竜王国で争いに巻き込まれ渋々ビーストマンを倒すクレマン!
民衆から金色の英雄と担ぎ上げられるもすぐにとんずら!
どうなる竜王国!?
都市掃討戦
「平和ですねぇ」
「確かに平和です」
「平和だな」
4つの人影がカッツェ平野を歩いていた。
緑がほとんど無く赤茶けた地面が広がる荒涼たる大地。薄い霧により視界も悪く、数多のアンデッドが闊歩する生者にとっては地獄のような場所である。
「しかしこう何も無いとつまらんな、ハプニングからのイチャイチャが出来んではないか…」
「ん? 何か言いましたかイビルアイさん」
「あう! な、何も言っていないぞ! ただこう何も無いと冒険者としては物足りんなと思っただけだ! 別にそれだけだ! 何かを期待しているとかそんなことでは断じてない! いや、お前がどうしてもというなら、その…」
「なるほど」
イビルアイの返答にモモンガは静かに頷く。その言葉に多少なりとも同意できたからだ。カッツェ平野、別名・死の大地と呼ばれるほど危険な場所であるらしい。
その証拠に少し前に英雄級のクレマンティーヌでさえここを通った時は死ぬほどの目に遭っていたが彼らには関係ない。4人全員がアンデッドだからだ。
途中で大地を進む巨大な幽霊船とでも言うべきものに遭遇した時は驚いた。敵対するどころか丁寧に道を教えてくれたのだから。むしろ途中まで道が同じだからと船に乗せてくれた。おかげで迷わずに済んだモモンガは船長に深い感謝を告げる。降りた後も船員達はその姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。まだまだ世の中捨てたものではないなと思い晴れやかな気持ちになるモモンガであった。
「噂なんてアテになりませんね。酷い場所どころか親切な人ばかりじゃないですか」
「う、ううむ。確かに私も驚いたぞ…。カッツェ平野にあのような話が通じる者たちがいるとは…」
イビルアイはアンデッド感知を無効化する指輪をつけているのだがあくまでアンデッド感知を無効化しているだけで特に生者としての気配を放っている訳ではない。故に生者の気配に反応するアンデッドからすればイビルアイもまた敵対すべき相手ではないのだ。
まぁ仲間とも思われない訳でどちらかというと無関心と言うほうが近いのだが。
ちなみにモモンガにおいては未だイビルアイが吸血鬼だとは気づいていない。
「あ、もうカッツェ平野を抜けそうですよ。船に乗せてもらったおかげで早かったですね」
「全くですモモンガさん。こんなに快適な旅は初めてでした!」
「確かに。機会があればまた来たいですね!」
「ええ、是非! その時はあの船長達にも何か手土産を持っていきましょう!」
モモンガとデイバーノックが楽しそうにキャッキャっとはしゃいでいる。まるで普段忙しい自分へのご褒美と称して海外旅行へ行くOLが如く。
人間の土地とは違い、何にも縛られない自由と開放感を味わったモモンガ達。それと別れを告げるのを惜しみながら彼らはカッツェ平野を抜けた。
◇
「宰相! 宰相はおるか!」
竜王国の王城、その一角を憤怒の形相で女王であるドラウディロンが歩いていく。やがて会議室にたどり着くと勢いよくその扉を開け放った。
「これは陛下。如何なされました?」
冷静な様子で宰相がドラウディロンに問いかける。
「如何なされたではない! 前線の都市はどうなっておる!? 援軍は送ったのか!? なぜその前線で戦ってくれている筈のクリスタル・ティアが帰還しているのに民達が逃げたという報告が上がっていないのだ! 調べてみたら陽光聖典の者たちも消耗し前線から退いておるそうではないか!」
「おかしいですな、陽光聖典の方々はともかくクリスタル・ティアの方々は今も前線で戦ってくれている筈ですが…」
「嘘を申すな! 先ほどセラブレイトの奴が私の所に顔を出しに来たぞ! 麗しき女王のご尊顔をいち早く拝見したく馳せ参じましたとか気持ち悪い事をのたまいながらな!」
ドラウディロンのその言葉に心の中で舌打ちをつく宰相。
(あのロリコンめ…! 陛下に顔を出すのは少し時間を置いてからと口を酸っぱくして言いつけておいたものを…! 全く性欲の一つもコントロール出来ないとは全くもって嘆かわしい…!)
宰相は前線の都市を見捨てる判断をしていた。故にその場所で戦っているクリスタル・ティアの面々を早々に帰還させたのだ。後は都市が落ちた後にタイミングを合わせその後に帰還した風を装いドラウディロンにお目通りをさせるつもりでいた。
最後まで戦いましたが守る事叶わず帰還したようですと報告すればドラウディロンも落ち込むだろうが納得はしてくれると踏んでいたのだ。だがそれをセラブレイトの性欲が台無しにした。
「何か言ったらどうだ宰相! 前線は…、現場はどうなっておるのだ!?」
「……」
「なぜ何も言わん! ま、まさか宰相お主…!」
ドラウディロンも馬鹿ではない、むしろ統治者としては有能と言えるだろう。故に宰相の沈黙が何を意味するかすぐに理解した。
「…仕方が無かったのです陛下。あの都市の民達を逃がしたとてどこの都市で受け入れるというのです? それに収穫がなければビーストマン達はすぐに次の都市へと攻め入るでしょう。下手な事をして被害が拡大するのを防ぐのが最善です」
「何が最善か! 助けを求める民を見捨てる事の何が!」
「最も優先すべきは国です。多少の被害には目を瞑るしかありません。それだけ我が国は追い詰められているのです! 下手な同情心は国を傾けるだけ! 心を鬼にして非常な決断を下さねばならぬです!」
「民を見捨てる国などあってたまるか! 戦いの末、守り切れなかったのならまだしも最初から守らぬと判断するなど王の所業ではない!」
「ならばどうされるおつもりか! 軍を投入し、軍もろともビーストマンに滅ぼされろと!? ならば次の前線はどうなります!? 疲弊し、準備も足りない兵たちでどこまでしのげると!? 今はあの都市に犠牲になってもらいその間に立て直す事が最も望ましいのです! そうでなくてはビーストマンの勢いを止められず国が滅びますぞ!」
「う、うぅぅう…!」
ドラウディロンとて理解している。自分の言葉がどれだけ甘い理想論かなど。だがそれを踏まえた上でも、最初から民達を見捨てる判断は下せなかった。
国とは民である。
