かねてよりネット上では、「在日外国人の生活保護受給は憲法違反である」という言説が、まことしやかに流されています。このような言説を流す人の中には公職経験者がいることから*1、どうやらこうした言説を信じてしまう人も少なくないようです。
しかしながら、これは最高裁平成26年7月18日判決*2を曲解した、間違った言説です。
たしかに、本判決は「外国人は……生活保護法に基づく保護の対象となるものではなく,同法に基づく受給権を有しない」と判示しています。しかし、ここで大事なのは、「法律の保護を受ける権利を有するか否か」と「法律上あるいは事実上権利を付与することが憲法に違反するか否か」とは別論点であり、最高裁は「法律の保護を受ける権利を有するか否か」についてしか判示していない、ということです。
もしかすると、「外国人は法律の保護を受ける権利を有しないのだから、外国人が生活保護を受給することは当然違憲だろう」と思う人がいるかもしれません。ですが、それは誤解です。というのも、まずそもそも「憲法」と「法律」は異なるものです。すなわち、「憲法(の人権規定)」が人権を保障するものであるのに対して、「法律」は憲法による人権保障を具体化するべく法的権利を定め、あるいは憲法に抵触しないかぎりで人権を制約するものであります。これを「生活保護」に即して言えば、生存権という人権を保障したのが憲法25条であり、生存権の保障を具体化するべく生活保護を受給する法的権利を定めたのが生活保護法である、ということです。そして、(当然異論もありますが)生存権保障には財政的裏付けが必要であることから、生存権保障を実現するべく具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられている、と解するのが通説的見解です。
そうだとすると、立法府がその裁量によって「外国人は生活保護法に基づく保護の対象とならない」とする一方、「外国人は生活保護法に基づく保護の対象となる」とすることも、十分可能なのです。もし、「外国人は生活保護法に基づく保護の対象となる」とすることは憲法に違反するというのであれば、憲法が「外国人は生活保護法に基づく保護の対象となる」とすることを禁じている(私見としては、憲法が「外国人は生活保護法に基づく保護の対象となる」とすることを禁じていると解するのは、憲法が生存権を保障した本来の趣旨に鑑みれば疑問ですが)ということを、別途論証することが必要でしょう。しかるに、それを論証することなく「外国人は法律の保護を受ける権利を有しないのだから、外国人が生活保護を受給することは当然違憲だろう」と考えるのは、論理の飛躍であると言わざるを得ません。
以上のように、「法律上権利を有しない」ということは、決して「法律によって権利を認めることが憲法に違反する」ということを意味するものではありません。このことを理解する上で、外国人の地方参政権について判示した最高裁平成7年2月28日判決*3の判旨が参考になるのではないかと思います。すなわち、最高裁平成7年2月28日判決は、参政権の保障は日本に在留する外国人には及ばない(外国人の参政権は憲法上保障されていない)ものの、地方自治の趣旨に鑑みれば、日本に在留する外国人のうちでも永住者等について、法律をもって地方参政権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない(定住外国人に法律で選挙権を付与することは憲法上禁止されていない)と判示しています。つまり、たとえ憲法上は権利が保障されていないとしても、憲法上禁止されていないかぎり法律をもって権利を付与することは可能である、ということです。
翻って最高裁平成26年7月18日判決を見るに、本判決は「外国人は……生活保護法に基づく保護の対象となるものではない」と判示するにとどまり、生活保護法で外国人に生活保護受給権を付与することが憲法上禁止されているか否かについては判示していません(なお、本判決は「行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得る」ことを肯定しています。)。したがって、本判決を根拠に「在日外国人の生活保護受給は憲法違反である」と言うのは、やはり間違いだと言わざるを得ません。
それにしても、どうしてこのような言説が繰り返し流されるのでしょうか。思うに、それは単なる誤解に基づくものではなく、民族差別を煽る悪意をもって流されています。それゆえ、このような「デマ」に煽られる人が一人でも減って欲しいと思い、本稿をしたためた次第です。
*1:「最高裁が外国人の生活保護受給に違憲判決」は誤り 元自民北海道議のツイートを厚労省は否定 https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/seikatuhogo-debunk?utm_term=.yvP9RoaY8
*2:荻上チキ・Session-22│「永住外国人生活保護訴訟 最高裁判決」判決文(全文掲載) http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/07/post-299.html
*3:最高裁平成7年2月28日判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/525/052525_hanrei.pdf