インフィニット日本酒中級コース第9回(化学的根拠)
多く世界中の醸造酒の中で日本酒ほど化学的根拠に基づいて醸造している酒は無いということを知っている人はどの位いるのでしょうか。醸造酒で最も有名なお酒は何と言ってもワインですね。ワインは化学的根拠に基づいて造られていないのでしょうか。決してそうではありませんが、日本酒ほどではないことは事実のようです。それはワインは日本酒と違って醸造プロセスが簡単であまり化学的な検討をする必要がないからだそうです。でも最近はそれが見直されるようになってきており、例えば美味しいワインを造るためには、適度なアミノ酸を含ませることが良いことが解ってきていますが、元々ブドウにはアミノ酸はほとんど含まれていません。それではどうやるのでしょうか。
ブドウの場合アミノ酸は土壌の栄養分から取るしかありません。それでは土壌にアミノ酸の元になる窒素成分を増やせば良いのでしょうか。そんなに単純ではありません。ぶどう畑は肥えた土地は不向きで、むしろ石などが一杯ある痩せた土地が向いているそうです。それは栄養分が多いとぶどうの実に養分が行かずに茎に行って良いブドウができないからだそうです。ですから、ただ 窒素肥料をあげれば良いわけではありません。窒素を入れすぎると香りも悪くなるそうです。これを解決するには農業化学に関した専門知識が必要なようです。 最近はそれを専門にやっているプロ集団がいるようです。
日本酒が化学的根拠に基づいてお酒が造られているというのはどういうことでしょうか。それかこれまでにこの教室で学んできたそのものです。これを復習するために前回示した図をもう1回お見せします。
お米にはデンプンと蛋白質と脂質が含まれていて、酒造好適米の周りには蛋白質や脂質 が多く、心白には蛋白質や脂質が少ないので、お米を精米していくと蛋白質や脂質は少なくなり、デンプンが多くなります。このデンプンが麹菌の酵素活性によりブドウ糖になり、それが酵母の酵素活性により、ピルビン酸、アセトアルデヒドを経てアルコールと炭酸ガスになります。それと同時にピルビン酸から色々な有機酸(乳酸、リンゴ酸、コハク酸、クエン酸など)を作るとともにお酒の香りの成分のカプロン酸エチルをつくりますが、その出来かたは酵母の種類や醪の温度管理によって変化してきます。
一方蛋白質は麹菌の酵素力によりアミノ酸になり、このアミノ酸が酵母の酵素力により、イソアミルアルコールのような高級(炭素数の多い)アルコールを作るので、油っぽい香りが出てくると同時にアミノ酸によるうまみや苦みがでるので、コクのあるお酒になります。精米度が高いほど蛋白質は減ってくるので、高級アルコールの香りが減りアミノ酸も減ってくるのでうまみ成分より甘み成分が目立ってきます。また酵母によっては高級アルコールから酢酸イソアミルなどの香り成分を出すので、カプロン酸エチルとは違った香りがするお酒になるようです。酵母によりどんな香りの成分ができ易いかは下の図を見てください。
脂質はもともとお米の中には少ないので、50%以上精米するとほとんどゼロになりますが、精米度が悪いと麹菌の酵素力により脂肪酸になり、醪の中で酵母の酵素力により各種脂肪酸エステルにあります。これは高級アルコールに近い香りを持つので、なかなか見分けにくいそうですし、一般的には精米度が80-90%の場合だけ考えればいいようです。
以上のように化学的成分が味や香りを決めているようで、その大きな要素はアルコール濃度、加水量、アセトアルデヒドの濃度、酸の種類と濃度、香り成分の濃度、アミノ酸の種類と濃度、高級アルコールの種類と濃度などが挙げられますので、この化学的成分をどのようにコントロールするかで目的の味のお酒を造ることができます。これが日本酒が化学的根拠に基づいて作られるという理由です。
実際にこれをどのようにして実現するかは、そう簡単なものではありません。例えば麹を作る過程では麹の温度、湿度、破精具合によって変わるので、麹がもつ酵素のアミラーゼ、グル子アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼの酵素力をどのように引き出すかは、蔵人の経験に頼るしかありません。また醪の発酵も麹が持つ酵素力と酵母の持つ酵素力を同時に使いながら発酵させる平行複発酵という複雑なプロセスを使うので、それをコントロールするには微妙な温度管理が必要となるようです。
