ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫
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聖騎士団長レメディオスからの依頼

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はモンブランケーキで始まります。

 

 てっぺんの大きなマロングラッセをフォークですくい取り、ほお張ります。口をモゴモゴさせながらありんすちゃんは幸せそうです。

 

「キーノはさっきから落ち着きないでありんちゅね? さっさとおトイレ行くでありんちゅ」

 

「な! ……別に何でもない。気にするな」

 

 やれやれとありんすちゃんはため息をつきました。今日は朝から助手のキーノが落ち着かない様子で、明らかに変なんです。

 

 ──チリンチリン

 

「来た!」

 

 来客を知らせる鈴が鳴るとキーノは大急ぎで出迎えにいきました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「あー……ゴホン。私はリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のマジックキャスター、イビルアイ殿から紹介を受けたローブル聖王国聖騎士団長レメディオスだ。ここならばアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモン殿に取り次いで貰えると聞いた。頼めるかな?」

 

 銀色のフルアーマーに白いサーコートを着た女聖騎士が数名の部下を従えてやって来ました。

 

「……残念でありんちゅね。冒険者組合に行くでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはまだ口の中にマロングラッセをモゴモゴさせながら答えました。

 

「──それは困る! ……王国の蒼の“蒼の薔薇”のイビルアイ殿から『ありんす探偵社に行けばモモン様に紹介してもらえる』と伺ってきているのだ!」

 

 レメディオスが色をなしますが、ありんすちゃんは口をモゴモゴさせながら表情を変えません。

 

「ちょんな話、ちらないでありんちゅ。……ちょれにイビルアイなんてちらないでありんちゅ」

 

「「──な! 何だと?」」

 

 レメディオスと助手のキーノが同時に叫びました。

 

「……いや……それはまずいんじゃないのか? なんだったら私がモモン殿の所に案内しても良いが?」

 

 ありんすちゃんはキーノの言葉を無視してマロングラッセを食べ終わると紅茶を一口飲みました。そんな様子を静かに見ていたレメディオスはサバサバした表情で言いました。

 

「……ふむ。ならば仕方ないな。……ところで “蒼の薔薇”からはありんすちゃんという人物、なかなかに強いと聞いたが本当か?」

 

 ありんすちゃんはニッコリ笑いました。

 

「強いでありんちゅ。……そうだ。ありんちゅちゃがヤルダバトやっちゅけるでありんちゅ」

 

「──いや、それは──」

 

「──決めちゃでありんちゅ」

 

 キーノが慌てて止めようとしますがありんすちゃんは行く気満々になっています。キーノは小さくため息をつきました。せっかくモモンを紹介して一緒に聖王国に行く計画がこれでは全て駄目になってしまいます。しかしありんすちゃんの意思を変える事は出来そうにありませんから、諦めるしかなさそうでした。

 

「それは有り難い。その力を是非とも発揮して頂きたい! ヤルダバオトは実に手強くてな、以前、私は妹とカルカ様と共に戦ったが歯が立たなかったのだ」

 

「ありんちゅちゃにまかちぇるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは胸を張りました。

 

「──団長!」

 

 副団長のグスターボは思わず叫びました。なにしろ目の前の年端もいかない幼女がヤルダバオトを倒すと胸をはり、それを聖騎士団長レメディオスが真に受けて助力を要請する、という事態になってしまったのです。このままでは聖王国の危機が救えなくなる、そうグスターボが考えたのも無理ない事でしょう。

 

「……だ、団長。やはり当初の目的に戻って、“漆黒”のモモン様に依頼した方が──」

 

「うるさい。私が決めた事だぞ! 私はありんす殿の力を信じる。見ろ! この方の神々しいまでの美しさ! それに私には凄まじいまでの神気を感じるぞ? この方ならばきっとヤルダバオトを打倒してくれるに違いない! これこそ正義を為せという神からの祝福に違いない!」

 

 レメディオスの賞賛を受けてありんすちゃんの顔が上気してきました。キーノはこうなっては仕方ない、と覚悟を決めるのでした。

 

