ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫
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探偵助手キーノの休日(ドラマCD『アインズの金策』より)

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、探偵助手のキーノは朝からソワソワして落ち着きがありません。それもそのはず今日はキーノにとって待ちかねた給料日なのです。

 

「キーノにお給料あげるますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはキーノに給料袋を渡そうとしますが、なかなか手を離しません。

 

「あーりーがーとーうーごーざーいーまーすー!」

 

 キーノはお礼を言いながら給料袋からありんすちゃんの手を剥がそうと真っ赤な顔になっています。

 

「どーうーいーたーちーまーちーてーでーあーりーんーちゅー!」

 

 給料袋をつかんだ手を剥がされまいとありんすちゃんの顔も真っ赤です。

 

 結局なんとか給料を手にしたキーノは小躍りしながら屋根裏の自分の部屋に向かいます。屋根裏のゴタゴタと荷物が置かれた片隅に小さなベッドとマジックランプが乗ったサイドテーブルがキーノの部屋の全てでした。

 

 キーノはベッドの上に寝そべると給料袋を開けて中から銀貨二枚を取り出します。次にサイドテーブルの引き出しからブタの形の貯金箱を取り出すと中に貯まった銀貨を振って出します。

 

「……よし。これなら足りそうだ」

 

 キーノは満足そうに頷くと銀貨を全て革袋にしまうと出かけていきました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「なんだって? 売り切れだと?」

 

 リ・エスティーゼの市場に突然キーノのすっとんきょうな叫び声が響きました。道行く人の視線を浴びて赤面したキーノは声を落として尋ねます。

 

「……なぜだ? せっかく代金を貯めて買いにきたのに……」

 

 店主はすまなさそうに答えました。

 

「……今や“漆黒”のモモン人形は大人気でね。最新の『ハムスケとモモン』は入荷したら即日完売してしまうのでもう在庫がないんだ」

 

「……馬鹿な……モモン人形の中でも一番高価な『ハムスケとモモン』が売り切れだと……せっかくモモン人形をコンプリート出来ると思ったのに……」

 

 呆然とするキーノが気の毒になった店主は店の奥から一体の人形を持ってきました。

 

「仕方ない。これは最後の品だから隠しておいたのだが……」

 

 キーノは期待に顔を上げました。

 

「……大人気の“漆黒”の“美姫”ナーベの人形だ。これも当面入荷しないんだが……」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ありんす探偵社に戻ってきたキーノは無言でした。

 

 ありんすちゃんはテーブルの上に載せた金貨三枚とにらめっこをしています。キーノはそんなありんすちゃんに目もくれず屋根裏の自分の部屋に行くのでした。

 

 自分の部屋に戻るとサイドテーブルの引き出しからいくつかの人形を取り出しました。両手にグレートソードを持ったモモン、腰に手を当てて直立するモモン、力強く指を指しているモモン、中には『漆黒だ!』と声が出る人形もあります。これらは木彫りですこし雑な作りではありますが“漆黒”公式のモモングッズとして先程の店で売られていたものでした。

 

 キーノは更にもう一体の小さな人形を取り出すと動かします。

 

「……モモン様。『ハムスケとモモン』人形が手に入らなかったの」

 

 キーノはもう片方の手でモモンの人形を動かします。

 

「……うむ。それは残念だったな。気を落とさないことだイビルアイ。私はお前のものなのだからな」

 

 キーノは片手の小さな人形──赤いマントを羽織った仮面のマジックキャスター──イビルアイの人形をモモンの人形にくっつけます。

 

「……モモン様。私の全てはモモン様に捧げても良いと思っている……んん」

 

 キーノは顔を真っ赤にして人形を投げ出してベッドに横たわりました。

 

「…………欲しい」

 

 天井を見上げながらキーノがポツリと呟きました。

 

「──欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!」

 

 ベッドでゴロンゴロン転がりながら叫んでみましたがどうしようもありません。手に入らない時ってより一層欲しくなるんですよね。

 

「……仕方ない。リ・エスティーゼに行くか」

 

 キーノはテレポーテーションの魔法を唱えました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──これだ! い、いくらだ?」

 

 リ・エスティーゼ王国首都リ・エスティーゼの怪しい店が連なる市場にキーノの姿がありました。赤いフード付きのマントに仮面をかぶった彼女はアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の謎のマジックキャスター、イビルアイです。

 

「……なかなか手に入らないんでね。金貨三枚だね」

 

「──ぐぬぬ……」

 

 気だるげな女の言葉にキーノ──イビルアイは言葉に詰まります。

 

「……あんたイビルアイだろ? 情報と引き替えなら只にしても良いけどね? どう?」

 

 キーノは悩みました。悩みに悩んだ末──ラキュースすまない──キーノはリーダーのラキュースの秘密──彼女が密かに執筆している文章や集めている薄い本──について女に話してしまいます。

 

「──へぇ。それはなかなか面白い。では約束通りこの『ハムスケとモモン』人形をあんたにあげるわ」

 

 そう言うと女──その時初めてヒルマと名乗りました──はキーノに人形を渡します。キーノは『ハムスケとモモン』人形をしっかり抱き締めるとスキップしながら帰りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノがありんす探偵社に戻ってみると、相変わらずありんすちゃんは金貨三枚とにらめっこを続けていました。

 

「ありんすちゃん。どうだ! この『ハムスケとモモン』人形はなかなか手に入らない一品だぞ。私にはやはりモモン殿と切っても切れない縁があるに違いない」

 

 早速キーノは『ハムスケとモモン』人形を見せびらかします。まさに得意満面といったキーノに…………

 

「こりはニセモノでありんちゅ。本物のハムシュケはたまたまが無いでありんちゅ。そりに──」

 

 ありんすちゃんがモモンの背中を押すと『私は漆黒のモモン!』としゃべりました。

 

「……この声は宮●真守でありんちゅ」

 

「……な……ん……だ……と……?」

 

 こうしてありんす探偵社探偵助手のキーノの休日は無慈悲に終わったのでした。

 

 

 

 ……尚、モモン公式グッズはその後販売中止となりキーノが『ハムスケとモモン』人形を手にする事はありませんでした。







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