さて、今回は朝比奈御大の指揮法を考えてみよう。

まぁ知ってる人には、彼の棒は「ヘタクソの札付き」みたいに言われる。

果たして、そうだろうか?

御大が晩年、久しぶりに満州を訪れ、地元のオーケストラ(もちろん全員中国人だ)を試しに振った時だ。
「ルスランとリュドミラ」だったと思うが、言葉もロクに通じないのでまぁ適当に、えいやっ!と御大がタクトを降ろすと、あら不思議!たちまち朝比奈サウンドになったのだ。
魔法のようだった。

同様に京大を訪問した時、古巣の京大オケを「見るだけ」だったのが、どうもムラムラしてリハーサルを指導してしまった時もそうだった。
振ったらもう完全に「朝比奈の音」なのだ。

フルトヴェングラーは「立っているだけで彼の音になった」と有名だが、御大も負けていない。


どうも御大、意図的に「振り分けて」いたようである。

インテンポの時の御大の棒は、実にいい加減である。
しかし、僕には「拍なんかいちいち取ってられるか!」という意志を感じさせる。

一方で彼が真面目に(失礼)、気合を入れて振るのは、クライマックス、特に「タメ」の時だ。
マーラーとかシュトラウスとか、滅多にやらない曲では実に覚束ないが、ベートーヴェンやブルックナーでは気合入りまくりである。
「第九」のフィナーレラストの「Freude」一拍前のタメは、カラヤンもやっていることだが、朝比奈はここをとことんまで粘り、更に続いて「Götterfunken」ではオケを睨みつけ「俺に命預けろ!」とばかり、煽る。
同様に「運命」のフィナーレの入りも凄い気合で振り抜く。

ブルックナーにはこれが実に有効に効く。
テクスチャ的に大仕掛けがある訳ではないから、この「タメ」が実にドラマティックに効く。
彼が世界最高峰のブルックナー指揮者になれたのは、実はまさに彼の指揮法にもあったのかも知れない。

晩年の御大の指揮を見たフルトヴェングラーの孫が「おじいちゃんみたいだ!」と感嘆したのも、実にむべなるかな。
二人は実は「同じ」指揮法だったのだと思う。


因みに話は変わるが、岩城宏之曰く「御大は酒を飲むと他の指揮者の悪口ばっかり!」だったそうだ。
酒の席で、というのはいかがなものかと思うが。
更には批評家の悪口も散々言ってたらしく、ある飲み屋ではその批評家が偶然居合わせて聞いていたらしく、しかしその批判が余りに的確で、後日わざわざ頭を下げに行ったという。


どれもこれも、今では考えられない。
芸術がまだ生きていた時代の、最後の証人のひとりだったのかも知れない。