「ヤルダバト、ちょんなに強いでありんちゅか?」

 

 ありんすちゃんが尋ねると、レメディオスは前回の戦いの様子を語りました。

 

「……うむ。強いよりも厄介なのは狡猾な所だな。前回は卑怯にもカルカ様を武器代わりに振り回してきたのだ。悪魔め」

 

「……ちょれは面白そうでありんちゅ。戦ってみたいでありんちゅ」

 

 かくしてレメディオスの依頼を受けたありんすちゃんと助手のキーノの二人はヤルダバオト討伐の為、ローブル聖王国に同行する事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──ふーん。なかなかかっこ良いでありんちゅね」

 

「これは聖剣サファルリシアという。……コホン。四大聖剣の一つでな……」

 

「ありんちゅちゃのシュポイトランチュ、凄いでありんちゅよ」

 

「──なんと! これは凄い! ありんす殿、いや、ありんす様! 貴女こそ選ばれし真の聖騎士なのかもしれないな」

 

 道中の馬車の中で意気投合するありんすちゃんとレメディオスの二人を眺めながらキーノはため息をつきました。

 

(馬鹿は馬鹿同士馬が合う、というわけか……計画通りならばモモン殿と一緒に……それがどうしてこうなったか……ああ……)

 

「キーノ! ボンヤリしゅるなでありんちゅ。おかわり入れるでありんちゅ」

 

「……あ、ああ。わかった」

 

 キーノはポットの紅茶をありんすちゃんのカップに注ぎます。本当は世話係りとして目付きの悪い女従者があてがわれる予定でしたが、助手のキーノがいるから、とありんすちゃんが断ってしまいました。

 

(……こんな事する為に探偵社に入ったのではないのだがな……)

 

 ローブル聖王国までの長い道中を思い、キーノはうんざりするのでした。──せっかくならモモン殿と一緒に来たかったな──

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ローブル聖王国解放軍拠点の洞窟に馬車が到着すると、待ちきれない様子でありんすちゃんが飛び降りて来ました。既に真紅のフルアーマーに身を包み右手でスポイトランスをブンブン振っています。

 

「ヤルダバトは何処にいるんでありんちゅ? さっちょくやっちゅけるでありんちゅ!」

 

 既に戦闘モードのありんすちゃんにレメディオスが申し訳なさそうに言いました。

 

「いや、ここは我々の拠点で……ヤルダバオト軍はここから遥か北の都市にいるのだ」

 

「……ふーん」

 

 ありんすちゃんは明らかに不服そうでした。なにしろヤル気満々でしたから。

 

(……いかんな。ありんすちゃんの事だからこのままヤルダバオト討伐に迎いかねないぞ……)

 

 キーノが心の中で呟くと──

 

「今からヤルダバトやっちゅけるでありんちゅ! レッツゴー、でありんちゅ」

 

「「──え?」」

 

 レメディオスもグスターボも呆気に取られました。

 

(……やれやれ)

 

 こうなってしまってはありんすちゃんを止める事は出来ません。かくして聖王国解放軍はありんすちゃんに従って全軍でヤルダバオト討伐に向かう事になりました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ローブル聖王国北部城砦都市、カリンシャ──

 

 城下に姿を現した聖王国解放軍を見下ろして魔皇ヤルダバオトは楽しそうに笑いました。

 

「これは面白い。予定とは違いますがこの局面で全滅覚悟で討って出るとはね。聖王国騎士団長は猪武者とは聞いていましたが、ここまで愚かだったとは……」

 

 解放軍の中から真紅のフルアーマーと巨大な槍を手にした小さな姿が城壁に近づいてきました。ありんすちゃんです。

 

「ヤルダバ、やっちゅけるでありんちゅ!」

 

「これはこれは! 威勢が良いですね? ……うん? 何処かでお会いしたような?……」

 

 ヤルダバオトは何やら考え込む仕草をしました。

 

