そのせいか、心情描写がちょっと長くなりました
(
森の中に出現した巨大な塔。堅固なスパイクや扉に刻まれた彫刻も邪悪で人間に厄災をまき散らす存在である悪魔が造りだした建造物だと考えれば納得できる。
同時に彼、法国が誇る人類の切り札、漆黒聖典第五席次クアイエッセ・ハゼイア・クインティアには別の感情があった。
禍々しさと同時に、美しさを感じる。
悪魔──恐らくは──が創り出したとおぼしきものに、そうした感情を覚えるのは彼の信仰する神の存在によるものだろう。
彼が信仰する神は六大神の一柱にして、命ある者に永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える死の神、スルシャーナ。
恐怖・死・病気、そういった厄災をもたらす神であるスルシャーナを法国が信仰しているのは、崇めることで邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けるため、とされているが彼に言わせれば、そんな後ろ向きな考えで信仰して良い存在ではない。
世界に初めに光と闇が存在し、そこから四大神が生まれたという六大神信仰の根幹であり、同格である生の神より強大な存在である死の神が与えるのであれば、死や恐怖は回避すべきものではなく、喜んで受け入れるべきものの筈だ。
別に死にたいということではない。
だが、もし仮に神が再び自分たちの元に再臨した際、未だ神に選ばれた種族である人間が亜人や異形種にその生存を脅かされている現状を嘆き、法国に罰を与えるかも知れない。
その時は甘んじてそれを受け入れるべきであり、その上で改めて神が自らの手で人間を救って下さるに違いない。
同じ神を信仰しているとは言え、この考えは漆黒聖典の仲間にすら言ったことはない。
神に対する解釈の違いは対立を生みかねない。だからこそ、あくまで自分の中にだけ秘めた信仰だ。
そしてその信仰心が、この目の前に存在する死の具現とも呼ぶべき塔を美しいと考えてしまっているのだ。
(やれやれ。一人で来てよかった。他の者がいたらこの素晴らしい塔ごと破壊すべきだと言い出しただろう)
中にいる者たちを排除した後は、アベリオン丘陵から逃げ出してきた亜人の討伐任務に置ける拠点として使用する事にしよう。
そんなことを考えながらクアイエッセは早速とばかりに準備を開始した。
「出ろ。ギガントバジリクス」
クアイエッセの背後に巨大な黒い穴が浮かび上がり、その中から巨大な魔獣が姿を現した。
彼の二つ名、その由来でもある英雄級の存在でなければ勝つこともできない強大な力を持つ魔獣を十体以上使役するビーストテイマーの力。
これこそが法国最強の戦力である漆黒聖典、その中でも多数を一人で相手にすることに特化したクアイエッセの能力だ。
これほど巨大な塔であれば中にどれほどの数がいるか予想も付かないが、それでも彼には自信があった。
中にいるのが悪魔、あるいは亜人や
そのまま二体、三体と続けざまに召喚した後、探知能力に長けたモンスターであるクリムゾンオウルも召喚しようと思い立つ。
彼自身、英雄の領域にいる存在であり、並の戦士より高い身体能力を有してはいるが、それでも本職の戦士の戦闘能力や、
何かあればすぐ撤退し命を優先させる命令を隊長から受けていることもあるが、万が一にも悪魔や亜人どもに殺されるようなことはごめんだからでもある。
「さて……」
召喚が完了し、早々に攻め込もうとギガントバジリクスに指示を与えようとした。
「アインズ様。こいつ一人みたいです」
探知能力に優れたクリムゾンオウルが反応すらしていないのにも関わらず、突如として自分の背後から聞こえた声に、しかし彼は即座に反応し、召喚したギガントバジリスクに攻撃命令を出しながらその場を離脱しようとした瞬間、首が捕まれそのまま地面に体を叩きつけられた。
「グ、ガハッ!」
抵抗することすらできない。
いや抵抗が何の意味もなく、強大な力で振り回されて地面に叩き伏せられたと言うべきか。そのまま今度は背中を踏みつけられる。
両手両足が拘束されてはいないため即座に地面を押して立ち上がろうするが、一向に体が持ち上がらない。
立ち上がることを諦め、次いで自分の背を押している片足を掴み退かそうとするが、その細く小さな足は、まるで杭で縫いつけられたようにその場で固定されピクリともしない。
(なんと言う力。まるで隊長……いや、それより今の声は子供?)
