極めて奇妙な事件である。 明治16年(1883年)1月24日吉日、宮城県宮城郡花渕浜において婚姻の儀が執り行われた。この地方では当時もなお「婚礼の晩に花婿の父親が花嫁と同衾し、味見した後に祝言の杯を取り交わす」という「仮の一夜」と呼ばれる奇習が残っていたという。トンデモねえ話だが、残っていたのだから仕方がない。そして、その晩もまた花嫁が仲人に手を引かれて次の間に引き下がった。この部屋は屏風で仕切られて、中が見えないようになっている。花嫁はここで着物を脱いで布団に入り、婿の父親を待つのだ。 父親の名前は敢えて伏せよう。とにかく、この父親が屏風の間に入ったのは午後9時頃のことだった。「仮の一夜」は通常、ものの数分で終わる。そりゃそうだろう。嫁になる娘を抱くのだ。バツが悪いし、隣の部屋では息子をはじめ親類一同が聞き耳を立てているのだ。勃たない奴だっていたことだろう。ところが、この親父は1時間経てども2時間経てども一向に顔を出さない。 ど〜しちゃったんだろ〜な〜。 楽しんでやがんのかな〜。 気が気でない花婿は立ったり坐ったりしていたという。そして、いよいよ3時間が過ぎた。もう午前零時だ。いくらなんでも長過ぎると、仲人がそっと屏風の中を覗く。おやおや、まだ抱き合っているよ。すごいや、この親父。 花婿の堪忍袋の緒が切れたのは午前2時を回ってからだ。 「父さん! いい加減に起きなさらぬか! もう夜が明けちまうぜ!」 かく叫べども返事がない。はて、これは奇妙と屏風を取り払うと、布団の中で裸で抱き合う二人は共に冷たくなっていた。 なんで? なんでなんで? 男女そろって腹上死? そんな馬鹿な! 死因は不明だという。田舎の事件ゆえにロクに検視解剖もしなかったのだろうが、毒殺の可能性はなかったのか? あるいは心中の可能性は? モヤモヤとしたものばかりが残る、不可思議な事件である。 (2009年5月15日/岸田裁月) |