ありんす探偵社へようこそ 作:善太夫
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城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の朝は優雅なティータイムで始まります。ありんすちゃんは一匙のストロベリージャムを口に含み紅茶をすすります。
「フクースナ!」
ありんすちゃんの言葉に助手のキーノは怪訝そうに眉をひそめました。
「どこの言葉か? それよりそろそろ来客が来るから着替えないと」
「わかってるでありんちゅ」
ありんすちゃんは不機嫌そうにしながらもキーノの言うことを聞いてパジャマを脱ぎ始めました。着替え終わると同時に入り口の扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客を知らせました。
「はじめまして。私はジル……ジルと申します。依頼よろしいかな?」
上等な生地の服装に身を包んだいささかくたびれた感はあるものの、端正な顔立ちの男が挨拶をしました。脇にはこれもなかなかの装備をした護衛がついています。どうやらありんす探偵社にとってなかなかの上客のようです。ありんすちゃんはとびきりの営業スマイルで迎えます。
「ようこちょ。わたちが美少女探偵ありんちゅちゃでありんちゅ。依頼を言うでありんちゅ」
「依頼したいのは……浮気調査でして……」
「わかりまちたでありんちゅ。相手は奥ちゃんでありんちゅか? ……ちょれとも他の女でありんちゅか?」
ありんすちゃんが尋ねると依頼者のジルジルはモジモジし始めました。やたらと机に『の』の字を描いてから恥ずかしそうに小さな声で答えました。
「…………その……浮気調査を依頼する対象の相手は…………私の彼氏、つまり男でして……」
「──なっ!」
その時来客用のお茶を運んできた助手のキーノが叫びました。ありんすちゃんはすかさずキーノのお腹に一撃を加えて黙らせます。こういうデリケートな問題には気を使わないといけませんよね。
「わかりまちた。ありんちゅ探偵ちゃにおまかちぇくだちゃいでありんちゅ。費用はかかりまちゅが大丈夫でありんちゅか?」
「受けて頂けるとは実に喜ばしい。費用は金貨五百枚を用意していますが、如何かな?」
ありんすちゃんはニッコリしました。早速助手のキーノに命令します。
「ではキーノをちゅれていくでありんちゅ。キーノはちっかり調査しゅるでありんちゅね」
※ ※ ※
(私はキーノ。事情があってエ・ランテルのありんす探偵社の探偵助手をしているが、それは仮の姿に過ぎない。その正体はかつては十三英雄と共に魔神を討伐した謎のマジックキャスターであり、はたまたリ・エスティーゼ王国アダマンタイト級冒険者 蒼の薔薇の仮面のマジックキャスター イビルアイその人なのだ。)
キーノは浮気調査の為バハルス帝国の帝都に来ていました。依頼者ジルジルはかなりの財産家でもあるようで帝国までの道程に使われた馬車はなかなか上等であり、また、キーノの調査滞在中で宿泊する為に用意されていたのは帝都随一のホテルだったのでした。
「さて。仕事をするか」
依頼者ジルジルの彼氏とはもはや老齢の男で、資料によれば名前は古田。かのフールーダのそっくりさんとして観光客相手のマジックショーで生活しているらしい。
「ジルジルはファザコンなのだな。そういえばラキュースがこういう特殊な恋愛に関して詳しかったな。今度機会があったら教えてもらうのも良いかもしれない」
キーノはかつてエ・ランテルでモモンのストーキングで培った技術を駆使して古田の尾行をするのでした。そしてわかったのは古田が毎日規則正しい生活をしていて、朝六時に散歩をするのと夕方五時に買い物に出かける以外は自宅から出てこない事でした。近所の話では数ヵ月前に職場を解雇か隠居させられたかで、現在このような引きこもり生活をしているようだ、というのがもっぱらの噂でした。
一週間程張り込みをしましたが、誰かと会う姿は結局ありませんでした。キーノは古田の浮気は根拠なし、という報告書をまとめホテルのカウンターにジルジルへの連絡をとってもらいます。一時間後にジルジルがやって来ました。
「浮気調査の件だが、調査の結果古田氏は誰とも接触していないようだ。まあ、何処かに転移でもするなら別だがな。これが報告書だ」
キーノは報告書をジルジルに渡します。ジルジルは調査内容が気にくわなかったのか、元気がありません。気のせいか髪の毛が以前より少なくなったようにも見えます。
「……ああ。そうか。……謝礼金は探偵社宛に送っておくとしよう。…………今となってはどうでも良い事だ」
とりあえず依頼を無事に終えてキーノはエ・ランテルに戻るのでした。