何とか首を捻って襲撃者の正体を確かめる。
声から想像したとおりの子供がそこにはいた。
いやただの子供ではない、肌の色は浅黒く、ピンと上向きに持ち上がった耳は長い。
(
エイヴァーシャー大森林で法国が戦争しているエルフの王国とは違い、
だがこうして、大森林の奥地どころかアベリオン丘陵との境に塔を建設している以上、既に
背中に強い衝撃を受けたせいか声を出すことすらできない。だが声に出さずとも召喚したギガントバジリスクに命令を出すことは可能だ。
既に頭の中で繋がりがあるギガントバジリスクに自分を救出するように命じてはある。
先ずはここを抜け出し、一時撤退するべきだ。
そう考えていると、突然頭の中に存在していたモンスターとの繋がりが一斉に途絶えた。
「え?」
声にならない疑問に答えるように地面に巨大な何かが倒れる音が複数回響いた。
「ギガントバジリスクか。もっと珍しいものならともかく、これはコレクションする意味がないな」
「ですね。ハムスケとかロロロみたいな、あたしが持っていない奴なら欲しかったところですけど。あ、でもこっちの鳥はちょっと可愛いですね」
自分を無視されて頭の上で交わされる会話。
襲撃者は二人いる。
一人は自分を押さえている子供、そしてもう一人は大人の男だ。
声の方向に目をやる。そこには先ほど召喚したばかりのギガントバジリスクが三体すべて地面に転がっていた。
繋がりが途絶えた以上眠りや麻痺などではなく既に死んでいると見て良い、しかし外傷などもなく突然心臓が止まって息絶えたとしか思えない綺麗な姿だ。
その奥に一人の男が立っていた。
豪華なローブと泣き笑いのような不思議な仮面。
それをクアイエッセは知っていた。
「アインズ・ウール・ゴウン」
なんとか回復し、話せるようになった口でその名を呼ぶ。
報告書で確認した仮面は舞踏会でセドランが遠くから撮影した写真に乗っていた、王国と帝国を中心に商売をする商会の主にして、神人に近しい実力を持つモモンを従えている謎の多き存在と同じものだ。
陽光聖典と戦い、恐らくは壊滅させたことで法国内では潜在的な敵として認知されている。
その者が
エルフの王国と同盟を結び、法国との戦争に介入するつもりなのだ。
ここはその前線基地になる予定と言うことだろう。
「私を知っているのか。お前は何者だ?」
低く威厳に満ちた声。
しかし当然その問いに答えるつもりなどない。とにかくこの場から離脱しなくては。
相手はギガントバジリスク三体を瞬殺するような相手だ。時間稼ぎにしかならないだろうが、先ずはクリムゾンオウルを差し向け、その隙に自分が召喚できる全戦力を同時に召喚し攻撃させれば、倒せずとも逃げ出すことぐらいはできるかもしれない。
これしかない。と決めてクリムゾンオウルに攻撃命令を出した瞬間、空気を裂く音と共に真っ二つにされたクリムゾンオウルの死体が地面に転がった。
「は?」
「あーあ。折角可愛かったのに。アインズ様を攻撃しようとするから。仕方ないよね」
子供らしい無邪気さに加え、冷酷さも感じる声が降り注ぎ、地面に鞭が垂れ下がる。
自分の背中を踏んでいる
「か、ハッ」
強制的に肺から空気が押し出され、再び呼吸ができなくなる。
「ほら。さっさと名乗りなよ。アインズ様の尊きお名前を呼び捨てにした上、無視する気? このままペチャンコになって死ぬ?」
グイと身を乗り出すように体を前に出しながら言う
(目の色が、左右で違う?! まさか、この少年、番外席次と同じ?)
