骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
<< 前の話

22 / 22
第22話 「牧羊魔王」

 

 死者の数が驚くほどに少ない――、随時届けられる前線の情報を分析していたザナック王子が、疑念と共に感じた感想だ。

 あの化け物騎士を先触れとして送り込んできた軍隊である。実際、斥候からの情報では、低位のアンデッドや悪魔らしき異形が群れを成して迫ってきているとのこと。

 農村民に毛の生えた程度の民兵では、障害物程度にしかならないはずであろう。

 それなのに、

 

「思っていたより弱い、とかではないのだろうなぁ」

 

「お兄様、こんな時に冗談はやめてください。死者が少ないのは、魔王軍が王国民を追い立てているからですよ。放牧している羊を集める、牧羊犬であるかのように……」

 

 王城の軍議室で書類の整理や分析を手伝っていたラナーは、「ふぅ」と一息ついて手元の地図を見る。

 

「今はこの辺りでしょうか?」駒をいくらか動かし、斥候が集めた情報を元に魔王軍の現在位置を地図に示す。

 

「エ・ペスペルか……。今頃は避難民が集まって酷い状況なのだろうなぁ。そこにアンデッドが迫ってきているともなれば、まともに戦えるかどうか」

 

 ピシャリ、と額を叩くザナック王子の心境と同じく、王国は混乱状態だ。

 国王が病床に伏しているため求心力は低下し、王派閥の貴族どもは自軍増強に明け暮れ軍議の場にも出てこない。領地へ戻った者もいる。言い分としては、化け物の脅威から王国を護るための緊急処置であるとのこと。本音は『魔王軍とやらの脅威度が不明なので様子見させてもらう』であろうが……。

 担ぐはずの神輿――であるバルブロ王子の死亡に慌てふためいた貴族派閥は、『敵を討てば手柄になる』とでも考えたのか? 一目散に己の領地へ戻ると、手勢を集めて独立した軍を形成。独自に魔王軍へと挑むつもりのようだ。

 唯一、ボウロロープ候だけが怒りに任せて王国軍を率いてくれたが、エ・ペスペルの救援には間に合わないだろう。

 まぁ間に合ったとしても犠牲が増えるだけ、とはザナック王子も口にしなかった。

 

「妹よ、頼みの評議国からはなんの返事もないぞ。レエブン候は竜王の説得に失敗したのか?」

 

 本来であれば幾人もの貴族が立ち並び、熱い議論を交わすであろう軍議室に、ザナック王子の弱々しい呟きだけが響く。

 その言葉を聞き取れるのは、各地の情報を運び込み、内容の重要度を整理している文官数名と、腹違いの妹――ラナー王女だけだ。

 

「お兄様、レエブン候が失敗したのなら諦めもつきましょう。それより今は、好き勝手に動いている大貴族の方々をなんとかしませんと」

「無理だ」

 

 ザナック王子の即答に、ラナー王女は悲しさを湛え、困った表情で軽く微笑む。

 もちろん全ては演技なのだろう。ラナーは悲しくもないし、困ってもいない。それは王子にも解かっていた。

 コイツの興味は、“蒼の薔薇”を呼びに行っているクライムにしかないのだろうと。

 

「王が正式に後継者指名をしたとしても、対立して内乱になりかねない構造だったんだ。加えて兄上は死ぬし、南からは魔王軍。こんな状況で、貴族どもが俺の言うことを聴くものか。真っ先に逃げ出したレエブン候が答えだろうよ」

 

「レエブン候は評議国への使者ですわよ。言葉が過ぎます」

 

「けっ」王子らしくない悪態をついてみても、気分は晴れない。暗雲立ち込める王国の未来は、とても直視出来るものではないのだ。

 貴族どもは自己保身に邁進し、統制機関としての機能を失いつつある。国民には死の騎兵(デス・キャバリエ)の宣戦布告が広まっており、懐に余裕がある者ほど国外への退避を検討していた。

 しかしそれでも、ボウロロープ候が王国兵数万と共に進軍するさまは、国民にとって心の安定剤となったに違いない。これで救われる、これで大丈夫、王国は安泰だ。たとえ相手が噂の魔王軍であったとしても――と。

 

(まだ国民は落ち着いている。戦争に慣れているからだろうが、王都まで攻め込まれたことがないのも一因か。それに魔王軍などと言われて誰が信じる? 俺だって守備兵の死体の山や、“朱の雫”の残骸を直接見ていなければ半信半疑だった。貴族どもが帝国の謀略だと口にする気持ちも解る。その方が現実的だし、まだ救いがあるよなぁ)

