もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】   作:善太夫
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◆another story ~ルビキュという男の物語~

 エ・ランテル郊外での予期せぬ戦闘により壊滅したスレイン法国の漆黒聖典隊長は一人、逃げていた。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備え、手駒にするという任務のために派遣されていたスレイン法国の最強部隊。しかし──

 

 彼は混乱していた。気配を消して潜んでいた漆黒聖典に対して何故か真っ直ぐに進んできた冒険者たち。せいぜい金級程度の彼らがいったいどうして我々を感知できたのか?

あり得ない。

 

 そして突然背後に現れた魔将──あれは魔神か? いずれも真の竜王に匹敵する存在が三体……馬鹿な?

 

 ──冗談ではない。なんなんだ? なんなんだ?

 

 結局、自分一人が逃げ出すのが精一杯だった。セドランが、ボーマルシェが、スレイン法国で二つ名を持つ精強な隊員がまるで雑魚兵士の如く次々に倒されていく。あり得ない。そして全身が竦み上がる恐怖が暴風のように押し寄せてきた。

 

 既に満身創痍だった。今こうして走っているのすら奇跡だった。たたただあの場所から少しでも遠く。とにかく逃げ切らなくては……やがて彼は力尽き、その場に倒れた。悪夢だ……きっと再び目を開けたら現実に戻るだろう。だってありえないだろう? 漆黒聖典こそは人類最強であるはずなのだから……朦朧とする意識の中で小さな人影が何人も覗きこむのが感じられた。そして彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、粗末なベッドに彼は寝かされていた。不意に声がした。

 

「おや、目覚めたか。しかし、よく生きていたものだ」

 

 彼は思わず身構えた。目の前にいたのはゴブリン。スレイン法国では人間以外は亜人種も含めて敵である。

 

「良かった。駄目かと思ったけど……新しいポーションのお陰ね」

 

 ゴブリンの後ろからにこやかに笑いながら村娘が入ってきた。ゴブリンはさりげなく娘の前に立つ。

 

「……姐さん、気を付けてくださいよ? こちらはちいとばかし油断ならないようですからね」

 

 男は体から力を抜く。どうやら倒れていた自分をこの娘とゴブリンが介抱してくれたようだ。唯の村娘と思ったが、この娘はおそらくテイマーなのだろうか。

 

「……感謝する。私は……そう……」男はしばし逡巡してから名乗った。「……私の名前はルビキュという。旅人だ。野盗に襲われて逃げるうちに崖から落ちたらしい」

 

「私はエンリ。そしてここはカルネ村よ。貴方は随分長い間眠っていたの。幸いに今日はルプスレギナ様がいらっしゃるから完全に治癒してもらえるわ」

 

 ルビキュは勿論偽名である。

 

 ルビキュはエンリとカイジャリ──これがゴブリンの名前だった──からいくつかの事実を知った。まず驚いたことにルビキュは半年間も昏睡状態だったらしい。そしてその間にリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とがスレイン法国に宣戦布告をし、スレイン法国は滅び王国と帝国に吸収されてしまったという。

 

「──そんな馬鹿な!」

 

 思わず叫んでしまったルビキュをエンリたちは訝しげに見返す。ルビキュは動揺を押し殺し、笑顔で返す。

 

「……いや、その……確か王国と帝国は戦争していたはずで……信じられないというか……」

 

「……スレイン法国は滅んで当然です。あいつらはバハルス帝国の兵士に扮してこの界隈で酷いことを……きっと王国と帝国もスレイン法国に仲違いさせられていたんです!」

 

 ルビキュはエンリの瞳に憎しみの炎を垣間見て言葉を失った。彼はスレイン法国が人類の存続のために尽くしてきたと信じていた。そのためには些細な犠牲など顧みる必要は無かった。しかし──

 

 

 彼女(エンリ)の憎しみは明らかにスレイン法国に向けられていた。何があったのかわからないが、自身が拠り所にしてきた正義が崩れてしまうような気がした。

 

「……ところで、ルプスレギナ様がどうとか言っていましたが? どのような方なのですか?」

 

 ルビキュは話題を変えた。たちまちエンリの表情は明るくなり、頬には赤みがさした。

 

「大変お優しく美しい、天使のようなお方です。今はエ・ランテルの聖ナザリック大教会にいらっしゃいますが、時おりカルネ村に足をお運びになるんです。……ああ、どうやらいらっしゃったようですね」

 

 見ると扉の外から二匹のゴブリンがなにやら合図を送っていた。ルビキュはエンリが用意してくれた服に着替えてカルネ村の聖ナザリック教会へ行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。ルプスレギナ様」

 

 暖かな光に包まれて村人が癒されていく。修道女(ルプスレギナ)の治癒魔法だ。

 

「これは……いったい……?」

 

「ルプスレギナ様はこうして村人に治癒を施されていらっしゃるのです。無料で」

 

 ──馬鹿な。エンリの説明にルビキュは思わず叫びそうになる。そんなこと、教会が許すはずがない。

 

 ルビキュの動揺を見透かしたかのようにルプスレギナがじっとルビキュの顔を見つめた。その輝くまでの美しさにルビキュは少しぼうっとなる。

 

