技術の進化で都会と地方の垣根がなくなりつつあるというのに「高望みは悪、実力を弁え手に届く目標を掲げるのが善」「我流で勉強するのはバカ、学校や塾に従って勉強するのが賢いやり方」といった、昭和の遺物を大事に抱え込んでいる親や教師に洗脳されている受験生があまりに多い。なぜそうなるかについても伝授していきたいと思います。
灼熱塾はその名の通り、かなり熱い塾です。生半可な気持ちで受講したら痛い目に遭います。東大に行きたい、でもどうすればいいかわからない。そういった受験生が灼熱塾で少しでも真実を理解し、受験の真の姿を知るヒントを会得してくれることを期待しています。