漆黒聖典の中でも格が違う強さを持つ、神の血を覚醒させた神人である第一席次。そしてその彼を更に超える法国最強の切り札にして人類の守り手、番外席次絶死絶命。
同じ組織に属していても彼女について知っていることは少ない。
それほど彼女の存在は極秘事項なのだ。
だが少ない情報と、彼女の外見的特徴から推測できることはある。
普段は髪で隠しているが、人間より長い耳と左右の色が違う瞳は、法国と戦争中であるエルフの王国の王が、当時の法国の切り札と呼ばれた者を騙して生まれた子である証であり、それが一因となってかつては協力関係にあったエルフの王国との関係が拗れ、戦争に発展した原因になったとも聞く。
そしてここにまた同じ瞳を持った純粋な
もしかしたら、アインズがエルフの王国と協力関係にあるというのはクアイエッセの早合点なのかもしれない。
つまり、番外席次と同じように彼もまたエルフの王が
そしてそれが同意のものであったのなら、
そうなっていない以上、この少年も番外席次同様、望まれぬまま産まされた子供なのではないだろうか。そしてアインズはそれを手助けしようとしている。
つまりこの塔はエルフの王国と協力するためではなく、戦うための前線基地なのではないか。という逆転の考えだ。
確証はない。だがどちらにせよ、このままでは召喚する前に、この超級とも言える力で踏み潰されて殺される。
ならば賭けてみるしかない。
「お、待ちを。答え、ます」
息もロクに吸えない状態で、何とかそれだけ口にする。
「ふむ。言ってみろ」
アインズが言葉を口にした瞬間、踏みつけられていた力が僅かに緩む。
逃げられはしないが何とか呼吸は可能で、話すこともできそうだ。
(ここは正直に言うしかないか。陽光聖典と遭遇しているのならば、既に我々の情報を得ている可能性もある)
国民ですらその存在を知らない極秘部隊である漆黒聖典の者であると名乗るのは本来許されることではなく、それ以前に近親種の
だがこちらが嘘を言い、それを見抜かれれば、そこで終わる危険がある。
情報を漏洩の危険もあるにはあるが、拷問などで口を割るつもりはないし、自分が魔法などで操られても、三つほど質問に答えた瞬間死亡する魔法が掛かっている以上、相手に渡る情報は少ない。
先ずは所属と名前だけを口にして反応を見るべきだろう。
「私は、スレイン法国の特殊部隊、漆黒聖典に所属しているクアイエッセ・ハゼイア・クインティア。あなた方と敵対する意志はありません! 話を聞いていただきたい!」
声を振り絞り必死になって訴える。
「……」
「……」
だが二人は一切反応を示さない。
(なんだ? これはどういう……)
「く、くくく、くはははは! ……ふぅ。こういう時は便利、いや不便でもあるか」
突然仮面の男が笑い声をあげ、その後、再び突如として笑いを納める。
そうしてから男はなにやら小声で魔法を唱えた後、男の服装が変わり、同時にゆっくりと顔に手を近づけ、仮面に触れるとそのままそれを取り外した。
「な──ッ!」
息をのみ、声を失い、呼吸すら忘れた。
その仮面の下にある顔を見てだ。
「分かるかなこの意味が。私が素顔を晒した意味。決して帰さぬと、逃さぬと、そう決意した証だよ。会いたかったぞ、スレイン法国特殊部隊、漆黒聖典。君たちのことはお仲間から聞いていた。もし仮にあのようなことができるとすれば、六色聖典最強の存在である君たちだけだとね」
言っている意味は分からない。だが、瞳から熱いものが流れている。
もしかしたら。いや、間違いない。
この姿、そしてギガントバジリスク三体に一瞬で死を与えるその力。
それらすべてが男の、いやこの御方の正体を証明していた。
「では、アインズ様。こいつがシャル……いえ、あれを?」
「そうだ。そうに違いない。そうだろう。そうだよな? 貴様が──」
「神よ!」
歓喜を押さえられず、口から言葉を紡いでいた。
神の言葉を遮る大罪を犯したことすら忘れ、クアイエッセは地面に押さえつけられたまま、持ち上げていた顔を、地面に叩きつける。
その尊顔を拝謁できる栄誉より、伏して自分の信仰を示す方が先だと考えた。
いや無意識のうちにそうすべきだと体が理解したと言うべきだ。