根幹として、民達の働きがその血税が国を動かしているのだ。その代償として国は王の名の元に民を庇護する。
だからこそ民を庇護しない国に何の価値があるというのか。
民に労働を強い、そして血税を搾り取っておいて身の安全を保障しないなどただの無法者と変わらない。
「な、なぜ私には力が無いのだ…! 曾祖父の数分の一でも力があれば…」
「陛下には
「あんなもの何の役にも立たん! 民の命をすり潰してしか発動できん魔法に何の価値がある!」
「どうしようもなくなれば発動していただく事も視野にいれるべきかと」
「馬鹿を申すな! 百万もの命を犠牲にするなど…!」
「そうでなくては全員が死に、国が絶えます」
宰相の言葉にドラウディロンが泣きそうな表情を浮かべる。
「き、貴様は私に非情な為政者になれというのか…。目的の為なら手段をも厭わぬ唾棄すべき為政者に!」
「無能よりマシです。最悪なのは国を滅ぼす愚かで弱き王です。国が残るだけ王としてまともかと」
「……もうよい、下がれ。私は、少し休む…」
そう言ってドラウディロンは肩を落としながら姿を消した。
(お許しください陛下。もう我が竜王国は理想論など入り込む隙も無い程に追い詰められ疲弊しているのです。最後には私が全ての責任と汚名を受けましょう。貴方様は最後まで綺麗なままでいて下され、それが民の為であり国の為です。貴方は最後まで慈悲深き女王として君臨すればよろしい。全ての悪事は私だけのものです)
ドラウディロン以上に国を思う宰相。その役割を誰よりも認識し、冷静に考えを巡らす。
一つだけ言えるのは竜王国がこれまで維持できていたのはドラウディロンによるカリスマと宰相の力である事は間違いない。だが志虚しく、その灯もすでに消えようとしているのだが…。
◇
つい先日、ビーストマンの襲撃にあったこの都市ではその傷跡も癒えないまま復旧作業に追われていた。
復旧作業といっても死体の処理や壊された塀や門の修理で手一杯で内部はそのままなのだが。
「な、なぁ…、いつになったら援軍が来るんだ…? あれから数日経つが一向に軍の姿は見えないままだ…」
「そ、それに都市を救ってくれたっていう英雄の姿もねぇ…。どこに行っちまったんだ…、このままじゃ…」
残された民の間でも不安が広がっていく。
どれだけ待っても国からの援軍は来ず、冒険者達の姿も見えない。金色と称され、単身でビーストマンの軍勢を押し返した英雄の姿も無い。都市の権力者達の多くはすでに都市におらず、民達を纏め上げる者すらいない。やがて民達の中にも少なからず気付く者が出始めていた。
自分達は見捨てられたのだと。
「も、もう終わりだ…。俺たちは見捨てられたんだ…、援軍なんて来ねぇ…!」
「滅多な事言うな! そんな事ある筈ないだろう!」
「ならなんで来ないんだ! いくらなんでもおかしいだろ! 都市長もいないし役人の姿だって見えない! 俺たちを見捨てたに違いない!」
「黙らねぇか! 女王様がそんな事する筈ねぇ! 確かにまだ幼いが絶対に俺たちを見捨てないと言ってくれたんだぞ! 俺は女王様を信じる!」
「でもよ! 実際に援軍は来ないんだ! 物資だって届かねぇ! いくらなんでも数日あれば近くの都市からだって馬は来れるぞ!」
「じゃあ何か! 女王様が俺たちを騙したっつーのか!」
「そう考えるのが自然だろうが! 国の為に俺たちは切り捨てられたんだ!」
ビーストマンが来るまでもなく、次第に都市の内部でも争いが起き始める。
言い争いから始まり、数少ない物資を取り合い、秩序を失っていく。
女子供は隅で小さく蹲り泣く事しかできない。
混乱は渦巻き、怨嗟を呼ぶ。
助け合わねばならぬ者同士が争い、敵も味方も判断できなくなる。
そして。
「うわぁぁああ! ビーストマンだ! ビーストマンが来たぞぉーっ!」
誰かの叫びが都市内に響いた。
動ける何人かがすぐに高台に上り都市の外を眺める。
そこにあったのは地平線を埋め尽くす程のビーストマンの数。もはや数え切れる量ではない。前回襲撃してきた数とは比べ物にならない。さらにその先行部隊は都市のすぐ側まで迫ってきている。
「誰か助けて…! 嫌だ…、嫌だぁぁ!」
「金色の英雄様…! ど、どうか我らをもう一度お救い下さい…、どうか…どうか…!」
「女王様どうして! どうして我らを助けて下さらないのですか!? 女王様ぁぁーっ!」
人々の叫びが吹き荒れる。
都市内の混乱など一瞬にして飲み込む程の悪意と暴力の気配。
遠くからでもわかる程の獣臭。
破壊が、凌辱が、死が、絶望が、そこに広がっていた。
◇
数キロ先の異変に最初に気づいたのはズーラーノーン。
探知魔法を常時展開していた為だ。遠くなるほど精度が落ちるのだがそれでも分かる程の異常事態。
「あの都市か…」
視界の先に小さく見える塀に囲まれた都市。目を凝らしてみればあちこちから火の手が上がっている様子が窺える。
「どうしたんですかズーラーノーンさん」
「気づかないのかモモンガさん。あの都市、襲われてるぞ」
「「っ!」」
ズーラーノーンの言葉にデイバーノックとイビルアイが素早く反応した。両者はすぐに都市の方へ目を向ける。ズーラーノーンの言葉通りあちこちから煙が立ち上り何事かが起きているのは明白だった。
「た、大変ですモモンガさん! すぐに…」
「少し落ち着いて下さいデイバーノックさん」
モモンガはデイバーノックを軽く制すると一つのアイテムを取り出した。
それは
ユグドラシルでは城や街で人が混み合ってるかどうかを確認して買い物をしやすくする程度のアイテムであったがこの世界においては別の使い方ができるのではないかとモモンガは睨んでいた。
「まずは情報収集です。いきなり突っ込むのは下策中の下。相手の戦力を見てから判断します」
「な、何を言ってるんだモモンガ! 人々が襲われてるかもしれないのだぞ! すぐに助けにいくべきだ!」
悠長とも言えるモモンガの言葉に真っ向から反論するイビルアイ。
彼女としてはすぐに現場に駆け付けるべきだと考えていたからだ。
「相手も知らず、策も無く、戦場であるかもしれない場所へ向かう事は容認できません。もしかしたら我々が口を出すべきではない問題かもしれませんし。まず今我々が最も意識しなければならない事は冷静である事です。感情だけで動けば助けられるものも助けられなくなります。次に確認するのは助けを必要としているのか、そして相手の戦力は我々の手に負えるのか、です」
