ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫
<< 前の話 次の話 >>

29 / 32
そして誰もいなくなった~解決編~

「…………しまった。遅れてしまったわ」

 

 目的地である絶海の孤島に向かう船は一日数本しかなく、その全てが既に終わっていました。

 

 ──仕方ない。とりあえずナーベラルが上手くやってくれる事を祈るしかないわね。

 

 彼女は広いつばの帽子を脱ぐと長い髪を風になびかせました。その頭には二本の角がありました。

 

 風は徐々に強くなり、雲はますます濃く、重くなってきました。嵐が既にすぐそこに来ているのです。

 

(いよいよね。アインズ様はこのわたくしをお許しにならないかもしれない。でも、もう後戻りは出来ない。今夜、わたくしの策略でNPCの誰かが死ぬ──そしてアインズ様を巡るいさかいに終止符が打たれる──このわたくしによって)

 

 彼女は時計を見ました。唇の端をあげ、せせら笑います。予定通りならば招待客はレコードの告発に動揺した事でしょう。そして食事──突然倒れる一人の招待客。用意された招待客用の皿の一枚には猛毒が仕掛けてあったのです。そう、彼女はアインズ様の寵愛を争うライバルを全て抹殺する計画をたてていたのでした。

 

 アインズ様の正妻の座を巡ってナザリックでは幾つかの派閥がありました。彼女は自らを支持するナーベラルを共犯に誘ってこの計画を立てたのでした。唯一の誤算は自分自身が間に合わず遅れて合流せざるを得なかった事でしたが、計画通りに進めば『十人のかわいいメイドさん』の歌詞の通りに一人ずつ抹殺されていく筈なのです。

 

 ゲームにはあらかじめ仕掛けがありました。コントロールで『上上下下左右AB』と操作すると高圧電流が流れる仕組みです。これで更に一人を抹殺します。

 

 王国クイズでは不正解者一名が迷路に落とされます。この迷路には出口が無いため、一人を抹殺します。

 

 薪割り用に用意された斧には仕掛けがあります。この斧を降り下ろすと柄に仕込まれたダガーが心臓を貫きます。これで間違いなく一人が抹殺されます。

 

 ハチミツではパンの中に強力な毒針を仕込んだものを一つ用意しました。これで更に一人を抹殺します。

 

 裁判官の顔はめには顔を嵌め込むとセンサーが感知して顔の真ん中に魔銃が撃たれる仕掛けです。これで必ずやもう一人が抹殺される事でしょう。

 

 海ではボートが沈む仕組みです。これで更に一人を抹殺します。

 

 動物園に見立てた遊戯室でははく製に混じって彼女自らが襲います。これで一人が抹殺されます。

 

 日光浴ではナザリック地下大墳墓の第八階層の『アレ』を使います。これで最後のライバルが抹殺され、勝ち残った彼女だけがアインズ様の花嫁となります。勿論、この最後の計画はナーベラルには話していませんでした。

 

 全て計画通り……守護者統括(アルベド)はくっふっふっと笑い声を上げるのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ようやく嵐が過ぎてアルベドは孤島に上陸しました。そして真っ直ぐに館に向かいます。

 

 館の扉を開ける際にアルベドは少し躊躇しました。中で起こっているであろう惨状に些か心を傷めていたのです。

 

 無理もありません。ナザリックにおいてNPCは家族も同然なのですから。

 

 ようやくにして心を決めて扉を開きます。しかし、そこには予想と違い何もありませんでした。

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221Bの『ありんす探偵社』ではありんすちゃんと助手のキーノがぼんやりしていました。

 

「楽ちかったでありんちゅ。また招待状こないかなでありんちゅ」

 

「……しかし、あの童謡はなんだったのか? 何だか事件でも起きるかと思ったが……」

 

 キーノはまだ納得いかないみたいです。

 

 ありんすちゃんは机の上に小さなメイド人形を並べてご機嫌です。周りに気付かれない様に一つずつポケットに入れて持ち帰ってきたんですって。なかなか賢いですね。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 アルベドは館の中を隅々まで調べてみましたが、何の痕跡もありませんでした。

 

(……いったいどういう事なの? そうだわ。ナーベラル……あの娘に確認してみたらわかるかしら)

 

 アルベドは〈メッセージ〉でナーベラルを呼びました。

 

〈……アルベド様。申し訳ありません。計画は失敗です〉

 

〈……何があったの? 最初から説明しなさい〉

 

 ナーベラルは話し始めました。まずは予定外の出来事──アルベドの不在とシャルティアの不在、そして何故かありんす探偵社のありんすちゃんと助手のキーノがやって来たという事に始まり、最初に面倒な探偵ありんすちゃんを排除しようと毒殺を試みるも失敗した事、その後も尽くのありんすちゃんに計画を潰されて誰も抹殺出来なかった事を話しました。

 

〈……なんですって……では……わたくしの計画は……〉

 

〈……全て失敗しました〉

 

 アルベドはナーベラルとのやり取りを打ち切るとその場に崩れ落ちました。

 

 エ・ランテルで名高いありんす探偵社の美少女探偵ありんすちゃんがこれまで優秀な頭脳の持主だったとは……

 

 と、不意に空間が揺らぎ〈ゲート〉が開きました。現れたのはなんとありんすちゃんでした。ありんすちゃんはアルベドににっこり微笑みかけると、サイドテーブルの上に残されていた一体のメイド人形を掴みました。

 

 ありんすちゃんが去った後、アルベドは恐怖に震えました。あの笑顔は『全て知っている』という意味に違いなく思えたからでした。いつかアルベドを滅ぼしかねないカードをありんすちゃんが握っているのだと。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

「あ、ありんすちゃん。何処に行っていたんだ? 出掛ける時には私にちゃんと言って欲しいな」

 

「キーノはうるちゃいでありんちゅね。ありんちゅちゃはメイドちゃん、取りにいってたでありんちゅ。こりで全部、揃ってメイドちゃん達も嬉しちょうでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは十体揃った小さなメイド人形を眺めてご満悦です。良かったですね、ありんすちゃん。








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。