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日本政府の「元慰安婦への賠償は日韓条約で解決済み」論は破たんしていることを示す論文のご紹介

先日こちらのエントリーで、「日韓条約で解決済み」という日本政府の主張は既に破たんしていると書きましたが、今日はそれについてのエントリーです。
これは法解釈の問題ですので、私がごちゃごちゃ述べるよりも法律の専門家の文章をお持ち帰りさせていただきましょう。
従軍慰安婦裁判の一つ関釜裁判の控訴審の結審で、原告代理人である山本弁護士が「日韓条約で解決済み」が法解釈として成り立たないことを鮮やかに論証しています。
(ちなみにこの点に関しては裁判所は判決内で判断を示していません)
http://www.kanpusaiban.net/saiban/yamamoto-hanron.htm
(引用開始)
「日韓協定により解決済」論について

第一 国連における議論

一 日本政府は、国連において日本の戦後補償問題が討議されるたびに、「日韓協定により解決済」論を主張してきた。
 しかし、それは左記のように、「日韓協定は経済協力問題を扱ったものであり、被害者の人権に関する条約ではない」「日韓会談において『慰安婦』問題が討議されたことはない」などの理由で一蹴されてきた。

二 国連人権委員会クマラスワミ報告書(1996年)
「特別報告者の見解によれば、サンフランシスコ講和条約も二国間条約も、人権侵害一般に関するものでないばかりか、とくに軍事的性奴隷制に関するものでもない。当事国の『意図』は『慰安婦』による特定の請求を含んではいなかったし、かつ同条約は日本による戦争行為の期間中の女性の人権侵害に関するものでもなかった。したがって、特別報告者の結論として、同条約は、元軍事的性奴隷だった者によって提起された請求を含まないし、かつ日本政府には未だに国際人道法の引き続く違反による法的責任がある。」

三 マクドゥーガル報告書(1998年)
「…この条約が当事国間の『財産』請求問題の解決を目指した経済条約であり、人権問題に取り組んだものでないことは明白である。…韓国側代表が日本に示した請求の概要を見れば明らかなとおり、この交渉には、戦争犯罪や、人道に対する罪、奴隷条約の違反、女性売買禁止条約の違反、さらに国際法の慣習的規範の違反に起因する個人の権利侵害に関する部分は全くない…したがって、日韓協定第二条で使用される『請求権』という用語は、このような事実が背景にあるという文脈で解釈しなくてはならない。日韓協定に基づいて日本が提供した資金は、明らかに経済復興を目的としたものであり、日本による残虐行為の個々の被害者に対する損害賠償のためのものではない。1965年の協定はすべてを包含するような文言を使用しているが、このように、二国間の経済請求権と財産請求権のみを消滅させたものであり、個人の請求権は消滅していない。したがって日本は、自己の行為に現在でも責任を追わねばならない。」
四 このように、「経済協力により戦後補償問題が完全に解決した」との日本政府の主張は、国際社会に全く受け入れられていないのである。

第二 国会における答弁

 一 日本政府は、日韓協定締結以後、右協定により韓国人に対する戦後補償問題は完全に解決済みになったと繰り返し表明してきた。
 しかし、1991年8月27日以降の国会答弁においては、政府は日韓協定の規定は外交保護権の放棄にすぎず、個人の請求権は消滅していないことを認めるようになった。

二 右の答弁の変遷は次のような経緯によるものである。
 1991年3月26日、参議院内閣委員会において、シベリア抑留者のソ連に対する請求権について、次の質疑が行われた。
「翫正敏議員 …条約上、国が放棄をしても個々人がソ連政府に対して請求する権利はある、こういうふうに考えられますが、…本人または遺族の人が個々に賃金を請求する権利はある、こういうことでいいですか。
 高島有終外務大臣官房審議官 私ども繰り返し申し上げております点は、日ソ共同宣言第六項におきます請求権の放棄という点は、国家自身の請求権及び国家が自動的に持っておると考えられております外交保護権の放棄ということでございます。したがいまして、御指摘のように我が国国民個人からソ連またはその国民に対する請求権までも放棄したものではないというふうに考えております。」(甲六三号証)
 質問が日本人の権利にかかわるものであったため、政府は日ソ共同宣言によって個人の請求権が消滅するものではないことを右のように明確に答弁した。ところが、右の答弁を引用して日韓協定について質問された場合、これとの均衡上、日韓協定も外交保護権の放棄に過ぎないことを明かさざるを得なり、1991年8月17日以降、左記のような一連の答弁がなされたのである(甲六四号証)。

1 1991年8月27日 参議院予算委員会 
「政府委員(柳井俊二君) …先生御承知のとおり、いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

2 1992年2月26日衆議院外務委員会 
「柳井政府委員 …それで、しからばその個人のいわゆる請求権というものをどう処理したかということになりますが、この協定におきましてはいわゆる外交保護権を放棄したということでございまして、韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということまでは妨げていない。しかし、日韓両国間で外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますからそれはできない、こういうことでございます。
…その国内法によって消滅させていない請求権はしからば何かということになりますが、これはその個人が請求を提起する権利と言ってもいいと思いますが、日本の国内裁判所に韓国の関係者の方々が訴えて出るというようなことまでは妨げていないということでございます。
…ただ、これを裁判の結果どういうふうに判断するかということは、これは司法府の方の御判断によるということでございます。」

3 1992年3月9日 衆議院予算委員会
「伊東(秀)委員 …今法制局長官がお答えくださいましたように、外交保護権の放棄が個人の請求権の消滅には何ら影響を及ぼさない、とすれば、全く影響を受けていない個人の請求権が訴権だけだという論理が成り立つか否かという見解、解釈を伺っているのでございますが、いかがでしょう。
…工藤政府委員 訴権だけというふうに申し上げていることではないと存じます。それは、訴えた場合に、それの訴訟が認められるかどうかという問題まで当然裁判所は判断されるものと考えております。」

