ありんす探偵社へようこそ 作:善太夫
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城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はミルクで始まります。
「ハードボイルドにはやっぱりミルクでありんちゅね」
ハードボイルドらしく、ありんすちゃんはミルクに砂糖は入れません。一気にミルクを飲み干すと、口の周りに白いわっかをつけたまま、ありんすちゃんは新聞を広げます。
「……で……のは……る。……の……という……を……ふーん。最近は平和でありんちゅね」
どうやらありんすちゃんには漢字は読めないみたいです。
「……平和なのは結構だが、こうも平和すぎてはあがったりだ。困ったものだな」
探偵助手が苦言を呈しますが、ありんすちゃんは全く聞く耳が無いみたいです。
「キーノは心配し過ぎなんでありんちゅね。そのうち依頼あるでありんちゅ」
「しかし……今月も家賃の期限が明日に迫っているぞ。かれこれ三ヶ月も滞納しているから明日にも追い出されかねないが」
ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。探偵助手キーノ、彼女は小柄で胸もペタンコ──とはいってもありんすちゃんよりは当然ありますが──全てが小さくて小言が多過ぎてありんすちゃんをうんざりさせます。ありんすちゃんあってのありんす探偵社であるという事が理解出来ていないのかもしれません。
「そのうち依頼人来るでありんちゅよ」
ありんすちゃんはハンカチで口の周りのミルクのわっかを拭きながら自信ありげに答えるのでした。
と、チリンチリンと扉の鈴が鳴りました。どうやら待ちに待った来客みたいですね。
「あの……ここはありんす探偵社ですよね? 是非とも相談したい事が……」
おずおずと入って来たのは金髪の少女でした。健康的に日焼けした肌にこぎれいだけれど少し野暮ったい服装で首から小さな角笛の付いたネックレスを下げていました。
「……あの……実は相談したい事がありまして……私はカルネ村のエンリ・エモットと申します──」
「──なん、だ、と──」
依頼人の言葉を遮ってキーノが絶叫しました。
「お前が──うげっ!」
騒ぐキーノにありんすちゃんは一発入れて黙らせました。
「気にちないで悩み事を詳しく話すでありんちゅよ」
ありんすちゃんはエンリに声をかけました。
「私は幼い妹と一緒にカルネ村に住んでいます。最近、親しい友人の薬師の少年が家族と一緒に移ってきたのですが…………その……」
エンリはそこで口をつぐんでしまいました。しばらく躊躇った後、意を決して続けました。
「……彼、ロ●コンじゃないかと……」
「!!!!」
ありんすちゃんもキーノも言葉を失いました。
「なんだか最近、やたらとンフィーが……ああ、彼の名前はンフィーレアと言います……が妹のネムと仲が良いみたいなんです。私は心配で……」
ありんすちゃんは核心を突く発言をしました。
「エンリはンフィーレアがしゅきでありんちゅね」
途端にエンリの顔が朱に染まりました。
「え! あ……その…………ハイ」
そこで何故かキーノが小さくガッツポーズをしましたが、それは無視して……さらにありんすちゃんが畳みかけます。
「しょうをえじゅんば馬をえよ、って言うでありんちゅ。相手の心をものにしゅるなら周りにしゅかれよ、という意味だとマーレが言ってたでありんちゅ」
みるとキーノが一生懸命ありんすちゃんの言葉をメモしています。
「……つまりモモン殿に好かれる為にはナーベに好かれないと、か……ウムムムム……」
ありんすちゃんは横でブツブツ呟いているキーノを無視して続けました。
「誰か周りのひちょに協力ちてもらうでありんちゅ。誰かいないでありんちゅ?」
「お婆ちゃん……ンフィーの祖母のリィジーさんがいます。……それと……ルプスレギナさんかな?」
ありんすちゃんはルプスレギナという名前をどこかで聞いたような気がしましたが、思い出せませんでした。
※ ※ ※
「とりあえず頑張ってみるでありんちゅ」
ありんすちゃんがエンリを送り出してオフィスに戻るとキーノが難しい顔で悩んでいました。
「ウムムムム……ナーベか……ウムムムム」
ありんすちゃんは窓から空を見上げながら、ふと、エンリから代金をもらいわすれていた事に気がつきました。
※ ※ ※
カルネ村の郊外、遠くからエンリとゴブリン達を載せた馬車を眺めながらルプスレギナが呟きました。
「あーあ。村、襲われないっすかねー」