Production note1

響を演じられる唯一無二の表現者、平手友梨奈

平手友梨奈にとって映画『響 ‐HIBIKI‐』は運命的にして必然的な出会いだった。原作者の柳本先生が欅坂46「サイレントマジョリティー」のPVで平手を初めて目にしたとき、直感で「実写化するなら響役は平手友梨奈しかいない」と思ったように、平手が持っているイメージと響のイメージはぴたりと合致した。それは、媚びない、ブレない、真っ直ぐ、なによりも表現することに真摯に向きあっている姿勢だ。平手本人も響の生き方を「格好いい」と強く惹かれたからこそ、初の映画出演にして主演という大役に挑んだ。映画でもドラマでも多くの主人公は何かしら成長を見せるものだが、響の場合は最初から最後まで一貫して響は響であり、響という天才と出会った人たちが自分たちの生き方を見つめ直す、異色のヒロイン像でもある。しかも最近の若者映画に欠かせない恋愛要素はなく、記憶もなくならない、時間も戻らない、誰も死なない── ただ、響を描いている。そんな難しい役を平手はみごとに演じきり、「やっぱり響そのものだった」と作品に関わったすべての人たちを魅了した。撮影後半は特に神がかり的な演技をみせ、その日の撮影が終わるとみんな口々に「あのシーンのあの表情がよかった」と平手の演技についての話で盛り上がるのが月川組の日常になっていった。それは、凛夏(アヤカ・ウィルソン)とビンタし合いながら本音をぶつけるシーン、遮断機に手をかける山本(小栗旬)に対して命知らずな行動に出る踏切のシーン、またクライマックスの受賞会見での華麗なアクションのときの表情など数えきれない。それらのシーンでは、現場にいた全てのスタッフが息をのんで平手の芝居に魅入った。なかでも記者の矢野(野間口徹)の部屋に乗り込んでいく撮影では「もっと響の表情を撮りたい!」と鍋島カメラマンを刺激し、予定していなかった目のアップがカメラに収められた。

Production note2

異色の人間ドラマをエンタメに、月川監督の挑戦

月川監督が原作を読んだときに感じたのは「ものすごく面白いけれど、この面白さをどう表現したらいいのか……」という疑問だった。原作者の柳本先生も言っていることだが、この『響』の面白さを説明することは、実はとても難しい。15歳の女子高生が芥川賞と直木賞にダブルノミネートされる話ではあるが、そこに面白さの核があるわけではなく、たどり着くのはやはり響というキャラクター。だからこそ月川監督はクランクイン前に平手ととことん話し、平手が納得のいくまで話すことに徹した。そうやって導き出された面白さを表現する方法は「響の生き様を伝える」その一点だった。物語のなかで、響は相手と向きあうために、時には暴力という方法をとる。それについても「響の視点に立ってみると、それが当然かのように見えてくる。むしろやれって思ってしまう」とキャラクターの力を語る。そもそも月川翔に監督を託した理由のひとつは、『黒崎くんの言いなりになんてならない』『君と100回目の恋』『君の膵臓をたべたい』『となりの怪物くん』『センセイ君主』── 次々と若者の青春映画を監督していること、さらに駆け出しの女優の演技を引き出してきたことも決め手だった。また、月川監督は役者だけでなくスタッフともディスカッションをする。「僕はこうしたいけど、僕はこう思うけど、君はどう思う?」というのが月川監督の口癖だ。意見を交わせる監督であるからこそ、この監督のためにいいアイデアを出したい、いい映画を作りたい── 月川監督はスタッフ&キャスト全員から愛されている。