「……貴方にも神のご加護があらんことを」

 

 ルビキュの身体の傷にルプスレギナの手がかざされる。みるみる傷が消えていくのを感じる。

 

「……これは教会の規則を破ることでは?」

 

 ルビキュの声に辺りが静まり返る。村人は皆、ルビキュから目をそらす。

 

「……教会が間違っているのです」

 

 ルプスレギナの静かな声が、響く。

 

「何故、教会は無償での治癒行為を禁止するのでしょう? 彼らの信仰する神はそんなにも狷介なのでしょうか? 私は私の信仰する神々のご意志を守っているだけに過ぎません」

 

 ルビキュはその修道女の神々しいまでの美しさに圧倒された。彼女の側にまごうことなき神の存在を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝早くにルビキュはカルネ村を後にすることにした。以前にスレイン法国による襲撃があり、彼の身元がバレてしまうと面倒が起こるからだ。

 

 エンリだけに別れを告げるとルビキュの姿はトブの大森林に消えていった。

 

「……さて、どうする?」

 

 スレイン法国が滅んだ今、彼に帰る場所は無い。リ・エスティーゼ王国はともかくバハルス帝国さえも敵国となった以上、それらの国に身を寄せることはできない。

 

 竜王国か……ビーストマンに滅ぼされていなければ良いが……

 

 ルビキュは取り敢えずトブの大森林を抜けて旧法国に向かうことにした。それに彼には法国が、いや、人類最強の“絶死絶命”番外席次が負けるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ルビキュは足を止める。ただならぬ気配に身を伏せた。彼の五感には強大なモンスターが近くにいることを感じていた。

 

「うわー! なんだか喜んでいるみたいだね」

 

「……あの、養分たっぷりの雨は、あの、樹木にとってはご馳走みたいなんです」

 

「うわー! マーレに枝を絡めてキューキュー甘えているみたいだね。こうしてみると魔獣ともおんなじだね」

 

 巨大な魔樹のモンスターが小さな二人のダークエルフに甘える光景にルビキュは凍り付く。

 

「……あれは……破滅の竜王(カタストロフィ・ドラゴンロード)? ……間違いない。難度150は軽く超える世界を破滅しかねない存在──だが──」

 

 キューキューとダークエルフになつく姿は図体の大きな犬に見えた。

 

「ところでお姉ちゃん。どうやってこの子を、あの、連れ帰るの?」

 

「安心してよマーレ。ちゃんとアインズ様の許可を貰ったからね。この『山河社稷図』を使うんだよ」

 

「な、なるほど。『山河社稷図』に閉じ込めて運ぶんだね。そ、そっかぁ」

 

 伏せたまま二人の会話に耳をそばだてていたルビキュはやがて妖しいモヤに包まれた。

 

 

 

 

 

 

「なんだったのだろう?」

 

 モヤが晴れると周囲の様子が変わっていた。相変わらず森の中なのだが、生えている植物も動物も一回り大きく感じるのだ。何らかのトラップが発動したのかもしれない。

 

 そこが依然としてトブの大森林だと疑わない彼はスレイン法国目指して再び歩き出した。

 

 森は広大で、彼は数週もの間、彷徨い続けた。果実を食べ、泉の水を飲み、ひたすら彷徨い続けた。そうしてようやくにして大木を利用して作られたログハウスにたどり着いた。

 

「……誰か……水と食料を……」

 

 ログハウスの中から出てきた人物を見てルビキュは言葉を失った。間違いない。銀髪と黒髪に尖った耳にオッドアイ──

 

「……何故、君が──」

 

 突然、彼の口が塞がれる。そして鬼のような表情で番外席次(かのじょ)が耳元に囁いた。

 

「──私の過去の話をアウラ様に話したら殺す。いい?」

 

 ルビキュはただ、力なくうなずくだけだった。

 

 

 

 

 

「……ふーん。そっかぁ。じゃあザイトルクワエを運んだときに紛れて来ちゃったんだ?」

 

 第六階層のアウラとマーレの住居のある大木の下に用意されたテーブルでルビキュは思わぬ歓待を受けていた。双子の守護者のうち、マーレはエ・ランテルで冒険者向けのダンジョン制作のため不在だったが、アウラの指示で三人のエルフの娘が次々にルビキュのグラスに酒を注ぐ。

 

 酔ってしまったルビキュをアウラに寄り添った番外席次が睨んでいた。

 

「……いやぁ、彼女は、“絶死絶命”って二つ名があるんですがね、日頃から『キリッ敗北を知りたい』なんて……いやいや。恥ずかしくないかって思うんですがね……」

 

 番外席次の顔が真っ赤に染まっていく。

 

「ふーん。でもさぁ、彼女、そんなに強くないよね? あたしに簡単に負けちゃうくらいだもんね」

 

 ルビキュが突然、アウラに土下座をした。

 

「……アウラ様。彼女は、料理も洗濯もできません。ですがよろしくお願いいたします」

 

 ──いやいや。だからあたしは女なんだっつの……

 

 ルビキュは楽しい酒を浴びるように飲んだ。翌日の悪夢がすぐ側で怒りに震える黒と銀の髪の乙女からもたらされるとは思いもしないで。







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