王都や帝都で感情で動いた男とは思えないセリフである。
「う…、た、確かにそうかもしれないが…」
「なるほど! 流石はモモンガさんです! 常に最大効率を求め、より多くの者を魔法の礎とする為の妥協を許さないという事ですね!」
「……、少し静かにしてて貰えます?」
「はい!」
すごくいい声で返事をするデイバーノック。全然静かにするつもりないなと思いながらもモモンガは作業に没頭する。モモンガの睨んだ通り
最初の一手を魔法ではなくアイテムで行ったのはカウンター魔法に警戒してだ。魔法を飛ばす場合はカウンター魔法に警戒して防御魔法を展開しなければならないがアイテムならば破壊されるだけで終わる。もちろん範囲型のカウンターであればアイテム越しにダメージを受けるが魔法と違いあくまで発生の中心はアイテムになるため被害は抑えられる。モモンガなりに最短で済む方法を選択していたのだ。
「あれ…、おかしいな…。なかなか難しいぞ…」
しかしゲーム内と勝手が違うのか思うように
それを見ていたズーラーノーンがモモンガへ指示をする。
「あっ! 上手くいきました! ありがとうございます! でもズーラーノーンさんどうして使い方知ってたんですか?」
「……、今はそれどころじゃないだろう。都市内の様子を見ないと」
「そ、そうでした!」
なぜズーラーノーンがユグドラシルのアイテムの操作方法を熟知していたか気になったが今はそれどころではないとすぐに
建物を人が出入りしていたり走り回っていたり慌ただしい。都市全体を俯瞰して見ていたが視点が高くまだ細かく見えないので少しづつ視点を下げていく。人の輪郭がハッキリ見える頃には何が起きているか理解できた。
虐殺。
一方的な光景だった。
逃げ惑う人々を襲っているのは獅子の顔をした亜人。ここでモモンガはそれらがビーストマンと呼ばれている事を知る。
そのビーストマンが腕を一振りする度に一人ずつ倒れていく。鋭利な爪に引き裂かれ一撃で絶命する。人々には対抗手段が無いのだろう。戦士風の者すら見えない事を考えるとこの都市にいるのはほとんどが一般人であろう。
「こ、こんな事が…! あぁ、やめろ…! 命が…、礎が消えていく…! 魔道が…、深淵が遠のいていく…!」
「竜王国の惨状は聞き及んでいたがここまでとは…! 一体国は何をしているんだ…! 兵はどこにいる!? なぜ民達を守らんのだ!」
その景色に衝撃を受けたデイバーノックとイビルアイから悲鳴とも言える嘆きが漏れる。
この時、最初に動いたのはモモンガだった。
「≪ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大化≫≪マキシマイズマジック/魔法最強化≫!」
突如として魔法を発動するモモンガに驚く三人。が、それよりモモンガの次の行動の方が早かった。
「≪アストラル・スマイト/星幽界の一撃≫!」
突如、大気が震えた。
周囲に爆発とも太陽光ともつかない眩しさが満ちる。
放たれた場所はモモンガ達の遥か頭上。
その眩しさは数キロ先の都市からでも十分に視認できるだろう。
誰かを狙った訳ではない。
注意を引くためだ。
その為だけに第八位階たるこの魔法を放った。
「俺が間違っていました…! いや戦略としては間違っていないと思います…、でも俺がこうしてる間に流れなくてもいい血が流れてしまった…! 危険を承知してでも即座に駆け付けるべきだった…!」
わなわなと震えながらモモンガが叫ぶ。
「今の一撃でビーストマン達も慌てている。虐殺が再び始まる前に乗り込みましょう! 各自≪フライ/飛行≫で、いや≪グレーター・テレポーテーション/上位転移≫でこのまま全員で乗り込んだ方が…」
モモンガの言葉を遮るようにズーラーノーンが口を開く。
「待ってくれ、全員で転移してど真ん中に行くのはリスクが高い。四方に注意を向けなければいけなくなる」
「しかしズーラーノーンさん!」
「落ち着いてくれ、
「つまり…?」
「モモンガさんは中位アンデッドを作成できるだろう? それを使って欲しい」
そうしてモモンガ達は動き出す。
◇
「なんだあれは!?」
「天変地異の前触れか!」
「あんな光見た事もないぞ!」
都市内のビーストマン達が突然の事に騒ぎ立てる。
数キロ先とはいえ突如起きた非現実的な光景。これには誰もが困惑せざるを得ない。
それは都市内に攻め込んだビーストマンだけでなく、外で軍を待機させているビーストマンの王ですら驚愕に震えていた。
「な、なんだあの光は…! 何が起きた! 人間共の魔法か!?」
狼狽し叫ぶ王を側近達が必死になだめる。
「お、王よ落ち着いて下さい! あのような巨大な光…、あれが魔法な筈ありません! あれだけ非常識な魔法など存在するはずがない!」
「そうです! 人間の中でも最高峰の魔法を扱うという例の集団ですらこのような事はしでかしませんでした!」
「ならばアレはなんだ! まさかアイテムか!? 神が残したとされる遺物…! わざわざそれを持ち出してきたか!」
しかし少しして都市内へと送った兵士の一人が戻ってくる。
「報告せよ! 我が軍に被害はあるのか!? 何か異常事態は!?」
「はっ! 被害は0です! それにあの光は都市から離れた場所で起きたようです! 恐らくはただのハッタリでしょう! 我らには何の影響もございません!」
兵士のその報告に王と側近達の間に笑みがこぼれる。
「聞きましたか王よ! 被害は0だそうですぞ!」
「フハハ! 人間共も考える…! 戦いでは適わぬと見て我らの度肝を抜こうとしたという訳だな!」
「全くその通りでございます! 確かに私は度肝を抜かれましたぞ、一人の被害も出せないあれでこちらを驚かす気だったのですからな!」
そうして王と側近達は高らかに笑う。
今この瞬間、都市内で何が起こっているかも知らぬまま。
◇
謎の光が発生し、都市内の民衆たちもビーストマン達もしばらくは困惑し慌てていた。
しかし時間が経っても何も起きぬと知るとビーストマンには余裕が戻っていき再び人々を虐殺しようと動き出す。
その時、遠くから蹄の音が聞こえた。
