ありんす探偵社へようこそ 作:善太夫
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王都リ・エスティーゼの朝早く一人の女冒険者の叫び声から事件は始まりました。
「な、な、な……………ないないない!なーーい!」
「何事だ?」
ガガーランが駆けつけるとイビルアイが半狂乱になってベッドをひっくり返していました。いつもの冷静さの欠片もなく、片手に薄い本を持って枕の中の羽毛を引っ張り出しながら騒いでいます。そこにリーダーのラキュースが飛び込んで来て、いきなりイビルアイから薄い本を奪うと、わし掴みにしていた小汚ない小さな手帳をイビルアイに押しつけました。
「あああああーー!」
小さな手帳を胸に押し当てながらイビルアイが崩れ落ちました。顔を真っ赤にしたラキュースは興奮して叫びます。
「いー、一体、誰がこんなイタズラを?」
と、いきなり室内の空気がゆれて黒づくめの女が二人、姿を現しました。
「……ラキュースのやおい本とイビルアイの秘密日記、モモン殿大好き──を入れ替えたのは相当なスキルの持主。おそらくは私達以上」
「な……」
ティナの言葉に仮面の中で顔を真っ赤にしながらイビルアイは言葉に詰まるのでした。
「……こんなものがあった」
ラキュースがティアから小さな紙切れを受け取るとそこには『ラキュース殿とイビルアイ殿の大切なものを入れ替えさせてもらった。怪盗ヘロヘロ団』と書かれてありました。
「ヘロヘロ、団、だと?」
※ ※ ※
──某所 怪盗ヘロヘロ団のアジト──
「あの……ヘロヘロ様。何故あのようなイタズラを?」
安楽椅子でくつろぐエルダー・ブラック・ウーズのヘロヘロにソリュシャンが訊ねました。ヘロヘロは少し考えるように頭を振ってから答えました。
「うーん……どうしてかな? ……仕事のストレス解消みたいなもの……かなぁ?」
とは言うものの現在ではヘロヘロは仕事から解放されている状態であるので、正確には違うのだろうとわかっていました。でも、なんとなく、仕事に追われていた頃の記憶が、身体に染み付いてしまっている感覚が、無意識の内にそうした行動をとらせるのかもしれないとヘロヘロは思いました。改めて企業の歯車から離れる事が出来て自由を満喫している今を感謝しながら、様々な計画に胸を踊らせるのでした。
「次はどうされますか?」
ソリュシャンが訊ねます。ヘロヘロはのんびりとあくびをしながら答えました。
「うーん……どうしようかな? ……せっかくだからモモンガさんに会いに行こうかな?……ああ、今はアインズさんだったっけ」
「ヘロヘロ様がナザリックにいらっしゃればアインズ様もお喜びになると思います。私もこっそり抜け出す必要もなくなりますし……」
ソリュシャンはヘロヘロの元に来る為にいろいろと用事を作ったりしていたので、アインズにヘロヘロの存在を知らせる事で正式にヘロヘロのお世話役になる事が出来れば大変有難いのでした。
「……うーん。でも、せっかくだからしばらくアインズさんには内緒にしておこうかな? ……この世界に来てから随分時間がたってしまって、なんだかタイミングを失ってしまった感じなんだよね。……それにリアルの世界では出来なかった事をもっと試してみたいかな……」
「……成程。それが怪盗ヘロヘロ団、という訳ですね。……わかりました。私も及ばずながらお手伝いさせて頂きます」
「ありがとう。ソリュシャン。うれしいよ」
ヘロヘロは楽しそうに笑いました。
※ ※ ※
それからしばらく経ったある日──
城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんに一人の来客がありました。
「ありんちゅ探偵ちゃにようこちょでありんちゅ。依頼を聞くでありんちゅ」
目深にかぶったローブを脱ぐと依頼者は美しい女性でした。普通の人間とは異なり大きな角と金色の瞳の女性は名前をアルベドと名乗りました。
「名高い名探偵ありんすちゃんに是非とも依頼を受けて頂きたいの。かの怪盗ヘロヘロ団からこのわたくしを守って欲しいのだけれど?」
「──ヘロヘロ団だと! ……ゆるせん──」
ヘロヘロ団の名前を聞いていきりだすキーノの頭をポカリと叩いて、ありんすちゃんは依頼者に向き直ります。いつもの事ながら、助手のキーノは全く進歩がないのでありんすちゃんはため息をつくのでした。
「怪盗ヘロヘロ団でありんちゅか……くわしい話を聞くでありんちゅ」
アルベドの話によれば、魔道王国のアインズ・ウール・ゴウン魔道王あてに怪盗ヘロヘロ団からの予告状が送られてきたのだそうです。そこには『今宵22時、アインズ殿の大切なものを頂きに参上します 怪盗ヘロヘロ団』とあり、アルベドによればヘロヘロ団の狙いは『アインズ様の最も大切な存在であるアルベド』だと言うのでした。
「……アルベドを誘拐しゅるちゅもりでありんちゅね? ……うーん……アインジュちゃまの大切は他にはないでありんちゅか?」
念のため、ありんすちゃんが訊ねてみましたが、アルベドは「他には絶対あり得ない」と断言するのでした。そこでありんすちゃんとキーノはアルベドの身辺警護をする事にしました。
※ ※ ※
ナザリック地下大墳墓の第九階層にある執務室で魔道王、アインズは戦々恐々としていました。実は先週、バハルス帝国でフールーダが怪盗ヘロヘロ団の被害にあったという話を聞いていたからです。フールーダが盗まれたのはなんとアインズが授けた『死者の本』で、しかもよりによってしっかり施錠されたボックスから盗み出されたというのです。そして、ついに今度はアインズに対しての予告状が怪盗ヘロヘロ団から送られてきたのでした。