そのほか火入れとか活性炭ろ過などをすることがあり、それによっても味が変わります。火入れをしない生酒はアセトアルデヒドが残っているので麹の甘さと清涼感のある香りを楽しめますが、火入れするアセトアルデヒドは揮発し、アミノカルボニル反応でフラノンが発生するので、味は落ち着いてきますが、老香のような香りが出てきます。
活性炭ろ過はフラノン類は取り除きますが、高級アルコールは取り除けません。また乳酸はとれませんが、他の酸はかなり取れます。香りは一部捕れますが、カプやイソの香りは取れません。ですから活性炭は使う量によ取り除く量をコントロールできるので、使用する側の技術力が問われます。
そのほか醸造用アルコールの添加、熟成の仕方によっても変わってきますが、これについての化学的研究はまだ十分解析されたとは言えないようです。味や香りを決めている成分がわかってもそれをどのようにコントルールしてお酒を造るのでしょうか
黒龍酒造の畑山杜氏のお話では、お酒を造る場合まずお酒のイメージを考えどのようなお酒にするかをきめます(例えば軽やかに飲みやすいけど、味わいはそこそこあって後味が切れるなど)。その次にそれに合うためにはどの化学的成分をどのくらいの量にするかを考えます。そのあとに醸造プロセスの各工程をどうしていくかを経験に基づいて決めていくそうですす。ここが蔵の技術であり、ノウハウとなっているところでしょう。このように醸造している蔵が多くなってきている一方、まだそうしていない(そうできない)蔵が多いことも事実のようです。
最近外国のワインメーカーの人が日本の化学的根拠に基づいたお酒造りを学びたい人が多くなってきているそうで、僕の日本酒の先生である菅田先生はもともとワインのソムリエで、日本酒を勉強してるうちに、日本酒がいかに化学的根拠に基づいて醸造されているかを知るようになって、ワインに対しても深く考えられるようになったそうです。
先生にはちょっと心配があるそうで、日本酒が化学的根拠に基づいて作られるだけに、外国での日本酒造りも飛躍的に伸びる可能性を持っていることだそうです。何年先のことかどうかはわかりませんが、日本の本家が真に化学的根拠をもって酒造りをしていかないと外国の人たちに日本のお酒を見下される時が来ることを危惧しているそうです。化学的根拠に基づいて酒造りをしているといっても、まだまだ未知の部分が多く残されています。だからこそ、今からもっと努力してもっと良いお酒造りを研究して日本の酒造りの立場を確固たるものにする必要があると言っておられました。
もう一つ言っておられたことは、日本酒メーカーと日本酒の飲み手が同じ土俵で意見交換ができるようにするためには、お酒の味わいに対して共通の表現ができるようにする必要があり、それは化学低根拠に基づいている表現をすることで可能ということでした。その表現の仕方の例を少し述べておきます。
・ アセトアルデヒドが多い → 清涼感がある、青々しい
・ カプロン酸エチルの香り → メロン、リンゴのフルーティ香り
・ 酢酸イソアミルの香り → バナナ、洋ナシのような華やかな香り
・ 酢酸エチルの香り → セメダインの香り
・ 乳酸の香りが強い → ヨーグルト、バターの香り
・ 高級アルコールが多い → 厚みがあってふくよか 油脂臭あり
・ アミノ酸どが高い → 甘み、旨み、苦みがありコクがある
・ フラノンが多い → ナッツ、カラメル、醤油、紹興酒の香り
・ アルコール濃度が上がる →甘みと苦みが増える
といった感じでしょうか。専門的すぎるけど僕なんかは化学的用語の方が判りやすい気がしますが、一般的ではないのでしょうね
おまけ:旨みと甘さの違いはどうすれば判るのでしょうか
甘さと酸はお酒を口に含んだ時からすぐに感じますが、旨みはワンクッション遅れて中ほどから感じると同時に苦みも感じはじめます。この旨みと苦みが味の厚みを造るのでボディのあるお酒になるのです。簡単に言えば甘みは最初に感じ、旨みは中ほどから感じるということでよさそうでが連続で来ますので、単純な甘みは甘さで、複雑な甘みで苦みを感じれば旨さということのようです。