 

「お兄様、手を動かしてください」ぶつぶつと呟くザナック王子の不審なさまを気にもしないで、ラナー王女は必要な書類を作成し、王子の前へ積み上げていく。

 これは人と物資の搬送命令書だ。

 必要な人員と物資を必要な場所へ。どのように配置したら魔王軍を引き付けられるか? どこへ物資を集めたら最後まで無残に殺されてくれるのか? 評議国の竜王たちが動き出すまでの時間を稼ぐには、どう国民の命を使い潰せばいいのか? そんな分配指示書であった。

 故に、いつもの担当文官には任せられず、ラナー王女が無理やり仕事を奪ったわけである。横やりが大好きな貴族は自分たちのことで精一杯なので、邪魔が入ることはない。

 

「なぁ、妹よ。ペスペア候はどうなっていると思う? 魔王軍なんて信じてなかった彼が、今は異形の化け物どもと対峙しているわけだが……」けだるそうに署名しては印を押し、控えていた文官に持たせては走らせる。そんなザナック王子が決裁した物資輸送の命令書には、たったの一通もエ・ペスペルへの配送指示はなかった。

 

「もちろん――」軽く頭を上げ、ラナー王女は心の底から信じているとの微笑みで「勝利してくださいますわ」と嘘を吐く。当然ながら、ザナック王子以外には涙を誘うほどに大好評だ。王子のため息も漏れる。

 

「あぁ、もうだめか……。俺の代でどうして――」

「失礼いたしますラナー様! “蒼の薔薇”の皆様をお連れしました!」

「ラナー! 叔父様が殺されたって本当なの?! 遺体は? 遺体はどこ?!」

 

 王子の愚痴を遮ったのは、ラナー王女付きの兵士“クライム”のしわがれた声と、遥か遠くまで響き渡るかのような美しくて力強い、若い女性の緊迫した叫びであった。

 

「ラキュース、貴女は無事だったのですね。何かあったでは、と心配しました」

 

「そんなことより、ラナー!」

 

「ええ、“朱の雫”の方々は、地下の安置所です。一緒に行きましょう」

 

 気怠そうに『あっちいけ』と手を振る第二王子へ軽く頭を下げて立ち上がり、クライムへ視線だけで『会いたくてたまりませんでしたよ』と伝えると、ラナー王女はラキュースに寄り添いながら会議室の外へと身を進めた。

 部屋の外では完全武装の“蒼の薔薇”四人がリーダーを待っており、『聴きたいことが山ほどある』との表情で不穏な空気を纏っていた。

 

「おいおい、マジなのかよ。あの人がやられたってか?」

「信じられない。どんな化け物を相手にしたら“朱の雫”が全滅する?」

「同意。引き際も弁えているベテラン。ありえない」

 

「今はそんなことを考えても仕方がないぞ。急いでラキュースの〈死者復活(レイズ・デッド)〉で蘇生させないと」

 

 一同は、仮面の子供“イビルアイ”の言葉に頷くと、静かに城の地下へと向かう。

 そこには顔を青くした幾人もの兵士が警備をしており、突然現れたラナー王女と“蒼の薔薇”一行に戸惑い気味であった。

 

「ラナー、遺体の安置室にしては警備が厳重だけど……。叔父様たちの魔法具(マジック・アイテム)がそのままになっているからかしら?」

 

 落ち着きを取り戻したラキュースの問いに、ラナーは深い悲しみをこらえている(てい)で言葉を零す。

 

「そうね、それもあるけど、本当の目的は情報よ。“朱の雫”に加えてバルブロお兄様まで殺されたなんて、国民には知られるわけにはいかないわ。まぁでも、噂は止められないけどね」

 

「第一王子もかよ! いったいどうなってんだよ!」

 

 知られてはいけないと言っているのに、“蒼の薔薇”の巨漢戦士“ガガーラン”の大声には、流石のラナーも困ったように微笑むしかない。

 

「この脳筋! 静かにしろ! お前のデカい声でそこら中に広まるだろうがっ」

「イビルアイも無茶を言う。筋肉だけのガガーランに静かになんてっ」

「ははは、ないすじょーく、イビルアイ」

 

 筋肉戦士に突っかかる仮面の子供を左右から抱き締めるのは、同一人物の色違いかと思えるほどそっくりの双子忍者姉妹“ティナ”と“ティア”だ。

 その抑揚のない口調で騒いでいることからすると、湿っぽい場の空気を盛り上げようとしているのか? それともリーダーたるラキュースの気持ちを軽くさせようとしていたのか? 今のところは判断しかねる。

