ありんす探偵社へようこそ 作:善太夫
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ヘロヘロは天蓋がある大きなベッドでゆっくりと伸びをしました。まだ、眠気が残った半開きの眼でベッドの天蓋をボンヤリ見上げます。
──素晴らしい! 実に素晴らしい!
ここではリアルの世界でヘロヘロを苦しめていた納期も仕様変更もワガママなクライアントも、間に合わないスケジュールを立てる無能な上司も忘れた頃にやって来るバグの嵐もありません。
──あの頃は地獄だったな……
ヘロヘロが携わっていたSEの仕事はいつも睡眠不足でキーボードの前に縛りつけられて、身体のアチコチはボロボロでした。
『──うわっ! 大丈夫ですか?』
──ユグドラシル最終日に会った際にギルドマスターのモモンガさんは滅茶苦茶引いていたっけ……
ヘロヘロはまた瞼を閉じます。リアルでは決して許される事が無かった『二度寝』という至福の時間を過ごすのです。
※ ※ ※
次にヘロヘロが目覚めたのはお昼でした。ためらいがちなノックの音がしました。
「……あの、ヘロヘロ様。そろそろお食事をお持ちしても宜しいでしょうか?」
「あ、ソリュシャンか。うーん……そうだね。ありがとう。それじゃあそろそろ食べようかな」
直ぐに扉が開かれメイドがワゴンを押して入って来ました。彼女はナザリック地下大墳墓の拠点NPCの戦闘メイド、プレアデスの一人のソリュシャン・イプシロンです。ヘロヘロがゆっくりと食事を始めるとソリュシャンが傍らで給仕をします。
彼女はヘロヘロが食事を終えるとモジモジしながら訊ねました。
「……あ、あのう……そろそろ怪盗としての仕事を──」
「──ゴホン! ゴホンゴホン。ウォーウォッホン! いや、すまない。仕事という言葉に拒否反応が出てしまうみたいなんだ……」
ヘロヘロはベッドの中で伸びをすると起き上がろうとしました。
「──あれあれ? おかしいな?」
ヘロヘロは起き上がろうとしてまたしてもベッドに寝そべります。スライムの体がタプーンと波打ちました。
「……ヘロヘロ様、如何されましたか?」
心配そうにソリュシャンが尋ねました。
「……むむむ。どうやら自堕落な生活でメタボになったみたいだ。うーん……」
「それはいけません! ヘロヘロ様、ダイエットも兼ねて是非とも怪盗のお仕事をすべきです……いえ、お仕事ではなくて怪盗としての盗みを……」
『お仕事』という単語に露骨な表情をみせるヘロヘロを見てソリュシャンは言い直しました。
「うーん。そうだね。……しかし何を盗んだら良いのかなぁ?」
ソリュシャンも思わず黙りこみます。
──怪盗の名に相応しい盗みとは一体? どうしたら──
「そうだ! 怪盗には名探偵がつきもの。このエ・ランテルで一番という『ありんす探偵社』に予告状を出したら名声があがるんじゃないかな?」
「ヘロヘロ様、それは素晴らしいお考えです。早速予告状を作りましょう」
※ ※ ※
城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』では折から届けられた『怪盗ヘロヘロ団』からの予告状で大騒ぎになっていました。
『ありんす探偵社の名探偵ありんすちゃんを〇月〇日〇時に盗みに行きます 怪盗ヘロヘロ団』
「ウムム……よりによって探偵社から探偵を盗むだと? ありんすちゃん、どうするんだ?」
助手のキーノが訊ねます。
「ありんちゅちゃに考えがあるましゅでありんちゅ」
ありんすちゃんは自信ありげです。いったいどうするつもりでしょうか?
※ ※ ※
やがて『怪盗ヘロヘロ団』からの予告状の期日になりました。
「──これはいったい?」
助手のキーノはありんすちゃんが連れてきた人達に驚きました。
「紹介しるでありんちゅ。こちらは『ローゼンメイ●ン』の真紅、こっちは『K』の櫛名ア●ナ。向こうにいるのは『一騎●千』の源●経と『Go●hic』のヴィ●トリカ 。ありんちゅちゃのお友だちでありんちゅ」
どの人物もありんすちゃんと同じ様なゴシックロリータの衣装に身を包んでいてまるで沢山のありんすちゃんがいるみたいです。
「こりで怪盗ヘロヘ団がありんちゅちゃを盗みにくるしても大丈夫でありんちゅ」
やがて予告状にあった時間になりました。
しかし何事も起きませんでした。
「……勝ったでありんちゅ」
見事に怪盗ヘロヘロ団を智略で退けた美少女名探偵ありんすちゃんの評判はさらに上がるのでした。
※ ※ ※
「…………しまった。寝過ごした!」
その頃ようやく目覚めたヘロヘロは諦めて二度寝するのでした。