「神よ! やはり、やはり未だこの地に残られていたのですね? 生の神アーラ・アラフ様すら超えた力を持つ最高神である死の神スルシャーナ様が、大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど、偽りの伝承だと信じておりました!」
顔を地面につけたまま叫ぶ。口の中に入る土の味など気にもならない。
そう。六大神で最も強大な力を持った神が放逐などされるはずがない。
六大神の従属神が魔神に堕ちる中。唯一死の神の従属神だけが狂わなかった理由はきっと今のこの地に残っているからだとずっと信じていた。
そして今、自分の前にその姿を現した。
死を具現化した骸骨の面貌、闇と一体化する漆黒のローブ。そして手に持った光輝く杖。
その全てが伝承に残った死の神の姿そのままだ。
今となっては神々しさを覚えるあの塔に、自分が惹かれたのもそれが理由に違いなかった。
違う名を名乗られている理由は分からないが、誰よりも強く死の神を信仰している自分が間違えるはずがない。
自分は今、神に拝謁しているのだ。
その歓喜が、クアイエッセの体を大きく震わせ、その言葉を賜る栄誉をただ待ち続けた。
実際は大して時間は経っていなかっただろうが、クアイエッセにはまるで永劫とも思える永い時に感じられた。やがて、威厳の満ちた声が響き渡る。
「………………顔を上げよ」
その瞬間、背中の圧力が消え、クアイエッセは拝謁の栄誉を噛み締めるようにゆっくりと顔を持ち上げる。
「はっ! 失礼いたします」
声が震えていた。
当然それは歓喜によるものだ。やはり神はそこにいた。先ほどまでは存在していなかった厳かで、神聖な美しさをもった黒水晶で出来た玉座に座り、空洞の眼下に浮かぶ赤色の光がこちらを見ている。
心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。
「アインズ様がもう一度名を乗ることをお許しくださいました。名を聞かせなさい」
いつの間にか自分の背に乗っていたはずの
(まさかこの少年、いや御方は従属神か? だとしたら、私はなんと言うことを──いや、今は何より)
「はい! 私はスレイン法国特殊部隊、漆黒聖典の第五席次、一人師団クアイエッセ・ハゼイア・クインティアにございます。死の神スルシャーナ様、こうしてお目通りを叶えられましたこと光栄に思います。我が国もそして私自身もかつて御身により、人間という種族そのものをお救い頂きましたことに日々感謝しております。どうぞ私の信仰を捧げることをお許しください」
神の再臨はスレイン法国の者ならば誰もが望んでいたことだ。
それも自分が信仰する死の神の再臨だ。これを喜ばすして何を喜べばいいのか。
「…………許そう。さて、クアイエッセよ。お前に問おう、ここで何をしている?」
長い沈黙の後、告げられた言葉に即座に答えようとして背筋が凍り付いた。
今まで突然の神との出会いによる喜びで忘れてしまっていた、自分がしてしまったことを思い出したからだ。
「は、はっ! 私は神官長より命じられ、アベリオン丘陵から逃げ出してくる亜人を始末すべく、この地で待機しておりましたところ、あの美しき塔を発見し、敵の前線基地ではないかと考え近づいた次第でございます。知らなかったこととはいえ、スルシャーナ様の居城、そして神に敵意を向けてしまいましたこと、申し開きのしようもございません」
そう。自分は神に使える従属神らしき少年に──足を掴んだだけとはいえ──危害を加え、あまつ神に対して魔獣をけしかけた。
これほどの大罪、許されるはずがない。
「ふむ。なるほどなるほど。良い。此度のみ、その罪は許そう」
低く笑いながら告げられる言葉とは裏腹に、首もとに剣を突きつけられたような濃密で巨大な殺意が感じられた。
だからこそ、クアイエッセは自分の死を覚悟して、再度口を開いた。
「ははっ。神のお慈悲に感謝いたします……恐れながらスルシャーナ様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
神によって死を与えられるのは怖くはない。だがその前に、一つだけ聞いておきたいと考えたのだ。
「言ってみるが良い」