恐らくはたった数体の馬の駆ける音。だがおかしい。そのたった数体しかいない馬の蹄の音はどこから聞こえるのか。少なくとも都市内ではない。そもそもこれは本当に馬の蹄の音なのか。
もっと重々しく、禍々しい何かを感じる。
ここにいるビーストマンのほとんどが本能的な恐怖を感じ取った刹那。
「≪エクスプロード/破裂≫!」
その詠唱と同時に轟音が響き渡り、都市の北門が派手に吹き飛んだ。
そこから煙と共に乱入してきたのは馬に乗ったいくつかの人影。煙を抜け、恐るべき速度で駆けてくる。吹き飛んだ瓦礫を置いていくような、まるで流れてる時間が違うのではと思わせる程の速度と重量感。
そしてその姿を確認するとビーストマン達は戦慄する事になる。
馬に見えたのはただの馬ではなかった。
馬などよりも巨大な体躯であり、骨の獣とも言うべき外見であった。
その体に纏わりつくように
まるでその
ビーストマン達は知っている。
国家レベルで非常事態宣言をしなければならない程の存在。
伝説上のアンデッド。
ビーストマン達の天敵。
「イビルアイさんはこのまま空中に飛んで下さい! 空から都市全域を俯瞰しつつ我々にフォローと指示を!」
「分かった!」
すぐにイビルアイが乗っていた
「デイバーノックさんは西の通りから抜けて南門を目指して下さい! ズーラーノーンさんは同様に東から!」
「分かりました!」
「了解した」
そうしてデイバーノックとズーラーノーンは左右に分かれ道を進んでいく。
「イビルアイさんの乗っていた
だがまだ終わりではない。
4人が乗る4体の
モモンガの後方に2体の
「
都市の大まかな立地はすでに頭に入っている。作戦も簡単とはいえ都市に突入するまでに立て終えている。
そうしてモモンガ達4人と召喚したアンデッド8体による都市掃討戦が始まった。
◇
モモンガ達を乗せながらこの都市までの数キロの距離をあっという間に踏破した。
それは都市内に進入した後も変わる事はない。曲がり角でも速度を落とさず最高速のまま正確無比に駆け抜ける。
故に搭乗者は目の前の敵のみに専念できるのだ。
まずこの広場において
彼らがモモンガと共に広場へと踏み込み、命令を受けてわずか瞬き一つ後。
イビルアイはまだ上空へと飛翔している途中、デイバーノック、ズーラーノーン、モモンガ達が3手に分かれた直後でありまだその背も十分に視認できる状態でありながらも。
すでに2つ、ビーストマンの首が宙を舞っていた。
その首が落ちる前に
合間に
一瞬にして10を超える死体が出来上がり、その辺りでやっとビーストマン達の悲鳴が追いついた。
誰もが理解出来ない。
彼らからすれば門が爆発したと思った次の瞬間いくつもの命が刈り取られたのだから。
「オオオァァァアアアアアアーーーッ!!!」
ビーストマン達の悲鳴をかき消すように
王都及び帝都を恐怖の底に突き落とした地獄からの叫びがこの地で再び響き渡る。もはや様式美と言っても良い悪意と暴力の合図だ。それを前にビーストマン達は恐怖で動けずにいる。
だがそれだけでは終わらない。
3方向に散ったモモンガ達は積極的にこの場にいる者を殺しはしなかった。なぜならここは
進路上にいる邪魔は者は全て魔法で薙ぎ払われていく。
ビーストマン達は逃げるどころか気付いた時には3人の
真の虐殺が始まった。
◇
「やれやれ…、
上空でイビルアイが一人ごちる。
まだイビルアイが上空で待機してから60秒も経っていないだろう。だがたったそれだけの時間で北門前の広場にいたビーストマン千体以上が命を落とした。広場の半分はすでに制圧したと言っても良いだろう。
しかしイビルアイは途中である事に気づく。
「ん…? 死んだ筈のビーストマンが動き出して…、あっ!」
突如としてビーストマンの死体が動き出し近くにいた民衆を襲いだした。
「な、なんだっ!? ≪クリスタルランス/水晶騎士槍≫!」
慌てて上空から魔法を発動しビーストマンの死体を処理していくイビルアイ。
すぐにメッセージの魔法をモモンガにつなぐ。
「大変だモモンガ!」
『イビルアイさん? 何かあったんですか!?』
「う、うむ。それが変なんだ…、
『あっ…』
妙な沈黙が二人の間に流れる。
「おいモモンガ、あってなんだ、あって。何か知ってるのか?」
『じ、実は…』
そうしてモモンガはイビルアイに
「な、なんだと! 殺した相手を
『す、すいません…。熱くなって忘れてました…、王都の時はちゃんと命令できてたのに今回は
「ど、どうするんだこれ!?」
『すいません、俺から
「ま、全くしょうがない奴だな! これはおしおきものだぞ! だが、うん、そういうドジな所も可愛げがあって…あうっ、わ、私は何を!? て、ていうかこれは貸しだからな! 仕方なく手を貸してやるだけだぞ! 罪もない人が被害に遭うのが我慢できないだけでお前の為とかじゃないんだからな! 頼られて嬉しいとか欠片も思ってないんだからな!」
『わかってます、ごめんなさい…』
そうしてモモンガとの通信を終えた後、なぜか一人で赤面するイビルアイ。
「ど、どうしよう…。モモンガに貸しが出来てしまったぞ…、ていうか勢いでおしおきするとか言ってしまった…! わ、私はどうしてしまったんだ…、お、おしおき…、一体何をすれば…。う、む、胸が苦しい…!」
そんな事をしている間にビーストマンの
「し、しまったっ…! すまん今行くぞ!」
慌てて広場に降り立ち
遠くで
その後はビーストマンを壁に叩きつけ殺し始める。どうやら直接
しかし一歩遅れて大変な事に気づく。
「っ!! や、やめろやめろ! そんな殺し方するな!」
慌ててイビルアイが
「だから王都であんな殺し方してたのか…! モモンガもモモンガだ…! あんな殺し方してたら誤解されるに決まってるだろ、血の海だぞ、血の海! わ、私がいないとダメだなもう! まぁ王都と違ってビーストマン相手だからいいけど…、いやでもこれは…」
すでに数体潰れたトマトになったビーストマンを見てイビルアイは思う。
「体は四散し内臓も飛び出てる…、こんなの悪魔の所業にしか思えないぞ…。何より汚い…。やっぱりこれはやめた方がいいな、うん」
そしてイビルアイは
後は逃げ遅れた人々を助けて回れと。広場を制圧するのはイビルアイと2体の
至高の御方の命令を遂行しようとノリノリだった
(何か知らんが凄く落ち込んでるように見える…、意外と感情豊かな奴なのか…?)