「……ま、良いでしょう。お相手をいたしましょう」

 

 ヤルダバオトは優雅な身のこなしで城壁から飛び降りるとありんすちゃんを手招きしました。ありんすちゃんは間髪をいれずにスポイトランスで撃ちかかります。

 

 ヤルダバオトは異形の腕を顕現してその鋭い爪を、ありんすちゃんは巨大なスポイトランスを、互いの得物で撃ち合いました。

 

「──これは凄い! ありんす様は正に英雄豪傑だな!」

 

 美しいまでの剣劇に見とれたレメディオスが思わず呟きました。

 

「……ふむ。子供とは思えぬ豪傑ぶり……お名前をお伺いしたいものですね」

 

「ありんちゅちゃ、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはふんぞり返って答えます。ヤルダバオトは何やら考え込むと──

 

「……ああ。ありんす探偵社のありんすちゃん、でしたか。私は以前お世話になったヤルダバオト、です」

 

 そう言うとヤルダバオトは優雅にジャケットの内ポケットから名刺を取り出しました。

 

 ──魔皇 ヤルダバオト──

 

「今回、私は聖王国に真の悪魔の恐ろしさをご教示せんとわざわざ足を運んだ次第でして……」

 

「それはご苦労ちゃま、でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんも優雅にお辞儀を返します。

 

「実はこのローブル聖王国の聖王女、カルカ殿には他人には明かせられない困った性癖がありまして、ね」

 

 ヤルダバオトはなにやらありんすちゃんの耳に囁きました。途端にありんすちゃんの顔が真っ赤になり──

 

「ちょれは酷いでありんちゅ! レメデオ、話が違うでありんちゅ!」

 

 突然ありんすちゃんが怒りだしました。レメディオスは訳がわからずおろおろしていると、ありんすちゃんは耳元でヒソヒソ囁きました。

 

「──なんと! カルカ様と妹が! ……そ、そんな!」

 

 余程の衝撃だったのか、レメディオスはガックリと肘をつきました。

 

「いったいどうしたので?」

 

 副団長のグスターボは訳がわからずレメディオスの顔を覗き込みますが、レメディオスは力なくかぶりを振るばかりでした。

 

「私の口からはとても言えぬ。ありんす様から聞いてくれ」

 

 虚ろな瞳には力が無く、とても聖王国最強とうたわれた姿はありません。

 

 グスターボの耳元にありんすちゃんがゴニョゴニョ囁きます。

 

「……な、なんと! カルカ様とケラルト様が……そ、そんな……そんな卑猥な! ……ぐはっ!」

 

 副団長のグスターボはみるみる顔色が青くなり、さらに赤くなると鼻血をブバッと吹き出しながら崩れ落ちました。

 

「……仕方ない。これでは私の正義は成り立たぬ。ヤルダバオトよ。ここは一旦休戦としたい。ありんす様も宜しいでしょうか?」

 

「ちかたないでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんも同意しました。キーノは慌てました。

 

「……な、なにを言っているのか? 相手は悪魔だぞ? 人間を惑わす事に長けているのだ。まともに相手にするべきではない!」

 

 ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。なにしろありんすちゃんはヤルダバオトからこっそり謝礼ももらっていましたから。

 

「キーノはうるちゃいでありんちゅ。ヤルダバトはありんちゅ探偵ちゃのお得意ちゃまでもありんちゅよ」

 

 結局、レメディオスはヤルダバオトと休戦し、ローブル聖王国は北、中央、南の三ヵ国に分断されてしまいました。

 

 一方でかの魔皇ヤルダバオトとの一騎討ちで勇名を天下に示したありんすちゃんとありんす探偵社の名声は広く世界に知られる事になりました。ありんすちゃんはレメディオスとヤルダバオトの双方から高額の謝礼をせしめてウハウハでしたとさ。

 

 尚、以前にヤルダバオトに棍棒代わりに使われたカルカとケラルトはその後停戦の証しとして戻されたそうです。








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