「何故。我らが神都にお戻りくださらず、この地に留まっておいでなのでしょうか? スレイン法国の者は誰一人欠けることなく、神の再臨を待ち望み、その救いを欲しております。何卒神都にお戻りくださいますよう、伏して、伏して、お願い申しあげます」
問いかけが途中から懇願になってしまった。
だがこれは事実だ。現在のスレイン法国は度重なる不運に見舞われている。御子姫の死亡、漆黒聖典の欠員、陽光聖典の壊滅。とそこまで考えて気がつく。
陽光聖典を壊滅させたのはアインズ・ウール・ゴウン。つまりは目の前にいる神自身のはずだ。何故神がスレイン法国の者を。と考えていると、再び頭上から声が降りた。
「…………クアイエッセ。お前の信仰は国に捧げるものか。それともこの私に捧げるものか。どちらだ?」
こちらの心を読んだかのような言葉に慌てて答える。
「無論神に捧げております。愚かな質問をお許しください。神のお考えを疑おうなどと──」
クアイエッセの言葉を遮り神は続ける。
「その言葉に偽りはないな? 国よりも私を信仰するという、その言葉に」
「もちろんでございます」
それだけは間違いない。
国とは所詮入れ物に過ぎない。
もし仮に法国が一柱のみの再臨によって六大神それぞれに存在する神殿勢力間のバランスが崩れ、勢力争いが起こるようなことになれば、自分は間違いなくこの神に元に付き、同国の者であろうとも、神を守るために戦うつもりだ。
「ではお前には我が本心を語ろう。お前は私がこの地に残っていたと言っていたが、それは正しくない。私はつい最近、この地に再び……そう再臨したのだ。そしてかつて加護を与えたスレイン法国が堕落していないかを観察していた。その上で私は、スレイン法国を見放すことを決めたのだ。故に戻らなかったということだ」
「なっ! それは如何なる」
神の口から紡がれる驚愕の事実の数々も、最後の一言で一気に吹き飛んだ。
かつて神が自ら人間を選び、それを守る要として作り上げたスレイン法国を見放したという言葉は、とても信じられるものではない。
「今の法国はかつて私が救った時のものからは大きく外れている。何よりお前たちは私に、そして私の配下に手を出した」
「陽光聖典の者どもですね。神に対してなんと罰当たりな。しかし、従属神のお方々を? もしやそちらの方に」
「この者もまた私の従属……神。いや私は守護者と呼んでいる。私を守る為に生まれてきた、私にとっては子も同然の存在。お前たちがその者に手を出した。その罪だけは決して許されない」
「……っ」
言葉を失った。
陽光聖典が神に直接逆らい、更には従属神、いや神がいう守護者に手を出した者までいるとなれば確かに、それは許されることではなく、神が法国を見限ったとしても不思議はない。
だからこそ、魔神に堕ちることなく現存しているはずの第一の従者であるあの方も、法国に神の再臨を告げなかったのかもしれない。
思わず体から力が抜け、地面に伏せた。
神に見放される。それはつまり、人間の終焉を意味している。
弱小種族である人間がこの世界で生き延びれたのは神の加護があってこそ。
それが無くなった今、人間の未来は決定したのだ。
言い訳などできない。そもそも神が決めたことに異を唱えることなどあってはならないのだから。
「だが、何も私は人間すべてを見捨てたわけではない。いや、人間であろうと、
如何に神の言葉であろうとも、それだけは無理だ。とスレイン法国で生まれ育った者としての理性が叫んでいる。
人間がそれ以外の人間種や、亜人種や異形種などと共存などできるはずがない。
これは人間という弱小種族が永きに渡って敵対し続けてきたことで、理性だけではなく魂に刻まれた認識だ。
それを取り除くことなど不可能。
だが、それもあくまで人間というちっぽけな存在である自分の常識によるものだ。
それを口にしたのが他ならぬ神であるなら、それも可能なのではないだろうか。
同時に理解する。
神がアインズ・ウール・ゴウンと名を変えて人の世界にとけ込み、商会という方法で各国と交易を始めたのは、その選ばれた者を選定するためだったのだ。
そして、スレイン法国は、否自分は選ばれなかった。
ならばもはや、生きている意味などない。
せめて神のその手で死を与えられること。それを望むべきではないだろうか。
「神よ」
「む?」
「私に。愚かにも神に逆らい、選ばれなかったこの私に、どうか。どうか。死の安らぎを。救いをお与えください」