三 以上の一連の答弁は、総合すると、次のような趣旨である。
 1 日韓協定は外交保護権を放棄したもので、個人の権利を国内法的に消滅させたものではない。
 2 「財産、権利及び利益」については措置法で国内法的に消滅させたが、「請求権」はその限りではない。
 3 「請求権」について韓国人が日本の裁判所に訴訟を提起することができる。
 4 右の場合に請求が認められるか否かは裁判所が判断することである

 日本政府は「韓国人個人に請求権あり」と明言するのを避けようと意図的に曖昧な言い回しをしているが、結局は日韓協定によって請求権が消滅していない旨の答弁であることは明らかである
 不二越に連行された元勤労挺身隊員が賃金を請求した事件においても、富山地裁は1991年8月27日に国が初めて個人の請求権が未解決であることを認めたことを前提として、その日から賃金請求権の消滅時効が進行すると判示している(1995年7月24日富山地判 判タ九四一号一八三頁)。
(中略)

したがって、一審原告らの被害に対する補償・賠償の問題は日韓協定によって何ら解決されていないから、日韓協定は国の立法義務を免除する何の理由にもなりえない
 また、前記のように日本政府は日韓協定締結時から、これが外交保護権の放棄を意味するにすぎず、個人の請求権を消滅させるものではないことを十分に認識していたが(甲六五号証)、その後日韓協定により韓国人被害者個人の賠償請求権も消滅したとの誤った解釈を繰り返し流布し(一審被告準備書面もそのひとつである)、韓国人被害者に著しい苦痛を与えてきたのである。
                                   以上

文中にあるマクドゥーガル報告書とは、国連の差別防止・保護小委員会に提出された『ゲイ・マクドゥーガル特別報告書』/正式名称『武力紛争時における組熾的強姦、性奴隷および奴隷類似慣行、特別報告者ゲイ・J・マクドゥーガル氏の最終報告書』のことで、外務省の仮訳が碧猫さんのブログにあります。
一度目を通されることをオススメします。
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-114.html
さすが碧猫さん、頼りになります(^^)
なお、戸塚悦朗教授が、国家が個人被害者の補償請求権を放棄することはジュネーブ第4条約7条違反であり許されない事を指摘されており、「日韓条約で解決済み」論は破たんしていることを補強する法理論だと思います。
文中ではサンフランシスコ平和条約、日中共同声明で説明されていますが、日韓条約でも当てはまると思いますので参考資料として転載させていただきます。
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/bib-art.htm

戸塚悦朗 『禁止されていた重大違反行為被害者の個人請求権放棄』
    戦争責任研究(日本の戦争責任資料センター) 第30号(2000年冬季号)

日本政府が、元「従軍慰安婦」(日本軍性奴隷被害者)をはじめとする、あらゆる被害者に対する謝罪・補償を拒んできた論理の根幹は、「条約の抗弁」(すべての補償問題は、サンフランシスコ平和条約および二国間条約によって解決済み、という主張)である。従来、この「条約の抗弁」に対しては、サンフランシスコ平和条約や二国間条約では性奴隷被害者問題は一切論議されていないこと、日本軍性奴隷のような国際人道法への重大違反行為はユスコーゲンス(強行規範)違反であり、条約による補償請求権の放棄は無効であること、などを理由とした厳しい批判が行われて来たが、この戸塚論文は、1949年のジュネーブ第4条約に着目し、この条約中の重大違反行為に由来する個人被害者の権利放棄を禁じた条項の存在により、「条約の抗弁」は成立し得ないことを従来以上に明快に示した点で、極めて重要なものである。
その論理を簡単に紹介すると次のようになる。

1.ジュネーブ第4条約7条(1)は、「被保護者の地位に不利な影響を及ぼし、またはこの条約で定める被保護者に与える権利を制限する」いかなる特別協定の締結をも禁じている。加害国の責任を免責し、結果的に被保護者の権利放棄を許容するような協定はこの条項に違反する。
2.日中共同声明が発表された1972年までに、日中両国は共にジュネーブ第4条約を批准していた。
3.従って、日中共同声明中の「中華人民共和国政府は、…日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」という部分は、戦争被害者個人の補償請求権まで放棄したものではないと見なさなければならない。
4.サンフランシスコ平和条約は、締約国がそこで定めるよりも大きな利益をいずれかの国に与えた場合、「これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼされなければならない」という、最恵国待遇の保障規定を定めている。(26条)
5.仮にサンフランシスコ平和条約における連合国国民の請求権放棄が有効であるとすると、被害者個人の請求権を放棄していない日中共同声明(および同声明に基く日中平和友好条約)によって、日本は中国に対して、サンフランシスコ平和条約で定めるところよりも大きな利益を与えたことになる。
6.従って、前記26条の規定により、サンフランシスコ平和条約加盟国も同等の利益を与えられるべきであり、連合国国民の個人請求権も放棄されていないと見なさなければならない。

戸塚氏はこの論文に示した内容を2000年夏の国連人権促進保護小委員会に日本友和会からのNGO文書として提出し、同文書は公式文書として同委員会に配布されている。もはや日本政府による「条約の抗弁」は論破されてしまったのであり、これ以上の責任逃れの繰り返しは許されない。「条約の抗弁」を前提とした民間基金政策(「女性のためのアジア平和国民基金」など)の欺瞞性もますます明確になったと言える。なお、ジュネーブ第4条約146条は、締約国には重大違反行為を犯した加害者個人を処罰する義務があることを定めている。 (2000.12.30)

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