何はともあれイビルアイのこの行動のおかげで後に都市の人々から必要以上に恐れらず済む事になるのだがそれは誰も気づかない。都市の外でどう騒がれるかはまた別の話なのだが。
◇
その頃、東側から都市を南下していたズーラーノーンは容赦なくビーストマンを確実に滅ぼしていく。
特にズーラーノーンは探知系に特化しており隠れているビーストマンを余さず殺害していった。有無を言わさず処理していった為、4人の中では最も早く担当区域を制圧することができた。
(ふん…、人助けなどくだらんな…)
心の中ではこんなどうでもいい事などせずにさっさとエリュエンティウに向かいたいと思っていたが決してそれを表には出す事は無い。エリュエンティウに着くまではどんなくだらない演技でも続けるだろう。それまでは決してモモンガの信頼を裏切る訳にはいかないのだ。
モモンガさえいればズーラーノーンの目的に手が届くのだから。
◇
デイバーノックは隙があれば説得を試みようと思っていたがそのいずれも失敗。
理由は躊躇している間に民衆に被害が出る可能性があったからだ。加えて
逃げながらも民衆の生き残りを見つければ人質に取る可能性があったしこの恐慌状態では正常な判断もできない。もはや致し方なしとして道中のビーストマン達を倒していく。
ここでは新たに覚えた≪ドラゴン・ライトニング/龍雷≫が役に立った。細い通路に並んでるビーストマン達をまとめて薙ぎ払えたからだ。カッツェ平野の道中でイビルアイに見せて貰ったのだがその一度でデイバーノックは習得に成功していた。それを見たイビルアイが心底驚いていた事をデイバーノックは知らない。
さらに道中で見つけた人々への対応が最も紳士的であり、後に混乱が起きなかったのはデイバーノックのおかげと言っても過言ではないだろう。
◇
肝心のモモンガは2体の
モモンガの魔法秘一つで数体のビーストマンが消し炭になっていく。
その通り道はまさに死屍累々。
ここまでくれば都市内のビーストマン全てが異常事態に気づいておりもはや人間を襲うなどという状況ではなくなった。
結果としてモモンガ達が都市に突入してから民衆の死者は0となった。
モモンガが道を進んでいき都市の南門の前に到着する。そこに待ち構えていたのはビーストマン達の中でも強大な力を持つ爪の部族を束ねる長。
モモンガも一目見て他のビーストマンと違うと理解できた。
体は大きく、迫力も、戦意も何もかもが違ったからだ。
戦闘能力だけならばクレマンティーヌが倒した牙の長に匹敵する。
爪の長は
それは己の力を信じているからだ。
「お前で最後のようだな」
モモンガが
「我が爪は決して折れぬ、かつて我らを追い詰めた伝説のアンデッドとて我らの勇者に滅ぼされたのだ。ならば我に滅ぼせぬ道理などない…! 伝説を喰らい、我が武勇を知らしめてやる!」
そう叫び大地を蹴ると一瞬でモモンガまで間合いを詰める爪の長。
強者と強者がぶつかる。
ここに都市掃討戦における最終戦が始まった。
◇
モモンガ達が侵入してしばらく後、民衆は困惑し理解が追いつかなかった。
ビーストマン達に追いやられ皆殺しにされると誰もが思ったとき、新たな乱入者が現れた。
門を吹き飛ばし、轟音と共に疾風のように現れた数人の者。
だが少数とはいえ問題は彼らが騎乗していたモンスターだ。
骨の体に異様なオーラのようなものを纏った見た事も無いモンスター。さらに後方には明らかなに人とは思えぬ巨体の騎士もいた。それがアンデッドだと気付いたのは彼らが近づいて来てからだ。
前を走る4人の者は皆奇妙な仮面を付けており顔色は覗えない。
彼らが何者であり、何が目的かは不明だがビーストマンへの攻撃が始まった。
歓声が最初に上がったのはデイバーノックが担当した西の地区だ。彼の行動と言葉が民衆に自分達が助けられたのだと理解させた。
次に歓声があがったのは北の広場。
ズーラーノーンとモモンガにおいては一切民衆に声をかけていないのでそこにいた者たちは何が起きたかを把握するまでは時間がかかったが西や北から喜びの声が聞こえてくると次第に理解が追いつき助けられたのだと悟った。
「俺たち助かったのか…!」
「あの人達が助けてくれたんだ…!」
「一体誰が…?」
「援軍だ! 王都から援軍が来たんだ!」
「やっぱり女王様は俺たちを見捨ててなかったんだ!」
「女王様万歳! 女王様万歳!」
そうして謎の女王様コールが始まる。
◇
都市の外に待機していたビーストマンの軍勢は何が起きたか理解できないでいた。
突如、謎の光が遠くで輝いたかと思うと少しして都市のどこかで爆発音が轟いた。
それと同時に都市内を駆けるいくつかの蹄の音。
続いて地獄の底から聞こえてくるような咆哮が響いた。
そこからは悪夢のようだった。
ここからは何も見えない、見えないが。
同胞のものであると思われる無数の叫びが次々と上がった。
最初は遠く、恐らくは北の端まで侵入した者たちだろう。
だが次第にその叫びは波のように近づいてくるのだ。
逃げ惑っているわけではないだろう。
何者かが都市を南下し同胞に悲鳴を上げさせているのだ。
恐怖、苦痛、命乞い。
考えられる限りの悲鳴が上がった。
一体悲鳴を上げた同胞達はどうなったのだろうか。
その悲鳴が南の端まで来ると一転して音が止んだ。
きっともう悲鳴を上げられる者が残っていないのだろう。
もはや生き残っている者などこの都市にはいないのではないかと思える程の深い静寂。
門や塀を隔てても匂ってくる血の香りと死の気配。
見ずとも感覚が、本能が告げている。
都市に侵入したビーストマン達は全滅したのだと。
「な、何が起きた…? こ、この都市に何がいるのだ…?」
王が漏らす言葉に側近達は何も言えないでいた。
戦いが起きたのならそういう音がする筈なのだ。
