オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
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「それで、この作戦……どう思う」
「どうもこうも全会一致。おぬしも賛成しとったじゃろうが」
会議後、場所は移りフェオ・ジュラにある巨大な鍛冶工房長の工房。
最新の武器防具一式を数点弟子たちに新しくなった砦へ運ぶよう伝えた後、酒を飲み始めている鍛冶工房長と事務総長がいた。机にはなみなみと酒が入った樽が置かれており、これでもドワーフにとっては仕事と仕事の間に呑む軽い酒らしい。
ドワーフが長年夢見た王都解放作戦で自分たちができる仕事がひとまずこれだけなのは、いささか物足りないが作戦の要が一人の少女である以上割り切るしかない。むしろその後、成功した場合と失敗した場合の時にこそ自分たちの仕事だと考えていた。
「それは勿論じゃ、わしが言っとるのはあの覚書のことじゃよ」
「あぁ、あやつが出張ってきたアレか」
先の会議でモモンガ主導による作戦とも言えない内容がほぼ決まった後、その会議の終盤で商人会議長が突然「シャルティア嬢の報酬を確約した契約書を用意したい」と、申し出てきたのだ。
ある意味恩人を信頼していないような振る舞いだったのだが、嫌な顔を一切せず本人が了解したため双方合意の上用意することとなった。
「確か報酬は会議の通り大したものはない、低すぎるのもある意味怖くはあるがの」
「わしらにとって王都を開放する価値をわかっておらんのか…いやそれよりもじゃ――」
本人はドワーフ達の意を汲んで、今後必要になるであろう多少の金銭を受け取っていたのだがドワーフ達が納得する報酬にはほとんど届いていなかった。
「わしが気になったのは嬢ちゃんの名前じゃよ」
「王族……なんじゃろうか?」
まだこの地の字が書けない当人のため正式な契約書ではなく、字を書けるようになるまでの覚書を用意したのだが
その中で代筆のため名前を聞く際ひとつ問題が起こった。少女自身が少しの逡巡をした後告げた名前――。
シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウン
帝国や王国では王族を表す五つの名前を聞いた際、ドワーフ達の中では反応が分かれた。人の国から見ればドワーフ国自体がほぼ辺境のため致し方ない面があるが、その差は人間種に対する知識量の差で浮き彫りとなる。帝国との交易を担う商人会議長や魔法の知識を求めるため帝国の常識にも一定の理解がある大地神殿長、同じく軍事面の知識の側面から人間種を知る総司令官には動揺が走った。
だが他のドワーフ達は「覚えづらい長い名前」といった認識しかされなかった。本人が退出した際大慌てで三人が説明を始める事態となったが。
「わしらドワーフには前例があるしのぉ、あの嬢ちゃんの国…ナザリックじゃったか?大丈夫なんじゃろうか?」
「それは都市の名前じゃなかったかの?まぁ気持ちはわかるが信頼できるものに任せてきたと本人が言っとるんじゃ。わしらがとやかく言うことでもないじゃろう」
モモンガ本人が一夜漬けで考えた穴だらけの設定だが、ドワーフ達の中ではかつていなくなった王族と重ねて聞くに聞けない雰囲気になり摂政会出席者の間ではある種の憶測がされていた。曰く治めていたと言うことから彼女自身が女王である、地位を放棄して捜すほど存在は想い人ではないか――。
そういった憶測が本人の知らぬ間に出発した後の酒の席で、そして帰還後の勝利の宴でもドワーフ全体に実しやかに流布する事となる。
(名前長すぎたかなぁ……なんか驚いてたし)
モモンガ自身はギルドマスターとしての地位をアピールしたつもりはなかったためそんな事は露ほども知らず、大裂け目を越えた先でクリエイト系魔法によって造った椅子に腰かけていた。
傍から見れば足をブラブラさせ、何事か思いに耽っている少女であったが、見るものが見ればその容姿や煌びやかな服装そして、その手に持つ赤色のオーラを纏う杖に驚くであろう。もっとも夜目の利かない種族には明かり一つない地下空間にいる少女を見つけることは出来ないが。
アイテムボックスから取り出したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見つめながら、その目は杖そのものよりも杖を通して今後の事に思いを馳せていた。
自分が名乗る名前についても設定と共に昨晩考えついたものだった。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を冠した名前にしたのはこの世界に名前を広め、存在するかもしれないユグドラシルプレイヤー、特にギルドメンバーに呼びかける為であった。無論空振りに終わる可能性も大いにあったが、モモンガは自らだけが『特別』にこの世界に転移した可能性は低いと見ていた。その存在が敵対した場合の危険性も考えたが、今の自らのスペックを鑑みれば逃亡もしくは撃退は可能であろうという計算もあった。