月川監督が信頼する2人の俳優と、もう1人の若い才能

『君の膵臓をたべたい』で月川組に参加した北川景子と小栗旬が再び『響 -HIBIKI-』で共演している。北川が演じるのは編集者の花井ふみ。響がふみに徐々に心を開いていくように、撮影が始まると、役とシンクロするかのように平手と北川の距離も縮まっていった。印象的だったのは平手のクランクインの日の撮影でのことだ。凛夏にひどいことを言った鬼島(北村有起哉)に響が蹴りを入れ、ふみが慌てて響の代わりに鬼島に頭を下げるシーン。北川はその芝居で響に「あやまんなさいっ!」と頭を下げさせようとするアドリブを入れ、平手は意地でも頭を下げず抵抗する響を演じてみせた。月川監督も「それいいですね!」と現場が熱気を帯びていったのは言うまでもない。一方、小栗が演じるのは小説家兼フリーターの山本。工事現場で働きながら下宿先の古い部屋で小説を書き続けている男だ。登場シーンは限られているが、小説家の苦悩を代弁するキャラクターであり、山本が「豚小屋の豚」を書き上げるシーンでは、感情移入して号泣しながら文字を打ち、執筆を終え、涙を流しながら倒れる── 月川監督をはじめ、その現場にいた全員が食い入るように小栗の演技に引き込まれ「カット!」がかかった瞬間に全員が感動のうなり声をもらした。そしてアヤカ・ウィルソンが演じるのは文芸部の先輩凛夏だ。凛夏自身は響よりも一足先に小説家としてデビューしているが、響の圧倒的な才能を突き付けられることで苦悩する。観客が一番感情移入するのはこの凛夏というキャラクターかもしれない。そんな凛夏の感情の揺れ動きを繊細かつドラマチックに演じ、『パコと魔法の絵本』でヒロインを演じた小さな女優は、10年の歳月を経て大人の女優へと成長をみせた。

Production note3

『響』らしさ溢れる5つの撮影エピソード

アクション

小説家というキャラクターからは想像がつかないほど、実はアクションシーンが多い。響がタカヤの指を折る、鬼島を蹴飛ばす、タカヤと対峙して屋上から落ちる、ふみと取っ組み合う、田中(柳楽優弥)をパイプ椅子で殴る、矢野のカメラを壊す、凛夏とのビンタの応酬……いずれも平手本人が演じている。なかでも最大の見せ場は受賞記者会見で矢野に跳び蹴りをするシーンだろう。監督はワイヤーで吊す案も用意していたがその必要はなく、平手は高く美しいジャンプをして一発で跳び蹴りを決めてみせた。月川監督の「OK!」が出ると会場からは自然と感動の拍手が起こった。

本と本棚

文芸部の本棚には約1400冊の本── 右の棚は面白い本、左の棚は響いわく「ゴミ」=つまらない本が並んでいる。この映画で美術部が一番苦労したのは、そのうちの800冊近くの装丁だった。左の本棚に並ぶ本と、映画のなかに登場する作家たちの本を作っている。響と凛夏は一冊の本をどちらの棚に並べるかでバトルになるが、そのバトルの終わらせ方がユニークだ。響が本棚を倒す、そのシーンもこの映画ならでは。高い所に置かれた本を取るために本棚を倒すという発想がなんとも響らしい。倒れる位置とタイミングを確認しながら平手は淡々と棚を倒した。2テイクだった。

アドリブ

響ならこういう時はきっとこういう行動に出るのではないか、常に響の思考で動いていた平手は自らアイデアを出し、時にアドリブで演じるシーンもあった。たとえば、バー蟹工船での鬼島との会話。「……だったらどうして書き続けているの?」というストレートで遠慮のない響の問いかけに、鬼島は思わず「えっ?」と答え、響は聞いてはいけなかったのかと「えっ??」と返す。2人の「えっ」のやりとりは現場で生まれたものだ。おそらく撮影初日に北川景子とのアドリブを経験したことで、平手はより響らしい演技を追求したくなったのだろう。

響の可愛らしさ

平手が響を演じるなかで大切にしたのは、天才小説家ではあるけれど15歳の女子高生でもあることだった。暴力的でクレイジーなイメージだけになってしまわないように、平手は響の可愛らしさを取り入れている。自分の好きな作家と出会ったときに握手をしてもらって喜んだり、受賞結果を気にするよりも動物園で楽しむことに夢中になったり、そんなギャップを表現することで響がより魅力的になっている。誰よりも原作を読み込み、誰よりも『響』に詳しかった平手だからこそ演じられたシーンだ。ゴスロリの衣装も当初は台本になかったが、平手の意見を参考に取り入れることになった。

月川グリーン

今回『響 ‐HIBIKI‐』の世界観を構築するにあたり、月川監督が取り入れたギミックは色調をグリーンにすることだった。参考にしたのはウォン・カーウァイの『欲望の翼』のような色彩と硬質感。撮影部と照明部と一緒に“月川グリーン”と呼ばれる世界観を作り出している。また、暴力的なことが起こるシーンでは赤を強調色として使うため、それ以外のシーンでは赤色を排除。「世の中には赤色がけっこう点在していて、意外と大変だった」と月川監督。ほかにも『君の膵臓をたべたい』の図書館では縦長の窓の一部を黄色にしたが、今回は月川グリーンに合あう寒色系のブルーが採用された。