だが戦いの音どころか争いがあったような音も気配も感じない。
時間だって爆発音がしてからさほど経っていない。
なにもかもが理解の外なのだ。
しばらくして都市内から人間の者と思える歓声が響いた。
勝ち鬨でもなければ勝利を誇るようなものでもない。純粋な喜びの声。
「ど、どういうことだ…? 人間たちが生きている…? つまり…、爪の部族は人間共にやられたというのか…? このわずかな時間で…?」
「爪の部族はおよそ二万…、それだけの数が一刻も経たず全滅するなどありえません…!」
王はもちろん、側近達や周囲の兵士も息を飲んでいた。
屈強な2万ものビーストマンの軍勢がたかが一刻の間に全滅するなど考えられないからだ。
きっと何かの間違いだ、誰もがそう信じていた。
「恐らく牙の長を倒した者達でしょう。なかなか…、いや、かなりやるようです。ですがこの軍勢の前では敵ではあるますまい」
「そうだな、所詮は人間。我が軍勢の前では障害になどならん…」
側近と王が会話していると、彼らの前にある都市の南門がゆっくりと開いた。
完全には開かず、人が一人通れる程の隙間。そこから現れたのは奇妙な仮面を身に着けた
手には爪の長の首があった。
「話をできる余裕も無かったのでね、通告も無く全滅させたが許して欲しい」
そう言って仮面の男は爪の長の首をポイッと投げてよこした。
王の足元まで転がってきた爪の長の表情は恐怖に歪んでいた。
「俺としてはあまり政治的な事が絡むなら深入りする気はないんだが…、どうやら戦争をしているようにも見えないし、何よりただの一般人を一方的に殺すのはちょっとね…。という訳で、なぜこの都市を攻めるのか聞いても?」
仮面の男の問いに答える為にビーストマンの王が前に歩み出る。
「政治的? 何を言っているがわからんが我々が人間を襲うのは喰うためだ。それ以外の理由などない」
「喰うため? なるほど、生きる為に必要だというならば仕方が無いとも言えるか…。しかし普通に家畜を育てるのでは駄目なのか? 何か人間でなければいけない理由が?」
「肉は肉だろう。どんな生き物でも肉である事には変わらん。ならば育てる必要もなくここに大量に湧いている人間を喰うのは当然だろう?」
「なるほど、つまりは人間でなくともいい訳か。でもまぁそうだよな、特定の種族しか食えないなんて生物として欠陥だし…」
急に考え込むようにブツブツと独り言を始める仮面の男。
「質問は終わりか? ならば次はこちらの質問に答えてもらおう。我が同胞をどうした? 先ほど全滅と言ったが爪の部族が正面から敗れる筈がない。どんな卑怯な手を使ったのだ?」
「卑怯? なぜそう決めつける?」
「人間如きが偉大なる我々ビーストマンに敵う筈ないからだ。我々は魔法には詳しくないがもしかすると大儀式とかいうやつでもやったのか? どうせ都市内に魔法陣でも仕掛けていたのだろう? ふん、人間らしい小賢しい手よ」
「少し何を言っているのか分からないな。なぜそういう結論に至ったのか聞きたい」
「ふふ、見破られたからといって強がるなよ人間…! 確かに貴様らは2万もの軍勢を全滅させたのかもしれない。それは褒めてやろう。だがこれを見ろ!」
王が両手を広げ、自身の後ろに待機する軍勢を示す。
そこには見渡す限りのビーストマンの兵士達。
「我が軍勢は未だ18万いる…! 誰がこれに勝てる…? 仮に貴様が我が部族の長を倒せるとてどうやってこれを攻略できるというのだ! 個人でいくら強かろうとこの数を打開できる筈などない!」
王の顔には自信が溢れている。
先ほどは同胞の悲鳴により困惑したがまだビーストマンの軍勢は18万もいるのだ。
彼ら個人の戦闘能力を考えれば下手な国家など容易く滅ぼせる規模だ。
そうだ、我々が負ける筈などない。その思いが王に確かな自信を取り戻させた。
「少し話がズレてきたな…。俺がしたいのはそんな話じゃなくて…、ああまどろっこしいな…。もういい、単刀直入に言おう。お前たちがここから引き下がるなら見逃してやる、それでどうだ?」
仮面の男の言葉に場が沈黙する。
王も目を丸くし唖然としていた。
少し遅れて至る所から笑い声が漏れ始める。
「クハハハ…! 何を言うかと思えば…! 見逃す? 我らを見逃すだと…? 人間が…?」
王も笑いを堪えながら必死に問いただす。
「そうだ。悪くないだろ? 別に俺だって弱い者イジメがしたい訳じゃないしお前たちだって無駄に死にたくない筈だ。それに…」
「黙れ人間がぁぁ!」
仮面の男の言葉を遮り王が叫ぶ。
「最初は笑えるかとも思ったがそこまでいくと不快だぞ…? 弱い…? 我らが? 自分達の方が強いつもりでいるのか…? その態度は我慢ならんな…! 人間は人間らしく、弱者は弱者らしく小さくなって怯えていればいいのだ…! それがこの世の摂理! 弱き者は強き者の餌でしかない! 弱き者は何をされても文句は言えんのだ! すぐに思い知らせてやる…! 我が同胞を手にかけた事、後悔するがいい…!」
「やっぱり上手くいかなかったか…、デイバーノックさんに任せればよかったかな…」
「何をブツブツ言っておるのだ、命乞いならもう遅いぞ…?」
仮面の男が残念そうに肩を落とす。
「えーと、つまりは交渉決裂って事でいいかな?」
「交渉? 貴様らなぞ最初から我らと交渉できる立場になぞ無いわ!」
「話にならないな…。ああ、こういう相手の時にやるべきだったのか。言う事を聞かせるのに一発殴るのは悪い手ではないってぷにっと萌えさんも言ってたしなぁ…。ん? でも最初に二万全滅させてるしそういう意味じゃ殴ってるよな? うーん、分からない…。この場合どう転んでも無理だったって事か?」
「さっきから何をゴチャゴチャと! ええい構わん! お前ら今すぐこいつを殺せ! 不愉快だ!」
