もしもシャルティア・ブラッドフォールンがポンコツでなかったら……【完結】 作:善太夫
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城砦都市エ・ランテル。夕闇に一人の男が道を急いでいた。人通りが疎らな裏道を男は早足で歩く。と、かすかに聞こえる女の悲鳴。
男はジャケットを脱ぎ捨てる。夕闇にも鮮やかな青と赤のピッタリと身体にフィットしたボディスーツの胸もとには大きく男の頭文字の『S』が描かれていた。背後には『正』『義』『降』『臨』の四文字のエフェクトがまばゆく光る。
男は走る。正義のために。弱き者を虐げる悪を倒すために。今夜も街に木霊する。正義の叫びが。『正義降臨』
◆
セバスはふと思い出していた。彼の創造主たる至高の御方、たっち・みーは現実世界で警察官だった。しかし、セバスだけは知っていた。たっち・みーの本業は実は正義のヒーローだということを。つまりは警察官というのも世を忍ぶ仮の姿、アンダーカバーにしか過ぎなかったのだ。
このことは他の至高の御方々、ギルドマスターのモモンガすら知らない秘密であった。
たっち・みーの秘密は腰に着けていた特殊なベルトにある。このベルトが駆動することにより、たっち・みーの全身は特殊装備に覆われる、いわゆる『変身』が可能となるのだ。
◆
最後の襲撃場所で“深紅と漆黒”、そして“蒼の薔薇”は顔を合わせる。互いの表情からそれぞれの現場が同様だったろうと察しがつく。
これまでのアジトでは全て何者かの襲撃を既に受けており、八本指の幹部はご丁寧にもロープで厳重に縛られていたのだった。
「……どうやらそちらも同じ状態だったみたいですね?」
「……いったい誰の仕業でありんしょう? 随分と手際が良いように思われんすが……」
ガガーランが断言する。
「そりゃあれだ。『セーキポロリン』だろ?」
──性器ポロり──アインズは思わず混乱する。一瞬思考が止まる。
「──何べん間違うんだ? それを言うなら『セーキローリング』だ」
──いや、『正義降臨』だから。イビルアイも得意そうに言ってるけど間違ってるから……アインズは心の中で激しく突っ込む。
一同は建物の中に入る。シーンと静まり返っていて無人のようだった。と、かすかに人の呻き声がした。
◆
館の主人、ヒルマはベッドから起き上がる。何か起きている──そう直感した。
急いでガウンを羽織ると扉の外の気配を探る。普段なら警備をしているはずの部下の姿が無い。
ヒルマの目の前で扉のノブがゆっくりと回される。
「……はじめまして。私は正義の執行者です。貴女は私が何故来たかお分かりですよね?」
穏やかな、しかしながら毅然とした振る舞い。青と赤のピッタリと身体にフィットした派手な衣装。胸にある謎の『5』の数字。噂で聞いていた『精気絶倫』に間違いない。ヒルマは胸もとをはだけて男を誘う。彼女の手練手管に抗える男はこれまでいなかった。
ヒルマは男に妖しく笑いかけた。
◆
「……この女幹部はなんだか精神的に酷くダメージを受けているようでありんすね」
“深紅と漆黒”、そして“蒼の薔薇”がヒルマを取り囲む。視線は虚ろに彷徨い、ブツブツと何やら呟いている。
「……私に魅力が無いわけではない……そうだ。きっとそう……大丈夫。私はまだまだ魅力的……あの男がおかしいだけ……そうだ。あの男は男しか愛せないのだ……同性愛者なのだ……それとも……きっとロリ■ンなのだ……きっとそうだ……」
「──な……」
思わずアインズは叫びそうになり口をふさぎ、シャルティアと顔を見合わせる。セバスの仕業であるとすぐにわかったが、女の言葉はアインズにとって衝撃的だったからだ。動揺はすぐに鎮静化する。この時ばかりはアンデッドの身体に感謝する。
かくて八本指は全ての幹部が捕縛され、組織は壊滅したのだった。
◆
とある小さなある王国──小さな少女の女王が治める──が、今まさにビーストマンたちの襲撃の前に風前の灯であった。
「……陛下。もはやおしまいです。陛下の始原の魔法も、生け贄にすべき国民の数がおりません」
「……う、うむ。じゃが、クリスタル・ティアは? 彼らはまだ戦っておるのじゃろう?」
女王は立ち上がり外を見る。勿論戦場はここからは見えない。
──もはや滅ぶしかない。と、そのとき遠くで爆発が起こる。
「──正義降臨!」
女王の耳には確かに聞こえた。
◆
セバスは周辺国の情報を集めるため、旅の商隊として馬車を走らせていた。どうせならばと馬車には実際にリ・エスティーゼで仕入れた商品も載せていた。
「……この辺りが竜王国になりますね。ふふふ。なんでも真なる竜王の子孫の国らしいですが……親近感が少しありますね」
セバスはソリュシャンに向かい、楽しそうに笑った。アインズからの任務はリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国ではよくわからない周辺国の調査と心のままに正義を行え、というものだった。特に姿形に拘らず弱き者を救え、と。
「……セバスよ。おそらくたっちさんがこの場にいたらきっとそう望むだろう。いや、違うな。もしかしたらたっちさんもこの世界に来ているかもしれない。法国を押さえて随分と情報を得ることができた。それによればお前達が至高の御方々と呼ぶ我々プレイヤーは過去にもこの世界を訪れているようだ。だから……たっちさんも来ているかもしれない。そう私は思うのだ」
セバスは胸を熱くする。
「……セバス様」
ソリュシャンがセバスに目配せする。セバスの頬が引き締められた。スーツとシャツにかけられた指にグッと力が入る。
やがて、彼の目には弱き者が虐げられている光景が広がっていった。
◆
ビーストマンたちは突如起きた出来事に混乱する。立て続けに爆発──正確には爆発のような衝撃波にビーストマンの戦士たちが何人も吹き飛ばされる。
赤と青の衣装の人物が、赤のマントを翻し、嵐を伴い駆け抜ける。
「正ぃー義ぃー降ぅー臨んっ!」
セバスの力強い叫びと共にビーストマンたちが何十人も吹き飛ばされる。
圧倒的な力の奔流にさらされビーストマンの戦意はへし折られた。
ドラウディロンは恋をした。
彼女は
そう、白状するならば、ドラウディロンはセバスに女として惹かれたのだった。
◆
「さて、アインズ様。次はどうなさいますのでありんしょう?」
アインズは静かに空を見上げる。
「うむ。実はな、シャルティア。知っていたか? アインズ・ウール・ゴウンの名前を歴史に刻む為には倒さなくてはならない敵がいるのだということを」
シャルティアは黙ったままアインズを見上げる。
アインズは楽しそうに笑った。