 

「バルブロ王子までとなると、蘇生はまず王子から行う必要があるわね。ラナー、触媒の用意は?」

 

「大丈夫ですよ。お兄様が十分な量の黄金を運んでくださいましたわ。……でもねラキュース、よく見てほしいの。遺体の状況を」

 

 死の匂いが立ち込める安置室へ平然と足を踏み入れるラナー王女は、第一王子にかけられた腐敗を防ぐ布状の魔法具(マジック・アイテム)を掴み、一気にめくり上げる。

 

「うっ、これ……は」

「ええ、頭部が半分で、右腕と右足、胴が三分の二程度かしら? それに微かだけど、呪いのようなモノが纏わりついていると、神官様が検分のときに話しておられました」

 

 死体に慣れているラキュースでも口を押さえたくなるほどの損壊した遺体は、ラナー王女が仄めかさなくとも真実を語ってくれる。

 蘇生魔法は効果を発揮しないだろうと。

 

「ちょ、ちょっと待って! それなら叔父様は――」

「残念だけど、“朱の雫”の皆様は同じような、見るに堪えない状態です。でもまだ蘇生魔法が効かないと決まったわけではないわ。そうでしょ? ラキュース」

 

「そ、そうね。やれるだけのことはやっておかないと」

 

「しかし未だに信じられねぇぜ。どうやったら、最高位の魔法具(マジック・アイテム)で全身を固めている戦士をバラバラにできるんだ? 魔法だって軽減させる国宝越えの鎧だぞ」

「う~ん、魔法ではなく剣だと思う」

「たぶんそう、しかも一撃?」

 

 顔見知りの無残な遺体に気分は落ち込むものの、アダマンタイト級冒険者としては未知の敵に関する情報を入手せねばならない。

 被害遺体がリーダーの叔父であっても、遠慮している場合ではないのだ。

 

「聞いた話では」仮面を付けた小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、ここへ来るまでに集めていた噂話を口にする。「黒い馬に乗った黒い騎士で、アンデッドの可能性もあるらしいな。たった一騎で王城前まで乗り込んで、宣戦を布告していったと……。それがなんと、魔王軍だって?」

 

 冗談だと言いたいのか? 呆れているのか? 諦め気味なのか?

 仮面の奥でどんな表情を見せているのか判らないイビルアイに、周囲は困ったようにため息を漏らす。

 

「イビルアイ様、はっきり申し上げます」普段からおっとりとしている――とは思えぬ覇気をもって、ラナー王女は場を支配する。

 

「“蒼の薔薇”の皆さまは王国から脱出してください。人類の切り札であるあなた方を、ここで失う訳にはいきません。評議国、または聖王国へ落ちのびて、他の弱き人々を救ってください」

 

 アダマンタイト級は最後の希望だ。

 すでに“朱の雫”が殺されてしまった現状においては、焼けた石に水をかけるようなものと言われるかもしれないが、イビルアイを擁する“蒼の薔薇”は魔神をも退けた十三英雄に匹敵する最強チームなのである。

 王国の滅亡に巻き込むのは、人類の損失と言えよう。

 

「ふざけないで!」ラキュースは吠える。親友の潤んだ瞳を見つめて。

「あなたを見捨てて逃げろっていうの? 王国の人々が魔王軍とやらに蹂躙されているのを横目で見ながら? 冗談じゃないわ! 私はこの国の貴族でもあるのよ! 国民を守る義務があるわ!」

 

 冒険者として飛び回っているから忘れそうになるが、ラキュースは貴族である。とはいえ、何年も前に家を飛び出しているのだから、今さら貴族の義務を前面に掲げるのもどうなのかと言わざるを得ない。

 

「ちょっと待てよリーダー。アズスさんが殺されて戸惑うのは解るが、魔王軍とやらに勝てないって前提は違うだろ? 王国には十万を超える兵がいるんだぞ。そう簡単に――」

「ほとんど民兵」「有象無象」

「ちゃかすなよ、ティア、ティナ」

 

 数は暴力である。ガガーランの言葉にも一理あろう。周辺諸国でも数十万もの軍勢を用意できる国家は希少なのだ。

 ただ、双子忍者姉妹の(げん)も真実である。

 農村民を武装させただけの民兵が役に立つのかどうか? その答えは王女様が教えてくれる。

 

「いえ、王国は負けます。それも敗戦ではなく、滅亡です。王国民は一人も残さず、殺されることでしょう。私も例外ではありません」

 

「……王女にはそう断言するだけの根拠がある、ということか?」

 

