もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】 作:善太夫
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「……なん……だ……と…………カルカ様がけ、結婚……だ……と?」
エ・ランテル郊外に宿営しながら無為に日々を送っていたローブル聖王国のレメディオス団長主従のもとに本国からの使いが到着し、カルカ聖王女からの勅命に目を通したレメディオスは思わず叫んだ。
「……団長、それは真でしょうか?」
レメディオスは答えずに副団長のグスターボに勅書を投げ渡す。
「──こ、これは!」
勅書にはローブル聖王国聖王女カルカの名前でバハルス帝国のジルクニフ皇帝の結婚式に出席するようとのレメディオス宛の命令があった。
「──ぐぬぬぬぬ。まずいぞ。これはまずい。しかし我が妹がついていながらなんとしたことか! よし! すぐにも帝国に行くぞ! ついてこい!」
レメディオスはいきなり馬を走らせる。グスターボとイサンドロの二人の副団長は慌てて団長の後を追った。馬の無い従者たちはみるみる離されていく。
イサンドロはレメディオスの前に馬を進めると行手をふさいだ。
「団長! 帝国へは反対です!」
「……なにを言うか! カルカ様の命を受けたこの私に逆らうというのか? いくら九色の貴殿でも容赦せぬぞ?」
レメディオスは顔を紅潮させながら腰に右手を添える。
「……ですから反対ですって。反対」
「……まだ言うか!」
ようやく追いついたグスターボが疲れきった様子で具申する。
「……団長……帝国はあっち側なんですが……」
「……うん? そんなことわかっていたさ。さあ、行くぞ……うむ……」
必死に取り繕うレメディオスを見ながら二人の副団長はため息をつくのだった。
◆
ネイア・バラハは疲れていた。彼女は正式な聖騎士ではなく、今回の出張では一番下役の従者であり、背には大きな荷物を背負っていた。
いきなり団長が馬を走らせたため、ネイアら徒歩の随行者は必死に走ることになった。
ようやくの思いで団長たちのもとにたどり着くと、今度は元来た道を戻るのだという。
──冗談じゃない
ネイアは肩の荷物を投げ出したい衝動をじっと堪える。そしてギュッと唇を噛み締めると一歩一歩歩き出す。
三時間程歩き続けた所で副団長のグスターボが休憩を命ずる。既に疲労困憊となっていたネイア達は荷物を下ろし、水筒の水を口に含む。
「なんだ、情けないぞ。貴様たちはそれでも聖騎士か?」
団長の言葉にネイアは心の中で「いや、聖騎士ではなくただの見習いの従者です。そもそも団長は荷物も無く、馬に乗ってらっしゃっていますよね?」と反論する。
わずかばかりの休憩時間は無情にも直ぐに終わり、ネイアは再び荷物を背負うのだった。
◆
トブの森を抜けて開けた場所に出た瞬間、ネイアの五感に緊張が走る。カッツェ平野と呼ばれるその場所では微かにアンデッドの気配がした。
レメディオスも緊張した様子で腰の聖剣サファルリシアに手をかける。
「き、来ます!」
ネイアの叫びと時を同じくして巨大な何ものかが姿を現す。
「──こ、これは………………船…………か?」
聖騎士主従の前に現れたのは地上を走る巨大な帆船だった。舳先に立つボロボロの海賊服にやはりボロボロの海賊帽を被ったエルダーリッチが口を開いた。
「魔導国までなら乗せてやるが、どうするね?」
◆
砂けむりと共に小さくなってく船影を見送りながらネイアは小さくため息をついた。
──あのアンデッドと戦闘にならなくて良かった……
「……ふん。あのアンデッドめ。運が良いな。我が聖剣サファルリシアで浄化されずに済んだのだからな」
先程までとうってかわって元気を取り戻したレメディオスが胸を張ってみせる。無論、その場の皆には空元気だとバレバレであったのだが。
微かに頬を紅くしたレメディオスは小さく咳払いをするとネイアに向き返った。
「……貴様、しっかり警戒しないとダメではないか。もっと早く発見しなくては……」
ネイアは視線を下げて団長の小言を受け止める。
──私は団長たちと違って徒歩のうえに重たい荷物を背負っているのですよ?