王がそう叫び兵を仮面の男へとけしかける。
「どうしても戦うしかないってことか…、仕方ない…」
嘆息しながら仮面の男が着用している仮面に手をかける。
仮面がズラされ、その下から出てきたのは骸骨の顔。
「な…! 貴様! アンデッ…!」
その暗い眼窩に赤い炎が灯り、王を見据える。
「ならば戦争だ」
その言葉と共に都市の門が再び開き始める。
そこにいたのは同じように仮面を付けた3人の人間らしき影。
ビーストマン達は知らないだろう。
そのいずれもが単体で国を滅ぼせるような強者である事に。
逸脱者の領域に踏み込んだデイバーノック。
世界最悪の秘密結社の盟主ズーラーノーン。
国落しの異名を持つイビルアイ。
加えてビーストマン以上に巨大な体躯を持つ騎士が2体。
この世界において最高峰と謳われる伝説のアンデッドである
そしてさらに後方に見えるのはビーストマンにとって悪夢の象徴。
かつてビーストマンの都市にてたった3体で10万以上もの死者をだしたと伝えられる忌まわしきアンデッドである
それが、6体。
◇
スレイン法国。
漆黒聖典隊長は帝都での報告を終え会議室から退室する。
きっと今回の議論は朝まで続きそれでも終わらないだろう。そう確信している。なぜならもう解決策などただの一つとして存在しないのだから。
「負けたんだって?」
部屋から出てくるのを待っていたのかドアの脇に番外席次が立っていた。
「貴方ですか…。別に負けた訳ではありません、トドメを刺すことは可能でしたがカイレ様が持つ神の遺産を万が一にも失わぬ為に撤退したのです」
「ふぅん、よく言うよね。腕を一本失って帰って来たくせにさ」
番外席次が隊長を見ながらニヤニヤと顔を歪める。
彼女は隊長の言葉を信じていない。だがそれも仕方のない事だ。
今は魔法で元通りとはいえ隊長は腕を一本失い、他の隊員達はろくに戦う暇も無く戦闘不能。カイレが放った法国の切り札たるケイ・セケ・コゥクすら通用しなかった。
そして肝心の目的を倒す事も出来ずに逃走してきたのだ。
例のアンデッドだけでなく他にも強力なアンデッドが複数いたらしいがそれでも法国としては敗北と言わざるを得ないだろう。
隊長及び多くの漆黒聖典の導入、神の遺産すら行使したにも関わらず作戦は失敗したのだ。
故にもう法国に打てる手など一つも存在しない。
たった一つの例外を除いて。
「凄いなぁ…。話に聞く真なる竜王以外じゃ隊長にすら勝てる奴なんてこの世界にはいないと思ってたのに…。しかも神の遺産すら効かないなんてどれだけデタラメなの…?」
番外席次の顔がどんどん歪んでいく。
「凄い、本当に凄いよ…。会いたい、会いたいなぁ…、私も
「なっ! 何を考えてるんですか…、落ち着いて下さい…。あ、貴方の存在が露見すれば…!」
だがもはや隊長の言葉は番外席次の耳には届かない。
「私がヤるしかないじゃない…!」
体を震わせ、姿も知らぬ
まるで恋い焦がれる乙女のように。
◇
アーグランド評議国。
「リグリッドはもう彼女に会えたかな…?」
久方ぶりに訪れた友人を見送った後、ツアーはしばらく考え込んでいた。
百年の揺り返しが起きたのならば世界にまた動乱が起きるだろう。その為、友人であるリグリッドも彼女に助けを求める為に動いた。
「私も動くべきだろうね、少なくともその存在をこの目で確認しなければ結論は出せない」
そうしてツアーは目の前にある白金の全身鎧へと魔力を送る。
「もしこの世界に仇名す者であったなら…、また世界が混沌に包まれるのだろうか…。リーダーのように協力的な者であれば…。いや、すぐに決めつけるのは早計か…。リーダーも最初は…」
そうして何かを言い淀むツアー。
リーダーと共に十三英雄の一人として旅をした事もあり、彼と共に魔神を倒して世界を守った。だが魔神討伐から返ってきた十三英雄達はみな口を閉ざし多くを語る事は無かった。
故にリーダーである彼の死の詳細も憶測だけが広がり真実は世に伝わっていない。
「語れる筈がない…、あれが世に出れば世界の歴史が覆る…」
苦し気な表情を浮かべ歯を食いしばるツアー。その真実に仲間の誰もが言葉を失い茫然とした。裏切られたと叫ぶ者までいた。ツアーとて例外ではない、当時は立ち直るまで長い時間を要したのだから。
リグリッドも激しく困惑しただろう。己の信じていた物が崩れ去った時、何を思ったのか。
「君は本当に凄いよリグリット…、あれだけの事があり、これだけの時間がありながらもその心は変わらなかったのだからね。あぁ、また生きて君と会いたいなリグリッド。可能であればインベルンの嬢ちゃんにも、ね」
独白が終わるとツアーは静かに目を閉じる。
それと同時に白金の全身鎧が動き出し、外へと駆けていく。
一端とはいえ世界の真実を知るツアー。
彼にとってこれから見る物は一体どう映るのだろうか。
◇
海上都市。
そこでリグリッドはついに彼女と出会った。
最深部にある部屋の中央にあるのは巨大な水槽。
その中で女性が裸のまま揺蕩っている。
「儂はリグリッド、リーダーの友人じゃ。いきなりですまんが世界を救うためにどうか儂らに力を貸して貰えないじゃろうか?」
リグリッドの言葉に反応したのか、少しして彼女の目がゆっくりと開かれる。
「プレイヤー以外でここまで来るのは珍しいな…」
凛とした声が響いた。
不思議と水中にいながらもその声は掻き消える事なくリグリッドの耳に届く。
「リーダーに教わっておったからな。仕掛けには引っかからんかったよ」
「リーダー? ああ、彼の事。まあここは別にダンジョンとしての難易度が高い訳ではないから攻略法さえ知っていれば来るのは難しくない、か…」
一呼吸おいて彼女が話を続ける。
「数十年、遅かったな…。いやもっとか?」