 静かに問い掛けるイビルアイを真っ直ぐに見つめ、ラナー王女は語る。

 

「はい。先触れの黒い騎士、確認されたエ・ランテルの壊滅、そしてアンデッドや悪魔で構成された魔王軍のゆっくりとした動き。その全てが王国民を根絶やしにするという意思に満ち溢れています。ちなみに、エ・ランテルは街そのものが崩壊しており、住民に生き残りはいなかったそうです」

 

 エ・ランテルへは〈飛行(フライ)〉を行使できる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が飛んでいき、上空から恐るべき光景を目撃してきた。

 微かに残る城壁の残骸に、固まった泥のような“何か”に覆われたかつての城塞都市。

 人間は一人もおらず、代わりに骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)、異形の悪魔が整列していた。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、翼を持つ悪魔数体に見つかり、死を覚悟したそうだ。ところが大した怪我もなく、重要な情報をザナック王子やラナー王女の元まで運ぶことに見事成功し、貴重である当時の恐怖をありのままに語ったそうな。

 そう、つまり見逃されたのである。

 部屋の奥で蹲り、ガタガタと死の恐怖に震え、涙ながらに命乞いをしながら、絶望にまみれてゆっくりと死ね――とのメッセージと共に。

 

「エ・ランテルが壊滅ですって!? 生き残りもいない? 一人も?!」

 

 幾人かの知り合いを思いだし、ラキュースは微かにふらつく。傍にティアが寄って身体を支えるものの、握った左腕からは弱々しい震えばかりが伝わってくる。

 

「あれほどの都市を壊滅させる魔王軍か。これはもう、人の領域ではないな。ラキュース、ガガーラン、ティア、ティナ。お前たちは王女を連れて北へ避難しろ。もしものときは評議国へ逃げ込め」

 

「な、なにを言っているのイビルアイ?!」

 

「人間の手には負えないと言っているんだっ。私はこれから、リグリット経由で十三英雄の仲間たちを集める。どれだけ集まるかは分からんが、まぁツアーが居ればなんとかなるだろ」

 

 アダマンタイト級冒険者のイビルアイは、『チームはここで解散だ』と言わんばかりに仲間から数歩離れると、仮面を外し十三英雄“国堕とし”としての姿を見せた。

 幼い少女の口元から零れる吸血鬼(ヴァンパイア)の牙。

 利発そうな大きい瞳が、人外の証とばかりに赤く輝く。

 

「今まで世話になったな。後は頼んだぞ」

 

「おいこら、勝手に話を進めんじゃねぇよ! 俺も行くぞ! 相手が化けもんなら冒険者の出番だろうがっ!」

 早足でイビルアイの進路を遮り、声を上げて詰め寄るガガーラン。

 

「そうそう、私たちは人類の希望。ここで戦わないでどうする?」

「うんうん、小さい子を見捨てて逃げられるわけがない。ねぇ、おチビ」

 小柄な身体を両側から挟み込み、忍者姉妹はぶらりと下げられた仮面をあるべき場所へと戻す。

 

「イビルアイ、抜け駆けなんて許さないわよ。“蒼の薔薇”はチームとして、王国のために魔王軍と戦う。これはリーダー命令よ!」

 

 身内の死――という衝撃を呑み込み、ラキュースは顔を上げる。その毅然とした美しい瞳には、『仲間を護りたい』という引けない理由を持っていたイビルアイも反論しにくい。

 似ているのだ。

 遠い昔、命を懸けて魔神と戦い、そして散っていった英雄たちの瞳に。

 

「くそっ、だけど、なぁラキュース。王国が魔王軍と戦ったとして、その後の復興に王女の知恵は必須だぞ。死なせるわけにはいかない。国民の希望でもあるんだ。でも、私たち以外の誰が王女を避難させられる? クライムでは無理だ」

 

 イビルアイの苦悩に、遺体安置室の入口で邪魔にならないよう警護していたクライムは俯くしかない。

 確かにその通りなのであろう。

 死闘の果てに魔王軍を撃破したとしても、国を立て直せないのであれば滅亡と同じことだ。そして国家と国民を癒すことが可能な人物は、ラナー王女をおいて他にはいない。

 だからこそ、一番安全な場所へ避難してもらわねばならないのだが……。

 金級冒険者程度の実力しかないクライムには荷が重すぎる。

 魔王軍とやらの追手も加味するのであれば、姫様専属従者ごときがいくら奮闘しようとも安心できるものではない。

 