喉元まで出かかっている言葉を必死に抑え込む。そんなことを言ったら大変なことになるのは明白だった。
レメディオス団長の小言は一時間続いた。
◆
イサンドロ・サンチェスは混乱していた。それはこの度の聖王女カルカ様の結婚が信じられなかったからだ。
聖騎士団にはほぼ公認の秘密があり、それはカルカ様とケラルト様との間のただならぬ関係について、である。この秘密は聖騎士団団長であるレメディオスだけが知らなかった。
普通、姉妹──それも仲の良い姉妹ならばそういった機微もまた気づくであろう。しかし、それはレメディオスには到底無縁の世界だった。
──それも仕方あるまい。
イサンドロは思う。レメディオス団長はそういった感性が全く欠落している。彼女の全ては強さに向けられていた。
──純粋といえば聞こえが良いが──
イサンドロは心の奥底に『馬鹿』という言葉を沈める。
「──イサンドロ! 何か言いたそうだな?」
イサンドロは急いで首を振る。こういうときに団長の勘は鋭い。同じ副団長であるグスターボを羨ましく思う。彼は武に於いてはイサンドロに及ばないが、団長の気難しさに柔軟な対応ができていた。
イサンドロは団長から距離をとり、怖い顔で歩く従者に近付く。
彼女はネイア・バラハ。彼女の父は九色の黒をいただく英雄であり、彼女の母親は同じく聖騎士だ。
レメディオス団長がネイアに当たるのには理由がある。ネイアの母親は厳しい人物で、かつて従者時代のレメディオスを指導した先輩であった。どうやらレメディオスはそれをずっと根に持っているらしい。
イサンドロはネイアの険悪な眼差しを気にしながらため息をつくのだった。
◆
「無い! 無い! なーい!」
突然レメディオスが叫んだ。まるで狂ったかのようにトランクを片っ端からひっくり返している。
「カストディオ団長、如何されましたか?」
従者のネイアが恐る恐る伺う。こういうとき、まずネイア等の従者が貧乏クジを引かされるのだ。今回従者はネイア一人である。
「無い! まずいな。カルカ様に叱られてしまう!」
ネイアはふと、昨夜聖剣サファルシアの柄についた傷を綺麗にするよう、レメディオスから聖剣を預かったことを思い起こす。
「……畏れながら……団長のお探しの品はこちらでは?」
レメディオスは歓声とも僑声とも言いがたい声を上げてネイアから聖剣を引ったくる。
「──従者ネイア! 何故貴様が聖剣を持っていたのだ? いや、言い訳などするな。この聖剣はいわばローブル聖王国の──」
レメディオスの説教は夜まで続いた。
◆
一行が帝国領に差し掛かる山道にやってきたとき、道の脇にぬかるみに車を取られて動けなくなった馬車に出会った。
主らしい若い男は連れている奴隷の女エルフに怒鳴りつけていた。
「そこの男! 貴様も騎士ならば女子供相手に強がるものではない! 態度を改めるならば助力致そう!」
レメディオスが叫ぶと男は不敵な笑みを浮かべた。
「これはこれは女騎士殿。この私に向かい大言壮語するからには相当腕に自信がある様子。かのガゼフ・ストロノーフすら凌駕するエルヤー・ウズルスをご存知無いご様子ですね?」
「ふん。貴様がガゼフと同格だと? 馬鹿も休み休み言え。貴様などガゼフの足もとにも及ばん」
エルヤーは舌打ちをすると剣を抜き、斬りかかる。レメディオスはサーコートの裾をエルヤーの剣に巻き付けると瞬く間に跳ね上げる。次の瞬間、レメディオスは奪った剣先をエルヤーの首筋に当てて笑った。
「……ふん。口だけだな。私はローブル聖王国聖騎士団団長レメディオス・カストディオ。相手が悪かったな」
勝利に気を良くしたレメディオスは聖騎士に命じてエルヤーたちの馬車をぬかるみから出してやった。
◆
「では、レメディオス様は帝国に向かわれているのですか? それならばこの私、エルヤー・ウズルスにお任せください」
レメディオスに圧倒されたエルヤーはまるで崇拝するかのように世話を焼くのだった。見え見えのおべっかに二人の副団長は苦々しく思いながらもどうすることもできなかった。
道中は何事も無く進み、一行はバハルス帝国首都、アーウィンタールにたどり着いた。
「──け、け、結婚? ……な……だと?」
突然レメディオスのすっとんきょうな叫び声が響く。レメディオスの耳朶は真っ赤に染まっていた。
「……な……なんだと……いや……私はな……」
グスターボは事態を察する。どうやらエルヤーがレメディオスに言い寄っているらしい。
「──私は処女だ!」
耳をそばだてていた聖騎士たちが一斉に吹き出す。従者ネイアの耳朶も赤くなる。
「おやおや? お客さんみたいっすね。で、処女はどなたっすか?」
いつの間にか馬車に立つ一人の
◆
既に式典は終わっていて、出席者がビュッフェでの会食を思い思い楽しむ中、遅れて来た来賓が列をなしていた。一組ずつ紹介と共に会場に招き入れられていく。
「来賓の方をご紹介致します。ローブル聖王国より聖騎士団団長、
ダークエルフの司会者がマジックアイテムで叫ぶ。真っ赤になって俯いたレメディオスの視界の片隅に抱き合って笑い転げる
のうきん!【おわり】