「…? 何の話じゃ?」
難しい表情をする彼女にリグリッドが怪訝な様子で尋ねる。
「いや、なんでもない。それよりも用事は何だったかな? 世界を救うとは?」
そしてリグリッドは彼女に事情を説明する、百年の揺り返しが起き世界を汚す力が動き出したかもしれないと。
「そうか、次が来たのか」
淡々と、恐ろしい程淡々と彼女は言葉を紡ぐ。
「リーダーからお主の存在を聞いておったからの。助けてくれないかと頼みに来たんじゃ」
「すまないが協力できない」
リグリッドの懇願も虚しく彼女から返ってくるのは拒絶の言葉。
「ふむ…。まぁ無理強いできるような事でない事は分かっておるがそれでも聞いてよいか? そ奴らがここに攻めてきたらと考えないのか? 見た所ここにはそなたを守るような者どころか何者の気配も感じなかった」
その問いに彼女が肩を揺らし笑う。
「その心配は無用だよ。いや、正確には幾人かの者が訪れた事はあったけれどね」
「今までが友好的だったとしてもこれからもそうとは限らんじゃろう? この場所を奪いに来るかもしれんぞ」
「大丈夫。ここにはその価値がないから」
達観したような、まるで全てを諦めたような表情を浮かべる彼女。
「ここは終わった場所なんだ。ギルド拠点の成れの果て。六大神や八欲王も、君達がリーダーと呼ぶ彼も、他の者でさえここには何の価値も見出さなかった。ただその残骸だけが残る場所だよ。かつてはルルイエなんて呼ばれていたけど…」
「ルルイエ…?」
「クトゥルフが眠る場所さ。ユグドラシルにおいてサービス終了の少し前にアップデートで追加された場所だ。目玉のコラボイベントとして新規を引き入れようとした運営の最後の足掻きだったみたい。新規でも楽しめるように低難易度に抑えたイベントだったらしいけど結局ユグドラシルが盛り返すには至らなかった。まぁ下火になったユグドラシルに集客力なんてある訳ないからね、盛り上がるどころかこのイベントすら知らない人も多かっただろう」
リグリッドには理解出来ない。
目の前の彼女の言っている事が何一つ。
「別に忘れていいよ、もうボスであるクトゥルフは倒されたしね。ギルド拠点になった後もやがてギルド武器は破壊されNPCやモンスター達は世界に解き放たれた。確か当時の竜王達が全て倒したって聞いたよ。言い伝えじゃ複数の化け物が突如空間を切り裂いて現れたと伝えられているらしいけど大げさだよね、ただの転移魔法なのにさ。時期は確か六大神が来るより前だった。それにこの世界に来たからかな? ユグドラシルと違ってここがダンジョンとして復活する事は無かったんだ。だから残骸。もはや何の価値も残っていない。ああ、ギミックだけはかろうじて残っているけどね。あと君らのリーダーが来た時に言ってたかな? 惑星ザイクロトルの支配者は滅ぼされずまだこの世界に残ってたって。もしかしたら他にもいるかもしれないけど話は聞かないね」
「ザイクロ…、なんじゃそれは?」
「ザイクロトルの死の植物と言った方がいいかな? リーダーは何か固有名詞を付けてた気がするけど忘れたな。まぁレイドボスとはいえカンストしてなくても倒せるような強さだった筈だから心配しなくていいと思うけど」
「ま、待ってくれ…、理解が追い付かん…。そもそも、お主は何者じゃ…? なぜ六大神が来るより前の事を知っておる…? それより前にこの世界に訪れていたというのか…?」
リグリッドも彼女についてはリーダーから詳しくは聞いていない。
ただ彼女がプレイヤーであるという点のみ。
「だから疲れたんだ。待つのはつらいからね。それにここならいくらでも寝ていられる。邪魔者は滅多に来ないし、来ても構わない。仮に殺されたとしてもそれはそれでこの苦しみから解放されそうだし」
一切の感情を感じさせずに彼女は言葉を紡ぐ。
リグリッドは思う。リーダーからは害は無いと聞いているが本当にそうなのかと。害が無いのではなく、ただ全てに興味が無いだけなのではないかと。
「話は戻るけど、どんな理由、事情であれ協力する事は出来ない。でもまぁせっかくだから久しぶりに外に出てみるのもいいかもしれないね。万が一という事もあるし…、どうせ無駄だろうけど…」
そう言って水面まで浮き上がり、巨大な水槽から外へと出る彼女。
彼女は何も望まない。
何も欲しない。
何にも囚われず、何にも干渉する事はない。
ただ一つの約束を除いて。
いつしか心が枯れ、朽ち果て錆び付いた彼女の夢。
しかしそれでもなお手元に輝く一つのアイテムだけは大事にしっかりと抱えている。
それだけが彼女の証明であり、約束を叶えるうるただ一つの手段だからだ。
その可能性がどれだけ低いとしても。
「最悪、ここらで終わりにするのも悪くないかな…?」
運営に仕様の変更すら願える破格のアイテム。
だがそのアイテムを駆使してなお、彼女の夢には届かない。
モモンガ一行「我らアンデッドオールスターズ!」バァーン
ビーストマンの王「ひ、ひぇぇ……」
今回は半年かからず更新できました!やった!
やっと竜王国編に入りましたが今回は短くなると思います
というか内容的にはご察しの通り消化試合しかないので…、南無三
そもそも中位アンデッド召喚するだけで無双できてしまうのが悪い!
モモンガ自身も特定の強者に会わない限りレベルが60でも100でも変わらないですしねこれ
あと海上都市の彼女がクトゥルフ云々言ってますがそこは本編に関わらないので忘れて頂いて結構です、あくまで海上都市の成り立ちの説明であり本人の言う通りすでに終わっている話なので
加えて若干話がややこしくなってきましたが六大神、八欲王、十三英雄などに関わってくるので辛抱して頂けると助かります
原作で斬り込んでいない部分にグイグイ行く予定なので正直皆さんの反応が怖い…