ありんす探偵社へようこそ 作:善太夫
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城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』からさほど離れてないとある酒場のカウンターで酔いつぶれてくだを巻く探偵助手のキーノの姿がありました。
「……なんでだ? なんでこうもタイミングが悪いのだ?」
美しく着飾ったキーノの頭に結ばれた赤いリボンの鮮やかさが薄暗い酒場の奥のカウンターで哀しく揺れていました。今回、ホニョペニョコについて話を聞きにモモンの邸宅に勝負服まで新調して訪問したのでしたが、そんなキーノを迎えたのは暫く不在にするとの一枚の貼り紙だったのです。
(……くっ。……今度こそは堂々と会えると思ったのだがな……)
先日の出来事を思い出してキーノは唇を噛みしめるのでした。あの日、ありんすちゃんからホニョペニョットの情報を得て、モモンに教えるべくモモンの邸宅を訪れた時の事──中から出て来たナーベに冷たくあしらわれてしまった屈辱──確かに『キーノ』としては全く面識はなく接点もない。しかしながらガガンボだのゴミムシだのと虫扱いされた挙げ句に『モモンさ──んはストーカーとはお会いにならない』と断言した時のナーベの勝ち誇ったような顔………キーノは悔しさのあまりグラスをカウンターに叩きつけるのでした。
「ん? なんじゃ? ……こりゃあまた珍しい顔に会ったものだのぉ?」
不意に声をかけられてキーノは顔を上げました。まだ夕方なのでわずかしかいない来客の中に良く知った顔があり、同時にキーノは身構えました。
──リグリット・ベルスー・カウラウ──かの十三英雄に数えられ死人使いのマジックキャスター──キーノが、いや、イビルアイが冒険者になったのはこの老婆との試合に負けたからでした。
「……なんだババア。こちらには用はない」
キーノは身構えたまま声をかけました。
「昔からの付き合いじゃのに、そう無下にするものでもなかろうに」
老婆……リグリットはキーノの姿をなめ回すように見てから意地悪そうに笑いました。
「……ふむ。お主はいささか成長したようじゃな? こうして色気づくまでに、な」
「──な!」
思いもしない口撃にキーノの顔は一瞬で真っ赤に染まりました。
「……まあ良いわ。泣き虫めも別に木の股から産まれて来たのではないという事じゃて。……さて、お主はあの吸血鬼の事を調べていると聞いたが?」
キーノは黙って頷きました。
「……結論からするとな、かの者は例の揺り返し、と見ておる。これには白金も同じ意見じゃ」
「──なんだと? ツァーが?」
思わずキーノは唾を呑みこみました。リグリットの話は全世界で最強であろうプラチナム・ドラゴンロードがかのホニョペニョコを同格と見なしたという意味を持っていたのでしたから。
「白金によるとな、始原の魔法でも倒しきれなかったそうじゃ。この意味、お主ならわかるな?」
「──!! まさか!」
※ ※ ※
いつの間にかキーノは酔いつぶれていたらしく、カウンターにうつぶせになって眠り込んでいたようでした。ガンガンする頭を抱えながら探偵社に戻るのでした。
(……そう言えば、誰かと大切な話をしていたような気がするけれど……なんだったかな? ……うーん……」
キーノがありんす探偵社に着くと既に郊外での調査を終えた美少女探偵ありんすちゃんが戻っていました。
「キーノ! いよいよ対決しゅるでありんちゅ。心の準備しゅるでありんちゅよ」
キーノは意味がわかりませんでしたが、ここで聞き返したりすればありんすちゃんから一撃されそうなので素直に頷きました。
ただならぬ緊張感の中、やがて扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。
「……時間通りでありんちゅ」
室内の緊張感に押されたかのように少し落ち着きが無い依頼者──ブレインが入って来ました。
「確保!」
突然テーブルの下から飛び出した男の号令であちこちから黒ずくめの男達が現れてブレインを取り押さえました。
「……こ、これは一体どういう事だ? 離せ! 離せ!」
暴れるブレインにありんすちゃんが立ちふさがりました。そして指を突き付けて宣告します。
「ブレイン・アングラチュチュ、エ・ランテル郊外で野盗を働いていちゃ『死を撒く剣団』のボスとして逮捕するでありんちゅ」
「間違いありません! この男です!」
隣の部屋から男に支えられて入って来た女がブレインを指差しました。ブレインはうなだれたまま、黒ずくめの男達に引きずられながら連れて行かれました。
「いやいや、通報並びにご協力感謝致します。これは『死を撒く剣団』にかけられた賞金金貨百枚です」
女と一緒にいた男──実はエ・ランテル冒険者組合の組合長アインザックでしたが──がニコニコしながら金貨が入った革袋を差し出しました。ありんすちゃんもニコニコしながら受け取ります。
「たとえ依頼人でも犯罪者は見逃さないでありんちゅ」
かくてエ・ランテルの平和は美少女探偵ありんすちゃんによってまたしても守られたのでした。