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2年かかる議論を3カ月で
会議が決裂に至ったもう1つの要因は、議論に割ける時間が圧倒的に不足していたことだ。
「ブロッキング法制化の法的論点についてまっとうに議論するなら、2年はかかる」と、検討会議に参加した東京大学の宍戸委員は分析する。
ブロッキング法制化は、法学者から見ても容易ではない作業だという。
まず「通信の秘密」など憲法上の規定に照らして合憲と言える条件として(1)具体的・実質的な立法事実に裏付けられ、(2)重要な公共的利益の達成を目的として、(3)目的達成手段が実質的に合理的な関連性を有し、(4)事実上、他に実効的な手段が存在しないか著しく困難な場合に限られる、という4条件を満たすかを確認する必要がある。
さらに、ブロッキングの対象を大規模な著作権侵害に絞り、名誉毀損など他の権利侵害に広げないことを正当化するロジックを構築することが求められる。ISPのように著作権侵害の主体ではない「媒介者」に法的義務を課すのが妥当か、日本の法体系を踏まえて検証する必要もあった。
ブロッキング法制化が提案されたのは、今回が初めてではない。宍戸委員は2~3年前から、ブロッキング法制化の可能性について、知財本部事務局から何度か相談を受けていたという。そのたびに「短期間にはできない。憲法や法体系の問題について、時間をかけてしっかり議論するしかない」とアドバイスした。
だが、4月13日に政府が発表した緊急対策は「次期通常国会を目指し、すみやかに法制度の整備に向けて検討を行う」と明記していた。政府が期限を区切ったのは、法的根拠が明確でないブロッキングに対し、できるだけ早く根拠を与えるためと思われる。安倍晋三首相をはじめ閣僚が居並ぶ中での政府決定は、官僚にとって無視する選択肢はなかっただろう。この「締め切り」の存在が、その後の議事運営で大きなトゲとなった。
2019年1月開始の通常国会に法案を提出する場合、2018年9月中旬までに中間とりまとめを公表してパブリックコメントを実施し、並行して法案準備室を立ち上げて条文を作成する必要がある。
委員の人選だけで2カ月を空費した知財事務局は、2018年6月下旬から9月下旬までの3カ月で計8回という異例のハイペースで会合を開き、議論を進めた。
特に事務局が中間まとめの素案を示した2018年9月以降、無理な進行が目立つようになった。「本来は会合の1週間前には原案を委員に配って修正の意見を求めるべきところ、配布が数日前となり、検討の時間がほとんど取れなかった」と複数の委員が証言する。
この結果、第7回から第9回にかけては、事前の擦り合わせが不足した状況でまとめ案が提示され、会合の場で文章の修正を巡って素手の殴り合いのような応酬が続いた。最終版として配布した資料にさらに修正が重なり、会合当日の配布資料とページ構成が合わなくなって議論が混乱することもしばしばだった。
事務局と両座長は9月上旬の段階で、統一した結論を出すことを断念し、ブロッキング法制化を推進する立場と、反対する立場の双方の見解について両論を併記する方針を固めた。双方の意見をとりまとめ案に可能な限り反映させる方針だった。
だが、事務局によるハイペースの会議運営は「ブロッキング法制化ありきで議論を進めているのでは」という反対派委員の不信感を増幅させた。森委員は「私が修正を求めた点が中間まとめ案に反映されていない」として、会議の中で事務局を非難した。まとめ案の原文に法制化推進につながる表現が多数あったとして「事務局は両論併記でのとりまとめをもって、法制化を強行しかねない」との疑念を持つに至った。
中立派と目されていた宍戸委員も、法制化に必要な議論が明らかに不足しているとみて、第8回会合では両論併記のとりまとめに反対する意見書に名を連ねた。消極派・反対派の8人を含め、全委員のちょうど半数となる9人が「両論併記のとりまとめ反対」に回った。
宍戸委員は事務局に対して「(ただ賛成・反対の両論併記とするのではなく)9人の委員が反対したことは、とりまとめ案に明記してほしい」と求めた。だが、事務局は要望を受け入れなかった。
9委員のうち森委員は、事務局と座長が中間とりまとめを目指した第9回会合で自ら矢面に立ち、両論併記のまとめ案またはそれに類する報告書の公表に一貫して反対の姿勢を貫いた。委員の全会一致によるとりまとめ案の作成を目指していた中村共同座長は、とりまとめ案の作成を断念するに至った。