死の神から死を与えられる。
それを最後に自分の人生の幕が下りるなら、それは間違いなく救いだ。
「…………良かろう。その願い、叶えてやろうではないか。だがクアイエッセよ。お前には見所がある。スレイン法国を捨て、改めて我が軍門に下るのならば、死を持ってその罪を償った後、蘇らせてやることもやぶさかではない──どうだ?」
だからこそ、神から賜ったその言葉は、クアイエッセにとって福音と呼ぶに相応しいものだった。
枯れ果てることなく、瞳からは延々と歓喜の涙が流れ出る。
「お、おお! おお! それが叶うのでしたら、私は友も、家族も、そして祖国も。全て、全てを捧げます! 神のおわす場所こそが私の祖国にございます」
死の神でありながら、なんと慈悲深い。そしてその慈悲に自分が選ばれたという思いが、クアイエッセに何の迷いもなく、そう言い切らせた。
大罪を犯した自分がその罪を償い神の慈悲を賜る以上、自分の持つあらゆるものを支払うのはごく当たり前のことだ。
「よし。では装備を全て外し、そこに立て」
「はっ!」
これも当然だ。
自分が身につけている物は全て元々神々が残した武具。いわば神の持ち物。死を与えられる時、それらに傷が付くようなことはあってはならない。
急ぎ装備を外すと、守護者の少年がさっさと回収していく。その後それらの装備を見て満足げに頷いた神は改めて、クアイエッセに手を翳した。
「一つ確認するが、ここでお前が死んだとして、その身体は法国に戻るようはことはなく、この場に留まるな?」
思いがけない問いかけにはどのような意味があるのか。いや、自分ごときがそんなことを考える必要はない。ただ神の言葉に従うだけだ。
「は! その通りでございます」
自分の返答に納得したように頷いた神は再び手を持ち上げる。
「なるほどなるほど。では、また会おうクアイエッセ。次目覚めたとき、お前は我が配下として生まれ変わることになる」
「はは! スルシャーナ様、その時はこの身朽ち果てるまで御身のために働かせていただきます」
「うむ……<
神がそう呟いた瞬間。
自分の心臓に何かが振れる気配を感じ、次の瞬間、それが握り潰された。
口から溢れ出る血を、目の前に立つ神に着けてはならないと必死に飲み込もうとしながら、意識が薄らぎ、消えていく。
最後に瞳に写った神は、表情こそ存在しないが、非常に満足そうに見えた。
それを最後に、クアイエッセの意識は完全に途絶えた。
・
(また予定外の事態か、何事も計画通りには進まないと分かってはいたが……だが今回ばかりは喜ばしい。ずっと欲しかった物が手に入ったのだからな)
いつもであれば心の中でため息の一つでも吐いていたのだろうが、今回は別だ。願ってやまなかったスレイン法国の詳しい内情を知る者を手に入れた。それもこちらを神だと勘違いしているとなれば魔法で操る必要もないため、陽光聖典のように得られる情報に限りがない。これほど良い情報源はそうそう無いだろう。
絶対的支配者どころか、神様のふりまでする羽目になるとは思いもしていなかったが、我ながらそれなりに神様らしさが出せていたと思う。これもパンドラズ・アクターと行った演技特訓の成果だろうか。
「アウラ。シャルティアに連絡し、こいつの死体をナザリックに運ばせよ。それと
手の中に残った偽りの心臓を握り潰した感触を思い返しながら、地面に転がった男の死体を眺め、アウラに指示を出す。
以前ラキュースから礼節を学んでいる時に、世間話を装って現地の復活魔法に置ける条件や腐敗やアンデッド化を止めるアイテムである
元々は別の使い方をするために入手した物だが、いくつか予備を用意していたのでこの男に使っても問題はないだろう。
「はい、直ぐに。あのアインズ様。これはどうしますか?」
「ああ、その武具か。それも運び鑑定をして……いや、まずは私が鑑定しよう」
危険な物が混じっていないとも限らない。
アウラから受け取った武具は法衣と短めのマントと指輪だが、それらのデザインや飾りとして着いた装飾はユグドラシルで造られたの武具に近いデザインだ。
これで確信した。やはりスレイン法国にはプレイヤーが存在したのだ。
そして先ほどの話から考えると、この男がアインズと勘違いした神、スルシャーナなる者がそれに該当するのだろう。