表向きは謝罪としたドラゴン討伐もその名声を得るための一環である。
ドワーフ達に聞く限りドラゴンの脅威はこの周辺国でも相当なものであり、過去には散々帝国に泣きついたが討伐を計画されることもなかった。(クアゴアの討伐の支援に関してもドラゴンを刺激する可能性があるとして断られていた)曰く、準備を万全に整えた国の精鋭が戦いを挑みそれでも大半が負け、その中でも少数の者がドラゴンスレイヤーの称号を得るらしい。帝国でのドワーフの発言力はわからないが、無視されることはないだろうと考えていた。
(他の懸念材料と言えば……地位の高い人物と会った場合か)
帝国を含めこの辺りの周辺国は専ら貴族制が導入されているらしい。モモンガの聞きかじった知識ではろくに統治もせず平民に威張り散らし、私腹を肥やす階級という偏った偏見を持っていた。その自覚はあるので商人会議長にそれとなく確認をとってみたところ「正解ではないが、そういった輩がいるのも確かですね」と、苦々しげな表情で言われた。
今後の名声次第ではそういった輩に関わる事も予期しながらモモンガは合流予定の総司令官達を待っていた。
「オラサーダルク様は何処におられる!」
元ドワーフの王都フェオ・ベルカナ、現在は竜の住処となっているはずの城に高々とクアゴア統合氏族王ペ・リユロの声が響く。だがその声は困惑と不安に苛まれていた。
ドワーフ達の宝物庫入口だった場所、いつもはその前に黄金や宝石の山を玉座として尊大な態度で上から見下ろす竜王が今はいない。それどころか貴金属の類も一切なくなり、慌てて引き払った跡がそこかしこに壁の真新しい傷となって現れていた。
「小さい者が煩いわね…」
「し、失礼しました。ですが今我々は正体不明の敵を相手にしており、是非とも偉大なる白き竜王オラサーダルク様のお力をお借りしたいのです!」
既に玉座を引き払い王城の部屋に引き籠った竜王に代わって残っていた妃ミアナタロン=フィヴィネスが気だるげに対応をしていた。
「今はこっちもそれどころじゃないのよ、あなた達が死のうが生きようがどうでもいいの」
「な!?一体なにが」
「ただ……」
ミアナタロンは一呼吸置き――
「正体不明?それはドワーフじゃないのね」
「は、はいその通りです、我らの軍隊をおそらくたった一人で壊滅させた強力な
「ふ~ん、物が爆発するような炎の魔法を使ったり空を飛ぶ魔法は使っていたの?」
「宙に浮いてはいましたが攻撃に使っていた魔法は強力な雷のみだそうで」
「どれくらいの時間で壊滅させられたの?それとそいつ、羽は生えていた?」
「は、羽ですか?そういった報告はありませんでしたが」
「そう、それで時間は?」
問われたペ・リユロが間を開け逡巡する。この情報は信じがたい事だったため伝える必要はないと事前に決めていた。
――ただ状況がおかしい、この問答はなんだ?これではまるでドラゴン側が事前にその敵を認識しているようではないか。
「……信じられない事ですが、強力な雷の魔法を一度使われただけで一万の軍の三分の一がやられてその後すぐ二回使われ……」
「つまりあっという間にやられたわけね」
「そ、その通りです。現に生き残った部下も無傷の者はおらず――」
「……確定かしら」
最後に小さく呟いた言葉にクアゴアの鋭い知覚が拾う。
(やはり敵の正体を知っている!?)ドラゴン達が敵の正体を知っているという予想だにしない事に衝撃を受け、ペ・リユロは焦っていた。後ろに控えていた部下たちも同様だろう。ドラゴンが何かしら考えている隙にチラリと後ろを振り返れば、黄金の入った袋を抱えたまま困惑していた。
「その黄金だけど…」
「っは!し、失礼しました」
慌てて前に視線を戻し考え事を終えたドラゴンと向かい合う、いや見上げる方が正しい。だが相手が竜王オラサーダルクではないとはいえ、その高さは以前よりも幾分か低く感じられた。
「その黄金はいらないわ、持って帰りなさい」
「は!?し、しかし敵が、オラサーダルク様に――」
「その代わり良い事を教えます。お前たちが相対した者だけどね、私たちよりも遥かに強い存在かもしれないわ。なので今回は私たちに頼らず自分たちの事は自分たちで何とかする事ね」
「……え?」
目の前のドラゴンが何を言っているのかが分からなかった。この世界において最強の種族はドラゴンだ。
少なくともこのアゼルリシア山脈ではドラゴンと霧の巨人という種族がその最強の座を争っていた。だがそれ以外でそのドラゴン自らが自分より強い存在と認める相手。
一体何処から、まさか山脈の外から――!?
「やはり黄金は献上いたします、ですので是非!その者について知っていることをお教え頂きたい!!」
良かった。原作では誰も教えてくれなかったけど、本作では教えてもらえそうです。