また、酸はアフターまで続くことが多いので、お酒の切れとつながります。でも切れは酸味だけでは出てこないで、苦みの存在が必要なようです。苦みが多すぎるとはアフターの余韻として残ってしまいます。この辺のバランスが重要なようです。
それではいつものように試飲をして化学的根拠を理解していきます。
1.越乃寒梅 超特選大吟醸 山田錦30%精米
Alc度16.6、日本酒度+5、酸度-、AA度- 酵母-
2.醴泉 純米吟醸 山田錦50%精米
Alc度15-16、日本酒度+2、酸度1.5、AA度1.2、酵母熊本9号
3.想天坊 純米吟醸 高嶺錦58%精米
Alc度15.5、日本酒度±0、酸度1.4、AA度-、酵母-
4.加茂金秀 特別純米 雄町、八反錦50-60%精米 原酒
Alc度13、日本酒度-、酸度-、AA度-、酵母-
それでは早速菅田先生がコメントしていただいた見解をご紹介します
外観で透明感を見ると1.3.2.4の順で、2は精米が58%でも透明なので、明らかに炭素ろ過をしています。1は精米度が30%なので炭素ろ過しないでも透明なことがありえます。
1.越乃寒梅 超特選大吟醸 山田錦30%精米
香りがとてもシンプル。エタノール香と乳酸香がメイン。これは30%も精米しているからだと思われます。カプロン酸の香りも少ないので、少し熟成しているかもしれないと思われます。でもフラノンの香りがほとんどしないので活性炭ろ過しているかもしれません。
味を見てみます。少し熟成の香りがします。甘みが少しあるけどこれはフラノンからの甘みもふくまれます。またピリピリしたアルコール感があるけどボリュウム感はありません。これはアルコール添加したためアルコール添加により味が薄まっているからと思われます。
酵母はカプロン酸エチルの香りはしないけど、その前駆体のカプロン酸の樹脂香りがするのでカプ系の酵母であることがわかるそうです
2.醴泉 純米吟醸 山田錦50%精米
香りが1番より多いようです。これは高級アルコールからきていると思われます。酢酸イソアミルと酢酸エチルの香りとツンとした乳酸香も感じます。酵母は熊本酵母なのでイソ系の酵母です。 アルコール度が15.5なので加水もしているはずです。
飲んでみるとアフターが酸っぱい。軽やかな酸でした。アタックに程よい甘みと旨みが軽いながら広がってきますが、これは日本酒度+2とアミノ酸1.2のバランスからきていますが、加水していても酸度が1.5まであるので少し酸っぱく感じます。蔵としては夏酒として売りたかったのかもしれません。アルコール感アルコール度数が1度違うとずいぶん違うもので、このお酒のアルコール感は1番のお酒よりより弱いことはよくわかります。
3.想天坊 純米吟醸 高嶺錦58%精米
活性炭ろ過しているいるので、香りはシンプルですが、高級アルコールの香りだけが見だってきます。これが活性炭ろ過の特徴です。 高級アルコールは多少苦みがあるだけで味わいにはあまり影響しないそうです。
飲んでみると、アタックから中盤までアマ旨い苦いがずっと伸びてきます。ずっとアフターまで引っ張ているのがアミノ酸です。この伸びは 精米度が60%くらいにならないと出てこないし、60%精米はこんなバランスになることが多いようです。
4.加茂金秀 特別純米 雄町、八反錦50-60%精米 原酒
13%のアルコールということは水の量が多いということなので、酸が出てきやすい。原酒なので甘みが少し残っているはずなので、甘酸っぱい感じが予想されます。
香りは淡くて乳酸香を感じます。アルデヒドの青臭さがあるので、その強さから1回火入れと思われます。これがあるとカプ系かイソ系かはわかりにくいが、酢酸エチルの香りが少し残っているのでイソ系の酵母と思われます。
飲んでみると甘さを感じて酸度は1.3くらいあるように思われます。軽くて淡いけどアフターに伸びがあるので、夏酒としてはいいのかもしれません。酸とのバランスから日本酒度は-5くらいと思われます。でもアルコール度数が低いと評価が難しくなります。
以上が菅田先生が試飲したお酒の印象ですが、試飲することによりここまでわかるのですね。僕にはとても無理です。少しでもそのレベルに近づきたいものですね。
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