「あ、あの……」厳しい空気の中に、可愛らしいお姫様の遠慮がちな声が響く。

「私のことを気に掛けて頂けるのは感謝いたしますが、まずはイビルアイ様のおっしゃった、リグリット様、ですか? 元アダマンタイト級冒険者の方だったと思いますが、その御方に連絡を取った方がよろしいのではありませんか? あ、あと、ツアー様という方にも」

 

 最高位冒険者の討論に囲まれて緊張してしまったのか? ラナー王女は微かに震える控えめな口調で自身の避難を一時棚上げし、先程イビルアイが口にした方針の背中を押す。

 十三英雄の仲間というのだから、それなりの強者であるのだろう。イビルアイを基準に考えれば、期待できそうな話だ。

 だからラナー王女は自分と犬のために、新たな手駒を期待する。

 

「ああ、確かにそうだな。どう転んでもアイツらの手は必要だ。急いで連絡――分かった、大丈夫だって! お前たちを置いて行ったりはしない。約束する。だから掴むな! ティア、ティナ」

 

「分かればよろしい」

「もう、手が焼けて困る」

 

 我儘な妹の世話に苦労しているかのように、忍者姉妹はやれやれと両手を上げる。

 そんな双子の束縛から逃れたイビルアイは、仮面に隠れて見えないが――ちょっと嬉しそうに口角を上げつつ、〈伝言(メッセージ)〉を使うために外へと向かった。

 地下などの密閉された空間では、〈伝言(メッセージ)〉の魔法効果が阻害されるからだ。元アダマンタイト級冒険者で十三英雄の一人でもあるリグリットは、定住しているわけではないので、王都からどれ程離れた場所にいるか不明である。故に〈伝言(メッセージ)〉が届くかどうかも分からない。だからこそ、効果を低減させる要素は少しでも排除しておきたいのだ。

 

「頼むぞリグリット、近くにいてくれよ! 最悪の場合は、私とツアーを含めた三人で敵の総大将を討ち取る必要があるんだからな! 魔神を討伐したあの時のように!」

 

 王国が危機的状況なのは明白だ。

 “朱の雫”が全滅し、戦力的な低下は誰の目にも明らかだろう。各地の冒険者が参戦したとしても、どこまで抵抗できるか。

 魔王軍は宣戦を布告してきた黒い騎士に加え、アンデッドや悪魔で溢れかえっているという。ラナー王女が集めた情報では、総数一万程度とのことらしいが……。足並みのそろっていない王国には、それでも過剰かもしれない。

 今頃はエ・ペスペルで籠城戦が始まっている頃だろう。

 あの都市には準備期間が短かったとはいえ、万に近い軍勢が集まっていたはずだ。ならば、王都から出陣したボウロロープ候が到着するまで持ちこたえられる可能性はある。

 

「まだだ、まだ希望はある!」仮面の子供は早足で階段を駆け上がり、そのまま中庭まで飛び出ては、〈伝言(メッセージ)〉を発動させる。

 

「リグリット! おい、ババア! 返事をしろ! 王国が大変なんだ! お前も戦争の噂ぐらい聞いているだろ!? 人類の危機だぞ!!」

 

 ――。

 ――――。

 美しい花々が咲き誇る王城の中庭で、子供か老人なのか判りにくい――手が加えられているような声を張り上げる小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 その者の問い掛けには、そよぐ風と揺れる花々、そして静寂だけが応じるばかり。

 繋がりは感じる。

 砂漠に落ちた砂粒を拾うような感覚ではあるが、切れているわけではない。

 

「お、おい、どうしたんだリグリット?」

 

 遠すぎて伝わらない――のであれば、まだ声に力を乗せられただろう。

 でも違う、なにか違う。

 よからぬ不安が、イビルアイの小柄な身体を満たしていく。

 

「くそっ! ……、ツアー! 助けてくれ! どこにいるんだ?! 聞こえてないのか?!」

 

 問いながらも返事がないことは解っていた。

 ツアーと直接連絡を取ることはできない。そもそも外界から隔絶された、地の底にあるという拠点に引き籠っている竜王様だ。巨大な竜体を拝んだことはあるが、〈伝言(メッセージ)〉の魔法で連絡を取った実績はない

 ただ当の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は、使役鎧の運用で外の情報には聡いらしい。でもそれなら目の前に現れてくれてもいいだろうに、と言いたくなる。魔王軍とやらが人類国家に襲い掛かっているのだから。

 

「リグリット、ツアー、……どうして、どうして答えてくれないんだっ」

 

 仮面の子供の泣きそうな悲鳴が響く。

 だがやはり、誰からも応答はなかった。

 







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。