となれば六大神と呼ばれる他の者もプレイヤーである可能性が高い。
(そいつらは六人で転移したのか……いいなぁ。俺もみんなと一緒に……いや、むしろこれで他のみんなもこちらに来ている可能性が少しは高まったんじゃないか? 六大神がいたのは確か六百年前、となればみんなも既にこちらに来ていたり、あるいは後から来るってこともあるんじゃ──)
「あの、アインズ様?」
「ん? どうしたアウラ」
武具を手にしたまま考え込んでいると、アウラがこちらをじっと見上げていることに気づく。
そしてその視線は次に武装を剥いだことで軽装になり、血を吐き出しながら地面に転がる男に向けられた。
そこにあるのは明確な怒りだ。
「こいつ。シャルティアを操った奴の一人なんですよね?」
「恐らくな。まあ見たところ、この中には
アインズの言葉を聞いたアウラの耳がピクリと反応する。
「こいつも、他の人間みたいに店で働かせるんですか?」
声には隠しきれない不満が込められていた。
それも当然だ。顔を合わせれば喧嘩ばかりのシャルティアとアウラだが、実際二人が守護者同士という関係以上に仲が良いのは理解している。
喧嘩は子供同士のじゃれあいのようなものであり、創造主である姉弟の性質を次いでいるなら、シャルティアはアウラにとって妹のような存在なのだろう。
だからこそ、そのシャルティアを操り、今なお心に刺さったままの抜けない棘を刺した者の一人を、利用するためとはいえ、蘇らせることも魔導王の宝石箱に置くことも嫌なのだろう。
だが同時にアインズがそう決めたのなら、逆らうこともできないのでこうして遠回しに聞いてきたのだ。
それはアインズもまた同じだった。
仲間の娘同然であるシャルティアを操り、自分に殺させるという結果をもたらした元凶とも言える存在だ。良い情報源になるので直ぐにとは行かないが、許すつもりなど毛頭にない。
そもそもここで殺したことすら、本来は無意味。いや、復活魔法なり
この男のアインズ──というより勘違いした神──に対する盲信ぶりを見るに普通に連れていっても問題なく従ったことだろう。だというのに敢えて殺すことを選んだのは、生かしたままでは何度抑圧されても沸き上がり続けているこの怒りを、鎮火させるためなのだから。
心臓を潰した感触のお陰で少しは冷静になれた。
同時に、蘇らせ情報を全て聞き出した後はどうしてくれようか。と考える。
(五大最悪の誰かに預けるか。そう言えば餓食狐蟲王が巣が足りないと言っていたしそこに……いや、待てよ。こいつは見たところ宗教に狂っている。こいつにとっては俺と勘違いしたスルシャーナとかいう神こそ全て、ならばその認識を俺に変えるのはどうだ? それこそ最も重い罰になるのではないか?)
「くくく。安心しろアウラ。これにはべつの使い道がある。練習の成果を見せる時というやつだ。前のは完全に壊れてしまったからな。そのためにも先ずはここを片付け、早々に戻ろう。明日は収容所に捕らわれているヤルダバオトに敵対した亜人を救い出し、亜人にとっての英雄にもならなくてはいけないしな。忙しくなるぞ」
ただでさえタイトなスケジュールが組まれているのだ。
今はこの男のことより、優先すべきことがある。ただ、最低限アルベド辺りにだけはそれと無くこの男の話を伝え、アインズがとった行動に何か問題がないかも確かめておこう。
そんなことを考えているとアインズの腰にアウラが突然抱きついてきた。
「ん? どうしたアウラ」
「えへへ。さっきはこれに邪魔されたので。ちょっとだけ、良いですか? シャルティアが来るとうるさそうですし」
にこにこと嬉しそうに笑うアウラにもちろんだ。とばかりに頷く。
手に武具を持っているので抱き上げることはできないが、これぐらいはしてやろう。と片手に武具をまとめ、もう片方の手でアウラの頭を撫でる。
それを擽ったそうに受けながら、アインズの体に顔を押しつけて甘える様に、まさか先ほど怒っていたのは、甘えていたのを邪魔されたからではないよな。とそんな考えが頭に浮かんだが、気のせいだと思うことにした。
今回の話は聖王国編というよりは最終章の前振りみたいな話なので、彼が有効活用されるのはしばらく後の話になると思います
次から聖王国編の話も進んでいくはずです