(……うーん……盗賊スキルが相当に高い相手か、それとも他の未知のスキルの持主か? ……プレイヤーの線も考えられる。……いずれにしても厄介な相手だろう……狙いはやはり私の秘密ノートだろうか? ……それだけはなんとしても阻止しなくてはなるまい……)
※ ※ ※
ナザリック地下大墳墓の第八階層ではデミウルゴスが忙しそうにしていました。彼は怪盗ヘロヘロ団の狙いがギルド武器のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだと考え、桜花領域の警護を手厚くする為に配下の魔将を配置していたのでした。
「……これでひとまず安心ですね。しかし、一体何ものなのでしょう?」
悪魔族の魔将達ならばあらゆる耐性があるので易々と突破されない筈でしょう。しかし──相手の狙いが明らかになっていない以上、油断できませんね、とデミウルゴスは瞳を細くするのでした。
※ ※ ※
パンドラズ・アクターは緊張していました。なにしろ最近話題の怪盗ヘロヘロ団がナザリックにやって来るのです。当然ながら自分の守護領域である宝物殿は一番狙われる可能性があります。なんとしても死守しなくてはなりません。
「……しかし、一体何を狙ってくるのでしょうね? ……やはりワールドアイテムですかね? ……それとも……もしや? いや、やはり……」
心の中でパンドラズ・アクター自身が狙われているかもしれない、と呟きながら改めて宝物殿を見回すのでした。
「……さて……怪盗ヘロヘロ団が相手ならばヘロヘロ様の姿を借りてみますかね。……名前が同じというのも何かの縁かもしれませんよね」
一人芝居をするかのように、独り言に大袈裟な身振りを加えながらパンドラズ・アクターはやがて来るであろう怪盗との知恵比べに備えるのでした。
※ ※ ※
ナザリック地下大墳墓地上部にあるログハウスでは数人の戦闘メイドに混ざってありんす探偵社助手のキーノが気まずい思いをしながら時間になるのを待っていました。ありんすちゃんはアルベドと一緒にナザリック地下大墳墓の内部に入って行きましたが、どういう訳か助手であるキーノは中に入れて貰えずこうして地上のログハウスで待たされる事になってしまったのでした。
魔道王国の戦闘メイド達の中で一人だけ衣装の雰囲気が異なるメイドがさっきからキーノの事を睨んでいるように感じてなんとも居心地が悪い思いをしていて、キーノはつい、ため息をつくのでした。
(……こんな事なら探偵社で留守番していた方が良かったな。もしくは情報集めと称してエ・ランテルの街にいれば良かった。運が良ければモモン殿とばったり出会ったり出来ただろうに)
やがて時刻は20時になろうとしていました。
※ ※ ※
アルベドはやや上気した表情でありんすちゃんに訊ねました。
「あと、二時間ね。……そうだわ、どうせなら身を清めておいた方が良さそうだわ。この階層のスパにいくから、ありんすちゃんは待ってて貰えるかしら?」
「……ちょれならありんちゅちゃはスパのロビーでまちゅでありんちゅ」
アルベドはありんすちゃんをロビーに残して鼻唄を歌いながらスパに入っていきました。ありんすちゃんは油断なくロビーから廊下に目を光らせます。やがて時刻は21時になろうとしていました。
怪盗ヘロヘロ団の予告まであと一時間──
※ ※ ※
ナザリック地下大墳墓 第六階層──双子のダークエルフ、アウラとマーレは暇をもて余していました。
「暇だねー。今回はあたし達の出番はこれだけなんだってさー」
「……ぼ、僕はもっと……あの……活躍したいかな……」
※ ※ ※
──22時──怪盗ヘロヘロ団の犯行予告の時間になりました。ヘロヘロは慌てて起き上がりました。
「──しまった。つい寝過ごした……」
※ ※ ※
ナザリック地下大墳墓 第九階層スパからアルベドが青冷めて出てきました。ありんすちゃんはアルベドに理由を訊ねてみると……
「どうしたら良いのかしら? ……アインズ様の一番大切な存在であるこのわたくしが怪盗ヘロヘロ団に奪われないのは大問題だわ」
ありんすちゃんは言葉に詰まるのでした。と──女の人の叫び声が──
※ ※ ※
ありんすちゃんが駆けつけるとアインズの居室の当番の一般メイドが一枚のカードを手に座り込んでいました。
──アインズ様の大切な三吉君は頂いた 怪盗ヘロヘロ団ソリュシャン──
「ば、馬鹿な?」
騒ぎを聞きつけて執務室にいたアインズもやって来ました。
「確か、今日は念のために鍵をかけていた筈だったわね?」
アルベドの問いかけにメイドが答えます。
「……はい。私が開ける時は鍵がかかっていました」
今こそありんすちゃんの出番です。ありんすちゃんは断言します。
「これは密室でおきちゃ事件でありんちゅ。犯人は鍵をあけたか、鍵穴から出入りしたんでありんちゅ」
そしてありんすちゃんは犯人の名前を告げました。
「犯人はルプーでありんちゅ!」
※ ※ ※
残念ながら真犯人はソリュシャンでした。アインズはその後、何故ソリュシャンが三吉君を持ち去ったのかユリ・アルファに調べさせたそうです。
尚、怪盗ヘロヘロ団のヘロヘロはあれから二度寝をしてしまい、結局、ナザリック地下大墳墓に盗みに来なかったそうです。